ビーフシチュー リベンジ
変り種の話を二話、連続投稿でしたがいかがでしょう?
この前のビーフシチューの出来の悪さは自分でも信じられないわ。
前世では生きていくのに困らない程度には料理が出来たはずなのに、勝手が違うのか結果的にはああ言う物が出来上がった挙句、クロウには馬鹿にされるしユリカは逃げてくし。
で、そのリベンジって事でもないけど、せめて安心してノアに食べさせてあげれる位にはなりたいのよ。
だってブランばっかりズルいわ。
普段ノアは私にべったりなのに、ご飯の時は文字通りブランにくっついて離れないんだもの。
それは別にズルいも何もないんだけど……やっぱりズルいわ。
と言う訳で今日はブランに頼んでビーフシチューの作り方を教えて貰いに来たのは良いんだけど……。
「なぁ姐さん、俺おむらいすが食いたい肉たっぷりの! 鶏肉じゃなくてもっとこってりした肉なら尚良し!」
お店の空いてる時間帯じゃなくて終わってから、ってブランには希望したんだけど、夜は夜で材料調達で飛び回ってたり癖のある食材の下準備で忙しいって話だったから、気は進まないけど教えて貰うんだからわがまま言えないししょうがないって思ってたんだけど、よりによって面倒くさい奴が居るのよね。
ブランの予備のエプロンを借り髪を頭頂部でお団子にし、袖をまくりよしっと気合を入れて鍋の準備を始めた丁度そのタイミングで、まだほんのり顔が赤いリックと魔術師が良くお店に顔を出した。
彼らが来る前からお店に居たいつのもメンバー、ユリカにクロウ、それにミリアとリーゼは『料理を教えて貰うの』と簡略的な説明でも温かく受け入れてくれたし、ミリアとリーゼに至っては一緒に覚えたいと言ってメモの準備までし始めた位協力体制だったの。
でもね、魔術師はまだ『あぁ……それは楽しみだ』とすぐに状況と理由を察してくれたの、でも気を失ってて失敗ビーフシチューを知らないリックは鬱陶しい位リクエストや謎のアドバイスをくれるのよ。
事情を知らない彼の中では私の『料理を教えて貰う』って言葉の捉え方が違ったみたい。
『料理が下手すぎて特訓して貰わないと殺人的な物を生み出す羽目になる』って意味を『料理は出来るけどブランのご飯が美味しかったから、そのレシピを教えて貰うの☆』位に捉えてると思うの。
……まぁ事情を知ってても面倒くさい反応をして来そうだけどね。
「じゃあリックさん用にオムライス作るから、それにリラの作ったビーフシチューかける? 良いソースにもなるし肉要素もあるよー。あっ、でもチキンライスの酸味とソースの相性って……って、基本はデミグラスソースだから大丈夫か」
オムライス作るとか相性とかまでは無理よ私? その辺はブランにお任せするわ……。
なんにせよ今あんまり精神的に余裕が無いし、楽しそうなブランとリックは置いておいてひとまずさっき言われた材料を準備……っと。
私の知っているビーフシチューよりかなり材料が多いのはやっぱり勝手が違うからかしら? 煮込むだけって思ってたけど結構大変そう。
「じゃあまずはデミグラスソース作りから」
「そこから!?」
そっかそこからだった!
うーん……最初に習うには難しい料理だったかも。
そのままブランに言われた通りの手順を確認するようにゆっくりと調理を開始。
えーとまず、玉ねぎとニンジン、セロリと小さいトマトを細かく同じ大きさで切りそろえて炒める……この細かく切るってだけでも初心者は難しいのに、大きさまで揃えないといけないのは辛いかも。
ミリアとリーゼもメモを取り終わったら一緒に作業を始めてくれたけど、みんな同じくらい下手っぴね。
野菜を炒めている間に同時に小麦粉を色がつくまで乾煎りする……同時? 同時じゃなきゃダメなのブラン? 『小麦粉は全体的に均一な焼き色が良いなー』って簡単に言ってくれてるけど、野菜か小麦粉どっちかは確実に焦がす自信はあるわ。
次は炒めているトマトを大体潰したらそこに油と炒めた小麦粉を加えて混ぜ合わせる。
この小麦粉を入れるのは元々そう言う物なの? それともブランのオリジナル? ホワイトソースは小麦粉って思うけど、デミグラスソースも小麦粉って使うのね。常識かしら?
