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テクニカルアーツ  作者: 乾紅太郎
第一章 黒き龍と新緑の少女
8/16

再戦

「さて、どこに行きます?」

「スタジアム、今日は何もありませんよね?」

「何か見過ごしが?」


 思わぬ行き先とは言えど、エナードはあっさりと進路をスタジアムへと向けた。彼自身、どこか彼に対し説明しようのない期待があった。


「人とアーツの転送、あの時は四人来ましたよね?」

「どこかに拠点を設けて転送したんでしょうね」

「どんなアーツを使っているのかは分かりませんけど、あれだけの武器でもバルデルには通用しなかった」

「……あの熱線をどこかへ転送したと?」

「変だったんですよ。確かにあの四人に気を取られていたのは確かですけど、少なくとも俺が空に上がってから力の行使が彼女からは感じられなかった」


 自身へ向けられていた熱線の向きを変え、改めて発射。素直に受け止めるならこの様な力と推測したくなるが、アーツと人との感応現象による力の行使が行われたにしては、波があまりに小さすぎた。


「あの場に特殊な力を入れておいたとかでしょうか?」

「もしかしたら彼女とは他に強力な力を持つ者が他にもいるのかもしれません、それこそ彼女は執行者なのかもしれない」


 となれば、彼女やグレムすら誰かの駒。


「もし彼女もまた誰かに縛られての結果なのだとしたら」


 携帯を取り出し、今やすっかり慣れ親しんだ名前を見つけ通話ボタンを押す。そろそろ、あちらも何か進展があってもいい頃だ。


「その罪は、俺が殺します」


 掛けてワンコールで通話が開始され、彼が口を開く前に向こうから声が飛んでくる。


「そろそろ掛けてくるって思ってた」

「結果はどうだ?」

「白、真っ白すぎて汚したくなるくらい」

「だろうな、ティスは?」


 特に落胆もなくアレッドが次の話題に入ると、少しの間を置いてため息が彼の耳に届いた。


「いるけど、アレッドどこにいるの?」

「ちょっとな、別に一人で暴走してるとかじゃないぞ?」

「……代わる」

「随分と不服そうな顔をさせたようだけど、あんまり褒められた事じゃないね」

「ちょっと頼みたい事があるんだ、もちろんそっちにもメリットはある」


 ティスの言葉に同意しないでもなかったが、今の彼にはあまり余裕がなかった。下手をすれば、対バルデル第二ラウンドの始まりともなりかねない賭けに出るのだから。


「君からとは言いだすとは珍しいね、頼まれたこと自体が僕にとってはメリットかもしれないね」

「今から一時間後、場所はライレフスタジアム。用意できないか?」

「何が狙いだい?」

「昨日、この場所で何人か殺された」

「知ってるよ、その上で聞いてるのさ」


 声は真剣そのもの。彼女が何を言いたいのか分からないでもないアレッドでも、ここで引く選択肢はなかった。


「まだはっきりしてないけど、犠牲者は3年前の事件が起きた事によって子供を失う事を運命づけられた可能性が高い」

「ああ、そういうのを探せってことかな?」

「話してたってことは、そういう事だって分かってたんだろ?」

「君に言う事でもないと思ってね、何も彼らが初めてだった訳でもない。やってみるよ、距離からしてそう多くを用意できるとは思わないでくれ」

「巻き込まれるのは慣れてる」 

「代わるよ、このまま切っては殺されてしまいそうだしね」


 アレッドのあまりに遠回しな礼は、更に遠回しな気遣いによって一周してくる格好となる。


「アレッド」

「無理はしてない冷静だ」

「私も行くから」


 思わず早口になる弁解に、宣言されたのはやはりの一言。


「ああ、待ってる」

「誘い出す気ですか?」


 通話を終えた彼にエナードは問いに頷く。


「来ると思うんです、これで来てくれれば相手側にも似た様な力を持つ者がいると断定できます」


 言葉と反し、アレッドには自信があった。3年前の事件の関係者を選んでいるのは、アレッドに対するアピール。

 彼が力を行使するなら、その場所も対象も彼らにとってどうでもいいはず。この意図的な殺罪は、その辺りを見極める意味もあった。


「どうでもよくあって欲しいのかもな」


 自嘲気味にそう言ってアレッドはシートを後ろに倒し、静かに目を閉じた。


「動き出しましたか」


 同刻、某所。グレムが吐き出す煙草の煙が消えていくその先で、少女は昨日と変わらぬ服装のままソファの上で礼儀よく座っていた。

 微動だにしないその様は人形の様で、事実それと彼女はそう変わりのない存在でしかなった。


「ええ、聞こえています。彼らの声が」

「ジュリウスに指示を出しておきますよ、行くのでしょう?」

「はい、彼がそう望んでいるのですから。行かねばなりません」

「では、手配をしておきましょう」


 少女の瞳に光はなく、彼女はただ小さく呟くのみ。


「共に戦いましょう、アレッド・ハートレッド」


「アレッド! アレッド! アレ、またここにいたんだ」

「あれ? もう飯?」

「違うよ、ちょっと見てて欲しい子がいるから探しに来たの」


 丘の上で、少年と少女が立っている。


「ジュリウスは?」

「お勉強中だから、何だか頼みづらくって」

「俺はいいのかよ」

「海見てるだけじゃない」


 ひねくれた振りをする少年に、少女もそれを分かってか楽しげに返す。


「俺にとっては重要な時間なの」

「そんなに好き?」

「何でか分かんないけどな、本当に何でなんだろう?」

「本当に何も分からないんだね」

「いいんだよ、とりあえずここがいい場所って事は知ってる」


 そう、少年はそれでよかった。例え自分が何であろうとも。


「アレッドさん?」

「……んぁ、はい!?」

「もうすぐです、お疲れですね」


 目が覚めてなお、アレッドは自身の状態をまだ自覚してはいなかった。視界にあるのは車の天井で、隣にいるのはエナードで、と考えて初めて彼は自分が寝ていたことに気付いた。


