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テクニカルアーツ  作者: 乾紅太郎
第一章 黒き龍と新緑の少女
5/16

黒龍降臨

 視界から消えたボールの行く先を懸命に探す彼らが、ボールを見つけるまでにそう時間は掛からなかった。

 高く高く蹴り上げられたボールは、やがてゆっくりと高度を落とし再びフィールドで高く跳ね上がって。


「全員離れろ!!」


 サッカーボールの重量は410から450g、乾いた音と共に跳ね上がるはずのボールから聞こえてきたのは、金属音。


「くそっ!」


 選手達の身長のおよそ二倍ほど跳ね上がったボールが落ちてくる前に、アレッドがその30メートルほど前の位置からボールに触れることなく再び力により上へと押しだす。


「ここから離れろ! ただのボールじゃない!」

「君は……?」

「いいから! 中に詰まってるのは何だこれ……勢いで上げちまったけど」


 何もなければホームチームの試合を台無しにする行為だが、不思議とサポーターから騒ぎは起きていなかった。

 大半の人間がただただ不気味に感じていた、あれは何なのかと。


「また落ちてきたくるけど、どうする……またぶっ飛ばすか? いやでもそれじゃあ何の解決にも」


 考えている間にも落ちてくるボールにアレッドが次の行動を決めかねるその一瞬の内に、エナードは動いていた。

 僅かにアレッドが生み出した猶予があれば、照準を構えるのは十分だった。


「疑わしきは、撃つまでだ」


 対象までの距離は30メートル足らず。乱戦状態ならともかく、静止状態であれば当てられない距離ではない。


「何が入っているかは知らないが……」


 仮に爆弾であろうと、あのサイズであれば真下はともかく観客には影響は出るはずもなく。命中した弾丸はエナードとアレッドの期待通りの効果を発揮した  が、問題はそこからだった。


