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テクニカルアーツ  作者: 乾紅太郎
第一章 黒き龍と新緑の少女
3/16

密会

 午前11時を過ぎ長針が半周した頃、アレッドは何の緊張感もなく車の中で早めの昼食を取っていた。

 ファッフル最大の飲食施設、といえば聞こえはいいがこじんまりとしたカフェにはアレッド以外は数組の家族連れがいるばかりだ。


「アーツ連れてるとどこに行っても目立つよなぁ」


 アーツが飲食できる施設はそう多くはなく、田舎であればそれは尚更。


 元より朝と夕に栄養を摂取すればそれで問題はないのだが、それは休日に限った話。


「ルーアと誰か来るのか、二人でってのはなあ」

「残念だけど私とあんただけ」

「……いきなり後ろから声を掛けてくるな」


 食べようとしていたレタスサンドは既にルーアの手。取り返そうと出した腕はあっさりとかわされ、哀れ彼の昼食は彼女の胃の中へと消えていく。


「制服着てるのか?」

「そう、要請でね。あんまり着慣れてないんだけどなあ」

「隊員としてその台詞はどうなんだよ?」


 黒を基調としたスーツに近い制服は夜の活動には適しているが、街中にいれば周囲の注目を集めかねないもの。

 よってルーアを始めとする諜報部の面々は私服の着用を推奨されているのだが、珍しく彼女はボタンを上まで留めている始末。


「嫌な予感がするでしょ?」

「凄くする」


 エヴァルがアイアをボール代わりにころころと遊ぶ横で、ウエイトレスが何事かと凝視している。

 もしかすれば、アーツを見るのも初めての経験かもしれない。


「こういう所でランチもいいよね、制服着てなければ私も楽しめるのに」

「休みの俺の立場にもなれ、何が悲しくてお前と飯なんて食わなくちゃいけないんだよ」

「お互い様。あーあ、私だってどうせならちやほやしてくれる人がいい」

「どの口が言ってんだよ。で、俺は何をすればいいんだ?」


 追加で運ばれてきたタマゴサンドを今度こそ口に運びつつ、アレッドが町の外に目を通す。

 見たところ尾行されている様子もない。尤も、つけたところでルーアが気づかないはずもないが。


「ラルゴって知ってる?」

「ここだ」

「ふぇ?」

「ふぇ、じゃない。店の名前も見ずに入ってきたのか」


 口から半端に出ているレタスを奪い取り、アレッドが口に入れる。

 新鮮なみずみずしさとタマゴのまろやかさはよく合い、コーヒーの味もまた格別だ。


「アレッドいたから……」

「警戒なく入ってきたってことはここも外れじゃないのか? 音もないんだろ?」

「ない、あったら私だってもっと警戒してる」

「拗ねるな、写真は?」

「エナードの方だけなら」

「金髪か……今日は染めてるかもな。うーんでも……」


 映っているのは精悍な渋い顔つきの、映画にでも出ればそれなりの役が貰えそうな男前。

 人口の大半が茶髪のこの国ではアレッドの黒も彼の金も目立ちかねないが、とはいえ染めたところでこの顔は隠せない。


「音声データはあるから私には意味ないけどね」

「あんまり口を滑らせるなよ、誰が聞いてるか分からない」

「調べたんじゃないの?」

「したけど、これから繋がりを持たれる可能性だってある」


 アレッドとルーアはアーツとの関係上、非常に高い索敵能力を誇るがそれにも限界はある。


「考えすぎじゃない? アレッドがこの辺りにいるって知ってるのにのこのこ来るくらいだし」

「俺を誘い込んでるって可能性もある、今朝もスパイラルアーツには会ってる」

「強盗もどきでしょ? あれはアレッドに見せつけたいだけ。まだ諦めてないよ、あいつら」

「それは――」


 訂正しようとアレッドが開いた口が、ルーアによって塞がれる。


「いる、っていうか来る」

「本当に来たのかよ……って、本当に制服いいのか?」

「だって着ろって命令きたんだもん、こっちに向かってきてる。声までまだ判別できないけど、でも……」


 アレッドとルーアに緊張が走り、意識は扉に向けられる。エヴァルがアイアとの戯れをやめアレッドの足元に駆け寄り、アイアがルーアの膝の上に乗った。


「よしよし、アイアも頑張ろうね」

「時間は?」

「車は来てる……裏口?」

