番外編)リラのビーフシチュー……(失敗)
ご飯小説でこれはありでしょうか…?
今回は美味しくありません!←
「最近ブラン寝てばっかだな」
ミリアがリーゼと一緒に次の世界樹散策の構想を街で練っている間、久し振りに解放された俺は特に何をするわけでもなく、ぼぅっとブランの店に来てみたんだが……。
店の奥、小上がりでは他に客がいない事を良い事にスヤスヤと寝息を立てているブラン。
ここ最近なんだかんだ星の日にも誰か来ていたようだし、折角この前休ませようとしても結局は休めなかったし。
そう考えると怪我の事もあるし不自然ではない気はするが、やはり俺やユリカから見れば違和感のある光景だ。
狭いところで器用に寝るブランの手は赤みと腫れは無くなったが、その代わりくっきりと黒い痣になっていた。
この前子供二人におやつを作ってた時はまだここまで黒くなっては無かった気がしたんだが……。
「なぁユリカ、最近ブランって夜寝てるのか? 時間とか昼夜とかの概念がすっぽりおかしな事になってるとは言え、これだけ人間と接してるんだから体調の悪い時くらい……」
「んー、たぶん相変わらず寝てないんじゃないかな? 朝お店に来たら仕込みも全部終わってるし。それが終わったら寝てるかもしれないけど……分からない」
こりゃ寝てないな。
まぁ誰だってそう簡単に生活リズムを直せるものじゃないから薄々想像は出来てたけどな。
で、なぜか最近あまり顔を出していなかったリラが今日に限って朝からふらりと現れたかと思うと、寝てるブランを一切無視して何かせっせと煮込んでる有様。
一体何なんだよ。
無言のまま当たり前のように一番大きな鍋をぐるぐるとひたすらかき混ぜるリラと、手持ち無沙汰で人型になってる事すら面倒になって来た俺とユリカ。
今日休みでも良かったんじゃねぇか?
ことことと煮える規則的な小気味良い音以外取り立てて何も無い現状、そろそろミリア達の様子でも見に行ってみるかと腰を上げた時、ふと店の入り口から人の気配がした。
この店の扉と鍵はブランの魔力で繋がっていて、ブランが不能な時はもれなく鍵も不能になる。あと明確にこの店に来たいと言う意思が無いとここに繋ぐのも難しいらしい。アイラが最初に来た時ブランが酷い目にあってたのはそういう訳だ。
今は……寝てるだけで不能かどうか分からないがあまり鍵は使って欲しくないな。
この際鍵でも閉めてやろうかと歩き出した時、鍋から手を放したリラがふらっと扉まで歩み寄り、当たり前のように開け放った。
扉の向こうはどこかの街か何かかと思い込んでいたが意外にも世界樹の上、店の外の景色で、扉の向こうに居た人物もこれまた不思議な組み合わせ。
「直接世界樹から来たのに二人揃って扉が開けれないってどういうことよ」
ようやく口を開いたリラはそう言うと溜息混じりにカウンターに腰掛け、二人を軽くあしらう様に店のへと招きいれた。
「いやいや姐さん、初めてこの店の外の本当のドアノブを触ったけど、やっぱり遺跡の一部だからか相当錆びついてて硬いんだわ。さすがに飛竜に蹴破らせるのはまずいしどうしようかなーって」
「毎度お騒がせして……」
なんともしまりの無い顔で言い訳をたらたら垂れる様子のリックと、この前はじめて飛竜で来た魔術師が何とも申し訳なさそうに並んで入り口に立っていた。
と言うかあとちょっと遅かったら飛竜がつっこんで来てたのか……。ブランの手の事と良いリックは一回マジでリラに説教してもらった方が良いんじゃないか?
「えーと……あっ居た居たブランさん!」
リックはきょろきょろと辺りを見回したと思ったら、ブランを見つけた瞬間その場の空気など一切無視し魔術師をぐいぐいと押しながら小上がりのブランまで駆け寄る。
カウンターの中に居たユリカがブランにまた何かされるんじゃないかと毛を逆立てはじめたが、何故かその頭をリラが撫で回しおさめてしまった。
なんだどういうことだ?
「ブランさーんそのまま寝てて良いけどちょっと体勢だけかえるぞー噛み付くなよー」
リックはブーツを脱ぎ散らかすと、小上がりに丸まるように寝ていたブランをまたぎ、後ろから抱え寝ているブランを座らせるような体勢にする。
男同士だからかぱっと見気持ち悪い以外の感想なんで出ないが、犬猫を後ろから抱えているって思えばまぁ許せるかな。
「んー……ぐるルルル」
「はいはーい、うならないうならない」
って、犬猫なんて可愛いもんじゃなかった! 手負いの竜をつつくとか何考えてんだこいつら!