「中から……何だ?」


 5センチ程度のゴム皮の中から黒い何かが数個、外へと飛び出していく。ボールに比べれば遥かに小さく軽いそれは、にアレッド達が反応するよりも早くその役目を果たした。


「スタング――」


 アレッドがそれが何であるか認識した直後、爆音ととてつもない閃光が彼らを包んだ。


「スタングレネード!?」


 その閃光は当然の如く、ルーアの耳にも入った。リフィアと共に部屋の中にいた為にその影響は微々たるものだったが、隣にいる少女に詰め寄る理由には十分だ。


「一体何を――」

「私は何も、全ては神にお導きですから」

「お導き?」

「サッカーでは、こういうのでしょう? キックオフです」


 その言葉を聞くや否や部屋を飛び出していったルーアを見送って、彼女は小さく呟いた。


「……さあ、示して下さい」


「ああもう! 何がどうなって――」


 スタジアムから出て、すぐにルーアはその違和感に気づいた。あれだけの音、そして光に包まれた直後にしては静かすぎる。

 本来なら逃げ出そうとする観客達でパニックになっていてもおかしくないが、スタジアムの外には誰もいない。


「本当にどうなってるの?」


 音からして中に大勢の人がいるのはまた事実、仕方なく正規の入場口から入ろうとしてルーアはその入り口の前で足を止めた。


「……え?」


 考えるも前にルーアは踵を返し、先ほど出た通路から戻りリフィアがいる部屋以外の全ての扉を開けようとするも。


「どうしてどこも閉鎖されて……」


 入り口には分厚いシャッターが下ろされ、通路の扉も同様の処置が取られ行き場がない。


「どうされました?」

「どうしたもこうしたも!」

「待ちましょう、彼ならきっと大丈夫です」

「何の保証があって……」


 敵意を隠すことなく睨み付けるその視線すら歓迎するかのように、彼女は両手をルーアに差し出した。


「彼もまた、選ばれた者ですから」


「っ……」


 スタングレネードの発動から数秒後、アレッドはようやく伏せていた顔を上げて傍に落ちていた塊を拾い上げた。


「全部で6個……一体どうやってボールの中に」

「疑うとすれば高く跳ね上がった時に何らかの力によって入れ替えられたんでしょうが」


 エナードがまた同じく手の中でその破片を弄びながら、苦々しげにアレッドの方に歩み寄る。

 選手は既にフィールド脇まで避難しており、試合そのものを潰された怒りも相まって吐き捨てた。


「折角の試合をよくも」

「外傷は?」

「全くありませんよ、避難させましょう。お手伝い頂けますか?」

「もちろん」

「その必要はない」


 エナードがすぐさま銃口を向け、アレッドが力の照準を声の主に合わせる。


「……気配は?」

「さっきから突然現れるものばかりですよ、配置は?」

「3秒で血の海に沈めましょう」

「何か、口が悪くなってません?」

「何を黙って話している?」


 アレッドが改めて相手に意識を向け、改めてスタジアム全体に力を張り巡らせる。


「全部で8名、シャッター閉鎖済み。下準備なくどうやってここまでやった?」

「手を上げろ、今の状況が分からない頭ではあるまい?」

「LW-5?」


 防弾チョッキ、スタジアムで着用したところで大して意味のない迷彩服のズボン、30年前には製造を中止されたアサルトライフル。

 軍内部に詳しくないアレッドでさえ、その出自を疑いたくなる歪な装備。


「骨董品ですよね、採用されてましたっけ?」

「まさか、実物すら博物館以外では初めて見ました。どの国ももう使っていないのでは」


 エナードの声にも困惑がにじむ。入り込んできた手腕は見事だが、その後の展開があまりにも稚拙すぎる。


「そのマスクは……いいや、取ってもらわなくてもいい。目的は?」

「エヴァン・ロキシーを釈放しろ」

「……どこでその名を知った?」


 アレッドがその名を聞いて一つ息を吐いてから、両足に力を込める。あの電光掲示板でのメッセージから予想していたことが、現実になっただけのこと。


「俺には娘がいたんだ」

「そうか、それで?」

「お前が邪魔をしなければ、助かったはずの命だった。こう言えば分かるな?」

「で、ここまで多くの人を巻き込んだのは?」

「神の裁きだ、あれだけの人間を見殺しにした罪は背負ってもらう」

「アレッドさん、これは」


 目的と手段の逸脱、妙に手際のいい侵入手段と実際の犯人の未熟ぶり。


「間違いなくあれでしょう。ただ規模が大きすぎる上に、使者が現れる気配がない」


「相手が素人で助かりますが、きな臭い事は確かですね」

「離れていて下さい、こいつは俺が」

「必要ないでしょうが、お気をつけて」

「ええ、そちらも。残りは我々で制圧しますので」


 エナードがその場を離れ、仲間と連絡を取り合うのを横目にアレッドの両足が光を帯び始める。

 使うまでもないが、これもまた彼にとってのけじめ。


「悪いが、お前の願いは叶わない」

「罪を背負う気もないか?」

「そもそも、それはお前に背負わされるもんじゃない」

「それでこそ、裁かれる筋合いがあるというものだ」


 スタジアムのあちこちで銃声が響き、すぐにそれはやんだ。映画とでも思っていたのか、不思議と落ち着きを保っていた観客達がそれを合図に一斉に逃げ場を求めて通路にひしめき合う。


