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アジフライ

 本当にブラン殿のお店は毒だ。

 少し言い方に語弊があったが、あの店で食事をしたあと他の店の物など慣れ親しんだ料理はいまいち味気無いものとしか思えなくなってしまった。

 ここ最近は国同士が温厚な関係を維持しているのと、物流が良くなったことも有りどの国でも大体食べる物に困る事も無くなったのだが、それでもあそこまでこだわり手の込んだ物を提供する店は少ないだろう。

 私が拠点を置く魔術師協会は南方にある事から、大体近くの店や協会内にある食堂なんかで食べられるのは主に魚料理ばかり。

 魚自体は好物だ。

 誰がどんな調理法をしたって大体それなりの味に仕上がるし、種類も豊富だから毎日でも飽きる事は無い。

 そう、無かったのだが……。

ついこの前リック殿が酒のつまみにしていた『小魚のフリッタ』なる物を食べてからと言う物、南方の店で食べる魚料理がいまいちなのだ。

 そもそも油自体が安価ではない上に流通量も少ない。だから食材が泳ぐほどの量の油など普通の店ではまず扱えない為、まずブラン殿の店以外で『揚げ物』にありつく事は出来ない。

 だが無い物はしょうがない。

 あの店に行けば食べれる事だし、いつまでもそんな事を言っている訳にもいかず、こうして魔術師協会の食堂に来てみたのだが……。

 食堂のテーブルで一人、目を閉じ無理やり考え事をし現実逃避をしていたが、ふと目を開け自身の目の前にあるトレイの上に乗せられた料理を見ると、再び目を閉ざしたくもなる。

 食堂の入り口にある板に貼り出されていた『今日の一押し、贅沢に油で焼いた焼き魚定食』なる文字が目に入り、何も考えずそれを注文してしまった私が悪いのだ。

 少し考えれば分かったはずだ。

 ブラン殿は『油で揚げる』と言っていたし、貼りだされていたものは『油』とは書いてあるが『焼いた』となっている。

 それを何も考えず変に期待して頼むからがっかりする羽目になるんだ。

 目の前に置いてあるのはただの焼き魚。

 だが書いてあった通り油で焼いた魚であって、普段食べている直火で焼いた魚ではない。確かに店側からしたら貴重な油を贅沢に使ったのだが、炒め物のように鍋底が少し濡れる位の量しか油は使われていない。

 変にブラン殿の料理を引きずり過ぎていた分打ちひしがれる思いだ。

 まぁこれはこれで美味しくいただいて、今夜にでも東方でリック殿を拾ってブラン殿の所にでも行こうか。

 パンと魚を切り分け、それぞれ決まった作業のように口に放り込んで行く。

 これはこれで十分に美味しい。

 むしろこの食堂のメニューにしてはぐんを抜いて美味い料理だ。それ程悪くないような気がする。

 少し昼時よりも早めに来ただけあって人はまばらな食堂、淡々と魚を口に運んでいるとなぜかわざわざ正面に座る人影がフードの隙間から見えた。

 不審に思い顔を上げると、それはよく知った顔だった。


「ようバレット! 最近竜の鱗を持ち帰るって言う南方の魔術師協会初の偉業を成し遂げた奴が、なんつーしみったれた顔で飯食ってんだよ」

「うるさいなレンフレット。普段通りの顔だ」


 同じ魔術師とは思えない、むしろ剣士や武闘家なんかが天職なんじゃないかとさえ思える恵まれた体格と明るい性格の同僚、レンフレットが同じ焼き魚定食を片手に騒がしく目目の前に座っていた。