最初は可愛くうなってるなーとか思ったけど、最後の方なんて完全に竜だったぞ?
「ほい、魔術師さん。ブランさんの手はどうよ?」
呆気にとられている一同をよそに相変わらずのマイペースさで進行していくリック。そのリックに声をかけられてようやく我に帰った魔術師が恐る恐るブランの手の甲を観察し始めた。
「えーと……あー、やっぱり。下手にリック殿がタリスマンなんぞ強化するから刻印が残ってしまっている」
「えー俺のせい?」
何か分からないがブランの手が一向に治らないのはやっぱりリックのせいらしい。
この件に関しては全てあいつのせいか。そうか分かった、だから今は落ち着けよ? ユリカ?
抱えられているのが嫌なのか、ぐっすり眠ったままのブランが無意識にグルグルうなりながら身を捩っているが、無駄な筋肉の塊のリックががっちり押さえつけたまま微動だに出来ない様子。
リックは後ろに居るから良いが、正面で診察してる魔術師はブランがうなる度にびくっとするのが余計可哀相な気がする。
「なぁ、別に治療するならこそこそしないでブランを起してからでも良いんじゃないのか?」
「だってブランさん最近俺が近づくと嫌そうにするんだぜ?」
そりゃ嫌そうにするわ。今だって意識無いはずなのに嫌そうだしな。
少し呆れ気味の魔術師は空気の読めないリックは無視すると決めたようで、さっさと魔術を展開しブランの治療に入っていた。
一瞬何か思い出したように魔術師が小さく声を上げリックを見たが、露骨にどうでも良くなった表情になりそのまま治療を開始した。
治療と言っても手に残った刻印? を解除するだけだから想像する治療とは違った。
と言うか魔術師が魔力を込めて作った魔石をブランの手の甲にぎゅっと押し付けてただけ、そのものの数秒で手の甲の刻印は無くなり、代わりに刻印は魔石に刻み込まれていた。
正直リック達が来た段階からあいつらがやろうとする事を理解しようともしてなかったが、 あれだけブランが痛そうにしていたものが一瞬で無くなった事にユリカも俺も驚きを隠せないでいた。
しかもさっきまでリックに何をされてもうなるだけで起きる素振りが無かったブランが、魔術師が魔石をもって離れた瞬間、突然ぱちりと目を開けた。
「はっ!! ん?」
「ぐはぁっ!」
目を開けたと思った矢先、元気ハツラツ立ち上がったブランだったが、すぐ後ろに居たリックに全力で頭突きをぶちかまし一発で沈めた。
しかも何故か立ち上がった瞬間角やら何やらが飛び出したせいで、頭突きと言うかリックは角に引っかかって跳ね上げられたような……前世で見た闘牛みたいな絵面だったな。こう……ぽーんって後ろに弾き飛ばされた感じ……。
弾きあげられた瞬間、角と同時に出た翼に埋もれて見えなくなったが、まぁ多分生きてるだろう。
ブランの翼って鱗も多少あるが大体は鳥の羽みたいにふわふわだしな。
小上がりなんて狭い空間で窒息して無いかだけが不安ではあるな。
「おはようブラン。ご飯作っといたわよ」
当たり前の様にリックの事など無視したリラは、いつの間にかカウンターの中に戻り器にさっき作っていたものを盛りつけ始めていた。
目覚めたばかりの割にすっきりした表情のブランにいたっては、目の前で腰を抜かしている魔術師を不思議そうに眺めている。目が覚めたら目の前で人が腰抜かしてりゃそうなるわな。そして自分の後ろにもう一人居る事に気が付いてるのだろうか?
