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テクニカルアーツ  作者: 乾紅太郎
第一章 黒き龍と新緑の少女
7/16

悔恨

「第一声からしてこんな事を言うのは申し訳ないんだけど、実は彼らの存在を僕らも認知してはいた」

「見殺しにしたんだ?」


 アランが持ってきた紅茶に口を付けることなく、ルーアがティスに噛みついた。


「そう取られても仕方ないね」

「声は聞こえてたってことか?」


 アランは部屋の後方に座り、話に参加することなく腕組みをして座っているのみ。

 お蔭で唯一の黒一点となったアレッドが、この場では司会役となる。


「その通り、ただあまり優先度を高く設定してはいなかった。あまり声が大きくなかったから」

「声の大小? あれだけの事をするなら大きかったんじゃないの?」

「そう、ここは僕も気になっていることだ。あれだけの事をするならそれこそ絶叫でもおかしくない、にも関わらずそうではなかった」

「あんまりやる気なかったのか?」

「僕はそう判断した」


 アレッドとルーアが顔を見合わせるも、実際に起きた現場を見てはいそうですかと納得はできない。

 自身の命を賭してまでの行為をそんな簡単に起こせるものだろうか。


「君達が感じているだろうその疑念は理解できる、僕だって当然その疑問は生まれた。だからヴァロンを派遣しているんだし」

「可能性として、場所を当日になって選定することは可能なのか?」

「執行者の力次第かな、普通なら1週間はないと力の行使ができないはずなんだけど」

「それは神の裁きとかいうテクニカルアーツの発動コストが時間ってこと?」

「何も執行者だけの力で発動させてる訳じゃないからね、僕が補助するにしても力をその場に込めておかないと」


 ルーアの問いは第三者が抱くものとして当然のものながら、その実態はややずれている。


「可能は可能なんだな?」


 ただ可能性の存在が明らかになった以上、アレッドにとっては朗報だった。朗報としてはあまり嬉しくない部類だが。


「理論上はね。そうだね……バルデルの使役が可能であれば出来てもおかしくはないかな。執行者が君であれば申し分ない」

「そこまで情報が入ってるなら聞きたい事は分かってるよな?」

「リフィアとかいう少女の事だろう? 僕と極めて似た力の持ち主であることは間違いないと思う」


 本人が名乗った訳でも、誰かからそう明示された訳でもない。それでもその名が彼女であるとアレッドは半ば確信を抱いていた。


「それだけの力があるのに今までどこかで潜んでたのか? どこの組織だって欲しがるだろ」

「エクスペリア出身であれば、僕にまで情報は入ってこないと思う。大陸の方にも聞いてはいるけど、かなり上の階級の人間までが知らないと言う有様でさ」

「それ音声データあるなら判別するけど?」

「個人名は伏せるけど、それでもいいなら」

「私も判別するだけでそれを外部に漏らす気はないし、この子に記憶させることもしない」

「なら構わないよ、それで疑いが晴れるなら安いものだ。アラン、用意を」

「30分ほどで戻ります」


 彼女達の間であっさりと取引は締結され、アランが部屋を後にする。

 残った3人でこれからどうしようかと相談をアレッドが持ちかけようとしたところで、彼の胸ポケットが震えた。


「エナードさん? アレッドですが」

「今、どこにいます?」

「アルシェ近郊にいます」

「時間を作って頂けませんか? 正式にEAEに申請が必要であれば、こちらで行います」

「申請なんてしたら不味いことになりません?」


 昨日の件は表向き、アレッドは不在ということになっている。それを翌日に政府からEAEにそんな申請が出されれば、昨日も彼が現場にいたと政府が認めるようなもの。

 それでは隠ぺいの為に規制を敷いたアイファに余計な詮索が及ぶ恐れもあり、彼としては出して下さいとはとてもではないが言える訳がない。


「昨日の事件の捜査がリーダーズの担当になりましてね」

「まあ、でしょうね」


 国際警察の登場ということは、あの犯行グループは多国にまたがっての集団ということ。それだけなら想定内だが、重ねて告げられたのはアレッドにとって思いもよらない情報だった。