 まったく性格なんかあわない、むしろ私なんかよりもリック殿と馬が合うに違いないレンフレットとは、意外にも長い付き合いだ。

 お互いに魔術を習い始めたばかりのころに知り合ったから……五、いや六年は経つ。

 良く話しかけてくるのは付き合いが長いからか、意外にもそれなりに馬が合うのか。

 ただいつも何も考えてないかのように底抜けに楽観的なそのレンフレットが、私と同じように焼き魚を見てため息をついてから、ぼそぼそとほぐした魚の身を口に運んでいた。


「レン、お前魚は嫌いだったか? お前こそひどい顔して食べているが」


 見た感じ私よりも打ちひしがれ、特に味わう様子もなく流し込んでいると言ったその食べ方が気になりついそう声をかけたが、長い付き合いで魚が嫌いだとは聞いた事は無かったような。

 するとレンフレットは口いっぱいに含んでいたスープをごくりと飲み下し、自嘲気味に笑いながら口を開いた。


「いやな、油って書いてあったからもう少しパリッとした歯ごたえを期待していたんだが、まぁそうだわなって物が出て来て笑ってたところだ。それに魚自体は好物だって知ってるだろ?」


 なるほど。ならば私と同じような理由と言う事か。

 今なら痛いほどその気持ちが分かるものだ。


「なんだお前もか。私ももうこの際多少値が張ってでも自分で油を買い込んで揚げ物でも作……」

「は? お前どこでその言葉を知ったんだ?」

「は?」


 何の事だ?

 魔術師のローブでも隠しきれないほど筋肉質なレンフレットに、そんな勢いよく立ち上がられたら私はいいが、周りの人間は怯えるぞ。

 さて、レンフレットが何に反応したかだ。

 油? 揚げ物? そもそもそんなに多く言葉を発した訳でもないからこの辺りか。

 

「揚げ物の事か? それなら知り合いの店の店主が……」

「その店に連れてってくれ!」


 話を最後まで聞け。



「……と言う訳で今に至るのだが」


 あの後魔術の鍛錬や細かな書類作成などの仕事があったのだが、一切話を聞かないレンフレットがあまりにもうるさい為全て投げ出し、ブラン殿の店に来た。

 最初は私とレンフレットの飛竜二頭が店のすぐ近くに降り立ったと言う事もあり、世界樹に住む魔物達が騒ぎ立て一時騒然となったが、ブラン殿が店からふらりと顔を出した瞬間その騒ぎも沈静化してしまった。