いい感じに全体が混ざったら、ブランお手製トマトジュースを水を入れて煮込む。
ようやくソースって見た目になってきたわね。でもまだまだこれから。
煮込んでいる間にひき肉を炒め、そこにまたブランお手製の赤ワインを入れてひと煮立ち。
何個か『ブランお手製』って物を入れたけど、それの作り方も教えて貰わないと出来ないって事よね。ホント良くやるわね。
で、煮詰めたソースと炒めたひき肉、それとローリエを合わせじっくり煮込む。
でもあまり時間もないし、折角ブランが居るんだから魔力そ注いでもらって圧力鍋の代わりになってもらいましょ。時間短縮短縮―。
普通のかまどの火で煮込むなら二刻位かしら? この段階でそんなに待たせたらリックがお腹すかせすぎて死んじゃうわね。
煮込んだら一度中身をザルに出して旨味をぎゅーっと搾り取り、また煮詰めてひとまずデミグラスソースは完成かな。
ひき肉の旨味だけ搾り取って残りは破棄しちゃうのね。少し勿体無い様な気もするけど再利用とか出来そうよね……出来無い?
ミリアとリーゼのメモ帳だけ見てみると工程はそんなに多くないのに。やってみたら時間かかるかかる。本格的に作ったら一日じゃ到底終わらないわ。
そこはブランの魔力にお任せしますけど。
「ふー……じゃあビーフシチューを作り始めようか。出番に間に合うように頑張ってソース煮詰めておくね」
もうやりきった感たっぷりな私とミリア、リーゼの隣で、涼しい顔で椅子に座りソースの入った鍋を抱え魔力を注ぎ込んでいるブラン。
ただ野菜を切って混ぜただけの私達より、魔力を注ぎ込んでいるブランのが元気なのはどう言う事よ。
と言うか椅子に座って膝の上に鍋を置いているだけなのに、その鍋がぐつぐつ煮えたぎってるって普通に考えたらおかしな光景よね?
子供用の間違い探しでもそんなおかしな光景なんて無いわよ。
「終わったと思ったらこれからかー。って、そう言えばリラさん、リックさんにおむらいす? も作らなきゃいけないんだったっけ?」
「そっ……ブラン、お願い……ね?」
「ふふふっ。はーい」
もう力尽きそうな料理初心者が何とかさっきまでの惰性でどうにか材料を準備していた所に、ミリアの痛恨の一撃。
すっかり忘れてたわオムライス。
初めからブランに頼むつもりではいたけど、本気で無理!
もし私が上手く作れる料理だったとしても嫌っ! そこは本職にお任せでっ!
いつも通りの変わらない笑顔で、椅子に座り鍋を抱えた体勢のまま近くにあった材料を目の前のカウンターに並べ、かしゃかしゃと慣れた手つきで卵を混ぜ始めたブラン。
膝の上に鍋を置いたまま良く作れるわね。と言うかもう作り始めるの? ビーフシチューを煮込んでる間に作れば良いのに。下準備かしら。
じゃあ気を取り直して、作り始めましょうか。
まずは玉ねぎとジャガイモ、ニンジンとブロッコリーを丁度良い大きさに切り分ける。
丁度良い大きさってアバウトな表現大好き! 料理によっては一センチ角とか細かい指定あるじゃない? もう一センチってどれ位よー! って思うわ。
で牛肉をバターで焦げ目がつくまで焼……
「にぐぅ! 姐さん肉大き目が良い! 噛み切れない位肉ってやつ!」
「じゃっ、じゃあ煮込んだら柔らかくなる他の部位に……えーと、頬肉? 牛タン?」
もうっ! 育ち盛りじゃないんだから肉肉言わないのっ。
んー、今の肉のままでも良いけど、みんなが食べるなら柔らかい方が良いわよね。でも私、もう切り分けてある部位だと何が何だか分からないのよね。
「ごめーん、ちょっと今僕手が離せないからクロウ下の牧場まで行ってタン引っこ抜いて来てよ」
「よーしブラン、俺が何の魔物かしっかり思い出せ、そしてミノタウロスに勝てるかどうか考えろ。リラ、ちょっと食糧庫からタン探して来るわ」
チキンライス用の鶏肉を切り分けながらとんでもない事を言い放ったブランを無視し、店の裏の食糧庫までタンを探しに行ってくれた。
じゃあ私はクロウが戻るまでさっき切った野菜を炒めてますか。
えーとジャガイモ以外の野菜を鍋に入れて、玉ねぎがしんなりするまで炒めるっと。
あっ、危ない危ない。ブロッコリーは別で茹でるんだった。
やることが多いと分からなくなって来ちゃうわね。
もたもたと作業を進めていると、以外にも早くクロウは食糧庫から戻って来た。
しかもすでに丁度いい大きさに切り分けられたタンを何個か持ってるじゃない! 切り分ける手間が省けたわっ!
