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小説幻怪伝  作者: 蝦夷 漫筆
木枯らしの東海道~袋井死闘編
88/122

最強の妖狐

 恐怖の怨球炸裂を阻止するべく霊峰富士目指して東進する幻怪戦士たちの前に現れた妖怪たち。

 悦花えっかが一喝して倒した妖孤の骸たちから吹き上げる黒煙の中から、一人の女が悦花に向かって近づいてきた。


 「準備運動は済んだかい?」

 長い、金色の髪が冷たい西風にたなびく。尖った耳はまるでアンテナのようにヒクヒクと小刻みに動いている。ゆっくりと、しなやかに。

 黒煙をかき分け次第に露わになる姿に悦花がゴクリと唾を呑む。

 「お、お前は…」

 「自己紹介が必要かい?」


 扇のように開いた九本の尾。ゆらりゆらりと風を受け、威嚇するように揺れていた。かすかな笑みを湛えた艶やかな唇が開く。

 「我は玉藻前たまものまえ。お前に恨みは無いが、死んでもらう」

 「その名、噂にゃ訊いてる」

 「噂になぞ興味は無い。さあ、引き返すか、死ぬか」

 「あたしもあんたに恨みはない。けどね、通せんぼする、ってんなら命は貰うよ」

 玉藻前はゆっくり目を閉じ、そして開いた。

 「なら仕方ない」

 透き通るような白い肌。だが冷たい目は人外のそれ。玉藻前が二本の刀を抜き、そっと腰を下ろして身構ると、悦花も頭上に大煙管を構えた。

 「じゃあ、始めようか」


 言いながら、悦花が飛び込んだ。真っ直ぐ、視線をずらさぬまま煙管を突き出す。跳び上がる玉藻前。

 動きを読んでいた悦花も大地を蹴った。大煙管の先端、その狙いは宙舞う敵のの喉元。

 「ふっ」

 笑みを崩さぬまま、軽やかに身体を丸めてクルクルっと回転した玉藻前の九本の尾が、遠心力を伴って鞭のように撓って次々に悦花を打ちすえる。

 「あうっ」

 しなやかな動きとは裏腹に凄まじい威力の九本の尾。打ちのめされた悦花は激しく落下し、その身を地面にめり込ませた。


 玉藻前はスラリと伸びた脚で柔らかく着地し微笑んだ。

 「ちょっと、格が違うんじゃない?」

 声のトーンを些かも荒らげることなく近づいてくる。起き上がろうとする悦花だが思いのほかダメージが大きいのか身体が重く感じられる。

 「ヤワだねえ」

 容赦なく振り下ろされる刀の切っ先は、かろうじて身体をよじって避けた悦花の袖口をザックリと切り裂いた。切り口からは、うっすら黒煙が立ち上る。熱い、とてつもない熱量。 