「銃を捨てて、大人しく投稿すれば……って、ここまでやって聞く訳もないよな」

「素手か、噂通りだな。中にいるんだろう?」

「終わってから話は聞いてやるよ」

「そう思い通りにいくと思ったか!?」


 半ば反射的にアレッドが地を蹴り後ろへ飛ぶ、銃へ向ける予定だった力を上乗せしての跳躍は軽々と観客席の最善席にまで到達。


「TA!?」


 着地と同時に進路を右に変え、照準がこちらに向けられる前に照準を変えようとするも相手に何ら干渉はできず。

 やむなく右へ跳んだその進路を撫でるように銃弾が次々と着弾していく。


「そう言えば、こいつだけは感知できてないな……最初から俺だけが狙いだったか」

「こうなればお前はただの人間と変わりないだろう!?」

「だったらよかったんだけどな」


 相手に干渉できないのであれば、とアレッドが彼の足元に落ちているスタングレネードの欠片をひょいと持ち上げ、思い切りぶん投げた。


「それがどうし――」


 たかが欠片を無視して引き金を引いた男の指が止まる。引き金を引いたところで彼の武器は何の反応も示さず、完全にその機能を停止させられていた。


「古い武器だからって馬鹿にしてる訳じゃない。採用され続けてきたってことはそれだけ信頼性が高い上に、性能にも一定の評価を得てきた。やっぱりこういうのには対応できないんだよな」