「その指揮権を持っているのが、ジュリウス・シュバルマンなんです。ですから我々から貴方に協力を要請しても不自然ではありません、それ位は知る人は知っていますから」

「……つまりあのバルデル連れてた子もリーダーズと?」

「流石にその可能性はないでしょうが、私もよく分かっていません。平然と自己紹介されましたが、喧嘩を売られているかと思いましたよ」

「えーっと」


 状況が上手く飲み込めずアレッドが言葉を探す横で、ルーアが頭を抱えた。自分達が引き起こした事件を自分達で捜査、それも目撃者と共にとは意味が分からない。


「これから犯行グループの一人の家宅捜査に行こうと思っているんですが、その事についても相談できればと」

「そんな申し訳なさそうにしなくても行きますよ、申請でしたらアイファを通して貰えますか?」

「分かりました、彼女の担当になったのですね」

「今のところは、どこへ行けば?」

「一番街入口まで来て頂ければ、後はこちらで見つけます」


 隣でルーアがひらひらと手を振り、アレッドが手でごめんのポーズを作る。


「分かりました、20分程度で行けると思います」

「お待ちしています」

「またこっちには戻ってくるんだろうね?」


 電話の終わりと同時に、ティスがアレッドの肩に顎を乗せ頬をつんつんと突く。頬を膨らませわざとらしく怒りを示すのは話題からはみ出された苛立ちか、あるいはただのポーズか。

 アレッドに判断の付くものでないことだけは確かであるが。


「そのつもりだけど、車は置いとくから。戻ってこれないようだった先に帰っててくれ」

「はいはい、連絡だけは入れて。無駄に心配したくないから」

「なら入口に用意しておくとするよ、返せる時に返してくれたらそれでいい」

「助かる」


 ティスとルーアの気遣いに感謝を示しつつ、アレッドがエヴァルと共に部屋を後にする。結果、更に人が減って残された二人は顔を見合わせて。


「相変わらずだね、彼は」

「……さあ」


 奇妙に穏やかな空気を漂わせ、戻ってきたアランを困惑させることとなった。


 アルスペリア首都、アルシェ。政治の中心であり各国の大使館、省庁が立ち並ぶその様は大陸の都市ともひけを取らないが、アレッドは個人的な都合によりこの都市が苦手だった。