「裏? 表から入ってこないのはこっちも都合がいいけど」

「二階にいった」


 つまり、通常の客扱いを店もしていない。最初から約束されていたことだけは間違いない。


「会話内容は?」

「音声最小で出す、10秒ちょうだい」


 アイアが机の上にぽよんと乗りアレッドが聞き耳を立てる。最小で出そうと最大であろうと適応者しか聞こえない音だが、念には念を入れておいて損はない。


「何を話すのやら」

「しっ、席に着いた」


 ルーアがアイアの体にそっと触れ、意識をアイアに集中させる。

少し雑音が入っていた音がクリアになり、二人の男の声がアイアの体から発せられ始めた。


「お忙しいところわざわざ申し訳ありません」

「なに、エナードさんのお誘いとあればこのくらいは」

「どうぞ、つまらないものですが」

「つまらないなどと、これは非常にありがたい」

「二人だけだね」

「みたいだな、何かの取引か?」


 精悍な男の声と少し年配の男の声。口調からして前者がエナードなのか、その口調は慇懃そのもの。

 国の高官がここまでの段取りを組む程の相手とは、とアレッド達の間に緊張が走る。


「それで早速ですが、あまり時間もありませんので」

「おや、そうですか。少しお話ししたいこともありましたのに」

「その件であれば、下に用意させてあります」

「ん?」


 アレッドとルーアが顔を見合わせる。下とは一階のことか、あるいは外にまだ誰かいるのか。


「いないんだよな?」

「いないよ、何の音もしない」

「じゃあ――」

「ルーア・リヒテッドという者です、役に立ちますよ。もちろん、色々な意味で」


 問いかけたアレッドが固まり、ルーアがひっと小さく悲鳴を上げた。

何ということはない、つまるところこれは。


「知っておりますよ、随分と可愛らしい子ですな」

「ええ、満足されると思いますよ。では本題ですが」

「どうぞ、それでどちらで起こせばよろしいのかな?」

「それなんですが、ここはいかがでしょうか?」

「ほう、イアレフの銀行といいなかなか大胆なことをされますな」

「これくらいはまだまだ、本命は他にありますので」


 アレッドの思考が朝の例の騒ぎに向けられる一方で、ルーアの思考は完全にパニックと化していた。


「待ってよ、こういうのってリナの役目じゃないの?」

「制服ってこういう意味か、完全に仕事じゃねえか。頑張れ」

「アレッドは?」

「俺がいたら絶対に反感買うだろ、観念するんだな。それより今の言葉の方が気になるな」


 若い女が目当てならアレッドは邪魔でしかない。にも関わらずわざわざこうして彼を指名してきたということは、この密会には何らかのからくりがあるという事に他ならない。


「私はそんなのどうでもいい」

「俺だって休みなのに巻き込まれてるんだ。エナードってのもどうせ俺と接触してくるんだろうし」

「では、部屋を出てから右回りに入口に回られてください。それが彼女への合図ですので」

「分かりました、楽しめそうですな」

「……アレッドさん、ですので反対側から回ってきて下さい」

「ほら見ろ」


 ドアが閉まる音がして数秒後、聞こえてきた声にアレッドがやれやれと立ち上がった。

 何がどうなっているかはアレッドも知らないが、とにもかくにもエナードという男は大した役者だ。


「置いてくの?」

「お前が涙目になろうと知ったことじゃない、せいぜい満足させてあげるんだな」

「何かあったら助けてよ」

「あれくらいならどうにでもできるだろ?」

「そういう問題じゃない」

「もう来るな、また後で」


 休みを潰された男と最悪の仕事を押し付けられた女の最悪の任務がまさに今、始まろうとしていた。


「右回りとか言ってたよな……」


 店を出てアレッドもまた右に回り、角を回ったところでそっと店の入り口の様子を伺う。

 数秒もすればなるほど、彼の想像通りの恰幅のいいスーツ姿の中年男性が姿を現した。


「あんなのでも調整者か、スパイラルアーツも人手不足だな」


 ルーアに心の内でエールを送りつつ、指示通り裏に回れば車が一台。


「また凄い値が付くんだろうな」


 彼の足元ではエヴァルが恐る恐ると言った様子でそろりそろりと歩を進めていく。

