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テクニカルアーツ  作者: 乾紅太郎
第一章 黒き龍と新緑の少女
15/16

つまり、暇

「塞いでしまうんですか?」

「追ってこられても面倒だし、ってかこの建物に近づいてくる気配がなから忌避してるのかもって仮説はあるけど、念には念をね」


 リーフ達が逃げ込んだ階段の入り口で、アレッドが壁をこつんと叩く。後はこの素材の固有振動数をもって増幅し続けるだけで、あっさりと入り口は崩落となる。


「あんまり離れた所にもいないだろ、ノートも回収したしそれなりの手掛かりにはなるだろ」

「あの」

「ん?」

「ありがとう……ございました」

「それはお姉ちゃんを助けた時まで取っとけ、あくまで今のは共闘だよ」


 少し距離を置いて後ろをついてくるリアに、アレッドが黒い血で染められた手を見て無理もないかとポケットに入れる。こんなもの、好き好んで見たい者などいるはずもない。


「さて、後はリーフの仕事だな」


「ヘリで周囲を旋回して近づけるポイント探してたら地下に入る通路を見つけて入ってみたらここだったと」

「一行で説明ありがとう、大当たりだったよ」


 ヘリの中、アレッドから役立たずの誹りを受け続けたミケルが膝を抱えぶつぶつとぼやいているのを余所に、アレッドがリーフの説明を受けて呆れていた。

 幾らなんでもやる事が行き当たりばったりにも程がある。決して、彼が人のことなど言えた立場ではないとしてもだ。


「そもそも一体どうやってこの辺りに見当を付けたんだよ」

「それはおいおい、これの解読は帰ってからにしよう」


 エヴァルとスティングが役目を終えてぐだっとするのを眺めながら、リアが恐々と外を眺める。


「これが、空……」


 大陸から来た時の記憶はおぼろげで、二度目に見る空はあの頃よりも綺麗に見えて彼女は目を離せないでいた。


「ノートを回収させたのか?」

「はい、思ったよりも早いペースですね。小さいですが、これも前進です」


 某所、真っ白な部屋で窓から夜空を見上げていたリフィアがジュリウスに微笑む。随分と回りくどい手法を取ったものだと呆れながらも、確かにこれは前進だった。


「ではすぐに我々の手に! EAEに手柄を独占されては溜まりません!」

「あそこはそんな組織ではない、それにそこまですればこちらの狙いがばれかねない。まだ我々に注目を集めておかねば、奴らに知れる」


 白衣姿の男にそう短く告げ、苦々しい顔をしながら退室していくのを見届けて彼はリフィアの隣に並んで空を見上げた。


「アレッド、お前はどこまで……」


 翌朝、EAEはてんてこ舞いだった。リアがアレッドと共に消え、どこかへ行ったと思ったらその日の内に帰ってくる始末。

 中止のはずの検査も通常通り執り行われるということで、アイファもリーフもその段取りに追われている中。


「まずはお疲れと言っておこうか? アレッド・ハートレッド」

「……はい」


 AG課の課長室でアレッドは頭を垂れていた。ノエル相手では彼も為す術がない、為す術がある者などこの組織にはそもそも極少数だが。


「貴重なレポートの回収は褒めよう、リアの保護も素晴らしい功績だ。だがな?」

「はい、仰ることはごもっともです」


 反論の余地はない、彼個人としてはアイファも巻き込みたいところだがそれを言っても火に油を注ぐだけだ。


「とりあえずこちらの動きを先に言っておく、シイルに監視を付けた」

「何かあったんですか?」

「あってからでは遅いから付けたのだ、異論は?」

「いえ、特には」

「では以上だ」

「あの、処分は?」


 一時間は続くと踏んでいた説教があっさりと終わったことに、アレッドの顔に安堵の色がはっきりと表れる。ああ、神は彼を見捨ててなどいなかった。


「ここでお前を処分すれば何かあったかと他を勘ぐらせるだけだ」

「ありがとう――」

「全てが片付いたら覚悟しておけ、その顔を絶望に染めてやる」

「……ございます」


 感じる怒気にアレッドが頭を上げる勇気などあるはずもなく、その態勢のまま部屋を出て逃げていった。


「器用な奴だ」


「ノートは解析課に回したし、リアはリーフ達の所だし」


 詰まる所、アレッドは暇だった。関係のない任務に出しても巻き込まれるのではとの憂慮の元、本部が下したのはまさかの終日待機。


「一日ずっとここってのもなあ」


 進捗はあったものの、キメラに関しては何一つ解明されていない。あれから例のテロ関係のニュースも鳴りを潜め、無謀な暴力との論調がマスメディアを通じて築き上げられていく始末。


