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テクニカルアーツ  作者: 乾紅太郎
第一章 黒き龍と新緑の少女
6/16

罪を殺すモノ

「……大丈夫だよな?」


 午前休みを貰った結果、目覚めたのは午前9時30分。寝室の机の上にあるパソコンを立ち上げメールの文面を確認し、彼の今日の予定は確定した。


「時間を空けておく、か。あいつも分かってるな」


 同じベッドの上にいたはずのエヴァルの姿なく、どうしたもとかとリビングに出れば机の上にメモが一枚。

 エヴァルは俺がみておく、ゆっくり休め リーフ


「変に気を遣いやがって」


 一人きりの部屋で新聞を広げれば、ニュースは予想通りスタジアムの件で占められている。


「13名でのテロ行為、3年前の事件が発端か。黒い竜の目撃情報もね、あんだけいれば話も広まるよな」


 アレッドの情報がそこにないのは各種報道機関に対しグローゼス家の力が強く働いている為だが、それもただの時間稼ぎにしかならない。


「テレビも似たようなもんかな」

「その通りだ」

「おはよリーフ、エヴァルありがとな」

「そろそろ起きる頃かと思ってな、持ってきた」

「持つべき者は気の利く同僚だ」


 香り立つ野菜のポタージュを前に、アレッドが手を合わせる。やや季節外れだが、疲れた体には染み渡るご馳走に映る。


「調子は?」

「上々、別に怪我したとかじゃない」

「後で俺の研究室まで来てくれるか? 一応、数値だけは取っておきたい」

「了解、午後には出るけど今からやるか?」

「11時くらいはどうだ?」

「俺は午前であれば何時でも」


 スープをあっという間に間食してアレッドが今日の天気を確認する、午前中は晴れるが午後から雲が出てくるとのこと。


「ならそうしよう、食器はそのままでいい。やっておく」

「いいって、どうせ本部まで行って課長に報告しなくちゃならないし」


 課長が渋い顔を浮かべる場面はアレッドに容易に想像がつくが、こればかりは仕方のない事。

 ついでに正式に自分の担当にしてもらえれば動きやすくもなる打算もあったが、リーフの言葉によりあっけなく瓦解した。


「アイファさんがしておくと言っていた、言葉に甘えとけ」

「アイファさんが?」

「朝、課長に報告しておくと聞いた。お礼の品でも考えておくんだな」

「……今度は何を要求されるんだろう」

「そうびびるな、いい人じゃないか」

「お前相手にはな」

「研究者としては彼女以上の出資者はいないな、結果を求められるでもなくのびのびとやらせてもらえる」

「求めるまでもなく出すからだろ」


 エレファントバーガーくらいで済めばいいが、彼女の趣味嗜好は秒単位で移り変わる。さながら常時回転するルーレットの如く。


「さて行くか、まだ休んでおけよ」

「言われなくっても食堂以外に出歩く気はねえよ」

「ほどほどにな」


 リーフが出ると同時に、アレッドの携帯が鳴り響く。


「やっぱり課長に報告行きましょうか?」

「それはいいわ、もう済ませたから」

「よく課長も納得しましたね」


 アイファからの報告にアレッドの中に根強く存在していた渋い顔を浮かべる課長の顔が霧散していく、あの堅物とのコミュニケーションだけは彼も真似できる気がしない。


「問題が問題だもの、今回の件は私が指揮権を持つから」

「それで済むんですか? 課長どころか部長にまで話が及びそうな案件ですけど」

「そうなる前に終わらせるのよ、課長もそう思ってる。あまり大きくし過ぎると政府に介入されかねない」

「そもそもこれ政府の問題ですよね?」

「本音?」

「違いますけど、動くなと命じられれば動きませんよ。何の為に制服着てると思ってるんですか」


 3年前の件も結局はEAEではなく、政府預かりの事件となった。その為、アレッドすら犯人達とは裁判を除いて顔を合わせていない。

 冷たく言えば、彼らは命を張る相手を間違えている。あの計画を再始動させたいのであれば、スタジアムではなく首都でテロを起こすべきだった。


「動きなさい、貴方がじっとしてるとそれだけで気味が悪いから」

「報告はどうします? 逐一メールでも送りましょうか?」

「夜でいいわ、戻ってきたら……そうね、私の部屋に来なさい」

「分かりました、って言っても俺の方はそんなに時間かからないと思いますけど」


