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テクニカルアーツ  作者: 乾紅太郎
第一章 黒き龍と新緑の少女
13/16

地下の先にある闇

 指が、手が、足が、頭が、それぞれ動くことを目を閉じたまま確認して、アレッドはゆっくりと瞳を開いた。


「とりあえず、生きてはいるのか」


 ここが天国か地獄か、とは彼も考えなかった。エヴァルの姿はなく、アレッドの服も誰かに着替えさせられたのか簡素なシャツとズボンに変わっている。


「というか俺、生存確認ばっかりだな」

「殺しませんよ」


 そう自嘲したところで、どこかから声が聞こえアレッドが身を起こす。


「ああ、病院なのか」

「残念ですが、貴方のいた病院ではありません」

「だろうな、エヴァルは?」

「えヴぁる?」

「いや、いないならいい」


 リアの反応を見てアレッドは問うのをやめた、恐らく彼の体の中で休眠中だ。こうなればもうアレッドの意志どうこうの問題ではない。


「アーツにも効くんだな」

「何の話です?」

「こっちの話、随分といい所みたいだな」


 ベッドも家具も全てがまだ新しい、今まで使われてもいなかったのかできて間がないのかは定かではないが。


「何時だ?」

「倒れてから2時間程度です」

「って事は、まだ夜か」


 身体への拘束は何もなく、あれから特に何もされていないのか違和感もない。わざわざあんな真似をしてまで捕えたにしては、随分と処置が甘い。


「転移したのはバルデルか?」

「あそこから貴方を抱えて走って逃げられるとでも?」

「だよな、さて起きたぞ。どうしたい?」

「随分と余裕ですね、不安ではないんですか?」

「男と部屋で二人で余裕ぶってる君の方が俺には不思議に見えるけどな」


 ベッドから一定の距離を置いて立ったままじっとアレッドを見つめるリアの方がおかしく見え、彼は苦笑と共に体をそちらに向ける。


「貴方では私に勝てませんよ」

「そうかい。とりあえず話せることだけ話してくれ、答えられないならそれでいい。お互い、時間の無駄は避けたいだろ?」

「話せることなら話しました」

「じゃあなんでわざわざここにいるんだ? ここにいたら俺からの質問攻めになるだけだぞ?」

「経過観察です」

「経過観察? 何の為に?」

「3年前の事件の後、貴方の情報は各国の主要な機関に周知されたんですね?」

「よく知ってるな、その通り」


 周知されたとはいっても、その数値の信憑性は各機関にかなりの懐疑性をもって迎えられた。それは何も検査機関が彼の情報を改ざんした訳ではなく、単にその数値が常軌を逸していたからだったが。