「訓練でもするか」


 行き場を失った足はふらふらと幾つかの場所を彷徨った結果、いつもの所に落ち着く。大概の隊員も出払っている中、独り占めだ。

 軽めの筋力トレーニングをこなし次はどうしようか、と汗を拭ったところで拍手が響いた。


「昨日も動いたのに朝から元気だね」

「何だよ、暇なのか?」

「……まあ、あの子も気になるし」


 ルーアがアレッドの座るベンチの端に腰掛け、足をぶらぶらとさせる。


「リア?」

「力になれるかな、なんて思い上がりは一晩で消えちゃったけどね。まだまだアレッドには敵わないか」

「ノート数冊の回収しただけだ、それだって役に立つかどうか」

「立つよ、バルデルが動いたならそれだけの価値があるってことでしょ」


 やや投げやりに言葉が吐き捨てられていくのを咎める気も起きず、アレッドはそのままスポーツドリンクを流し込んだ。


「今日は?」

「盗み聞き、色んな人が来るから警備も含めて」

「……どっかでは色々と動いてるんだろうけど、俺達は動けないな」

「行くね、見せ物になるあの子……辛いよね」


 衆人環視の中、奇異の視線に晒されるのは彼らも経験済みだが、だからといって仕方ないで済ませたくないのは彼らの共通事項。


「見せ物になれるだけ、まだマシって考えるしかないさ」


 そしてそれがどうしようもないという諦めがどこかにあるのもまた、共通事項だった。


 もしゃもしゃ、もしゃもしゃ。


「あれ見て肉はちょっとなあ」


 もしゃもしゃ、もしゃもしゃ。


「卵って偉大だ」


 ルーアと別れ、相変わらず暇を持て余していたアレッド卵をもしゃもしゃしていた。

 EAEと専属契約している鶏卵業者から毎朝送られてくる卵は、隊員達の朝に活力を与えるのだ。


「いや、本当に今日も――」


 口に再び運ぼうとしたところで鳴る携帯、番号を確認。0.2秒の熟考の末、拒否。


「このスクランブルエッグが――」


 再び鳴動する携帯、0.1秒の逡巡のもと拒否。


「甘みと塩味のハーモニーが――」


 三度鳴動、0.4秒の抵抗と0.2秒の躊躇い、そして0.1秒の諦めをもって彼は通話ボタンを押した、ぽち。


「働かずに食う飯は美味いか?」

「凄く美味しいです」


 むしゃむしゃ、むしゃむしゃ。


「このニート、穀潰し、負け犬、社会のお荷物、クズレボリューション」

「切りますね」

「お前のせいで仕事が増えた」

「仕事? あのノートですか、解析課に回しましたから」


 課長自ら連絡とは珍しいが、それだけEAEもあのノートの重要性を認めているという事か。仮にそうだとしても、朝食中に連絡を取られてもとは彼の正直な感想だが。


「誰かさんの頑張りのお蔭でな」

「で、まさかもう済んだんですか?」

「俺を誰だと思ってる」


 予想外の答えに、アレッドがむせる。卵が、卵が喉に。


「おいそこのむせてるの、この俺の貴重な時間を費やしてやってやったんだ。ひれ伏せ、今なら20分で勘弁してやろう」

「そういう事ならうちの課長に言って下さいよ、俺は待機中なんですって」

「スカイダイビングか、そのまま死ね」

「誰が大気中ですか、ノエル課長ですよ」

「俺はあいつ嫌いだ」

「仕事に私情を挟まないで下さいよ」

「お前が言えた事か?」


 そう言われては彼も返す言葉がないが、そもそも課長と一隊員では立場が違う。違うのだが、そう返したところで鼻で笑うのがこの課長だ。


「じゃあアイファさん」

「あいつは駄目だ、お前に甘すぎる。で、俺に冷たすぎる」

「それは自業自得の面が大きすぎますんで同情しません、要するに俺に来いって言ってるんですね?」

「相変わらずお前は理解が遅いな、会話を始めてから3万文字も費やした」

「その10分の1も使ってませんって! って、切れてるし」


 気も腰も重くなる中、彼は最後の卵を口に入れ、


「ごほっ!」


 むせた。


「こっちもあんまり顔合わせたくないんだけどなあ……」


 一人ごちつつ、アレッドが向かったのは解析課ではなく地下にある資料室。

EAE内に蓄積された活動記録や、アーツ関連の情報が集められている部屋をトントンと叩いてアレッドが足を踏み入れる。


「失礼します」

「出ていけ」

「押し通る!」


 いつもの挨拶を終え、彼が目的の場所へ歩を進めるのを苦々しげに睨む女性がカウンターに一人。


「貴様……この部屋の主の命令が聞けないか?」

「今日はエヴァルいませんから、ほら」

「その体のどこにしまい込んだか分かったものじゃない」


 服の中ではなく本当に体内に入るのだから彼自身も便利だと思うこの力も、この場に限っては余計な疑いを持たれる動機にしかならない。

 それでいて証明する術もないのだから、黙ってやり過ごす他ない。


「いませんよ、おれのスケジュールはメイラさんも知ってるでしょう?」

「その終日待機のはずのアレッド・ハートレッドがここに何の用だ」