 その能力と経験上、高価な物にこのアーツは酷く神経質となっていた。


「落ち着け、そんな簡単に暴発しないって」


 扉をそろりと開ければ従業員用の入り口なのか、先ほど店の中で接客していたウェイトレスと目が合った。


「アレッドさんですね、上でお待ちですよ」

「ここまで話が通ってたんですか」

「私は今日だけのバイトなんです」

「また手の込んだ事を」

「ここのお店はアレッドさんを昔から知ってる人も多いですから、協力的で助かりました」

「ははは……じゃあ行ってきます」


 左にあるややきつい階段を昇れば、三つの扉が彼を迎えた。


「エヴァルどれだ?」


 声を掛けられたエヴァルが扉の前に座り、目を閉じる。

 最初のころは扉を何度も吹き飛ばしていた頃が嘘かのように、扉は微動だにもしない。


「ここか、すみま――」

「その能力は本物のようですね」

「もしかして試されましたか?」


 エヴァルが鼻をこつんと当てればそれが正解である事を示すかの様にタイミングよく扉が開き、写真そのままの男が顔を出した。笑顔も嫌味にならない、アレッドから見ても渋いと思わせる男前だ。


「いえ、私の個人的な興味です。初めまして、エナード・バルスと申します。身分は互いにご存じでしょうからここではいいでしょう」

「それなりに面倒くさい状況なんでしょうか?」

「もちろんこんな手の込んだ事、私とて好き好んでしている訳ではありません。EAEもできれば使いたくはなかった」


 机の上にはエナードのと思われるカップの向かいに、手つかずで置いてあるコーヒーカップが一つ。


「話は聞いてました、下にいるのが」

「調整者、自称ですがね」

「自称?」

「ええ、自称です。早い話が偽物ですね、アレッドさんも彼は知らないでしょう?」

「……偽物」

「いえいえ、もちろん意味はありますからね! でなければ私もあんなの相手にしてません」


 アレッドのテンションの急直落下を察したのか、慌てて釈明めいたことを始めるエナードを置いて彼は階下の彼女を想ってため息をついた。


「俺はともかくルーアが怒りますよ」

「相応の報酬を用意しておりますので、貴方にも」

「で、偽物と分かっている相手に俺達が何をしろと?」

「今回の件、本家本元に報告を入れたんですよ。我々が嗅ぎ付けたというだけで、本来ならこれは彼らの問題ですから」

「はぁ」


 念に念を押すように力を込めるエナードの向かいで、アレッドは頷くばかり。

 身分を騙っているのなら、捕まえて終わりにはならないのか。


「今朝も一件、立ち会われてますよね?」

「あれですか?」

「そう。我々の世界では知る者も少なくありませんが、どうやらその情報がどこからか漏れたようでして」

「漏らした訳ではなく?」

「そうおっしゃられるのも分かりますが……実のところ犯人は我々の中にいる様なんですよ」

「その我々には……」

「EAEも含まれます」


 呼び出された理由にようやく合点がいってアレッドが席に着いた。そういうことであれば、確かにこれは自分達の仕事だ。


「だからあっちから押し付けられたんですか」

「身内の恥は身内で何とかしろというお達しでして」

「始めたのはあちらの都合でしょうに」

「そう言えれば私もこんな罰ゲームみたいな仕事をせずに済んだのですがね」


 互いに愚痴る間に、エナードがテーブルの上に地図を広げていく。イアレフやファッフル近郊であれば、アレッドには地の利がある。


「あいつに情報を流したのは誰か特定したいんですね?」

「そういう事です、EAEであれば頼るのはアレッドさんかと思いまして」

「分かりました、それで私は何をすれば?」

「今、我々がいるのがファッフル。ここですね」

「ええ」


 黒の円状の置物を一つ、エナードがファッフルの上に置く。次に置かれた白の置物は、そこから西に10キロほど移動したところ。


「ライレフ?」

「話が早くて助かります。今日の午後17時、起きる予定となっていまして」

「イアレフの銀行の件についても言及されてましたけど、もしかしてあれも?」

「あれはそういう事にしているだけです。元々、彼らの予定に入っていたものをこちらが利用させてもらったというだけの事ですから、それ位はしてもらわないと割に合いませんよ」

