ホットケーキ
急遽思いつきで書きなぐったのでどうか分かりませんが…。
最近お父様の様子がおかしいわ。
こそこそと周りを伺うように確認したと思ったらこっそり扉を開けて、数時間たったら満足そうな顔で戻って来るの。
最初は後をつけて扉を開けたのだけれど、なぜか見つからないのよね。
それでずっと観察していて分かったのだけれども、どうにもこっそりどこかへ行く時はお父様の『大切な物入れ箱』の中から何かを持って行くの。
で、今日はそのお父様は会食の為夜まで戻って来ない……と。
一人にやりといやらしい笑みを浮かべているのは分かっているわ。
でも今日しかないもの。今日こそお父様の秘密を暴いてやるんだから。
こっそりと侍女達に見つからないようにお父様の書斎に……っと、潜入完了。
で問題の『大切な物入れ箱』から何を持って行っているのかだけれども……。
お父様の書斎の戸棚の一番上、少し背の高い椅子をずるずると引き摺って来てそれの上に上り背伸びをしてどうにか届く高さ。
触れるのも怖いような物が陳列された戸棚から箱を一つ取り出し、足場にしていた椅子に腰掛けながら中身を確認すると、中に入っていたのは小さな紫色の宝石のような珠が一つだけ。
一つしか入っていなかったからこれで間違い無い様だけれども、これをどうしたら良いのか分からないわ。
椅子を片付け、ソファにごろっと横になりながら光にかざす様に珠を眺める。
見れば見るほど宝石の様だけれど、それにしては完璧な球体過ぎるし変な曇りも無い不思議な珠。
うーん、よく分からないわ。
素直にお父様が帰って来たら聞いた方が良いかしら。
あーあ、残念だわ。今日こそお父様の秘密が分かると思ったのにな。
ぶつぶつと独り言を言いつつ、書斎の扉に手をかける。
すると、扉を開けた瞬間吸い込んだ空気は慣れ親しんだ自宅のものではなく、鼻腔をくすぐる芳しい香りと木の匂いだった。
俯いたまま自分の気のせいかと溜息を付きそうになった瞬間視界に入って来たのは、完全に自宅の廊下とは違う床。
気のせいじゃない!? 跳ね上げた顔の先にあったのは全く知らない人々と空間だった。
「えっ!? え……えぇ!?」
散々家庭教師やお母様お父様に『大きな声ははしたない』と教え込まれていたけれど、そんな事言ってられないわっ! ここは何!? どこなの!?
扉の前で突然大きな声を上げ固まったままの私を不思議そうに眺める何個かの顔。
どっどうしよう……怖い……。
「んんー……えっと、はじめまして? 無理矢理『扉』を開いたのは君が初めてだよ。完全に気を抜いてたからすっごい痛かったぁ……」
「ブラン大丈夫? 珍しい事もあるのね」
カウンターに顔を突っ伏していた男性が、片手で頭を押さえながら困ったような笑顔で話しかけてきた。
先程その男性を気にかけるような言葉を発していた隣に座る女性は、もうその事はどうでも良くなったのか反対側に座る金髪の少年と二人、楽しそうにお茶を飲み始めていた。
「えっと、はじめまし……て、その……ごめんなさい……」
なにか分からないけど人様の家に勝手に入ってしまったのよね……。きっとお父様の書斎にあったこの珠はマジックアイテムだったのね。
あぁっもう! 私の馬鹿馬鹿馬鹿! お父様に一言聞くだけで良かったのに勝手な事するからこうやって迷惑がかかるんだわ……。
自分の浅はかさに嫌気がさしてくると、ポロポロと自然に涙が零れ落ちていく。
「あぁごめんごめん、泣かないで。ここはお店だからいつ誰が来ても良いんだよ。ただ『お父様の秘密の場所』なんて素敵な繋ぎ方してくれたから、ちょっと捩れて扉が繋がっただけだよ」
カウンターからふわりと浮き上がるように立ち上がった男性が、柔らかい口調でそう言いながら私を抱え上げ、泣き止まない赤ちゃんにそうするかのように背中をポンポンとリズム良く叩きあやそうとする。
慣れた手つきの様に見えて、実はあまりあやすことに慣れていないのだろう、ポンポンと背中を叩き頭を撫で、それでも私が泣き止まないので、隣に座っていた女性に早々に渡しカウンターの奥に行ってしまった。