 所要時間は例の如く一時間程度、あっさりと会談の許可が出るあたり彼らも事情は了解済みだ。


「ルーアにも無理しないように伝えておいて、あの子はまだ寝てるでしょうから」

「別に来なくてもいいんですけどね」

「あれで心配してるのよ、素直に受け取っておきなさい。また夜に」


 本部2Fにある食堂で食器を返し終えたアレッドは、とある人物を見つけ足を止めた。


「お、こんな時間に珍しい」


 上下に僅かに揺れている金色に染められた髪は見間違うことはない、奴だ。


「よう!」


 アレッドの攻撃、頭髪チョップ。相手にクリティカルダメージ。


「いって!! 誰……お前か!」


「朝の挨拶だ」

「ふざけんな人の食事中に!」


 その言葉を受けアレッドが視線を転じれば、テーブルの上にはベーグルサンドとコーヒーカップが一つ。

 だがそんなものは彼にとっては些細すぎる問題。


「頭髪のマッサージをと思ってな、今ので髪の寿命が2マイクロメートル伸びた。感謝しろ」

「距離じゃねえか!」

「今度は金かよ、次は銀か?」

「どうでもいいだろ! お前こそこんな所で何してんだ!?」

「お前の頭髪チェック」


 数秒ほど考える振りをして、アレッドが再び繰り出した攻撃はガードされる。


「どんだけ暇なんだよ!? やっぱり馬鹿だな!」

「冗談だって、本当にはげるぞ」

「誰がはげるか……こんな所で遊びやがって。こっちは忙しいってのに」

「仕事か?」


 10時を過ぎて本部にいるのは待機組か、アレッドの様に休みを貰っているかのほぼ二択。

 そんな事情もあってアレッドは絡んだのだったが。


「朝になって急に変わったんだ、お前みたいに暇じゃない」

「俺だって暇じゃない、これからリーフの研究室で重要任務だ」

「何でお前がリーフさんの所に……同室だからって調子に乗りやがって」


 互いに何か事件かと無駄に勘ぐりあう中で、アレッドは頭に勝機を見出した。


「育毛剤の開発」

「とっととあっち行け!」


「異常はないな、これなら力の行使に問題はないだろうが……」

「少なくとも俺から仕掛けることはないって、仮に相手が俺の力が効かなくてもルーアなら問答無用でやれるし」


 研究棟5階、EAE内でも屈指の予算が割り当てられているリーフの研究室

で、アレッドがベッドから降りて再び制服に袖を通していた。


「ようティング、よしよし」


 その傍らには相棒であるエヴァルともう一匹、黄色いネズミの様な生物が一匹。耳がやや長く、その尾に黒い線が入っている。

 この生物もまた、エヴァルと同じく特別な力を持つアーツの一種。リーフの助手代わりのようなものだ。


「感応値も一定だが、お前は他の隊員とは違うんだ。いいな?」

「心配しすぎだって、今日は大人しくしてる」

「本音を言えば、友人としてはあまり外に出したくないんだが、こればかりはな」

「アイファさんに言われたよ、大人しくしてる方が気持ち悪いってな」

「今日は研究室に籠ってる、何かあればいつでも連絡してこ――」

「やっぱりここだった」


 リーフが扉を開ければ、待ち構えていたのかタイミングよく辿り着いたのか今日の同行者が一名。


「ルーア、大丈夫か?」

「何の為に私が付き添うと思ってるの?」

「心配だからだろう?」


 アレッドに勝気な言葉を向けたルーアが、リーフの言葉に表情を固くする。


「……先に行ってる」

「俺が動くと目立ってしまうからな、頼む」

「分かってる」


 リーフの顔を見ることなくその場を後にしたルーアが去って、彼はアレッドに肩を竦めて見せた。


「な?」

「何がな、なのか説明を頼む。ってか、お前ら頼むからもうちょっと穏やかな空気にならないか?」

「それはもうお互い少し時間がいるだろうな」


「あれ? 運転するのか?」


 慌てて追いかけたアレッドが、躊躇いなく運転席に座ったルーアを見て驚きの声を上げた。

 珍しいとまでは言わないが、率先して席に着くのはあまりないことだ。


「私の運転は嫌?」

「嫌なんて言ってないだろ、アイアは?」

「後ろ」

「ならエヴァルも後ろにするか、場所は知ってるよな?」

「ナビに入ってるここでしょ?」

「そう、13時で約束してるから」


 首都アルシェ郊外にあるスパイラルアーツアルスペリア支部は、本部から東へ40分ほどの所。

