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テクニカルアーツ  作者: 乾紅太郎
第一章 黒き龍と新緑の少女
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弟の行方

「いや、でもそう言われてもなあ」


 アレッドは研究棟に繋がる廊下の入り口でうろうろしていた。進んでは戻り、戻っては進む。

 そんな繰り返しを8往復ほど行った後、彼はベンチで項垂れた。


「入れないだろ……」


 リアの検査に来ているグループの中にいるとゴダは言いたいのだろうが、そんな所に待機を命じられている彼がのこのこと行ってどうなるかは火を見るより明らか。

 確かに調査を行った大学に行くより遥かに早いが、難易度はこちらの方が遥かに高い。


「俺が聞いてどうなるって問題でもないよな……でもラミナさんに聞くのは」


 ラミナに聞けば答えは分かる、分かるのだがその一挙手一投足が世界中から注目されている彼女に聞くのは色々とリスキー。

 二人きりになれればいいが、それはそれで無用な嫉妬や軋轢を生みかねない。色々と面倒くさい相手でしかない。


「やっぱり誰か協力してくれそうな人に――」

「困ってるのかな?」

「……」

「えっと……もしかして私、邪魔?」


 声をかけられた彼が顔を上げれば、目の前にラミナ。EAE内で最も重要度が高いといっても過言ではない、ラミナ・ロックフォード本人がいた。


「……何してるんですか?」

「一通り終わったから外の空気を吸いに来たんだけど、君がここで子豚さんの丸焼きを見たかのような顔をしたから」


 ちなみに、彼は子豚の丸焼きなど食べたことも見たこともない。


「あ、それ私の!?」

「いやえっと……違いませんけど」


 見つけられたのは彼女も映っている写真、申請時に名前を出しておいた為に閲覧が可能なのが不幸なのか幸いなのか。


「懐かしいなあ、ほら見て見てこれが私」

「それは分かりますって」


 この中でも彼女は一際目立つ、主に年齢的な意味でだが。


「懐かしいなあ、本当にこの時はいい人ばっかりで。終わるのが惜しいなあって思ったの」


「皆さん大学の研究者とかですか?」


 好機ではあるのだが、いつ誰が通りかかるかも分からない。聞くなら聞くで、短時間で済まさなければならない。


「うん、若い人って言っても私よりは年上だったけどね。よくしてくれたよ」

「例えばこの人はどうです?」

「アスト君? すっごく優秀な人、礼儀正しくて親切だった、研究テーマは違ったけどちょっと話も合ったし」


 氏名確定、アスト・アルノーク。イアルナ大学の生物学部、現在の年齢は生きていれば20代後半か。


「へえ、やっぱりそういう人の集まりなんですね」

「まあね、今でも連絡取ってる子もいるよ。この子はここに来てるし」

「この人ですか?」


 場所はラミナとアストとはやや離れた位置、年齢はアストとほぼ同じかやや下。その若さでここに呼ばれたいうことはラミナほどでは無いにしろ、天才と称されるべき才能の持ち主。