「そうよー泣かなくたって良いんだから。ぼぅっとしてたブランが悪いんだし、いきなりでビックリしたのはこっちなのにね? ねぇ、お名前はなんて言うの? 私はリラって言うの、こっちはノアよ」
ぐずぐずと泣き続ける私を膝に乗せ、涙を拭き取ってくれながら優しい言葉を掛けてくれるリラ。
「わっ私っ……アイラっ……お店……? 扉?」
「アイラちゃんって言うのね。そう、ここはお店なの。さっきの紫色の毛玉……そこで何か作ってるのがここの店主のブラン。珠を持っていたって事はアイラちゃんのお父様もここに来た事がある人って事ね。扉はぁ……説明すると長くなるからまた今度ね」
可愛く舌を出しそう言うリラはとても可愛らしく、ついついはじめて会った人って言う事も忘れ凝視してしまう。
「リラお姉ちゃん……僕も……抱っこ」
「……っ! ノアァァァァ可愛いぃぃぃぃ!」
隣に居たノアが可愛く甘えて来た事でさっきまで『大人な女性』だったはずのリラが、多分こっちが本当の姿なのよね、私とノアの二人を思いっきり抱き締めながら盛大に二人の頭を撫で回しながら奇声……えっと、歓喜の声? を上げている。
「リラ……前々から聞きたかったんだけど、僕の事嫌いでしょ? もう……アイラちゃん脅かしてごめんね、はいこれ、簡単に作ったからどうか分からないけどどうぞー」
カウンターの向こう側から声を掛けて来たブランは、まだ頭が痛いのか片手でさすりながら私とリラ、ノアの前にコトリとお皿を置いた。
でも……。
「あのっ……でも私お金が……」
お店に来るなんて知らなかったからお金なんて持って来てない。
戸惑いブランの顔を見上げると、さっきまでの困った笑顔ではなく、その綺麗な顔に一際映える柔らかな微笑みを浮かべ口を開く。
「御代なんていらないよ。いつもノルベルトさんには御贔屓にして貰ってるからねぇ。サービスサービス。ついでにリラとノアのおやつも出来たしね」
「!? 何でっ……お父様……!」
私何も言っていないのに何で?
「まぁまぁそんな事は良いから早く食べましょ? 早くしないとしぼんじゃうわよ?」
リラがようやく自分の膝の上から私とノアを降ろすと、さっとフォークを私に手渡したかと思ったらもう食べ始めている……。
展開の速さに呆気にとられていると、ふわりと甘い香りが鼻をくすぐった。
反射的に自分の目の前に置かれている皿に視線を移すと、自宅や北方で行われる会食では見たことない程ふっくらとした、皿からはみ出してしまいそうなパンケーキが鎮座している。
あまりの大きさと雲の様にふわふわしたそれに驚き、口を開こうとリラに視線を移すとノアと二人何事も無いようにニコニコと仲良く食べているし、目の前ではブランもニコニコしたままお茶を飲んでるし……。
もう……何でこうなったか理解するのは後で良い……よね?
皿に添えられたフォークとナイフを握り締め、ゆっくりとパンケーキ目掛けてナイフを落とす。
ふわっ
さくっ
かちゃっ
「わぁ……」
表面は少し抵抗があったものの、中は雲か泡かとも思える程に柔らかくナイフを飲み込んみ、あっけなく皿まで到達してしまった。
自分で驚きの声を上げたのも気付かず、切り分けたふわふわのパンケーキに上に乗っていたバターを少しつけ一口。
「んっ! んんーー~~!!」
口に入れた瞬間しゅって溶けてなくなった!
それにバターだけしかつけてないのに凄く甘い! バターも濃厚だし、これならどんなに大きくても食べれちゃうわ!
さくさくと切り分けパクパクと口に運ぶ。
「ふふふっ。気に入って貰えた様で良かったー。折角だしなにかトッピングする? 蜂蜜にメープルに生クリームにジャム……ベリーもいっぱいあるし、チーズを乗っけても美味しいかもね」
ブランは嬉しそうに笑いながらいくつかの小瓶とベリーの盛り合わせ、それにしっかりと泡立てた生クリームとカットしたチーズをトレイに乗せ、ぽんっと私達の前に置く。
「もうっこんな素敵な物あるなら早く出してよっ。私メープルー! あっねぇブラン、黒糖とかきなことかも変わってて美味しいかもしれないわねっ」
こくとう? きなこ?
