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番外編) 臨時休業 ブランの一日

完全にご飯は出てきません・・・

 ガチャン


「あっ。またやっちゃった……」


 何かが落ちる音で振り向くと、ブランが床に落としたナイフを拾っていた。


「大丈夫? ブラン。まだ手が痛い?」


 先日リックさんがブランに使ったタリスマンのせいか、ここ数日思うように力が入らないみたい。

 それどころか、最初は虫に刺されたみたいに小さく赤みを帯びていただけだったけど、日に日に腫れが酷くなって、今は手の甲全体が赤くなってる。


「うーん……。相変わらず右手だけ変な感じだね。上手くナイフ持てない……」


 ブランはナイフを拾い上げ、何度か手を動かし様子を見ているようだけど、しっくり来ないみたいで困ったように小首を傾げている。

 もう。当分リックさんお店出禁にしようかしら。

 ってそれよりもブランの調子が悪いなら当分お店を休んだほうが良いかも知れない。けど休んでくれるかな? 

 

悶々と考えつつもちらっと横目でブランの方を見ると、何事も無いかのようにいつも通りカウンター席に腰掛けながら野菜の皮むきに勤しんでいる。

 けど、いつもならスルスルと難なくこなしてしまう量の野菜にもかかわらず、何度も野菜やナイフを落としては拾ってを繰り返しているせいか、あまり進んでいないように見える……。うーん。


「ねぇブラン、ちょっと指相撲しようよ」

「へっ? 指相撲? って今?」

「そう今!」


 唖然とするブランの手を強引に掴み強制的に指相撲開始!

 普段なら絶対勝てない……いや、手加減されておしまいだけど今日はっと……。


「いたたっ! ユリカ痛いっ」

「やっぱり! もうっ私が手を握っただけで痛いなら相当酷くなってるんじゃないの? 今日はブランお休みー!」


 強制的にブランからエプロンを奪い取ると、子供が拗ねたみたいに頬を膨らませてしょんぼりしちゃった。

 ……そっそんな可愛い顔されても返しませんっ! お休みしなさいっ!


「だってぇ……、今日クロウとミリアさんが世界樹散策から帰ってくるからって予約入ってるもん」

「可愛く言ったってダメなものはダメー。今日は一日私が一人で頑張るからブランはお休み! 言う事聞かないと……実家に帰らせていただきます!」

「分かった休む。うん。すぐ休む。もう休む」


 よしよし良く出来ました。

 実家と言っても世界樹の麓にある森だし、毎日そこからお店に通ってるんだけど、勢いって凄いね。

 うな垂れながらお店から出て行くブランの姿を見るとちょっとやりすぎかな? とも思うけど、早く治して帰って来てほしいんだもん。



 ユリカに追い出されたー。

 ……ユリカに追い出されたぁぁ。

 心配してくれてるのは嬉しいんだけど、お店以外に特に行くところも無いんだよね。

 お店で大人しくしてるからーって言えば良かったかな?


 それにしてもこれからどうしようかな。

 あの魔封じのタリスマンって効果長いんだね……うーん、仕返しにリックさんの仕事でも邪魔しに行こうかな。

 竜の姿でガオーって行ったら、きっと大慌て……ってそれってもしかして気を付けないと討伐されちゃうかも?

 じゃあ本当に寝てるしかないかな?

 買い物は大丈夫だし……あっちょっと牧場の方見に行きたいかな。で、あとは……あとは……?

 ……うん。ちょっと散歩して牧場見てから大人しく寝ようかな。


 で、人型だと痛くて上手く動けないし機動性も悪いから、久し振りに元の姿に……っと、よいしょーーっ。

 思い切り伸びをする様に体を伸ばすと、パキパキと軽い音を立て体が変化し始め、低かった視界も徐々に高いものに。

 えっと、角よし爪よし尻尾よしっと。

 んー……! 久し振りだから気持ちいーっ! お店の中と違って思いっきり羽と尻尾を伸ばしてもぶつからないしね。

 このままここでゴロゴロしても良いけど、さすがにこんな所にいたら目立つし冒険者達と会いかねないし、移動移動。

 歩くのも面倒だしズルズル這って移動しよう。たまにはいいよね。


 牧場はお店よりほんの少し登ったところ、結構近い距離にあるけど冒険者達が普段通るような世界樹の表面ではなく少し内側にあるお陰か、今のところ人が立ち入ったって話は聞かないかな。たぶん。