「何をした!? お前の力は俺には通じないはず……」

「欠片一つで銃ってのはその機能を果たせなくなる。分解してみろ、入ってるから」

「ジャム!? 今まで一度も――」

「干渉できなくても、こっちができる物を滑り込ませればいいだけ。そんな古いのをわざわざ処置してまで持ってきてお疲れ様と言いたいけど、無駄でしかないよ」

「持ってきたと思ってるなら馬鹿は貴様の方だ、こっちには神がついている」

「神様ね、しっかし遅いな。いつまで俺に相手させる気だ?」


 銀行の時と同じであればそろそろどこからか誰かが出てきてもいい頃合いだが、誰かが出てくる気配もない。

 アレッドからすれば勝負は着いたも同然だが、終わったどころか勝負は振り出しに戻った。


「まだ勝負はついちゃいない!」

「……どっから出した?」

「好きなだけ壊せばいい、だが欠片は無限にある訳じゃない」


 いつの間にか彼の手元に現れたLW-5を見て、流石のアレッドも困惑を隠せない。先ほどまで手元にあった物は地へと捨てられ、再び銃口が火を吹いた。


「くそっ!」

「どうした! いくら早くても近づけまい!」


 両足に全ての力を集めたところで、両足に力を込めていては常人の5~6倍程のスピードで駆け回るのがアレッドの限界。


「さっきと同じ方法、いや繰り返してたらこっちの体力が持たない……仕方ないか、あんまりやるなって言われてんだけど」


 唐突に足を止めたアレッドが、銃口がこちらに向くのを見計らってそのまま正面から走り出した。


「馬鹿か、自分から――」

「アーツの力を用いての対人戦闘は制限が掛かってるんだけど、そっちも使ってるならいいよな」


 引き金を引いた時には、既に彼の顔にアレッドの膝が入っていた。

両足にではなく、左足のつま先にのみ力を集中させ地を蹴ることによる急加速。 その速度に反応できるはずもなく、彼の体はその場で崩れ落ちた。


「まあ、死んではないだろ。あーあ、フィールドが穴だら――」


 先の現象からまず心配すべきだった事を悔いた後、アレッドは彼の手からLW-5を手に取った。


「どちら様?」

「一人片づけたところで調子のるな」、

「四人か、エナードさん達の応援は……来ない方がいいか」


 足もとに転がっている男と似たような体格の男が四人。それぞれ手にしているのはアレッドが持っている骨董品ではなく、正真正銘のテクニカルアーツ。


「どうせ俺とエヴァルの力は効かねえんだろうな、初めてでもないけどさ」


 それぞれが持っている物の詳細も分からないままアレッドが構えを取って、取ったまま上を見上げ呆然とした。


「なっ……」

「そうだ、我々の神だ」

「……バルデル?」


 10メートルほどの巨大な黒竜が遥か上空からアレッドを見下ろしていた。あれだけ騒いでいた観衆達も言葉を失い、アレッドと同じく呆然とするしかない。


「最後に神が見られていい冥途の土産になっただろう? そのまま大人しく」


 向けられたのは、アレッドも見たこともない肩に担ぐ程の大きさの巨大な砲口を持つ何か。


「死ね」


 その砲口から青い光が発せられたかと思うと、その光はフィールドを薙ぎ払った。


「こんな場所であんなもん撃ちやがって……」


 薙ぎ払われたフィールドを見下ろしながら、アレッドはその威力に吐き気を覚える。観衆に向けられなかったとはいえ、こんな場で使用するような武器ではない。。

 咄嗟の判断で上へと跳び空中ジャンプを繰り返すこと数回、最初から彼の狙いはこちらにあった。


「空間転移か、あるいは能力消失系か?」


 いざバルデルを目の前にして、アレッドの足が微かに震え始める。10メートルとはいえ、間近にすればそれは凄まじい威圧感を伴う。


「上に誰かいる?」


 先のスタングレネードを思い起こさせる咆哮を聞き流しながら、アレッドがその背に人影を見て再び跳ぼうとして下からの射撃に体を逸らす。

 掠ったところが黒く焦げ落ちるのを見て、汗がたらりと落ちる。


「熱線に近い何か、バルデルに当たるかもって考えないのかよ」


 いくら距離があるとはいえ、4つの砲塔からなる熱戦を回避し続ける自信は彼にはない。元より空中戦を不得手としている彼にとって、真正面から戦うにはそう時間は残されていない。