「後で一緒にご飯食べるんだ、よかったらどう?」

「ははは、完全に場違いですって」


 仮に興味を持たれたところで、それは研究対象として以外に他ならない。ラミナがアレッドに向ける視線がそうであるように。


「そうかな、楽しいお話になるよ」

「リアはどうでした?」

「あの子、切除は無理そうだねって話になって今はリーフが見てるかな。面会してみる?」

「できれば」


 ここまで早くとは望外、断る理由もなく二つ返事でアレッドが頷く。互いに研究対象同士、もしかしたらルーアよりも話が合うかもしれない。


「じゃあ連絡しとく、いつでも大丈夫だと思うから。私もう行くね、あんまり暗い顔してたら駄目だよ」

「ありがとうございます」


「アスト・アルノーク?」

「そう、研究課に回したあのノート書いた人の名前」


 リアの病室で、アレッドから手渡された写真を見てリーフが小首を傾げる。ベ

ッドの上では真っ白な紙にしか見えないリアが、違う意味で小首を傾げた。


「俺は会ったことないな。専攻は……生物学か、だがキメラ制作なんてやろうと思うなら医学の方がまだ……」

「どうにかして会えないか? 共同研究持ちかけるとか、リアを出せば食いつくんじゃないか?」

「それでお姉ちゃんが治るなら私は構いません、当時の研究者の一人なんですよね?」

「俺はそう思ってる」


 アレッドとリアが意気込むが、リーフは自身の携帯端末を開いて首を横に振った。


「残念だが無理そうだ。ここ1年間、彼の論文はどこにも提出されてない。そこまで速筆かつ優秀ならどこかで研究を続けていてもよそうだが」

「死んでるとか?」

「あるいは、表に出せない研究をしているか」

「そこまで必死にノートに研究成果を残している余裕があるなら普通は持ち去る、最悪は処分だ。研究者としての動きとして凄く不可解だ、不自然にも程がある」

「焦ったとか?」


 朝起きればおはようと言い、夜寝るときはお休みと言う。そんな人が当たり前に行う自然さが、その行動からは微塵もリーフは感じられなかった。

 だからこそ、荒唐無稽な仮説が彼の頭に浮かんでしまう。


「そのスピードで書いたのあれば頭にほとんど入っていただろう、そこで書き上げる必要はどこにもない。そこまでしてノートを残した意味は、恐らく」

「誰かに見つけてもらうために残した、でしょうか?」

「俺はそう考える、そのメリットも分からないが。誰かに教えたいのなら、逃げてからゆっくりと書き上げて誰かに渡せばいいだけだからな」


 リアの意見にリーフは同意を示す。強いて可能性をあげるなら、そんなキメラが横行する中でも研究所に入り込み無事に帰ってこられるような人物に限定したいのであれば話は別だが。


「俺を狙ったとかないよな?」

「可能性としてはある、そこまで研究を進めていたのならお前の存在は知っていただろう。今回の件はどう考えても一本道じゃない、色んな人間の思惑が絡み合ってる」


 グレムとそのアストとやらが結託して何かを進めている可能性も排除は出来ない。確かに前に進んでいるのに、道がそれ以上のペースで伸びていく。


「適当に苗字で検索して誰か出ないかな? 家族とか」

「たまたま同じ苗字というだけで尋問できるならやってみろ……待てよ」


 アレッドの冗談にリーフが考え込む。まさか本当に実行する気かと心配する彼に、リーフは真剣な顔で呟いた。


「確か弟がいる」

「マジ!?」


 それが本当なら凄まじい手がかりだ。にわかに高まる期待の中、リーフがその記憶を手繰り寄せていく。


「だがその弟がどこにいるか……姉さんがその調査時に弟がいるからとかで話が合ったとか言っていたから」

「そこまで有名な兄がいるならそいつもきっと目立つって」


 リーフ並みであれば申し分ないが、仮に一般的な生活を送っていてもそういう人物はどこか目立つもの。天才を家系に持つ家はやはりどこか他人とは違う。


「名前がそのままという保証もない、兄がそういう経緯で表舞台から姿を消しているなら尚更だ」

「でも探ってみる価値はある」

「俺はそのノートを読み込んでみる、お前は待機なんだろ? 今日くらいはここで大人しくしてろ、諜報課に回せば一日で特定も済むだろう」

「ルーアか?」

「いや、リナにしておく。午前中に入れた声の音声解析に一日掛かるだろう」

「リナか、あいつ人混み嫌いだろ? 嫌がるんじゃねえか?」


 理由は違えど、アレッドと同じく彼女もあまり人と触れ合うのを好むタイプではない。例外はあれど、会った事もない他人であれば鳥肌が立つほどに。

 だがそこはリーフ、きちんと対策を用意していた。


「アレッドがキスしてやると言っていたの一言で済む」

「お前!」

「キスですか」


 リアの非難の意を込められたジト目に、アレッドは病院であることも忘れ叫んだ。


「違うそんな目で俺を見るな!」


「そんな軽い男だったんですね」

「だから違うんだって」


 リーフから濃厚にな、との捨て台詞を受けてアレッドがボールペンを投げつけた直後、リアが相も変わらずジト目を送っていた。


「別にいいです、助けてもらえるのであればどんな軽い男であろうと私は構いません。お姉ちゃんに手を出したら殺しますが」

「出さねえよ」

「出す価値もないってことですか!?」

「出すなって言ったのどこのどいつだよ!?」


 戦いは同レベルでしか起きないをまさに体現する中、彼は改めて彼女に問いかける。


「大丈夫だったか?」

「問題ありません、適当に質問されたり体を調べられたりしたくらいです」

「俺も最初はやられたけど、女の子だとやっぱりきつさは違うよな」

「されたんですか?」

「92」

「あ……」


 その数字を受けて、リアが口を噤む。先天的と後天的の違いはあれど、ルーアとは違う形で彼らの立場も一致していた。


「だから別に文句言ってくれていい、どういう事になるか分かって連れてきたんだから」

「覚悟してましたから、別に何を言う気もありません」

「両親とかに知らせた方がいいか? 会えるかもしれないぞ?」


 EAEの力をもってすれば、それも不可能ではない。希望すれば実現してしまう、というのも時として非情ではあるのだが。


「こんな体を親に見せろって言うんですか? アレッドさんは自分の今の立場を正直に言えますか?」

「いたらどうなんだろうなとは思う、だから選択肢を示した。嫌だって言っても俺は何も言わない、それも正しいと思う」

「そういうの、卑怯です」


 答えが出ないのがもどかしいのか、彼女は自分の手をぎゅっと握りしめた。

10万文字超えた為、更新中断。

もう一作、公募用に投下予定です。

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