 それで肝心の牧場はっと……んー、ご飯もモリモリ食べてるしぱっと見特に変わった様子もないね。

 僕の魔力を注ぎつつ、徐々に徐々に人が食べやすくなるように餌も変えて交配して、結構長い時間かけて育てたミノタウロス達。

 最初は二足歩行で筋骨隆々なとても牛とは思えない生物だったけど、今は四足歩行でころころしてて可愛らしい感じ。

 完全な人工牛として育てたからこの牧場以外で育てるつもりは無い。

 だって餌も自然界で育ったミノタウロスなら絶対に食べない物を与えて育てたんだもん、完全に人の手で作り出した生物なんて自然界に出したら問題になるしね。

 なのでここのミノタウロス達は百パーセントお店で消費する子達。そう考えると可哀相な気がするけどね。


 でもねー最近世界樹の魔者達がこの牧場を荒らすことが増えてきたんだよね。

 まぁ確かにこんな無防備なころころした生物がいたら遠慮なく食べちゃうか。

 でもこれ『ミノタウロス』なんだよね。

 しかも元の多少知恵があるのじゃなく、完全に動物化してるから怒らすと手に負えないほど大暴れしちゃうんだよ……。

 もう何回この牧場も直した事か。


 で、ミノタウロスの牧場の横に一緒にオークも飼育中なんだけど、これは皆には秘密。

 何故か皆オークのイメージが悪いみたいであまりいい顔されないんだよね。

 でもこっちもしっかりと時間をかけて育てたから普通のオークよりも家畜らしい見た目に変化してるから、ぱっと見オークって分からないかもしれないね。

 うん、普通のオークよりも……巨大と言うか、ミノタウロスと同じくらいのサイズになってるし。

 温厚な性格に育ってくれたから良いけど、このサイズのオークが暴れでもしたら結構な災害になるだろうね……うん、絶対秘密にしよう。


 そうそう秘密で思い出した!

 お店から更に少し下ったところにもう一個秘密の場所があるんだよねー。

 うふふー今日は一日ダラダラして良い日だし、久し振りに行ってみようかなー。


 冒険者や知り合いに会わないように慎重にズルズルと移動……っと。

 人間には会わない様に気を付けてるけど、魔物の方はあんまり気にしない。

 別に僕が竜だからとか魔物だからとかじゃなくて、世界樹にいる魔物達は何故か僕には襲い掛かって来ないんだよね。たまーーに襲って来るのもいるけど大体は大人しいんだよね。


 だからこうやってズルズル這って移動しても纏わりついて来るのは植物かな。

 世界樹自体が他の動植物とは違った生き物のせいか、世界樹に生える草や苔も他の場所では見られないらしいね。

 確かに発光したり自分の意思で移動したりなんて普通の森じゃありえないかな。

 現に今も楽しそうに僕の尻尾の先から列になって何か登って来てるし。

 小さな葉っぱと茎からはとても支えきれないと思う程、大きな蕾をつけた二葉の小さな植物。

 それがよちよち歩きで淡い光を放ちながら何故か一列で僕に登頂中……可愛いから良いけど動けないよぉ。

 でもこの植物は良いけど、物によってはこうやって登って来てそのまま体に根を張っちゃう物もあるし、はじめて見る人達は要注意な植物達なんだよね。

 不思議なんだよねー、世界樹はどこも植物が育つのに不便しない程環境は整ってるはずなのに。もしかしたらくっ付いて世界樹以外に生息地を広めたいのかな? でもそれよりも先に寄生された人の体が持たないと思うんだよねぇ。


 まぁそんな事はともかく。

 可愛い同行者達を落っことさないように慎重に慎重に……もう少しのはず。ってあったあった。

 ここもまた見つけにくい程入り組んだ世界樹の内側、小さな洞の中。

 ぽっかりと空いた洞の中に、苔の放つ淡い光で映し出されるのは大きな水場。

 世界樹が溜め込んだ水分の一部がここに湧き出して溜まってるんだけど、水分と一緒に世界樹の魔素も溜まってるんだよね。だから下手に他の魔物は近づけないのかな?


 そしてここもまた世界樹の上だからこそって場所。

 普通の木の上だったらありえない話なんだけど、これ温泉なんだよねー。

 水場のそこに生えてる苔が発光する時に微妙に発熱するみたいで、水全体が丁度良い温度で保たれてるんだよね。

 昔はよくここで一日中温泉に浸かってぼぅっとしてたけど、最近は休みの日もなんだかんだ誰か来たりしてたから本当に久し振りだー。


 で、背中に乗っている同行者達を潰さないように慎重に水の中へ。

 って、この子達も気にせず入って来ちゃったけど大丈夫なの? 特に変な影響も無いのか、気持ち良さそうにぷかぷか浮かんで付いて来るけど……。

 まぁ何か懐かれちゃったみたいだし、お店に居てもらおうかなー。


 んー……! やっぱりこの温泉の縁に顎を乗せて肩までしっかり浸かるのお気に入りー。

 温泉に含まれる世界樹の魔素のお陰で手も早く治るだろうしね。

 ふわ……気持ち良くてもう眠くなってきた……。


 がさがさがさ……ばきばきばきどっしんっ!


