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テクニカルアーツ  作者: 乾紅太郎
第一章 黒き龍と新緑の少女
1/16

プロローグ

 その大きな残骸が、その場の凄惨さを物語っていた。

 正気を失ったのか、ただただ呆然とする少年が一人。座り込んだまま、涙を流し続ける少女が一人。

 その先で銀の獣が遠吠えを響かせている。誰に向けてか、その傍らには意識を失っている少年が一人。

 やがてその声も力を失い始めた時、その獣に手は差し伸べられた。

「おいで、君達の居場所は私が用意しよう」 


 午前6時を時計の短針が示し、朝日が窓から差し込み始めた頃。

ウォン、と犬の様な鳴き声と共に銀色の何かがベッドから頭を上げた。


「ん……」


 その傍らには未だ夢の中の男が一人。まだ睡眠が足りないのか、薄く開いた瞼は再び――。


「ぐうぉ!」

 

 閉じることは許されなかった。


「エヴァル……寝起きから腹に頭突きはきつい」

 

 痛みをこらえつつ辛うじてその男が反論するも、エヴァルと呼ばれたそれは既に部屋の中にはおらず寝室の扉がゆらゆらと揺れているだけ。


「ふぁ、リーフ起きてるかな」

 

 寝起きにも関わらずツンツンとした黒髪が揺れ、赤い瞳が時計を見て大きく見開いた。


「6時……早すぎる、折角の休みなのにいつもと変わんねえ」

 

 窓の外では小鳥がチュンチュンと鳴っているそんな平和な朝、彼は大きく伸びをしてベッドから軽快に降りたった。


「ま、仕方ないか」


「おはようアレッド、その顔はまだエヴァルに起こされたな?」

「ご名答、コーヒーまだあったっけ?」

 

 アレッドと呼ばれた青年が棚を開け中を覗き込む、その足元を先程から犬の様な生物がぐるぐると回っている。


「残り5杯くらいかな、購買部で買っておく」

「いやいいよ、今日は街まで出るから。飲むか?」

「頼む、たまの休みなのに元気だな」

 

 机の上にコーヒーを配りつつ、アレッドが新聞に目を通す。今日もアルスぺリアは平和なようで、一面は政治絡みのニュースが占めている。

 人が問題を起こしている内は、彼らの出番はない。


「ついでだし、任務ばっかりじゃエヴァルが拗ねる」

「今日のはしゃぎっぷりはそのせいか」

「ティングは?」

「まだ寝てる、昨日も働いてもらったから」

 

 アレッドの向かい側でコーヒーに口を付けている青年が熱いな、とぼそりと口にする。

そんな仕草すら上品さが漂う青年に同性ながら感服しつつ、アレッドが昨日から残っているロールパンを口に放り込んだ。


「そっか、今日も研究棟か?」

「その予定、今日は何があろうとお前の携帯は鳴らないと思ってくれていい。ゆっくりしてくれ」

「その言葉、信じるからな」

 

 エヴァルがアレッドの膝の上に乗り、耳をぴんと立てた。絶対だな? と確認しているようで、二人は顔を見合わせて苦笑するのみ。


「おっと、俺の方は休みなしだな……はい、リーフです。ええ、ええ、分かりました。7時から? 分かりました」

「お呼び出しか?」

「そこまでじゃない、出勤時間が一時間早まっただけだ」

「リーフ最後の休みいつだ?」

「三日前かな、アレッドよりはまだマシだろうな」

 

 リーフが席を立ち、黒の上下の上に白衣を羽織る、この組織内でも限られた人間しか着ることを許されないエリートの証だ。


「期待してるぜ、ロックフォード家の期待の星」

「お前までそれか、ティングは寝かせておいてくれ」

「了解、じゃあまた夜に」

「ああ」

 

 いち早く出勤していった同僚に手を振りつつ、アレッドがエヴァルを机の上に乗せる。

 どうやら彼の相棒もリーフの見立て通りテンションが上がっているようで、特徴の一つである丸い耳がぴょこぴょことひっきりなしに動いている。


「そうはしゃぐなよ、俺達もすぐに出るって」

 

