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小説幻怪伝  作者: 蝦夷 漫筆
熱き旅路に敵また敵~雨乞山激戦編
96/122

鬼の特攻、捨て身の乱舞

 折からの雨が土埃を潤す。灰色の空に舞う無数のからすたちがやけに賑やかだ。この地にもうすぐエサとなる死肉が連なるのを予見しているとでもいうのか。

 「ずいぶん激しく降るな・・・」

 笠の先から垂れ落ちる雫を見つめる一刀彫のまさ。一方、河童のすすは空を見上げて呟いた。

 「みなさんにゃ厄介な雨かもしれませんがね、あっしにゃ丁度いいお湿りってとこだ」

 蝦夷守龍鬼えぞのかみりゅうきは、西に見える山の頂を眺めた。

 「雨乞山あまごいやまと言うだけの事はある、か・・・」

 赤みを帯びた木々の葉から大粒の雫が垂れ落ちる。

 「そうだな、河童は皿が乾いちまったらお終いだもんな。面倒くさい生き物だ」

 「まあ、強欲な人間たちほど面倒くさくないとは思いますがね」

 落ちたアラカシの実を踏みしめながら一行は北進を続ける。


 幻怪四戦士と河童の煤。袋井の激闘の疲れまだ癒えぬまま、蒲原かんばらの宿から北上、富士川の西岸にそって山道を進んでいた。目指すは決戦の地・霊峰富士。


 「そう言えば、傷の具合はもういいんで?」

 煤の問いに、花魁戦士・悦花えっかが答えた。

 「ああ、随分ひどくやられたけどね」

 後ろを歩く、からくりのひろが小瓶をかざして言った。

 「幻翁げんのおきなの形見の一つ、万能の膏薬のおかげよ」

 「形見、といえば・・・」

 悦花が呟いた。

 「翁が遺したこの腕輪・・・玉藻前たまのもまえにこっぴどくやられて諦めかけてた時、何か声が聞こえたんだ。もしかしたら翁の意志が、この腕輪には・・・」

 「あら、珍しく迷信めいたこと言うじゃねえか」

 ニヤニヤする雅を振り返った悦花。

 「ああ。あたしだって、お伽噺にのめりこむ歳じゃあないんだけどね」

 「いや、あり得る話ですよ」

 煤が真顔で言った。

 「万世一切は目に見えない素粒子の波動から成り立っている以上、物質としての連結が失われてなお、波動が残存すればそれは意思の残存ということになりますからね」

 裕が付け加えた。

 「あるいは真の覚醒というやつかもしれない」

 「真の覚醒?」

 「ああ。俺たちは幻怪といっても人間の血も混じってる」

 「確かにな。かつて滅亡の危機に瀕した幻怪の種族が、人間の中に遺した血が覚醒したのが俺たちなんだからな」

 「闇の種族に悟られないように波動が抑制されるように出来てるんだよ。だがそのかせが外れたとき、真の覚醒に至る、と。以前に翁が言っていたのを聞いた」


 「だがな」

 先頭を歩く蝦夷守龍鬼えぞのかみりゅうきが振り返った。

 「こうも腹が減っては、覚醒どころか眠くなって仕方がねえ。ちょっと寄り道して富士宮やきそばでも・・・」

 「そうそうっ」

 煤が軽い足取りで蝦夷守に駆け寄った。携帯型の電脳情報探索装置・相場銅あいばどうの画面を指でなぞりながら。

 「ええと、伊東屋、あるいは湯口屋、ほかにも前島屋・・・どのお店にしましょうかねえ」

 ふっとため息をつく雅と裕。

 「物見遊山じゃねえっての」


 悦花が低い声で付け足した。

 「ああ、そんな時間は無いようだよ・・・」

 雨の匂いに紛れてなお、肌を刺すように感じられる独特の気配。

 「どうやらまた、お客さんだ」

 相場銅の緊急敵襲警報が鳴り出した。

 「敵襲です。敵襲です、注意してください」


 「だから、この声ドキッとするから嫌なんだよ・・・」

 ぼやく蝦夷守が見上げる木々の葉がガサガサと揺れだす。小刻みに震える足元、やがて大きな地鳴りが腹に響く。

 「ほら来たぞ」

 雨に濡れて泥と化した土をあちこち突き破って大きなオニたちが出現した。

 赤茶けた肌、通称「赤鬼」。そして黒ずんだ肌の通称「青鬼」。総勢ざっと三十体。

 「こりゃまた大群だ・・・」

 幻怪戦士たちを取り囲む低い咆哮。ひときわ大きな声が聞こえた。

 「ここで死んでもらおう」

 「ここから先には行かせぬ」

 腕組みをして悠然と構える二人の巨鬼。一人は牛の頭、もう一人は馬の頭。いずれも八尺以上、はち切れんばかりの筋肉が光沢を帯びながらヒクヒクと脈打ち、鋭く無慈悲な目がこちらをじっと睨みすえている。