 首都には例外的にアーツ用の部隊も編成されている為に、彼らも行く事は稀だ。


「一応、朝ちょっと調べてみたんだけど」


 幹線道路だけに車の数も多い道を避け、ルーアが高速道路に車を向ける。

BGMもない車内では、エヴァルとアイアのじゃれあう声だけが癒しとなる。


「何だよ? 表情固いぞ」

「胸糞悪かった」

「……そんなの分かりきってるだろ、こっちは来る気になったのも奇跡だと思ってるのに」


 自ら火に油を注ぎながら熱い熱いと喚いているようにしか聞こえず、アレッドの回答もおざなりなもの。

 これが無理やりというのなら同情の余地はあるが、今回は自業自得だ。


「仕方ないでしょ」

「頼むから荒れるなよ、運転中なんだから」

「アレッド」

「真顔でなんだよ」

「死ぬ時は一緒」

「頼むからやめてくれ、未練だらけで死ぬに死ねない。ってか前を向け」


 その耳があるとはいえ真横を向かれては視覚的な不安が大きく、アレッドがルーアの顔を前に向ける。

 それでもなお不満は消えないようで、彼女の愚痴は止まらない。


「あいつらは救済してくれるんでしょ」

「そういう事を主張してる集団じゃないよ、宗教ともまた違うんだから」

「同じにしか見えない、教導者とか殺罪者とか」

「それも外野が勝手に付けてるだけだよ、正式なのは執行者くらいか。殺罪者なんてあいつらに言ったら怒られるぞ」

「アレッドまで私の敵?」

「そうじゃないって、全てが正しいとまでは思ってないけど成果は出してる。なら一定の評価はしておかないと、今回もまだあいつらが関わってるかどうか怪しいんだから」

「どうだか」


 こうなるとアレッドの手には負えず、彼は外の景色に助けを求めた。


「いい天気だな」

「話を戻すね」


 救助失敗。


「……真面目な話なんだろうな?」

「銀行の件もそうだし、あれの話」

「殺罪?」

「そう、それ」

「お前は本当に嫌ってんだな、うちにそれ知らないのいないと思ってたけど」


 エナードとはその情報を知っている事が前提となっているほど有名なお話。一般市民は知るべくもないが、彼らの間では常識だ。


「大体は知ってる、嫌でも耳に入っては来るから」

「遮断しねえの?」

「したら他の音まで聞こえなくなる、完全に無音になるとどうなるか知ってるでしょ?」

「初対面で食らったからな」


 この話になると、決まってルーアは進んで話を聞こうとはしてこなかった。それも無理のないことだと分かっているからこそ、今まで避けてきた話題だったが。


「……知っておかないと、あんたに何かあった時に後悔しそうだから」

「ざっとした説明になるからな」


 彼らが出会ってから3年、初めてアレッドは彼女に踏み込んだ。


 罪を殺すと書いて、殺罪。

何も彼らが言い出した言葉ではなく、これは当時の政府関係者が呼び始めたのだという事だが、その詳細は未だ不明のまま。ともあれそう呼ばれだしたこの言葉は定着したのだが、その仕組みは至ってシンプル。

 アルスペリアには4名いると言われている殺罪者は、これから先に罪を犯す者の声を聴く。

 その声は時に怨念めいたものであったり悲鳴に近いものであったりするそうだが、彼らはその声と対話を試みる。

 何故そこまで罪を犯そうとするのか、また犯さざるを得ない状況となってしまったのか。一通り彼らの話を聞いた後、殺罪者は救いの道を示す。

 我らの示す道の下、罪を犯しなさい。閉ざされる罪ではなく、開く罪をと。


「長いこと説明してもらって悪いけど、やっぱりよく分からない」

「言ってる俺も分かってないから安心しろ」


 アレッドが話した事は、とある関係者の言葉をそのまま政府がまとめたもの。つまるところ、その罪が何なのかは政府も警察もよく分かっていないのが実情。


「罪って、例えば殺人とか強盗とかでしょ? そのままやらせたら人殺し誕生するだけじゃない?」

「だから執行者がいるんだよ、その罪を犯す時に執行者に裁きを受ければその罪の意識は許され救われるっていう」

「計画的ならともかく、衝動的だったらどうするの?」

「その罪の衝動が起きる兆候があるんだとさ」


 科学的なアプローチの一切が踏み込めていない領域であり、その研究において数々の功績を挙げているロックフォード家の姉弟が揃って解明不可能と匙を投げるほどそのプロセスは奇怪に満ちている。