リラの言っている事はよく分からないけれどなんだか美味しそう。
「ノアは何にする? 蜂蜜? あっアイラちゃん、ここの生クリーム美味しいから食べてごらん?」
テキパキと自分の皿とノアの皿にトッピングしていたリラは、思い出したように私にそう投げかけ、皿の端っこに『ちょっと試してみて』と少しクリームを乗せてくれた。
私の住んでいる北方は乳製品で有名で、世界樹の四方の国は大体北方で作られたものを使用していると聞くわ。
でもさっき食べたバターは私の知っているのもでも無かったけど、取り立てて高級なものとも思えない。
なのに普段食べている物よりこっちの方が断然コクもあって美味しかった!
じゃあ生クリームは?
半分確信していたけれど恐る恐るパンケーキにつけ口にふくむ。
「んー! 美味しいっ!!」
「ねっ? 美味しいでしょ?」
すごく濃厚で脂質は普段食べている物より高いはずなのに、くどくなくあっさりと食べられる!
しかも何!? いつまでも甘い香りは残るのにあっさりしてるってどう言う事!? 魔法なのかしら!
その勢いのまま目の前のトレイから生クリームを山盛りすくい上げ、パンケーキに目一杯塗りたくり休む事無く口に運び続ける。
「あっはははっ。さすがノルベルトさんの娘さんだね。お父さんも一口食べてすぐ『このバターは?』って言ったんだよね。それに酔っ払った時にちょっと言ってた気がしたんだよね」
「いっふぇふぁ? おほうふぁまが?」
はしたなく口いっぱいパンケーキを詰め込みながらふがふがと話すと、ブランはまた困ったように笑いながら口の周りを拭いてくれた。
「そう、『うちの娘は私よりグルメだ』とか『私よりバターの違いが分かる』とか後は『東方の者が言っていた雪解けのようなパンケーキを食べさせてやりたい』とかね。だから頑張って作ってもたんだ、スフレホットケーキ」
お父様がそんな事を……それにこれスフレホットケーキって言うのね……雪解け……。
雪解け……。
「私の知っている雪はもっとこう……どしーーん! どかーーん! って感じで、雪解けもこんな淡いイメージじゃなくてゴゴゴゴゴって迫ってくる危ないもののイメージだわっ」
お父様は元々北方の出身じゃないって聞いたことがあるし、一般的に言われる淡いって意味で言ったのだろうけれども、北方から出たこと無い私からしたらちょっとピンと来ないわ……。
「あらら、ブラン外れちゃったみたいねー。今日は珍しい事が多い日ね」
「ねー。じゃあ今度来る時までに、『どしーんどかーんゴゴゴゴゴ』ってホットケーキ考えとか無いとね」
ふと雪解けについて考えを巡らせていると、リラとブランがくすくすと談笑しているのが聞こえて来た。
って違う! いきなり現れてご馳走になっておいて何言ってるの私!? しかもよく分からないけど私のせいでブランは痛かったんだよね!? あぁってもう私の馬鹿馬鹿馬鹿っ!
「あっあのっ! 違うんです! すっごく美味しかったです! ジャガイモのパンケーキしか食べた事無かったから、ふわふわなのにびっくりしたしバターも生クリームのすっごく美味しかったし……その……ごちそうさまでした……それと痛い思いさせてごめんなさい……」
俯きながら必死に言葉を伝えるも上手くまとまらずモジモジとしていると、ブランがカウンターの向こう側からすっと手を伸ばし軽く私の頭を撫でる。
「あははっ何も謝る事なんて無いのに、折り目正しい子だね。僕としてはニコニコしながら『美味しい』って言ってもらえただけで嬉しいんだから。それに痛かったって言っても静電気がバチバチってなったのと同じようなものだし、お陰でノルベルトさんの自慢の娘さんに会えたしねっ」
「そうよーアイラちゃん。バチバチーってなった時のブランを見せてあげたかったわ、ふふふっ面白かったー!」
ころころと笑うリラを不満そうに眺めるブラン。
本当に来てしまっても良かったんだとも思えるその光景にクスリと笑いつつ、こんな暖かい空間を知っていて独り占めしていたお父様をどう問い詰めようかと考えつつ、皿に残った生クリームをすくって口に運ぶ。
うん、次ぎ来た時はこの生クリームの秘密も暴いてあげるわ。