 コーヒーカップを流しに置き、準備もそこそこに彼もまた扉を開けた。


「いい一日になるといいな」


「おはよアレッド、休みなのに早起きなんて偉い偉い」

「エヴァルに頭突きくらったんだよ」

 

 部屋から出てエレベーターで降りること2階、各棟を繋ぐ連絡通路に入ったところで彼の後ろから声がかかる。


「いい目覚ましだね、私のよりよっぽど高性能」

「ルーアのそれは目覚ましとは違うだろ」

「同じだったら問題でしょ」

 

 腰まで伸ばされている長髪を無造作に振り払って、ルーアがアレッドの横に並ぶ。頭一つ低い彼女が横に立つと、自然と彼の顔が緩む。

 この組織内でも入隊当初から付き合いのある数少ない隊員の内の一人、ルーア・リヒテッド。


「今日は仕事か?」

「休みなんて滅多にないもん、誰かさんとは違って」

「俺だって久しぶりだぞ」

「あんたじゃない。あーあ、私も休みにすればよかった」

 

 美人というよりは可愛げのあるタイプ、との評価は誰しも一致するところだが、そのざっくばらんとした性格は様は同性達の支持をも集めていた。

 部隊内で選挙でもすれば10位以内には入るんじゃないか、とはリーフの弁。


「アイアは部屋か?」

「ご飯中、エヴァル今から預けに行くんでしょ?」

「外出申請出しに行くし、食堂で飯食うのもいいかなって思って」

 

 居住棟から本部までの道を歩きながら、アレッドがガラス張りの窓を通して外に目を向ける。

 昨日の天気予報通り、外は雲一つない快晴だ。


「私も食べる、付き合って。どうせ暇でしょ?」

「時間いいのか?」

「どこにいたって聞こえるから」

「お前その特別待遇よく許されてるよな」

「私が発言することなんてないから、どうせ現場に行ったら私だけ働かせられるし。だったらあんたといた方が楽」

「そいつはどーも」

 

 本部のエリアに入ってすぐ、エヴァルがとある部屋の前でその足を止めた。部屋の表示には給餌室の文字がある。

 文字通り、アーツ達にとっての食堂だ。


「失礼します」

「はいどうぞ、あらアレッド。ルーアも」

「ラミネさん!?」

 

 白衣姿の女性に声を掛けられ、アレッドが文字通り飛び上がる。本部内でも有数の広さを誇るこの部屋では、24時間体制で専門の人員がその任に就いている。

 が、研究畑の人間がいることはこんな朝からいることは稀だ。


「あら、そんなに驚かれるような格好してる?」

「あ、いえ」

「今日は研究棟には?」

 

 悪戯な笑みを浮かべるラミナに気圧されるアレッドに代わって、ルーアがカウンターに歩み寄る。

 既に顔なじみとなった職員がちょっと待っててね、とカウンター裏のドアから出ていくのを見送ってラミナがカウンターにひょいと腰かけた。


「ちょっと観察したい子がいて、待ってたところ。アイアならもう終わってるかな、ああ来た」

「お仕事ですか?」

「ええ、だからこうして待ってたの」

「待ってたって、エヴァルですか?」

「もちろん、アーツを扱う部隊内でも珍しいんだから」

「当の本人に自覚ないけどね」

「うるせー、そういう事ならどうぞ。時間かかります?」

 

 ルーアがアイアを受け取りながら茶化してくるのを横目に、アレッドがエヴァルを抱きかかえる。

 慣れているのかお腹がすいているのか、しっぽがゆらゆらと揺れている。


「一時間くらいかな、アレッド君こそ大丈夫?」

「それくらいならお安いご用です、リーフは今日も早いんですね」

「あの子はあの子で忙しいから、弟がいつもお世話になってます」

「こっちが世話になってますよ、失礼します」

 

 この組織においてアーツと共に業務にあたる隊員達の一日の最初の仕事を終えれば、今度は彼ら自身の栄養補給が次なる仕事となる。

 腹が減っては戦はできぬ、の精神から三か所に用意された食堂は朝早くから多くの隊員が空腹を満たす為に訪れる。


「今日の日替わりはFか、まあまあだな」

「私トーストにしよっかな」

「お前そんなんでいいのか?」

「なんか早い内に仕事終わるかもしれないから、もし現地解散なら街で遊ぼうかなって」

 