「相変わらず人だらけだな……」


 ティスが用意していたのは一般庶民が愛する小型の乗用車であり、それはエヴァルを歓喜させたが今は車内で硬直している有様だ。


「あーもう波がぐわんぐわんしてる、一刻も早く出たいんだけどな」


 行政区域が広いとはいえ、500万以上の人口は国内2位。それだけに車も人もその数は多く、彼にとってはここに来る度にそれが悩みの種となっている。


「駐車場は……一杯か、一番街ってこの辺りだよな……いたぁ」


 不慣れな道をきょろきょろと周囲を探りながら同じ道をぐるぐると回ること、3往復。彼はようやく目当ての人物を見つけ、安堵の息を漏らした。


「迷われましたか?」

「少し、ここ入っても?」

「我々の専用スペースですので、どうぞ」

「ふぅ、あんまり来ないものですから」


 ビルの間の狭いスペースに車を滑り込ませれば、窓の外でエナードが顔を軽く下げる。寝ていないのか、顔の下に隈ができていた。


「力を使えば簡単では?」

「対象とする人間が多すぎて無理ですし、暴発したらとんでもないことになりかねないので」

「とんでもないこと? 例えば?」

「あのビルが崩落する……とか」


 蘇る苦い記憶。犠牲者こそ出なかったが、一歩間違えば彼はここにはいられなかったと断言できるほどの大災害。


「崩壊……気が利かず、申し訳ありません」

「いえ、自己責任なので別に。使い勝手の悪い力で俺の方こそ申し訳ないと言いますか」

「私の車で行きましょうか、現地には何人か既に行っておりますので」


 そう言ってエナードから示された車を見てエヴァルが無言の抗議を主に行うも、彼にもこれはどうしようもなく。


「我慢、我慢だから」


 必死の抵抗むなしくエヴァルが後部座席で再び凍りく中で、助手席に座ったアレッドにエナードが一つ箱を差し出した。


「これは?」

「捜査協力の申請が通りまして、その証明となるものです」


 中にあるのはリーダーズの腕章、黒の記事に白の線が横に二本。EAEの制服と生地の色が重なる為か、存在感が薄い。


「それを着用していれば邪魔者扱いされることはないでしょう」

「ジュリウスは?」

「外務局の一部を捜査本部として使用していまして、そこに。後でこの件の報告も兼ねて会われてはいかがですか?」

「多分、あいつもそのつもりでしょうね」


 それは彼も望むところ。昨日は結局、一言も話すことなく別れてしまった彼にとって、望外の喜びだ。


「これから向かう家なんですが、我々の取り押さえた犯人の中では計画の立案を担当していたようなんです。吐かせるのも一苦労でしたよ、最後にはアーツの力に頼ってようやくです」