「さっきと同じ要領でなら、でもその前に!」


 肉弾戦になればアレッドの敵ではないが、片づけなければならない問題は目の前にある。


「誰が乗ってるか知らないけどな」


 アレッドがバルデルの背に回り込むように跳び、盾代わりにしながら上を取る。これだけ大きければ、少なくとも小回りにおいてのみは優位に立てると踏んでの行動だが。


「よしよし……って、撃ってくるのかよ!?」


 構わず飛んでくる熱線にたまらずアレッドが距離を置いて、その理由に気づいた。


「無効化してるのかあたる直前に空間ごとどっかと繋げてるのか……でも繋げてるなら俺の方に向ければいいだけだしなあ……」

「この子にあのような力は通用しません」

「つまり無効化ってことか? わざわざ教えてくれるなんてどうも」

「お怪我はありませんか?」

「俺に用があるなら話は聞くから、せめてこの場はどうにかしてくれないかな」


 少女からの抵抗はなく、アレッドはバルデルの背に何事もなく降りる。思ったより固いその皮膚に、彼はこのアーツに密かに向けていた力を解いた。


「あれはただ頼まれてしまったので仕方なく、というだけですから。今、終わらせますね」

「終わらせるって、無効化するだけじゃ――」


 アレッドが口を開く間に、立て続けに地上で爆発音が響く。


「これで宜しいでしょうか?」

「くそっ!」


 何が起きたか察したアレッドがバルデルから飛び降り、取り残された少女は黒竜に心底不思議そうに問いかけた。


「何がいけなかったのでしょうか?」


「死者5名、パニックになって怪我した人は何人かいるみたいだけど重傷者は無し」


 場所はスタジアム、ではなくイレイフの総合病院。スタジアム近くには怪我をした観客を収容できる病院はなく、エナードの手配によってアレッド達もまたここに運ばれていた。


「死因は?」

「チャージ中にいきなり反応消失して残ったエネルギー制御できずに暴発、その場にいたあんたの方が分かってると思うけど」

「だよな、戻ったらもう木端微塵だった」


 既に受付時間を過ぎた薄暗いロビーのソファに横になっているアレッドの頭に、ルーアが冷たいコーラの缶をちょこんと当てた。


「あれだけ長時間使ったの久しぶりでしょ?」

「戦闘時間そのものは短かったし明日には回復してる、サンキュ」

「聞いてた」


 ルーアが彼の隣のソファに腰を下ろし、冷たい缶コーヒーにそっと両手を当てる。


「……そうか、何も分かんなかったな」

「バルデルが現れて、空に気を取られてたらいつの間にかいなくなってた」


 アレッドのソファの下で二匹のアーツの寝息が聞こえてくる中、ルーアの呟きに似た言葉が淡々と紡がれるだけの空間。


「彼らの最期も、アイアを通して聞いてた」

「何か言ってたのか?」

「3人目までは自分がどうして死んだかも理解できてなかった、でも最後の人が小さく」


 そこで一つ間を置いて、彼女は一口コーヒーを体内に流し込んだ。


「どうしてって」

「……俺が聞きたい」

「警察は動くと思う?」

「相手次第だろ。あの子が何者なのか分からないけど、もし本気で相手にするっていうならそれなりの準備がいる」


 重たい瞼と戦いながらも、彼の次の予定は決まっていた。


「あいつらに会おうと思う」

「聞いて素直に話してくれる相手?」

「エクスペリアから来ている以上、知らないと言われたらそれまでだけどな」


 コーラを開けようとした手に力が入らず、彼はやれやれと上体を起こした。上手くいかない時というものは、何をやっても上手くいかない。


「私も行くから」


 彼の手から缶を取って、これもまた口を付けた彼女が顔を顰めた。


「本当、どうしてこんなの飲めるの?」

「飲んどいて言う台詞かよ」


 咳き込む彼女に笑顔を見せつつ、コーラを流し込んだアレッドはようやく現れた迎えを見て適当に片手を挙げた。


「まさかアイファさんとは、偉くなった気分です」

「貴方がいつまで経っても買ってこないから迎えに来てあげたのよ」


 その手には、エレファントバーガーと印刷された紙袋が二つ。


「報告は車の中で聞くわ、乗りなさい」


「シルヴァンス家の傍系ごときが喧嘩を売ってくるなんていい度胸してるわね」

「それ聞こうと思ってたんですけど、関係としてはどんな感じなんですか?」


 本部への道を制限速度ギリギリで走りながらアイファが毒づく隣で、アレッドが外の景色を眺めながら問いかける。

 後ろではルーアの膝の上で二匹のアーツが変わらず寝息を立てており、膝の主も瞼は閉じられたままだ。


「取引はあるわよ、ただ仲がいいかと言われれば答えはノーね」

「あそこの当主って、確か若かったような」

「私とそう変わりないわ、一つ上だから22」

「それであの規模の……5大財閥ってとんでもないですね」


 残る3つの財閥も当主は30代。家を継いだ形とはいえ、その全てが発展し続けているのだから血の力というのは侮れない。


「ただ今回の件に彼女は関係ないでしょうね、あるのならその力をグレムが使わないはずがない。もっと別の力が働いてるわよ」

「明日、スパイラルアーツに行ってきます」

「例の?」

「そうです。アルスぺリアとエクスペリアで宣託者は別にいますから、もしエクスペリア単独の事件なら何も知らないと思うんですけど」


 両国の組織は元は同じでもその体質は異なる、それこそ別組織だと言っても差し支えないまでに。


「私からもシルヴァンス家の当主をちょっと突いてみるから、結果が出るまで行動は慎むこと」

「シイルは?」

「家から出ないように厳命したわ、安心した?」

「一応は」


 その命令を守るかどうかは五分だろうな、とアレッドは彼女を思う。黙っていろと言われて黙っているようなら、あの家で生きていこうとも思わなかったはずだ。


「食べていいですか?」

「その為に買ったのよ」

「……本当に薄い」


 丸いパンらしき平面に、これまた平面の何かが挟まっている。何を想い作り出され、そして何を想い彼女はこれを買ったのか。

 ある意味、本日最大の謎を前に彼はそれを食す。もしゃもしゃ、という擬音すら発生しようもないその何かを。


「貴方の頭髪みたいね」

「え? 嘘?」

「嘘よ」

「辞書に嘘という文字はなかったんじゃないんですか」

「そう、だから本当なのよ」

「はあ!?」

「朝起きたらまず鏡を見てみることね」

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