この持って来て貰ったタンに焼き色を付けてから、それを野菜の入っている鍋に入れ赤ワインと水で煮込む。
で、この煮込み時間もブランの膝の上に乗せておけば五分もかからない……っと。
高性能圧力鍋ね……って言うか。
「何か鍋増えてない?」
ブランの膝の上にはデミグラスソースの鍋と肉と野菜を煮込んでいる鍋、それともう一つがいつの間にか膝の上に鎮座しことことと湯気を上げている。
「ん? あぁこれ? これはチキンライス用のご飯を炊いてるところー」
あぁそう……それぞれ煮込み時間によって魔力の込め方も違うと思うのに良くやるわ、ホント。何個同時に出来るのかちょっと実験したくなるわね。
「もうリラの方の鍋は二つとも良さそうだよ」
「あら、もう良いの?」
ブランから鍋を二つ受け取り店のかまどに置き中身を確認すると、すっかりとろみが付き煮詰まったデミグラスソースと、見ただけでホロホロと柔らかそうなお肉が綺麗に仕上がっている。
このお肉の方のお鍋にジャガイモと出来上がったばかりのデミグラスソース、それとこれまたブランお手製トマトケチャップを少し入れ味がまとまるまでまた煮る。
実はお肉に塩コショウとかの下味をつけ忘れちゃっけど、まあ最初だし良いよね?
ブロッコリーはお皿に盛りつけた時にトッピングすれば良いし、と言う事は……。
「これで完成?」
「うん、みんなお疲れ様。じゃあすぐにオムライス作るから欲しい人は教えてー。ビーフシチューだけの人はパンも付けるね」
終わってみたら意外にあっけなかった?
いや、違うわね。
ブランが居るからこんなに早く煮込み終わるのよね。しかもケチャップとかワインまで自家製なんだもんね。
それを仕込むにしたって時間はかかるし、毎日ノアにご飯を作ってあげたいけど、日常的に作るならもう少し簡単な材料で仕上げられるものの方が良いかもしれないわね。
「どうしたのリラ? オムライス食べたかった?」
いつの間にか完成していたオムライスをトレイに乗せたユリカが、不思議そうに私の顔を覗き込みながらトレイを差し出して来た。
そんな変な顔してたかしら?
とりあえず曖昧な笑みで誤魔化し、トレイの上のオムライス……まさかの四皿に適宜デミグラスソースを掛け、他のトレイにはパンとビーフシチューだけを乗せみんなの所に運んで貰う。
「あら、オムライスを注文したのは何となくリックとミリアとリーゼって分かってたけど、残りの一皿は貴方だったのね」
カウンターの向こう側に綺麗に並んで座るみんなの前に、それぞれが注文したものが運ばれると思いがけないところにオムライスの最後の一皿が落ち着いた。
「この店の料理はまだ数える程度も知らないからどうしようか悩んだのだが、リック殿が食え食えと煩くてな」
「だってただでさえ美味いおむらいすにだぞ? 今日は特別に肉たっぷりのソースがかかるんだ。これは食べなきゃ損だろー」
少し照れ臭そうに目の前のオムライスを見つめる魔術師。
肉まっしぐら、肉こそ正義の肉脳のリックに半ば押し切られる形だったのね。
確かにあまりこの店の料理を知らないなら、同時に二品味わえるのは丁度良いかも。
でも、いくらブランが付きっきりで教えてくれたとは言え、あのビーフシチューで前科がある私が作った物だから、みんな最初に手を出しにくいみた……
「うまっ!! 姐さんこれ美味いっすよ! 肉たまんねぇ……!!」
何の躊躇も無くオムライスと肉の塊を口に放り込んだリックは、子供のように目を輝かせそう叫んだと思ったら噛まずに飲んでるかのように一気にオムライスをかき込み始めた。
正直その勢いにみんな驚いたようだけど、毒見(?)も完了した事だし安心して匙を口に運び始める。
「うん美味しい! とろける肉の脂に濃厚な味がしっかり絡まってすごい美味しいよっ。これはいくらでもパンが食べれる!」
「オムライスとの相性も凄く良いよっ! 半熟の卵にソースが絡まって……うーーん! 美味しい!」
「えっ!? ちょっと一口頂戴っ!」
美味しそうにパンを頬張っていたユリカだったけど、隣に座っているリーゼの言葉にすぐ匙を掴みリーゼのオムライスに差し込んだ。
美味しかったようで一安心だけど、仲良く食べてよね?
「ねぇブラン、卵との相性が良いならビーフシチューに半熟か温泉卵を乗せても良いかもね? それとマッシュポテトとチーズは鉄板よね」
「あー良いね、スクランブルエッグでも良いかも。リラ、少しノア君に持って帰るでしょ? マッシュポテトとチーズも持って帰ったら? チーズ乗せてから表面だけ焼いたら美味しそうだね」
「ブランさん! それくれ! おかわり!」
早く持ち帰る分を確保しないと全部食べられちゃうっ!
って、意外と魔術師も気に入ってくれたのね、リックと一緒になっておかわりしてくれてるわ。
うふふ……今度ブランにケチャップとかの作り方も教えて貰おうかしら。