「事件性が大きいだけに許可もあっさり下りたんでしょうね」

「これは隠しませんしご存知でしょうが、スパイラルアーツにも協力を依頼してまして」

「誰でもそこを当たりますよね、収穫はあったんですか?」

「一応は、どうやら接触はしていたようなんですが。ただそれ以上の関係性があったかどうかで言えば薄いのかなというのが個人的な見解ですか」


 一番街を抜け、北に向かう道の中で周囲は段々と住宅街へとその姿を変えていく。


「近いんですか?」

「ええ、もうすぐです」

「この辺りって……」

「収入はこの国の平均はおろか私よりも高い、何せシルヴァンス家の関係企業の部長クラスですから」


 アレッドの思考を汲んだのか、エナードが説明を重ねる。今のアレッドの収入では、100年働こうと犬小屋しか建たない様な高級住宅街。


「……シルヴァンス」

「簡単に手を出せるのはここまで、とも言えます。この先に踏み込むとなると、色々と思惑が渦巻いてくるものでして」

「そうなるとシルヴァンス家が深く関与してくるかとなると」

「ありませんね、尻尾を切ってそれまででしょう。それまでがどうだったかは知りませんが、これからはそうです」


 グレムの出方次第ではあるが、何も知らないと白を切られればそれまで。例え黒に限りなく近い灰色でも、あの家に喧嘩を進んで売ろうなどと誰も思わない。


「ここです、なかなか立派な家だ」

「人間、金を持つと碌なことがないんですかね」

「それはここ一帯の方々に失礼でしょう、入りましょう」


 門は既に開いており、今は動いていない噴水の脇に車が2台駐車されている。こうはっきりと格差を示されると、意識していなくとも劣等感が自然と湧き出てくる。


「私の部下ですのでご安心を、自由に入って下さい。ただし手袋はお願いしますよ」

「エヴァル、俺の中に。でもマスコミもいませんね、情報規制は誰が?」

「考えたくもありませんね、せめて誰かで事を願うしかありません。所詮、私は下っ端ですから」

「俺だってそうですよ」


 何で出来ているか考えたくもないやけに立派な扉を開ければ、想像通り大理石の玄関が彼らを出迎える。


「わざわざ手作業で加工したものなんですかね、力の波が全くない」

「やめましょう、考えてもげんなりするだけです」


 サラリーマンの哀愁を漂わせる彼らに、先に捜索作業に入っていた若い男性が頭を下げ上を指し示す。


「押収はまだか?」

「これからです、内容をご覧になられてからと思いまして」

「ありがとう」


 部下からにアレッドも頭を下げれば、これまた返ってきたのは激務を感じさせない爽やかな笑み。


「転職しようかな」

「歓迎しますよ、貴方なら即戦力だ。私が降格しかねない」


 螺旋階段を上りながら、アレッドが家の内部を軽く探る。隠し部屋の類はなく、間取りも変わったものではない。銃器の類も少なく、要するに彼が抱いた感想は一つだけ。


「大それた計画立てるには普通すぎません? 家族は?」

「別宅に。事件への関連を調べてはいますが、消耗が激しくて取り調べになりませんね。いい父親だったようです」

「守る者まであるのに、どうしてあんなこと……」


 写真立ての中の笑顔を伏せ、アレッドが広いベッドに在りし日を思い浮かべ振り払った。同情する暇も資格も、彼にはない。


「そこまでして釈放させたところで、彼に再びあの計画を再開できるかと言えば疑問です。スポンサーも付かないでしょう」

「この家の人も当時の?」

「娘が当時、心臓病だったようです。もう亡くなっていますし、言い方は冷たいですが今更こんな事をしても意味がない」

「俺を殺せば少しは恨みも晴れるかもしれませんよ」


 軽い気持ちで吐いて、すぐにアレッドは後悔した。体の内から響く心の揺れが、相棒からの叱責代わり。


「そこで卑屈になっても誰も得をしませんよ、私は貴方と仕事ができてとても嬉しく思っています」

「ちょっと言ってみただけです、パソコンは?」


 おまけにこんな言葉を掛けられては、アレッドも返す言葉がなく部屋に視線を転じる。書斎だったのか、書棚に並ぶ書籍は固い話題からなるものが大半。

 経済書や古典文学の中に医学書まで混ざっているのは、やはりあの事件の関係者であることを如実に物語っている。


「ロックが掛かっていますが、さして時間も掛からないでしょう。後は……日記でしょうか?」

「じゃあそっちは俺が」


 エナードから渡されたノートの表紙には、雑文とだけ銘打たれたボールペンの二文字だけ。

 活動記録であれば参考になるなとページをめくれば、記されていた文章はまさにそのもの。


「ラッ」


 キー、と言いかけてアレッドは口を噤んだ。記されていたのは、まさに彼へのメッセージとも言える懺悔。


 今日、娘の2周忌を迎えた。心に閉まっておいたはずのどす黒い何かが出てくるようで、私は一人こうして部屋で筆を取っている。

 こんなものを心に抱えたまま、娘に会える気がしない。会ってはいけない、悪魔に心を売った私に本来なら居場所はなかった。

 それでもこうして今日を迎えられたのは、家族と友と……そして彼があの日、全てを終わらせてくれたからなのかもしれない。

 会うことはない。会えたところで合わせる顔もないが、今この場を借りて礼を言おう。ありがとう、あの日の少年よ。

 私は君の言葉通り、娘の見たかった明日の空を今日も見上げようと思う。


 最初一文は震えているものの、徐々に落ち着きを取り戻したのか次第に端正になっていく文体。

 思い返すあの日の空は、青くはない。青くはないが、それは明日の空。彼女が、彼が夢に見た、明日の空。


「どうしました?」

「このノートの筆跡鑑定を、それからこれを書いた人と会う事は可能ですか?」

「どうしてもと言うのであれば多少の無理はしますが」

「でしたらジュリウスに頼みます、俺が言うなら許可を出すでしょう」


 ノートをエナードに手渡してアレッドは部屋を後にする、この部屋で見るべきものはもう何もない。


「アレッドさん?」

「本部に行く前に、もう1箇所だけ行きたい所ができました。時間あります?」

「勿体ぶった言い方をなさらずとも結構、行きましょう」


「調べているとは思いますけど、犯行グループは3年前の事件の関係者ばかり。恐らく、順番待ちをしていた人達でしょう」

「ええ、アレッドさんの推測通りですよ。エクスペリアやディスディア、桜華の出身者もいるでしょう」

「となれば、今から2年以内に3歳以下の子供を亡くした親や親戚はその全員が容疑者でもおかしくない」

「本気で恨んでいるのは極少数でしょう。それだけの罪の衝動、起きれば殺罪者が黙っていない。我々にも協力要請が来るはず」


 車の中で持論を述べる最中も、アレッドの頭にはずっとあの少女の存在がいる。エナードの言葉は確かにその通り、だが。


「だからおかしいんです、今までの条件を彼女は完全に無視してる。まるで俺達の知らない罪の殺し方があるみたいに」

「スパイラルアーツも知らない方法ですか?」

「新しく作ったと考えた方がいいかもしれません」

「また、面白い発想ですね。思いつきませんでしたよ」

「俺も別に本気でそう思ってる訳じゃないんです、ただ」


 アレッド一人ではこんなに早く思いつくことはなかった発想、にも関わらずその結論に至ったのは友の存在があればこそ。


「ただ?」

「本当に根幹から全てを変える、そんな力だからこそ」


 アレッドにとって、中途半端な力にその身を投じる彼は想像できなかった。


「ジュリウスはその力に賭けたのかもしれません」

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