「で、その罪を犯す場所をわざわざこっちが用意するの?」

「すぐに鎮圧できるから、街中とかでもあいつら平気で指定するけどな。それは選定者の仕事、で日時と場所が決まったらその声に殺罪者が再び声を掛けて、一丁上がり」

「……ふーん」

「その声が何かとか聞くなよ、俺達も知らない凄いアーツがいるんだろうさ。あの塔の周辺は俺の力も効かないから、何がいるかなんてさっぱりだし」

「あのスタジアムのがおかしいって事は分かった」

「エナードさんやアイファさんにも調べてもらってるけど、難しいだろうな」


 そういった前提があるからこそ、スタジアムの件はアレッド達にとって不可解なものとなっていた。場所も日時もエナード達が選んだもの。当日になって知らせている以上、準備をする用意など出来るはずもないのだが。


「もっと言うなら、武器とかだって個人で用意するのが普通だから拳銃くらいが精々なんだけど、彼らは完全に組織化されてた」


 エナードが言うには、対アーツ用の装備はアレッドが相手をした彼にのみ施されていたとのこと。後から送られてきた四名の事も考えれば、それなりに計画性がなければできない芸当だ。


「だからどこかから情報が洩れてたって考えたんだ?」

「あんまり当てにしてないけどな。バルデルの力がはっきりしてない以上、そっちからどうにかしたって考えた方が分かりやすい」


 とはいえ、アレッド達にとってはそちらの方が厄介ではある。そこまでの力を持っている相手なら、太刀打ちできない可能性が出てくる。


「ま、それも聞いてから?」

「ああ、その為に行くんだ」


 アルシェ中心部から5キロ程離れた位置にある広大な敷地の中央に、螺旋状の白い塔が聳え立っている。

 高さは70メートル程度、その下には数々の建築物が広がっており一つの街を形成している。


「うわ本当にあった」

「あるさ、別に入場制限かけてるわけじゃない。一般人だって申し込めば入れる」

「許可されたエリアだけ、でしょ?」

「そんなのどこも似たようなもんだろ、EAEなんて誰も入れてない」

「で、どうやって入るの? あの人に聞くの?」


 門の前で停止したルーアが警備らしき人物を指して問うも、アレッドは回答代わりに後ろでリラックスしていた相棒の名を呼んだ。


「エヴァル」

「何するの?」

「ちょっと出るから」


 アレッドの体内に消えるようにエヴァルが入り込み、その右手が光を帯びる。その勢いのまま扉を開き、外に出るとアレッドは思い切り振りかぶって目の前の空間をぶん殴った。


「開いた」

「……力ずく?」


 轟音と共に一気に開かれた鉄門に、ルーアが思わず耳を抑えその結果に唖然とする。今なお空気が震える中、アレッドと警備員は平然としていた。


「俺の力で開く程度の重さだから、いつもこうやって入ってる。こんにちは、失礼します」

「普通に開けてもらえばいいじゃない?」

「あの人にやってもらってもやること同じだぞ? だったら消耗の少ない俺がやった方がいい」


 トランシーバーでどこかと連絡を取り合う警備員を横に、ルーアが半信半疑でアクセルを踏む。結果として特に邪魔が入ることもなく、彼女は人生初の入場を果たした。


「スパイラルアーツって馬鹿力ばっかりなの?」

「入ってみれば分かる、駐車場はもう少し奥」

「お店とかもあるんだ」

「銀行もあるし、畑もある。本当に広いぞ、全てが自給自足って訳じゃないけど、れっきとした街だよ」


 窓の外の光景は普通の街と何ら変わることはない。一般的な家屋と比べればプレハブ小屋がやや目立つものの、ここに生きる人は彼らと何ら変わることはない。


「感応者100%の街、か」

「やむを得ない事情を抱えてる人もいる、あんまり表だって言うなよ」

「言う訳ないでしょ、私だってここに住むしかなかったかもしれないんだから」

「……まあな、ここだ」

「私達だけ? それともアレッド用なの?」


 ルーアが停車したのは、ただの空き地といっても差し支えない場所。白線による枠は設けられているが、金額の表示も他の車も見当たらない。


「ここの人達が車を持つ余裕がないってのもあるけど、基本的に必要ないからな。見てみろよ」

「……これが普通なの?」

「ここではな、行こうぜ。多分もう待ってる」