「すみません! エナードさんに運転させておいて、ああ本当に無意識にシートを……」


「構いません、その為に私がいるんですから」

「どこか動きは?」

「ジュリウスが本部を出たようです、恐らくそう時間差はなくここに来るでしょう。勿論、私が連絡した訳ではありませんよ」


 アレッドの希望通りの展開ではあるが、それは同時に彼が敵である可能性が高

まったということ。


「これはあまり嬉しくない展開ですが、どうやら国家議員クラスが動いていくるかもしれません」

「寧ろ動いてもらった方がいいです、殺罪を放置してるのもどうかと思ってるので」

「おや、反対派ですか?」

「姿勢としては賛成の立場ですけど、だからといって国が放置するのかと問われれば、それは違うだろうとも思うだけです。彼らの目的が何であろうと今回のこれは容認できる行為ではありません」


 これで少なくとも国の機関のどこかでは議題に上がる。この問題が解決しようとするまいと、それはいつか向き合わなければならないことだ。


「普通に駐車場に置きます、フィールドは自由に入れるそうですから」

「ありがとうございます、エナードさんは外で。それからこれを」

「メモ? なるほど、素直に聞いておきましょう。確かにこれは試したくなる」


 エナードを置いて、アレッドがフィールドに向かう。エヴァルは先ほどからずっと中にいたまま、バルデルが出てくるならもう少し調整をしたいところだが贅沢は言っていられない。


「……来る?」


 緑の人工芝の端に立って、すぐに感じる気配にアレッドが意外そうに空を見上げる。ティスが用意するには早すぎるが、正体を見て納得の表情に変わった。


「何だよ、こっちの方か」


 現れるは黒き翼を持つ巨龍、伝説の世界の存在も二日も連続で会えば日常と変わりない。


「聞こえたのか?」

「ええ、ここにと」


 アレッドが空を駆け、バルデルの背に乗る。さして抵抗もされず、アレッドを脅威として見なしていない。


「随分と余裕だな、どんなのが来るか分からないぞ」

「問題ありません、この子と貴方がいるのでしたら」

「ジュリウスは用済みか?」

「いえ、彼には彼の役目があります。貴方と同じく、それは神に与えられた使命なのですから」

「使命ね」


 スタジアムの外では交通規制が敷かれ、唯でさえ大して交通量の多くない一帯がほぼ無人と化している。


「エナードさん、運転しながらここまで……? いや、ジュリウスが動いてんだったな」

「そういえば、名乗ってもいませんでしたね。リフィア、リフィア・フルーラルと申します。宜しくお願いしますね」

「できれば短い付き合いにしたいんだけどな」


 バルデルに干渉しようとしたところでその波が全てかき消され、アレッドがこの巨龍に対して打つ手をなくしていた。

 この至近距離からの干渉の一切を防ぐとなると、生け捕りにしてリーフに解析を依頼したいところだが、生け捕りにする方法など更に思いつかない。


「流石、伝説と呼ばれるだけのことはあるんだな」

「来ます」

「バルデルから聞いてる訳じゃないよな?」

「ええ、教えてくれるのは心ですから」

「心……?」

 アーツが持つ力は基本的に一種、そしてそれを制御する人も同時に制御できる力は一種のみ。それはどんな人が感応現象を起こそうと違いはない基本原則。

 ティスをはじめ、どんな力を持つ者であれどその原則から逃れるずべはない。つまり彼女が聞いているなら、バルデルの力の制御は第三者が行っているはずだが。


「気配なんてどこにも……アーツ単独で安定して力の行使ができるなら別だけど、そんなのって」

「いらっしゃいましたね、罪に捕らわれた方々が」


 考える間もなく、眼下に何人かの人影が見えアレッドが戦闘態勢を整える。何も前回の様に殺すつもりは一切ない。聞こえているのが分かった以上、彼女にこれ以上の何かをさせる気はアレッドにはなかった。


「昨日はあまり私の方は何もお見せできていませんでしたので、少し頑張りましょうか」

「昨日とは違うって、これは通常通りの――」

「足りません」

「は?」


 冷たく発せられた一言に、アレッドの足が止まる。降りなければならない、そう緊急信号を脳が体中に出しているのに体が動かない。


「これでは、まるで足りません」

「足りないって――」

「育てねば、この程度の罪ではしょくざいになりません」


 アレッドの問いなど初めから聞いてはいないのか、何の感情もない声だけがその場を支配する。


「贖罪?」

「ええ、罪とは償うものでしょう?」

「それはまあ、そうだけど」

「罪とは、抱いたその罪がどんなものであれ排除しなければなりません」

「何をする気だ!?」


 言い知れぬ危機感を抱いたアレッドがバルデルの背を蹴ってリフィアに飛びかかろうとするも、突然の暴風に振り落とされる。たかだか一度のはためきと言えども、生身の人間では一切の抵抗を封じられる程の風圧。


「食罪ですよ、大きく大きくしましょう。こんな素晴らしい方に負の感情を持つ者は、排除されるべきです」

「転送!? けど撃ってくるわけが――」


 ようやく空中で態勢を整えたアレッドが、昨日と全く同じ展開に目を疑う。一切の時間を必要とせず、その空間を完全に支配している。それはまさに、神の御業。


「さあ撃ちなさい。全てを返し、食しましょう。未来の為に、糧となりなさい」


 三つの砲口から、熱線が放射された。

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