「調べものですよ」

「今日は雪か?」

「晴れてますって、そこまで珍しいことじゃないでしょう」

「フィールドワークの調査報告書、その場所はラミナだな」

「流石ですね」


 棚を見るまでもなく、アレッドが手に取った本を言い当てられ素直に彼も認める。元より、隠す気もなかった相手だ。


「やっぱり国有地か。日付は4年3か月前、申請先は理法局。国内の大学がチーム組んでる、凄いな」


 理科系の調査には必ず申請する必要のある機関の為、ここに不自然さはない。既に世界的に有名になりつつあったラミナに共同研究を持ちかける話も数多くあったのはリーフからも聞いていたこと。


「目的は生態調査……か」


 現状を知るだけに彼としても何かがあったのではと勘繰りたくなるが調査書からは特に何もなし、当てが外れた形か。とページをめくる彼の手が止まった。


「これコピーしていいですか? レベル4でいいんで」

「わざわざ自分から言い出すのか?」

「まあ、念の為に」


 カウンターに該当箇所のページを開いたまま差し出す彼に、メイラがカウンター横にある機械を手に取りそのページに翳す。スーパーで見かけるバーコードリーダーの様な形だが、これもテクニカルアーツの一種。


「レベル4か、許可は誰に出す?」

「ノエル課長とゴダ課長、それからリーフとラミナさんも」

「4名か、また随分と慎重だな」


 ページに機械から出る特殊な光線を当てれば、プリンターからすぐに該当のページが印刷される。特殊な処置を施されたその用紙は、セキュリティレベルに合わせた様々な効果を発揮する。


「返却せずにそのまま処分しますから」

「返却されたところで私にはただの紙にしか見えん」

「ですよね、じゃあお世話になりました」

「二度と来るな」


 これもまたお決まりの挨拶を終えた彼が向かう先は、解析課。文字通りあらゆる文書、物、アーツ等の解析を行うこの課の長の名はは、ゴダ・グラグダ。


「ここに来るまでに1108文字も費やしやがって、お前はいつから俺を100文字以上も待たせられる身分になった?」

「いやちゃんとお土産ありますって」

「エヴァルはなしか、そっちは学習したようだな」

「文字が二重に見えるんでしたっけ?」

「おまけに歪む、まあいいとっとと座れ」


 身長197、体重110の巨漢を支えるソファは特注品、長いぼさぼさの髪とあらゆる顔のパーツの薄さからついたあだ名はホームレス課長。

 事実、彼の住居は不明。噂では本部のどこかに隠し部屋を持っていると囁かれているもののその真偽は不明だ。


「おお、ふわふわ」

「お前の尻を支えるその面積が可哀そうだ」

「ノートの解析、終わったんですよね?」

「終わったな、後は研究課の仕事だ。俺に分かるのはつまらん事だけだ」

「それが重要なんですよ」


 書いてある事の詳細よりも優先して彼にあのノートが回されたのは、彼の能力に起因する。EAE内でも類似能力すらないのはアレッドと共通するところだが、その有用性は極めて高い。


「まず書かれたのは日付通り、一年前の5月27日の午後3時37分から始まり最後のページは5月30日の午前0時39分」

「早いですよね?」

「総文字数は11万3400字、わざわざ手書きで全て書いている辺りお前と同じく胡散臭いことは確かだ」

「11万……四日で?」

「感情は焦り、恐怖、好奇、歓喜、狂乱。まともな思考回路じゃないな、マッドサイエンティストってやつだ」

「ここに四年半前にそこに現地調査が行われてるんですけど、この中にいそうですか?」


 ここでアレッドがゴダに見せたのは、先ほど資料室でコピーを取ったあるページ。そこには参加者の名簿と、最後に記念で取ったと思われる写真が添付されている。

 教授と思わしき人を除いてほとんどが若く、20代が中心の和気藹々としたグループがそこには映し出されている。


「ふん、随分と賑やかだな」

「楽しい調査だったんでしょうね」


 ゴダが指を彷徨せる中、とある一点で指を止めた。


「こいつだ」

「お、ってことはこいつが犯人?」

「ノートの中身も見ないで犯人呼ばわりするな。だが書いたのはこいつだな、間違いない」

「後は書いたっていう証拠か」


 ゴダが言いましたからこの人が書きましたなど、どこの機関も信用する訳がない。幸いにも写真はあり、所属していた大学も分かっている。

 後はここの卒業者に適当に当たって聞き込み行えば、自然とその正体も判明するはずだ。


「頼りになりますね、ありがとうございました」

「馬鹿なお前に特別に教えてやるが、聞き込みなら本部内で済む」

「本部内?」


 礼を言って退室しようとしたアレッドが彼の言葉に?マークを浮かべる。はて、そんな博識な人物がここにいただろうか。


「今日、ここで何が行われると思ってるんだ」

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