 定期的に忘れる事だが、この前持って帰った鱗の持ち主はこの人なのだったな。


「小魚のフリッタね、あれ美味しいよね。新鮮な小魚が手に入ったら結構作るんだよ」


 騒ぎを起こしてしまった事を謝罪し、そのついでにここにレンフレットを連れてきた一連の流れを説明すると、思った通りのふんわりとした回答が返ってきた。

 そのまま先程の外の騒ぎで毛を逆立てたままのユリカ殿の頭を撫でているブラン殿は、『小魚あったかなー?』と食糧庫の在庫に思いをはせている。


「その……店主、いきなりで悪いが一つ作ってほしい物があるのだが……いや、無理なら無理でいいし、そもそも言って分かるものなのかも自信がないのだが……」

「ん? なんでも良いよ。もし材料が足りなかったらひとっ飛びしてとって来るから時間かかるけど」


 普段と違い歯切れが悪い物言いのレンフレットは、大きな体でいじいじと少し考えあぐねた挙句、露骨に『どうせダメだろう』と言った表情でブラン殿を見据え口を開いた。


「その、アジフライ……を。ってアジなんて無いか」

「あじふらい? レンフレット何を言って……」

「あぁアジフライね。それならすぐ出来るから少し待ってて」

「「はっ?」」


 レンフレットがダメ元で発した料理名に聞き覚えが無く、私が聞き返そうとした矢先ブラン殿にはそれが何か通じたらしく、しかもすぐ出来るという。

 思ってもみないブラン殿の返答になぜか言った本人のレンフレットが、驚きと喜びを隠せない子供のような表情でブラン殿に詰め寄っていた。


「ほっ本当にか!? 本当にアジフライが何か分かる……いや、作れるのか!?」

「うわっ! 大丈夫だからちょっと離れてっ。ユリカが潰れちゃうからっ!」


 それなりに長身のブラン殿だが、それ以上に背が高く体格も良いレンフレットが、興奮し過ぎて間に居たユリカ殿ごとブラン殿を抱きかかえグルグルと振り回していた。

 無論、男二人の間に挟まれたユリカ殿は悲鳴を上げる前に失神してしまった様で、この様子では救出してからもしばらく目は覚まさないだろうな。

 すぐに自分の失態に気づいたレンフレットは、申し訳無さそうにユリカ殿を小上がりと呼ばれる空間に寝かし、濡れた布を額に当てたりと看病をはじめたようだ。

 何か必死になり過ぎて忘れているようだが、私たちは魔術師なのだから回復の術を使えば良いだけの話なのだが……まぁ誠意は伝わるであろう。このまま放っておこう。

 ふと視線を移すと、すでにブラン殿は調理を始めているよう。

 そう言えばあまり調理をしている所を見た事は無かったな、もし手順が簡単な物なら私にも出来るだろうか?

 そんな小さな好奇心から、取り立てて何も考える事無くカウンターから身を乗り出し、頬杖をつく体勢でブラン殿の一挙一動を目で追っていると、ずっとカウンターの端で静観していた美食家のノルベルト殿が、何やらくすくすと笑いを堪えようとして体を震わせていることに気づいた。

 そんなに自分たちは騒ぎ過ぎただろうか?

 不思議に思いノルベルト殿に視線を向けると、それに気づいたのか必死に笑いを堪えつつどうにか話しだした。


「くっはははっ。いやいやすまん魔術師殿。貴方の同僚もなかなかに面白いが、もっと寡黙で理知的な行動しかとらないと思っていた貴方が、あまりにも少年のようにブラン殿の手元を覗き込んでいるものだから……つい……くくく」


 確かにそうだ。

 気づけば覗き込むのに邪魔になるからと、普段は被りっぱなしだったフードを脱ぎ、私の身長では椅子に足を掛けないと見えないからブーツも脱ぎ捨て椅子に膝をついていた。

 言われてみればまるっきり子供のような振る舞いに恥ずかしさすら覚える。


「そ……そうだな。あとノルベルト殿は私を買いかぶり過ぎだ。それに言うタイミングを逃し続けていたが、私の名はバレットと言う。出来ればこの店で知り合った方には気軽に呼んで貰いたいが……今更だろうか?」

「今更であるな」

「今更だねー」


 ブラン殿までなんて言う事を……。

 あまり人付き合いは得意では無いと自負していたがここまでとは。


「今更だが今更だからこそすぐに皆気軽に名前で呼ぶであろうな。リックなど気軽にと言うか気安くと表現した方が良いかもしれぬ。と言うかバレット殿、ブラン殿の手元はもう見なくて良いのか?」


 名前を呼んで貰えた……!

 ではなくて、そうだブラン殿の手元を見ていたのだった。

 ノルベルト殿のその言葉で再び視線を戻すと、先程まで丸のままだった魚が綺麗に捌かれ、一枚に開いた状態になっていた。

 そこの手順は見忘れたが、きっと魚屋や誰かに頼めば大丈夫であろう。

 で、次は……。


「えっとバレットさん? あとは水分を拭き取ってから塩コショウで下味をつけて、小麦粉、卵、パン粉の順につけて揚げるだけだからさ、そんな全力で魔術展開してメモを取る様な事でもないと思うよ?」


 また名前を呼んで貰えた……!

 だが視線は絶対に外さない。

 ブラン殿には簡単な事かも知れぬが、私はその料理自体初めて見る物なのだ。見逃さないように魔術で紙にメモを取りながら必死に目に焼き付けなければならないのだ!

