表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説幻怪伝  作者: 蝦夷 漫筆
熱き旅路に敵また敵~雨乞山激戦編
98/122

二刀相打つ戦慄の刻

 富士に向かう山道でオニの大群の襲撃を受けた幻怪四戦士たち。

 赤鬼の火炎攻撃、青鬼の毒ガス攻撃に手を焼きつつ激しい戦いが続く。

 最強クラスの鬼の一角、牛頭ごずは弾切れとなった蝦夷守龍鬼えぞのかみりゅうきを追い詰めていた。


 「調子に乗りやがって」

 牛頭は二刀をギラつかせながら、角に腹を切り裂かれぐったりと倒れ込み動けなくなった蝦夷守にゆっくり近づいてくる。

 「さあ小僧。銃なんぞに頼りやがって。お前に刀の使い方を教えてやろう」


 蝦夷守を見下ろす牛頭。

 その背後にサッと近寄った浪人笠の男。


 「ああ、俺に教えてくれないか。刀の使い方とやらを」

 一刀彫のまさの目が、笠の奥で光った。

 時間の流れが止まったかのように、張り詰めた空気。


 瞬きの刹那に左足を引きながら振り返る牛頭、その両腕の柳葉刀りゅうようとうは身体の回転の勢いをも加えながら、それぞれ縦方向と横方向に振られた。

 「危ないっ」

 笠がふわりと浮いた。雅は身を沈めて同時に二刀抜いていた。

 右に身体をさばきつつ左に携えた紊帝びんていの剣の峰が、横振りに迫る刀を食い止め、次いで袈裟に降ってくる刃を右の崇虎刀すうとらとうが跳ね上げる。

 「ふぬっ」

 牛頭が腕力に任せて刀を押し込んでくる。ただでさえ重量のある柳葉刀の圧力に怪力が加わる。


 「力に頼るは拙き者の業」

 雅は紊帝の剣に波動を流し込む。にわかに光を帯びた剣が押し戻す。


 「いや、それは力無き者の戯言」

 牛頭がぐっと身を乗り出した。眼前に迫る刃物のような角に首をすくめる雅、一瞬ひるんだその隙に紊帝の剣は弾きとばされてしまった。


 「うっ」

 拾いに行く間もなく、さらに首筋めがけて迫る柳葉刀。雅は思いっきり身を反らした。顎髭の毛先を刃がかすめる。倒れざまに転がりながら逃げるしかない。

 「いいや、逃がさない」

 地を這うように低い姿勢のまま追う牛頭。

 雅は咄嗟に笠を投げた。

 「小賢しい」

 キン、と甲高い金属音。笠に仕込んだ幻鋼の内張りが牛頭の角と衝突し火花を散らす。牛頭の突進力は笠ごときにはひるまない。

 「覚悟せい」

 唸りを上げて左右から振り下ろされた牛頭の柳葉刀は、しかし空を切った。

 「なにっ」

 投げた笠が牛頭の視界を遮った一瞬に、雅は飛び上がっていた。

 「まだ逃げる気かっ」

 牛頭が二本の刀を振り上げ、頭上を伺う。

 「叩き斬ってやる」

 「いやだね」

 雅は牛頭の頭を踏みつけるとぐいと力を込めてさらに飛び上がった。ひょいとその場から脱出、くるりと身を回転させて受身をとりながら着地した。

 ゆっくりと紊帝の剣を拾い上げ、構える。

 「二刀どうし。これで対等」

 「お前と俺が対等とは笑止千万」

 ニヤッと笑った牛頭が両手の柳葉刀を軽々しく振り回しながら近づいてきた。雅も腰を下ろして二刀を十字に構える。

 「さあ」

 地面すれすれに低く飛び出した雅。右の崇虎刀をぐっと突き出す。呼応して牛頭も下段から斬り込む。しかし雅はいち早く地を蹴り上げた。

 「バカめ、上だよ」

 「ぐあっ」

 雨をたっぷり含んだ泥の飛沫が牛頭の視界を遮る。上空に身を舞わせた雅の二本の切っ先が急降下し牛頭の脳天をうかがう。

 「串刺しにしてやる」

 「切り刻んでやる」

 牛頭も泥を跳ね上げながら二本の柳葉刀を思い切り振り上げた。

 風圧で水滴が細かな粒子になって吹き飛ぶ。降下する雅の二本と突き上げた牛頭の二本、刀が交錯し甲高い衝突音を響かせた。


 挿絵(By みてみん)


 「やるな」

 「お互いさま」

 言うが早いか詰め寄る両者。火花を散らして一進一退、刀身を重ね合う。それぞれの切っ先が描く弧は湿気を含んだ空気に白い水蒸気の軌跡を、まるで美しい抽象画のように残しては消えてゆく。

 「そろそろお遊びも終いにしようじゃねえか」

 牛頭が叫びながら左右の上段から力強く、重く振り下ろした。胸の前で交差させた二刀でそれをガッシリと受け止めた雅。

 「ああ」

 牛頭がニヤリと笑った。

 「さっき対等なんて言ったなお前」

 「ん?」

 両刀の鍔迫り合いもそのままに、牛頭は太く逞しい両足の蹴爪に力を込めた。身体ごと押し付けるように、そして突き出した角。

 「俺の武器は刀だけじゃ無えんだよ」

 雅の胸元に焼けたような痛みが走る。続いて鈍い痺れるような電撃が放散する。己の胸に徐々に深く突き刺さってゆく鋭利な角を見ながら雅の顔が青ざめてゆく。

 「うううっ、ううっ」

 牛頭は勝利を確信したかのように笑みを浮かべ、突き出した首に力を込めた。

 「ぐあっ」

 