 閑散としているのはほとんどの隊員が任務前のブリーフィングに出ているからだが、隊内でも数少ない例外の一人が欠伸交じりに椅子の上で背を伸ばす。

 本部内程度であればどこからでも聞き取れるだけの力は、アレッドには想像すらつかない。


「諜報部は私服で任務できるからいいよな」

「諜報活動するのに制服着てる組織なんてどこにあるの」

 

 スクランブルエッグとサラダ、それにマフィンが二つ。隊員達の人気メニューである日替わりモーニングを口に入れる足元では、ピンク色の球体がごろごろと転がっている。

 このアーツこそルーアの相棒でありこの組織の切り札、アイア。


「街に出るのか? ちなみにどこだ?」

「ケルトとかアルフェの方だって話してる。えっと……今日の一面絡みの件みたい」

「まーたそんな事にうちが使われるのか」

「パイプが欲しいんでしょ、平和だよね」

「まあ前線に出ろって言われるよりはマシだけどさ、じゃあそっちには近付かないようにするか。変に巻き込まれると面倒だ」

 

 アレッドもまたそのアーツの特性もあいまって、街に出るだけでも申請を必要とする隊内では例外の多い隊員の一人。

 めんどくさいと言えば嘘になるが、その前科の多さも重なって強く出られる立場でもなかった。


「アレッドもとある筋には有名だもんね」

「そこまででもねーよ」

「あーあ、10分後にはエントランスかあ。軽めにしといてよかった」

「俺はもうちょっとゆっくりしとく、気を付けろよ」

「こっちの台詞、じゃあね」

 

 足早に去っていくルーアを見送ってアレッドが時計にちらと目を向ける、エヴァルが戻ってくるまで30分。


「さっさと片付けて申請出すか」

 

 スクランブルエッグをかきこんで彼が向かったのは本部棟の3F、内部局総合室。

 隊員達からの各種申請の手続き及び内外から集められる情報はここで整理され、必要に応じて隊員達に開示される。

 カウンターの奥では数十人体制で隊員たちが業務にあたっているが、今回の彼の目的はもちろん人事課だ。


「外出申請を出したいんですが」

「氏名及び隊員番号をどうぞ」

「アレッド・ハートレッド、隊員番号は023431です」

「少々お待ちください、はいアレッドさんですね。っていつもすみません、顔を見れば分かるんですけど」

「いいですよ、うちにはそれくらい朝飯前のが何人もいるんで。今日はイレイフの方に行きたいんです、時間は9時から17時で」

 

 受付の女性が慣れた手つきでパソコンに必要な情報を入力し、いくつもの暗号回線を通してそれは各局へ転送される。


「我ながらめんどくさい隊員ですみません」

「いえ、申請の許可が下りました。もし何か変更がありましたらご連絡を」

「どうも、さあて部屋に戻って着替えて……」

「ジャージ姿でこんな時間に徘徊してる不審な男性が一名」

「……見れば分かるでしょう、アレッドですよ」

 

 部屋に戻りかけた矢先、総合室の奥から掛けられてきた声にアレッドがうんざりした顔で振り向く。

 できれば休日、それが叶わなくとも朝には顔を合わせたくなかった相手だ。


「ドレッドノート?」

「誰が戦艦ですか、アレッドです。ってアイファさんこそこんな所で何してるんですか」

「隊員が本部棟にいたらおかしい?」

「おかしくありませんけど、仕事ですか?」

「そうよ、誰かさんが街へ芝刈りに行くというから」

 

 艶やかな青髪と、切れ長の瞳。聡明な印象そのままの涼やかな声も、その性格によって評価はマイナス方面に振り切れる。


「要するに暇なんですね」

「いいえ、私はここで貴方に特命を与えると決めていたから」

「特命? 代休くれるなら働きますよ」

「エレファントバーガー」

「……は?」

 