 くすくすと笑うノルベルト殿とブラン殿だが、それでもこんな私を受け入れてくれたようでそれ以上何も言わず、作業を進めてくれた。

 ふむ、確かに軽く水気を拭き取っているようだが……。


「ブラン殿、その魚の皮は取らないのか? 何か理由が?」

「へっ!? あると無いとで口当たりはだいぶ変わるけど、取り立てて意味は無いかな? 魚の皮が苦手な人は取っても良いと思うけど、皮を剥がすのって意外に難しいから、問題なければそのままでいいと思うよ」


 ふむ。

 では私は付けたままでも良いな。

 一度両方を食べ比べてみたいものだが、それは追々で良いだろう。

 そしてそれ以降は先ほど言った手順の通りに進めてくらしい……


「あっ。店主殿、もう一つ我儘が許されるなら、普通のアジフライと大葉を入れたアジフライの二種類を作って頂けるか?」


 二種類だと!?

 待て待てメモを取る! オオバ? を入れたもの? どこに入れると言うのだそんなもの。

 ユリカ殿の額の布を再び水に付けに来たレンフレットが、慣れた様子で私の知らない事をさらさらと言ってのけ、あろう事かそれを軽く了承するブラン殿。

 揃いも揃って何だと言うのだ。


「大葉美味しいよね。他の種類は良いの? チーズとか生姜とか……梅とか塩麹とか?」

「チーズもお願いします!」


 何か分からない単語ばかりだがひとまずメモしておこう。

 オオバとはあの葉っぱの事か? なんだ、魚と一緒に衣をつけ揚げるだけか。それなら私にも出来そうだし、チーズも同様だろう。

 静かに油に沈んでいった魚だが、最初のショワショワとした重い音から徐々に軽い音になり、最後のカラカラと言った反射的に小腹がすく音がし出す頃にはすっかりと魚は表面に浮き上がってきている。

 それの油をきり、刻んだ野菜がこんもりと盛られた皿に乗せ完了……っと。

 ブラン殿の手から料理が離れたので、思い出したようにふと顔を上げるとすぐ隣にはレンフレットが私と同じような体勢でカウンターの内側を覗き込んでいた。

 あぁ、私ははたから見たらこんな感じだったのかと思うと、反省しか出てこないな。

 

「はいっ完成。ノルベルトさんの分も作っちゃった」


 当たり前の様に私とレンフレット、それにノルベルト殿の前にことりと皿を置き、そのすぐ後に何個かの容器も一緒に置いて行った。


「普通のソースと醤油とタルタルソース。それとカラシとおろしポン酢だよ。好きな味付けで食べてね。あとはい、ご飯。」

「ソース! 醤油! タルタル! カラシ! おろしポン酢! 白飯キター!!!」


 レンフレットと出会ってから一番のうるささ。

 そこまで感動されると連れて来て良かったと思えるな。

 で、私は良く分からないから普通と言われたソースを……。


「あーっ! おまえそんなソースかけたらダメだろう! ちょっとサクサクの部分を残しつつ微妙な按配でかけるのがアジフライの極意なんだぞ!?」


 あぁ、そうなのか。


「そうだともバレット殿。ソースなどの味が分からないものは先に少しだけ塩見や味を確認してからつけた方が良いぞ?」


 ふむ、それは確かにそうだな。


「だが大葉のやつとおろしポン酢は絶対に相性が良いはずだからたっぷりつけても良い! ソースとカラシも良いな!」


 オオバのやつにはオロシポンズ……


「いやいやレンフレット殿、普通のソースとタルタルソースの相性も侮れた物じゃないぞ?」

「もう自由に食わせてくれ」


 サクサクと良い音を立て容赦なく食べ進めながら、逐一私の動きを指摘してくる二人。美味いのは分かったからとりあえず食べさせてくれ。


「おっ? 意外に醤油もありかもしれないなっ! なぁバレット! ちょっと醤油で食ってみろよ!」


 もう本当にうるさいな。


 後で聞いた話だが、どうやらレンフレットは『転生者』と呼ばれる者らしい。それが何なのかよく分からないが、ブラン殿の店の味を知っているらしく泣くほど喜んでいた。

 随分と大食いの常連が増えそうではあるな、ブラン殿。 

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