 「あ、あれは・・・」

 煤が相場銅の検索画面を照合しながら声を震わせた。

 「地獄の獄卒、牛頭ごず馬頭めず。冥界のオニ部隊の総大将の肩書きを持つ特級の妖怪だよっ」

 いかつい鎧に身を包み、頭に生える湾曲した角が鋭利に光る牛頭、大きなマントを翻しながら首元のたてがみをたなびかせる馬頭、同時に声を発した。

 「名を知ったところで、お前らはすぐ死ぬ」

 腕を振り上げ、配下のオニたちに攻撃を命じた。


 「うおおっ」

 唸り声を上げながら赤鬼たちが迫ってきた。前傾姿勢に身構える幻怪戦士。しかし脚に力を込め飛び出す寸前にたじろいだ。

 「な、なんとっ」

 赤鬼たちが一斉に口から激しく火を噴いた。

 「あ、熱い…相当に」

 櫛の歯のように降り注ぐ雨も、赤鬼の吐き散らす火が瞬時に蒸発させる。

 「だが、このまま退散するという選択はない…ならば」

 炎をかいくぐって雅が低い姿勢で駆け寄る。

 「ええいっ」

 ギラリと崇虎刀すうとらとうが輝いた。大木のような赤鬼が一体、二体、三体、次々に鋭い切れ口の胴体も露わに真っ二つ。


挿絵(By みてみん)


 「大したことないじゃねえか、赤鬼・・・」

 切り落とした敵を振り向こうとした瞬間、雅は顔を青ざめさせた。

 「何っ」

 斬られて二つに割れた赤鬼たちの身体は、にわかに激しい光と音を撒き散らしながら爆発した。周りの石があっという間に飴のように溶ける、極度の高温。

 「ううっ」

 瞬く間に炎に包まれる雅。瞬時に笠を盾がわりに直撃を免れたものの、大きく吹き飛ばされた。着物の裾は焼けてシュウと白煙を上げ、赤鬼を切り裂いた崇虎の刀身は真っ赤に焼け上がっている。

 「りん、燐だ。変な匂いがすると思ってはいたが・・・」

 からくりの裕が呟いた。

 「赤鬼の体内にはたっぷりと燐が仕込んであるんだ、特別に濃厚な赤燐がな。安易に斬れば摩擦で発火して大爆発を起こす、まさに特攻部隊・・・」


 悦花が雅に駆け寄った。

 「大丈夫かっ」

 彼女もまた灼熱の炎に包まれた、しかし。

 「はああっ」

 悦花の両の掌から発せられた眩い光は、空気まで揺さぶった。

 

 しじら織の巻き布を外した悦花が立ちすくむ。放たれた波動は炎もろとも赤鬼たちを粉塵に変えて消し去った。

 雅が悦花を見上げる。

 「い、いいのか。波動を使い果たしてしまうぞ・・・」

 「一刀彫の、あんたを見殺しにして先に進めるわけが無いだろ。大丈夫、少しずつだけど波動の力を制御できるようになったのさ」

 悦花の腕で、幻翁げんのおきなの形見の腕輪が光っていた。

 「何かを掴みかけているんだ。こいつは頭で考えてどうにかなるもんじゃなさそうだ。戦いの中で、実戦の中で、あたしは本当の自分を見つけていく」


 まだまだにじりよる大勢の赤鬼を前に身構える悦花の背後から、今度は青鬼たちが迫っていた。

 「ん?」

 気付いて振り返った悦花に向かって青鬼たちは口から海松茶みるちゃ色の霧を勢いよく吐いて噴きかけた。

 「な、なんだよ汚ねえな・・・あ、ああっ」

 霧に包まれた悦花は足元をふらつかせた。

 「ちょ、ちょ・・・」

 息苦しそうに胸を押さえながら倒れこむ悦花。


 「この干草の匂いは・・・あお剤かっ」

 裕が叫んだ。「あお剤」とは猛毒ホスゲンを含むガス。「青鬼」とは全身に毒を食らった、これも特攻部隊。


 「おい、裕。おまえいい物を持ってるだろ、お前の出番だ」

 蝦夷守が裕の肩を叩いた。

 「言われなくてもそうするつもりさ」

 防毒面ガスマスクをサッと被り、裕が走る。赤鬼の炎を飛び越え、青鬼の放つ毒ガスを全身に浴びながら、面の下の瞳が鋭く輝いた。

 「お前ら、いずれ自らの毒で苦しみ絶える運命。その前に俺が楽にさせてやる」

 両手から放たれた十本の矢が自在に宙を飛ぶ。裕の、まるで交響楽団の指揮者の如き繊細な両手の動きに操られた矢は次々に青鬼を仕留めていった。


 「じゃあ、俺はこいつらを退治、と」

 蝦夷守がツンナール式のリボルバーの銃口を赤鬼たちに向けた。


 「くたばれ、冥府の鬼どもよ」

 引き金に掛けられた人差し指に力を込めると、金属的な残響を轟かせながら、降りしきる雨を弾き飛ばしつつ銃弾が赤鬼たちに浴びせられた。

 「あれっ」

 しかし赤鬼たちが吐き散らす灼熱の炎は、銃弾を標的に届く前に融解させ失速させた。

 「おいおい・・・」

 まるでゼリーのように溶けた銃弾は、ジュッという音をたてながら地面の水溜りに次々と落ちた。

 「ちょっと。せっかくの決め台詞が台無しじゃないの・・・」

 呆然とする蝦夷守に向かって赤鬼たちが突進してきた。


つづく

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