「感応値、自覚ありますか?」

「92だろ?」

「……失礼ですが、調べさせて頂きました」

「簡単だもんな、どうだった?」


 血液さえ採取できればその結果は10分と掛からない、今も国民全員が年に一回は測定を受けるためその簡易さは年を経るごとに改善され続けている。


「その通りでした」

「それ目当てで誘ったんなら、大当たりだと思う」

「おかし過ぎます、一般にテクニカルアーツを用いる者でも20程度だというno

に」

「仕方ないだろ、そういう数字が出ちゃったんだから。別に俺が気合でどうこうした訳でもない」


 おかしい、そう言われ続けて早3年。彼の特異性はそれだけではないが、その面だけを見て苦労した事も楽をした事も多々。

 それを今更ここで何と言われようと全てを受け止められるだけの心の余裕が彼にできたことが、3年前とは違うたった一つの点だ。


「バルデルは貴方に託そうとしています、ジュリウスもグレムも」

「断片的に言われても返しようがないって、何をして欲しい? それで俺がするかしないか答える、それだけだろ?」

「……ついてきて下さい」


 部屋を出て、まずアレッドが感じたのはその建物の広さだった。

小規模などこかの隠れ家的なイメージはすぐに取り払われ、どこかの大規模な研究施設かと身構える。


「私達がいたあの家からさほど離れていない位置にある施設です、出資者はグレム。ジュリウスもここの所属です」

「呼び捨てにするような仲なのか?」

「敬意などありません、金の亡者とつまらない自己満足にしか興味のない人達ですから」


 アレッドに返す言葉もなく、沈黙状態のまま進むこと1分程度。大きな両開きの扉の前でリアが足を止めた。


「ここが目的地か?」

「中には誰もいません、ですが驚くかもしれませんので心の準備だけはして下さい」

「そんな配慮してくれるなら最初から何があるのか教えておいた方がいいと思うけど?」

「その反応も、私の興味対象の一つですから。まあ、流石に反応も予想が付きますが」

「じゃあご期待に応えられる様に頑張るよ」


 扉が開き、断続的に響く電子音が響いているのがアレッドの耳にも聞こえてくる。


「予想通り、というかこれさっきも同じようなの見た」

「ですから、予想できると言ったんです」


 10数本の管の中に、白い何かが蠢いている。それが何かなど、アレッドには考えるまでもない。


「キメラね、素体をここまで保存してるなんて凄いな」

「大半は貴方が潰したそうですね」

「残ってたって事だろ、不思議じゃないさ。どうしてわざわざここで保管してるのかは疑問だけどな」


 リーフをして微小な細胞を保管するだけでもその費用は彼の研究予算の10分の1程度を占めるという。それがこれだけの数、個人では限界がある。


「解決した張本人でも、拒否反応を示さないんですね」

「ここで壊せば満足か?」

「そんな事を言いたいんじゃありません、そもそもあれを解決した位でいい気にならないで下さい」

「そんな態度を取った覚えはない、喧嘩を売ると頼む時に言いにくくなるぞ」


 あれで根絶したなどアレッドも誰も思っていない、リーフ以外にも研究機関がある事も承知済みだ。


「元々、この地は先の大戦で身寄りを失った子供達を受け入れる施設があったそ

うです」

「先の大戦? エクスペリアのあれか?」

「多くの人が死にましたから、その身分を生涯を通じて一切明かせなくなってしまった様な子もいます」

「戦犯ってやつか?」


 アレッドにとってその大戦の記憶は非常に薄く、完全に他人事だ。そもそもこの4年間の記憶しかない彼にとっては、教科書の中の出来事と変わらない。


「お姉ちゃんもそんな子供達の一人だったそうです、その中でもその地位は頭一つ抜けていたそうですが」

「驚くことでもないな、バルデル従えてるんだし。ってか追放された事実が恐ろしいな、バルデルより強いのがごろごろしてるんだろ?」

「追放された訳ではありません、自らここに来たんですから」


 リアが右手にあるコントロールパネルを操作すると、アレッドの前方にホログラムが映し出される。


「施設の数は計4つ、内一つは先程まで私達がいた場所。大半の子供はここにいました」

「大半って、そんなに広い様には見えなかったけど」

「あれだけではありませんでしたから、それらを含めるなら施設の数はもっと増えます」

「で、この内のどれかがキメラの研究施設か。そんな面倒くさい子達をただで保護する訳ないもんな、見返りに資金の援助でも受けてたか?」


 どこかで奴隷になるなり軟禁されるなりされそうなものだが、そのデメリットを超えるメリットがあれば話は別だ。ようやく、少しだけ話が進んできた。


「だからグレムです」

「グレム一人でどうこうなる規模じゃないぞ」


 調査書は彼も目を通しているが、いくらなんでも個人で負える資金でも責任でもない。発覚すれば全てが無に帰すどころか、家そのものが破滅しかねない。それはギャンブルでも何でもない、文字通りの自殺行為だ。


「一人ではありませんから、表だって保護できなくても支援する人などいくらでもいます」

「隠れ蓑ね……現状こうなってるって事は上手くいかなかったんだろ?」

「はい、問題は至極単純です。生物災害です」

「人の手に負える物じゃないってのになあ」


 その惨状は彼にも想像がつくもの、3年前も規模が違うとはいえ発覚の切っ掛けは同様。そしてそれがアレッドの力の目覚めにも繋がったのだが、それはまた別の話。


「実は貴方に切りつけた時、少し細工をしました」

「睡眠薬か?」

「それもありますが、もう一つ。私に取り付いているこれと同じ因子を――」

「結合しただろ?」

「え、あ、はい。ですが」


 食い気味に返された事に狼狽したのか、リアが躊躇いがちに頷く。ただ、そんな事は隠すまでもない事だ。


「結合はするさ、おれの場合そんなの分かりきってる話だ」

「有名って、私が聞いたのは3年前のキメラ事件を解決して生還していることです。耐性がないなら生きて帰ること自体が不可能です!」

「って、リーフは発表してたな。そんな存在がいたらそれはそれで騒ぎになるからって」


 リーフが改竄した訳ではなく、各機関がこの情報の開示を躊躇った結果、リーフがそう世間に発表する羽目になっただけ。寧ろ、結合しなければ彼は生きて帰ってはこれなかった。