ひとまず魔術師を近くの椅子に座らせ、そのついでにおもいっきり伸びを
したブランは、ようやく小上がりの中いっぱいに詰め込まれた自分の翼の間にリックがいた事に気づいたらしい。
「何か良く分からないけどとりあえず皆おはよー。久しぶりにすっごく体が軽いー!」
ようやく出しっぱなしになっていた翼と角をしまったブランは、いつも通りのふんわりと間の抜けた様子で少し体を動かすと、小上がりの奥に押し込まれていたリックを摘み出し魔術師の隣の席に置いた。
リックは角がぶつかった顔の真ん中、それこそ顎の先から額まで一直線に真っ赤な線がついていて、しかもブランの抜けた羽根が髪やら服やらに刺さりまくり、とても騎士とは思えない醜態を晒している。
ここにディルさんがいなくて本当に良かったな。一応二人は所属の部隊が違うらしいが、それでもリックは怒鳴り散らされるだろうな。
「リラご飯何―? いい匂いだね、お腹す……いい匂い、だけど……?」
「ちょっと待ってくれ、そろそろ説明して貰って良いか……?」
なんか余りにも自然に何事もなかったかのように起きたブランだけど、とりあえず一回落ち着こう。うん。
一連の事を適宜説明しなさい。
☆
「……じゃあさっきまでの事を纏めると、そこの屍と魔術師さんは強化したタリスマンのせいで半分封印状態だったブランを解放しに来て、リラはリラで原因は分からないけど、とりあえず魔力が減少したブランに魔力が回復する食事を作りにきた。と言う事か」
気を失ったままテーブル席に打ち捨てられたリックは置いておいて、他の全員で状況を整理した結果そう言う事らしい。
元々強力なタリスマンを何の調整もせず強化して適当に使ったせいで、ブランは中途半端に封印状態になったらしい。
そのせいで最近普段以上にだるそうにしていたり少し移動する事すら嫌がった訳だ。って言うか魔術師曰く、あんな酷いタリスマンの使われ方したにも関わらず、今まで動き回ってた事が信じられないとの事だ。
で、リラは先日店を閉めた後にノアとの旅行土産をブランに持って来たらしいんだが、その時のブランが異様に魔力が低い上に元気がなかったから、魔力が回復出来そうな物を集めて食べさせようとしたって事か。
確かに魔物は魔力が減少すると弱ったり休眠したりするが、人型の時のブランは上手い事魔力を隠してるからかそう言う事は俺たち下位の魔物にはわからないんだよな。
リラは久しぶりに会ったらブランの魔力が無くなってて、正直死ぬんじゃないかって焦ったらしい。
だから朝から何か大量に煮込んでたのか。
……で、その料理なんだが、今ブランが隣で食べているんだけど、それが初めて見るくらい微妙な表情のまま匙を口に運んでいるわけだ。
「何か……すごい野趣溢れまくりの味だね、リラ。ここまで野性的だと気休めで入れたブーケガルニの風味が逆に邪魔と言うか……」
「自分でも才能の無さに驚きよ。ちなみにビーフシチューのはずだった……の」
結局封印を解いたら魔力も回復し、作った料理は折角だから全員で食べる事にしたにはしたんだが……。
何の肉だろうか、魔力が回復する物だから魔物か何かか?
なんにせよ犠牲になったその生き物に申し訳ないと思える程の仕上がり。
部位も筋繊維の方向も何も無視した包丁さばきのせいで見るも無残な切り口に、バラバラの大きさ。
下処理等も一切されていない様で、灰汁やら余分な脂分が入り混じった鍋の中は、軽く何か召喚できるんじゃないかといった様子。
さらに召喚液化した鍋の中には肉の他にも野菜……と言うか、魔力が豊富な植物(食用かは不明)が、これまたバラバラの大きさで投げ込まれ、想像を絶する見た目に仕上がっている。
これでなぜ匂いがしっかりビーフシチューなのかが分からん。
まだ雑食の魔物は良い。まだ良い。
だが魔術師に至ってはこれを食べたら最後、もう色々と戻ってこれないんじゃないか? ひたすらに皿を眺めるだけ眺め、手が出せず困り果てているのが不憫で不憫で……。
「おかしいわね、一応ブランがお店で出してる食材と同じもので、魔力があるものだけを使って作ったのに」
それは……。
ユリカお前はもう食うな、やめておけ。
「ねぇリラ、この……隠し味とか入れた? なんか、変な風味があるけど」
「マンドラゴラをすりおろして入れた位かしら?」
ビーフシチューにマンドラゴラ!
ビーフシチューにマンドラゴラ!?
カレーにすりおろしリンゴとか蜂蜜の感覚か!?
って、その発想からマンドラゴラに着地したリラの感性を疑うわ!
「……ノアが居なくて良かったな」
あれだけリラと仲がいいはずのユリカだったが、早々に匙を置きカウンターの中からお茶と最近作り置きしているプリンを二個持ってくると、少し離れた席で魔術師と二人、現実逃避の様に優雅なティータイムを開始し始めた。
確かにこれは友達が減るとか以前の問題だわ。
しかもリラのマンドラゴラ発言にブランのした返答、『マンドラゴラは一度乾燥させてから調理するとゴボウみたいで美味しいんだよね』と言う、この店できんぴらが食えなくなる発言をぶちかましていたのは常連には言えないな。