「にしても、また随分と中途半端な街を」


 イアレフよりも二回りほど規模が小さな街、それでも万単位の人口はいるがスパイラルアーツの活動と見せかけるには不自然に映りかねない。


「まあ、大都市でやる訳にはいきませんから」

「普通、そういうのって調整者が指定するものですよね?」

「ここまでして何の邪魔も入ってきませんし、捨て石なのかもしれません」


 スパイラルアーツのあれは、まず人を彼らが選定するところから始まる。その作業の後に事件の種類や場所等が詳しく決められ、初めて政府に相談という形で入るのが慣例だが。


「彼は相手側から見ても大した人物ではないのでしょう、ここまでしても妨害一つ入らない。これではまるで情報を漏らしている誰かが我々にその存在を認知して欲しいだけなのかと勘繰りたくなる」


「挑発でしょうか?」

「にしてはやり方が陳腐過ぎるかと、彼個人が狙いかもしれませんが」

「そもそも彼は何者なんです?」

「エクスペリアのとある企業の役員です、個人情報ですが後でまとめたものをお見せします。やや黒いところは見えますが、概ねはまあ普通の人間です」

「そんな人間が調整者を名乗ってわざわざアルスぺリアに?」


 エクスペリアは海の向こう遥か彼方の国。飛行機でも10時間以上かかる上に、何よりスパイラルアーツの本家はあの国にある。

 調整者として目立ちたいのであれば、この国は色々と不便でしかないはずだが。


「それなりの地位と名声を持っているでしょうけども、ああいう人間の考えることは私には分かりません」

「全てを承知で来ている訳でもなさそうですか」

「そういった感触は今のところありませんね、それだけのリスクを抱えるだけのメリットがあるなら私が加担したいくらいです」

「この国に入ってから接触した人は?」

「立場上、経済界の大物がずらりと。後でこれもリストをお見せしますが、もしその中の誰かなら途中で捜査の中止命令が来るかもしれませんね」


 冗談交じりの会話だが、エナードの顔には少しの笑みもない。国の中枢を担う立場にある者が持つある種の勘が、この問題が簡単に終わるはずがない事を告げていた。


「さて、本題に戻りましょうか。今日の14時、ライレフの中でちょっとした騒ぎが起きます」

「ちょっとしたって、デモでも起こすんですか?」

「アレッドさんはサッカーはご覧になりますか?」

「まあ、たまには」

「今日はライレフスタジアムで試合があるんですよ、二部ですが試合ともなれば二万人程は来場者が見込めます」

「それだけの人間を巻き込むんですか?」

「それだけ多ければ、相手も多少の油断は生じるかと思いまして」

「それで俺とルーアですか」


 それで相手が姿を現してコンタクトを取ってくれれば儲けもの、姿を見せなくても電話で連絡でも取ろうものなら連絡先は容易に掴める。


「それが狙いですから、彼女の容姿も彼好みの様ですし。おっと、彼女も聞いているんでしたね」

「後で嫌味の一言はありますよ」

「謹んでお受け致しましょう。それでその騒ぎですが、とある場所でサポーター同士が衝突することになってます」

「とんでもない事をさらっと言いましたね」

「どちらもこちら側の人間ですから、それでちょっと暴力沙汰にまで発展したところで抑えようかと」

「スパイラルアーツ側の人はいないんですよね? あの神の裁きはどうするんです?」

「それっぽいのは用意しますので、貴方には軽くちょっと」

「……俺がですか」

「大丈夫です、やられる方も分かってますから。何なら日頃の鬱憤をそこで晴らしてもらっても」

「そこまでストレス溜まってませんよ、そろそろ移動ですか」

「ええ、いい試合を期待しましょう」


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