「敢えて聞かなかったけど、誰と会うの?」


 塔からはやや距離の離れた場所。中央通りらしき通りを渡って、アレッドが指示したのは10階建てのまだ新しい真っ白なビル。


「執行者のトップ、もしかしたら更に上とも会えるかもしれないけど」

「上って?」


 何の看板もないそのビルのガラス扉を引いて、アレッドは振り向くことなくエレベーターのスイッチを押した。


「殺罪者だよ」


「スパイラルアーツの色って白なの?」

「塗料として安いってだけだよ」


 最上階に行きつくまでの間、手持無沙汰となったルーアが両手でアイアを弄り回す。

 一見、ピンクの球体に見えるその大部分は耳でありその全てが開かれることは滅多にない。


「そこまでお金に困るような組織?」

「働き口がない人もいるし、ここにいる人達だけを支援している訳でもないからな」


 ポーン、と電子音の後に扉が開く。執行者のトップがいるようなフロアには見えず戸惑う彼女を余所に、アレッドは右の廊下の先にある扉を叩いた。


「アレッド、来たぞ」

「どうぞ」

「女の子?」

「予想に反していきなりか」


 扉の向こうから聞こえてきた少女らしき声に驚くルーアと、思わず口角を上げるアレッド。

 この両者の反応の違いがスパイラルアーツに対する知識の差を物語っているが、ルーアにとってもそこはどうでもよかった。


「待ってアレッド、いきなりって?」

「いつもは塔の中にいるんだけどな、入るぜ」


 動揺を抑える間もなく開けられたドアの向こうは横に二列、縦に四つずつ配置された机からなる講義室のような場所。

 その一番奥の右端に簡素な鎧を着た男が一人立っていたが、まず彼女の目を引いたのはその中央に陣取る少女の姿だった。


「おはよ、時間通りで助かるよ。僕も忙しくてね」

「こんな時に俺と接触してていいのか?」

「こんな時に接触しないでいつ接触するのさ、僕の他にも信託者はいるから大丈夫」

「信託者?」

「殺罪者のこと。流石に身内にそんな名前で名乗る訳にもいかなくてね、苦肉の策さ」


 思わず疑念を口に出したルーアに、少女は笑顔を作りつつも肩を竦める。

 彼女の知るスパイラルアーツとは違う、やけに親密的な雰囲気に用意していた言葉を失って、ルーアは沈黙を返すしかなかった。


「綺麗な彼女さんを連れてきたね、やるじゃないか」

「EAEの人間だよ」

「だろうね、自己紹介をしておくよ。ティス・イグリット、信託者の一人さ。役目くらいはご存知かな?」


 仰々しさとはかけ離れた、白のシャツにロングスカート。青い髪はこの国どころかどこにいってもその物珍しさから注目を集めるが、それ以上にその中性的容姿が印象に残る。


「さっき説明したよ」

「なら話は早い、それとあそこにいる仏頂面は――」

「アランだ」

「ということで、君に名乗りは求めないよ。EAEにはEAEの事情があるだろうしね」

「助かる」

「久しぶり」

「え?」


 アレッドとティスが同時に驚きの声を上げ、アランと名乗った青年が眉をぴくりと動かした。彼女以外、誰にとっても意味は異なれど予想外の反応だった。


「隠す気はないのか」

「隠しても仕方ないでしょ」

「君は……まさか」


 アランとルーアのやり取りにアレッドは口を挟まず、ティスが顎に手を当てて記憶を辿る。

 ただ、その前に正解は彼女の口から発された。


「神の守り子、これだけ言えば分かるでしょ?」

「……そうか、歓迎するよ。よく来てくれた、君は知っていたようだね?」

「まあ、それぞれから別々に聞いてたから。いるとも思ってなかったし、ヴァロンは?」


 アレッドが朝に連絡を取っていた人物に話題を向ければ、ティスは小さく首を横に振った。


「それがその件でお呼び出しを受けてしまってね、まあそれも仕方ない。僕らが疑われるのも当然だ」

「こっちも同じ用件で悪いけど、いいか?」

「その為の時間さ、座るといい。アラン、何か飲むものを?」

「了解しました」


 アランが部屋から出ていき、ティスが手近な椅子に腰を下ろす。その隣にアレッド、反対側の椅子にルーアが陣取りティスが開始を宣言した。


「では、情報交換といこう」

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