 アレッドは少しでも真面目に考えた自身の脳細胞の一つ一つに心の内で頭を下げた、聞くだけ時間の無駄だ。


「今日はエレファント・デラックスプレス・バーガーの発売日なの」

「また何とも薄っぺらそうなハンバーガーですね」

「ここまで言えば流石に察しの悪い貴方でも分かるわよね?」

「察しが悪いんで分かりません」

「待ちなさい」

「待ちませんよ」

「私の言葉を理解する時間を与えてあげるわ」

「いりません」

「あれもいや、これもいや、こんな我がままに育てた覚えはないのに」

「育てられた覚えもありませんよ!」

 

 閑話休題。


「お休みだそうね」

「申請は出しましたよ、アイファさんにも転送されたでしょう?」

 

 彼に対する特殊な権限を持つ者は何人かいるが彼女もその一人、カウンターに肘をついて微笑む様は絵にもなるが彼からすればどんな言葉が出てくるか気が気ではい。


「されたわ、だから頼んでるのよ」

「……マジですか?」

「ええ、今日の夕食はもうそれに決めているから」

「それだけでいいんですね?」

 

 時計に目をやりながらアレッドが徐々に後ずさる、これは敗北ではない。戦略的撤退だ。


「私の辞書に嘘なんて言葉はないわ」

「もう嘘ですよね!?」

「方便って言うのよ。楽しんできなさい、楽しみにしてるから」


「あの人と話してると時間がいくらあっても足りないっての!」

 

 残り時間残り10分、アレッドがベッドの上に服を投げ出し適当に白のワイシャツと黒のズボンを手に取る。

 任務に忙殺されている為、数着程度しか必要としない事だけが幸いと言えば幸いだが、センスの無さは彼自身も自覚するところで。


「増やすかな……でも買っても時間がなあ」

 

 ばたばたと廊下を歩きながら、誰にも会わないことを願いつつ携帯に目を向けその足を速める。

 遅れてどうこうという訳ではないが、あまりここに長居していると何に巻き込まれるか分かったものではない。


「すみません遅れました」

「時間通りですよ、ラミナさんはもう終わったそうで少し前に出ていかれましたが」

「ならエヴァルはもういいですか?」

「はい、ちょっと待ってて下さいね」

 

 時刻は8時を過ぎた頃、ここから車で真っ直ぐ行けば丁度いい時間だ。


「はい、お待たせ」

「ありがとうございます、19時前には帰ってきますから」

 

 エヴァルがカウンターからひょいと飛び降りて、ぶるぶると体を震わせる。


「ご機嫌だな、今からドライブだぞ」

 

 エレベーターで本部棟の地下2Fまで降り、隊員専用の電子キーを翳すと数十台の車が並ぶ駐車場の照明が一斉に点灯する。

 特に申請は必要なく、どんな車種でも早い者勝ちだ。


「お、まだこんなに余ってる!」

 

 どれか一台でも残っていれば儲けもの、セダンは一人にしてはやや大きめだが贅沢は言っていられない。

 予め差し込まれている鍵は隊員以外が触れても作動しない様に特殊な措置をされており、アレッドはシートベルトを締めアクセルを踏んだ。


「よし行くか」

 

 見た目は一般人が乗る車と見かけ上の変化はない、そんな黒セダンが田舎道をのんびりと走っていた。

 郊外にある彼らが属する組織の本部は国の機能がいくつかの都市に分かれている関係上、その中間地点に存在する。


「支部でも作れば楽なんだけどなあ」

 

 その為、どこに行くにも所要時間は一時間程度は免れない。それはレイフだろうとケルトだろうと変わらない。

 他にも彼らを目的とした襲撃があった場合、民間人を巻き込まない為という名目も存在するが実態はまた別のところにある。


「電話……じゃないメールか、開く」

 

 ホルダーにセットされている携帯がぶるぶると震えアレッドの声に反応してメール画面が表示される。


「アイファさん? 何の用だよ……」


 件名 エレファントバーガー レイフ店地図


「仕事用の携帯に送ってくるもんじゃないだろ……」

 

 後部座席でエヴァルが、小さく欠伸し体を伸ばした。

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