 んえ? 今の何の音……


「……っ」


 のそっと音のした方に視線を移すと、ボロボロの服を来たスリ傷だらけの女性が目を見開いたまま僕の尻尾の近くで固まっていた。

 ふと女性の上に視線を移すと世界樹がモゾモゾと自身に開いた穴の修復を開始ししてる……さっきの音といい、もしかして落ちてきた?

 ここは内部に入り組んだ場所だし、どこからか足を踏み外して落ちたとは考えにくいし……もしかして世界樹さん? また冒険者を惑わせて楽しんでる?

 世界樹は面倒臭い人間とかが自身の上にいると、結構強制的にこうやって落っことしたりするんだよねぇ。

 でも見た感じそんなに面倒臭そうな人間じゃ無さそうだし、落っことす先もここだし……何々どう言う事?


 僕の尻尾に寄りかかるような体勢で硬直している女性は、相変わらず意識があるのかも心配になる程微動だにせず僕の事を見つめたまま。これって僕動いていいのかな?

 ん? よく見るとミリアさん位の年齢なのかな? 何でこんなところに……。


「……りゅ」


 りゅ?


「竜神様だーー!!!?」


 うわぁぁぁ! ここ洞の中だから音が反響してうわぁぁぁ!

 

 長い硬直からやっと起動したと思ったら物凄く元気だった! ちょっと傷とか心配した僕が馬鹿だったよ。って言うか何竜神様って? 人違いです!

 大声を出した瞬間、すぐに自身のそばにある僕の尻尾に気付いた女性は、全く臆することも無く当たり前のようにペタペタと確かめるように触り始めた。


「竜神様って本当に居たんだ! この尻尾の先の毛みたいなのって羽毛みたい……それに翼ももっと爬虫類的なモノを想像してたけど、そっちも鳥の羽みたいにふさふさなんだ……ふんふん。ちょっと竜神様っ! そこから出てっ! 体全体を見せて!」


 なんかすっごいしゃべってるし、女性がなんて事口走ってるのさっ。別に怖がらなくても良いけどもっと遠慮してくれてもいいんだよ?

 あと尻尾引っ張らないでよー人間の女性がグイグイ引っ張った位じゃ何ともならないからさ。


 しょうがないか、あーあ、折角久し振りの温泉だったのになー。

 渋々言われた通りにゆっくりと体を起こし、同行者達が溺れない様に掬ってから水から上がると、すぐに女性が駆け寄ってきた。


「あれっ? 竜神様って地竜なの? 体のフォルムは水竜っぽいけど手足は地竜のだし、尻尾とか背中とか翼のふわふわ加減も……。水の中にいたからてっきり水竜なのかと思ってたけど、と言うかそもそも他の竜とは違う姿よね……ブツブツ」


 すっごいしゃべってる(二回目)

 何かべたべた触りながらすっっごいしゃべってる(三回目)

 うーん……よく分からないけど、この人がミリアさん属性なのは確かだね。でも考古学者って感じじゃないね。


 と言うか僕の姿ってそんなに変なの? そっちのが気になって正直この人が誰なのかとかどうでも良く……


「ねぇ竜神様っ! その手に持ってるやつ何!?」


 べたべたと僕の喉元触りながら、僕の手の中の同行者達に気付いたらしく、おもいっきり手の中に飛び込んで来た。

 ねぇやっぱりちょっとは怖がってよぉ。って何僕の手の中で落ち着いて座ってるのさ。椅子なの? 僕ソファ代わりなの? しかも掴まれてる同行者が物凄い嫌がってるけど。さっきまでゆっくり動かしてた足? みたいな部分がそんなに早く動くんだって位バタバタしてるよ? そして今度はメモとりはじめてるけど……。


「なにこの植物……やっぱり世界樹って見たこと無い動植物の宝庫ね……」


 なんか今度は静かになったね。

 ふーん、世界樹に来て動植物の観察ね。

 若干世界樹が何で僕のところに彼女を落っことしたか分かったような気がする……。


 って、あ!

 今僕の手の中で彼女が大人しくしてるって事は、これってこのまま持ち運べるって事?

 ……うん、何か集中して同行者達を観察してるし、このまま持ってお店まで戻ろうかな。

 

 はーあ。結局休めたって訳でも無いし、むしろ何か不思議な人を拾っちゃったし……。

 一先ずお店に戻ってゆっくりしてから色々聞けばいいかな。


 のそのそと彼女を持ったまま歩きつつ、戻ったらユリカがどんな顔するかを想像したらお土産の一つでも持って帰ったほうが良いかもとか思い始めた。

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