 あと三寸。角が雅の内臓を突き破る。

 その時、牛頭の背後にゆらりと立ち上がった影が一つ。


 「前にばっかり気を取られてんじゃねえっての」

 高らかに鳴った破裂音。にわかに硝煙の匂い。

 「ああ今度は弾切れじゃねえぞ。もちろん俺は玉無しじゃねえし」

 蝦夷守のリボルバーから放たれた銃弾は真っ直ぐ牛頭の背中に命中した。

 「んっ?」

 ドスンという音、身体をぐいと撓らせた牛頭。分厚い鎧によって銃弾が貫通することは無かったが、着弾の衝撃によって出来た一瞬の隙に、雅は脱出することに成功した。

 

 怒りに身体中の血管を怒張させて牛頭が振り向いた。

 「背後からとは卑怯なヤツ」

 銃口からゆらめく硝煙をフッと吹く蝦夷守。

 「戦いなんだ、卑怯は当たり前だろ」

 「じゃあお前から突き殺してやる」

 あらためて深く息を吸うとブルブルっと顔を震わせて大きな鼻息を鳴らした牛頭。身構える蝦夷守。

 「ああ、来いよ。牛なべ野郎」

 「とことんふざけた野郎だ…」

 両脚の筋肉をはちきれんばかりに膨張させて飛び込んできた。蹄が地を蹴るたびに加速して迫る。目を細めて狙いを定めた蝦夷守。

 「たまにゃふざけてない時もある」

 左手で激鉄を引き起こしてすかさず引き金を引く。特大の回転式弾倉がガチン、ガチンと回転しながら白煙を立てるたびに撃ち出される銃弾。


 だが牛頭は完全に見切っている。

 「チッ、銃など子供のオモチャよ」

 白糸を垂らしたような雨の線を直行して切り裂く弾道を右へ、左へ避けながら、牛頭の巨体が突進して迫る。


 「だが距離が縮まればかわせないぜ、牛なべ」

 蝦夷守は真っ直ぐ構えた銃口から弾を撃ち続ける。想像以上に牛頭は素早い。

 「だから銃などでは俺は倒せんと言ってるだろ」

 どんどん距離が縮まる。次々と撃ち込む弾はことごとくかわされる。

 牛頭が武者震いした。

 「また弾なしになるぞ、玉なし」

 「うっ、玉なしじゃねえが、弾は…」

 蝦夷守の顔を雨粒に混じって汗が垂れ落ちる。

 「残り三発…」

 至近距離、牛頭の素早さに拍車が掛かる。

 「残り二発」

 もう目の前、だがそれでも牛頭は銃弾をいとも簡単にかわす。

 「残り一発っ」

 また外れた。もう手が届く。


 「おしまいだな」

 「おしまいだな」

 同時に呟いた牛頭と蝦夷守。


 渾身の力で思いっきり地面を蹴った牛頭。その荒々しい鼻息がかかるほどに距離は詰まった。


 「あああっ」

 だが、一瞬にして視界から牛頭は消えた。


 「ふふふふ」

 笑い出した蝦夷守。

 「ふはははは」

 岩陰に潜んでいた河童のすすが姿を現した。また笑い出す。

 「ふはははは」

 「あはははは」

 煤が手に持っているのは掬鋤スコップ


 「初歩的な」

 「ああ、初歩的なオチ」

 蝦夷守の目の前の足元、深く掘られた穴の中で身動きのとれぬままジタバタする牛頭の呻き声を聞きながら、また笑い出す二人。

 「なあ煤、妙案だろ。落とし穴。この緊迫感の中で、あえての」

 「集中しすぎも良くないってことですな」

 「ああ、信じるものはすくわれるんだ、足をな」

 蝦夷守は穴の中で悶える牛頭の脳天めがけて、最後の一発を撃ちこんだ。乾いた音が山道にこだました。ニヤリと笑い合う蝦夷守と煤。

 「世の中には二種類いる」

 「銃を構えるヤツと、穴を掘るヤツ。ふふふ、芝居の決め台詞みてえだ」


 一息つこうと裾から紙巻を取り出す、その背中にビシャッと泥が跳ね飛んだ。

 「ん?」

 振り返ろうとする蝦夷守に、雅の荒々しい声が聞こえた。

 「かがめっ」

 「んん?」

 「早くっ」

 言われるがままに首をすくめ、身をかがませた蝦夷守の頭上スレスレを、鈍く光る柳葉刀の切っ先がブン、と唸りを上げて通過した。風圧に烏帽子がひん曲がる。

 「まさかっ」

 額に銃弾をのめりこませ、どす黒い血を流しながら牛頭が穴から這い出して飛び上がり、襲い掛かってきていた。

 「う、うしっ」

 睨み付ける充血した大きな目に殺意が宿る。

 その背後に、目で追いきれないほどの速さで迫る影。

 「一刀彫っ」

 這い出た牛頭の分厚い筋肉に覆われた首筋を横真一文字。雅の崇虎刀の刃が僅かなブレもなく切り裂いた。

 「…、…」

 断ち切られた牛頭の首。パクパクと力なく上下する唇。

 やがて首は完全に動きを止め、主を失った牛頭の身体は再び穴に落ちた。黒煙を噴き上げながら牛頭は融解、消滅した。


 「やっと…」

 「ああ、やっと倒した」

 「とんでもねえバケモノだったな」


 だが牛頭を倒してもまだ馬頭がいる。

 悦花と裕が、もう一匹の荒ぶる怪物に対峙していた。


 つづく

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