「本当に一部しか知らないけど、でも考えてみろ? 俺はエヴァルと同調して一時的に同化してるんだ、アーツと結合できないならこれも不可能だろ」

「あ……」

「俺の力で異常だって言われてるのは、結合できることじゃなく分離できることなんだよ。結合したって簡単に取れるさ、えっと……ああこれか」


 首筋にある小さなこぶを摘まんで、アレッドが引き抜く。僅か1センチ程度の小さな塊だが、これも立派なキメラだ。


「ほら、証明したぞ」


 あっさりと除去し、差し出した彼に目を見開いてリアが言葉を失う。アレッド自身、我ながら少しショッキングだったかと自省しはじめたところで彼女は頭を下げた。


「試すような真似をしてすみませんでした」

「あ、いや別に謝って欲しい訳じゃない」

「その力を見込んで、頼みがあります」

「ようやく本題か、何だよ?」


 頭を下げたままだったリアがホログラムを操作し先ほど示した施設よりも更に北、敷地内では最も広大な施設を拡大する。


「大きいな、ここが研究所か?」

「お察しの通りです、地下通路がありますから移動しながらお話しします」

「ちなみにここどこだ?」

「四つの施設を繋ぐコントロールセンター……ここです」

「真ん中にあるのか、ここまで複雑だと俺達の力でも厳しそうだ」


 EAEの本部以上どころか、この国のスパイラルアーツの敷地にも匹敵する。こんな場所が誰にも知られることなく存在していたことが、一つの奇跡だ。


「ここに各種研究施設があるんですが」

「ああ、生物災害って言ってたな。暴れまわってるのか?」

「アレッドさんが逃げ出した様なのがわんさかと」

「想像したくねえ、そうかあれもそうなのか……動物に寄生してるのは初めて見たなあ」


 お化け屋敷に進んで入る趣味は彼にはない、人より慣れているとはいえその姿形は真っ先に嫌悪感をもたらす。


「私一人で何度も入ろうとはしたんですが、どうしても中にまでは入れなくて」

「地下通路があるんだろ?」

「途中で壊されているんです、途中までは安全なんですけど」

「公表もできず、封鎖が精一杯か。EAEで特別チーム組んでも死人が出るな」


 そんなものがあれば、国内はパニックだがアレッドとしてはパニックになってしまえというのが正直なところ。あの事件を経てまだ縋ろうとする人の神経が分からない。


「グレムもジュリウスもお姉ちゃんを連れ回して信用できませんし、私がやるしかないんです。もしかしたら治療法もあるかもしれません」

「そうしようと思った動機も含めて、歩きがてら聞く。それなりに時間が掛かりそうだ」


 結局のところ、行くしかここでの選択肢はなく。アレッドは最後にちらっとキメラを見やってから歩き出した。


「案内してくれ」


「元々、お姉ちゃんも私も施設に引き取られていました。その頃は研究施設の事も何も知らなくて、ただただ普通に……って言い方はおかしいかもしれませんけど、普通に過ごしてたんです」

「出身は大陸……ああいい、そこは別に俺には必要ない情報だな。それで?」

「本当に興味本位だったんですけど、ある男の子が何かあるって騒ぎ始めたんです。でも大人の人達はあまり遠くに行くなっていつも注意されていて、その子は内緒で計画を立てました」

「別に野に放たれてた訳でもなかったんだろ? ちょっと入ってくらいでそこまでになるのか?」


 精々こっぴどく怒られるくらいかと軽い気持ちで返したアレッドだが、リアの声のトーンは重いまま。


「一晩経っても戻ってこなくて、内緒だよって言われてたから誰にも言えなくて。でも不安だったからお姉ちゃん相談して」

「まさか探しに行ったのか?」

「二人で行こうって、ちょっと迷っちゃってるだけだろうから大丈夫だよって思って。そう思って……行ったの」


 語尾が戻るのは、昔を思い出しているからか。不安げなまま、それでいて一つ一つ発する度に意を決して言葉を選ぶリアにアレッドは口を挟まなかった。


「夜で、暗くて、やっぱりやめようと思いましたけどやっぱり行こうって。そう決めて、見たんです」


 廊下も先の家と変わらずインフラはしっかりしており、人が現れても何ら不思議ではない。だがそれだけにこの静けさはアレッドに違和感を与えるに十分すぎる。


「あの先か?」

「はい、あの向こうです。あの時もそうでした、何もいないかなって思って、見てみたら凄い化け物がいて必死に逃げて……お姉ちゃんが」

「そこまででいい、無理するな。これから幾らでも無理するんだ」


 唐突に廊下が途切れ、上へ穴が開いている。先は地面で埋まっており進めそうになく、外の様子も伺えない。


「私も逃げて、結局ダメで捕まっちゃって。でも、あの子が助けてくれたんです」

「あの男の子?」

「アレッドさんが地下で見た、あの子です」

「そうか、あの子も頑張ったんだな」


 まだ自我があったのか、それともただの偶然か。はっきりした事は、この上にある世界は糞みたいな世界だということだけだ。


「エヴァル、そろそろいいか?」


 体中に力が満ちていき、その目醒めをアレッドは実感する。


「じゃあ戦う必要はないな、とにかく施設内に入ってここで何があったか正確に知ること。それなりに走れるか?」

「それなりには、です」

「じゃあ行くか!」

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