 「あんた、今まで雑魚しか相手にしたことないんでしょう、ふふ」

 間をおかず、尖った靴の先で蹴りあげた。フワッと浮かされた悦花の身体は軽々と飛ばされて大きな岩に激突する。

 「あ、ああう」


 立ち上がろうとする悦花、その肩が、指先が、膝が、ガクガクと震えだした。

 「こ、これが恐怖?」

 向こうに玉藻前の微笑みが見える。気持ちは前のめりに突進している。が、身体が言う事を聞かない。

 「ど、どうして?」

 すくんで震える膝が、前へ出ることを許してくれない。

 「出ない、足が出ない・・・」

 意に反して涙がこぼれる。滲みゆく視界の先で玉藻前の掲げた刃がギラリと光った。


 「それが恐怖ってやつさ、小娘。恐怖すら知らないようでは生きるってことの意味すら解りはしないだろう」

 玉藻前は冷酷な表情のまま、悦花に向かって刀を投じた。びゅうん、と唸る音が一瞬で目の前に近づく。涙に歪む視界の中に、真っ黒いオーラが見えた。

 「生きる意味さえ解らぬヤツは、死んだ方がいい」

 嘯く玉藻前。切っ先は微塵のぶれもなく直進し、手足がすくんだままの悦花の胸を直撃した。


 「うあああっ」

 カーンという耳が麻痺するほどの激しい音。目の前で稲妻の様な閃光が空間を切り裂いた。

 「なにっ」

 玉藻前が放った刀はまるでガラスが砕け散るようにバラバラになって吹き飛んだ。

 「なぜだっ」

 顔面を蒼白にした悦花の胸元には母の形見、勾玉の欠片。まるで呼吸をするように周期的に光を強めたり弱めたりしながらブルブルと震えていた。

 「母さん…」

 究極の波動防具として作られた「黒の勾玉」は例え破片であっても強い力を未だ秘めていた。波動の力が、玉藻前の刀を粉砕した。

 「た、助かった・・・」

 やっと我に返った悦花。だがすでに目の前には玉藻前。

 「運がいいな、小娘」

 悦花の首筋には冷たい風が吹き込んだ。玉藻前のもう一方の刀は、咄嗟に身をすくめた悦花の亜麻色の髪の毛を幾本かを切り落としながら、背後の岩を真っ二つに切り裂いた。切り口はわずかな段差もないほどに滑らか。

 

 「怖いか、ふふふ」

 追い詰められる。悦花が跳び上がればより高く、左右にかわせばその先に。

 「ちくしょうっ」

 悦花は、やぶれかぶれに大煙管を振り回す。

 「他愛ない」

 煙管の先をガッシリと刀で受け止めた玉藻前は、もう一方の手を顔の前にかざした。スルスルっと鋭い爪が伸びる。

 「さっさと死ねばいいものを。わざわざ苦しんでから死にたいとは」

 いとも簡単に悦花の煙管をはじいて飛ばすと、研ぎ澄まされた爪先をペロリと舐める。サディスティックな微笑みに、悦花は背筋を寒くした。


挿絵(By みてみん)


 「いくよ」

 瞬時に悦花の懐に潜り込む。同時に突き出した爪。飛び退いても、玉藻前は脚以外に九本の尾をつかって地面を蹴り上げすぐ追いつく。

 「鈍い、鈍いよ小娘」

 爪は、くの字に曲げた悦花の腹を着衣ごと切り裂いた。

 「うがあっ」

 刻まれた爪跡、真っ赤な血が滲み垂れ落ちる。

 「一休みはまだ早い」

 矢継ぎ早、畳み掛ける玉藻前。着地より前に強い蹴り、ブンと唸る音。靴の踵、尖った鉄板が悦花の頬に食い込んだ。

 「ぶはあっ」

 歪んだ口から血ヘドを吐きながら飛ばされた悦花は倒れてぐにゃり、と横たわった。

 「ああ。強いよ、強すぎる…」


 視界がぐにゃぐにゃと歪んでいる。涙のせいか、頭を強く打ったせいか。

 「勝てない・・・かも・・・」

 カツカツという玉藻前の靴音がやけに冷酷に感じられた。近づいてくる・・・恐怖に手の震えが増す。鼓動に息が詰まりそう。

 「うっ、うっ、ううっ・・・」


 「ふっ、嬢ちゃん」

 蔑むように悦花を見下ろした。憎たらしいほどに冷酷。悔しいほどに強かった。


 「涙は弱さの証。涙に同情するほどあたしは優しくない」

 玉藻前はもう一度、尖った靴の先で悦花の頭を蹴り飛ばす。ふんぞり返った悦花の首がガクガクと痙攣する。

 「うぐっ、ぐぐっ・・・」


 割れるように痛む頭を悦花が抱え込んだ。

 「あっ…」

 柔らかい手触り。「封じ布」のしじら織。

 幼子の頃から、自身でさえコントロールできない波動力を制御するために巻かれている布。

 「こ、これを外して波動を解き放てば、もしかしたら・・・」

 しかし、自らが弱った状態で波動を解放し、その暴走を制御できなかった場合、エネルギーの逆流により自身の肉体を崩壊させる危険を伴う。

 「恐れるな」

 心の中に直接語りかけるような声が聞こえた、ような気がした。

 「恐れるな。恐れは負の波」

 いや、確かに聞こえる。心をぐっと掴まれたようにも感じた。

 「無心こそ真の覚醒の鍵・・・」


 気付くと、玉藻前は目の前。横たわる悦花に覆いかぶさるように。 

 「さあ、そろそろ終わりにするよ」

 悦花の顔を覗き込んだ。切れ味鋭い爪をしなやかに構える。

 「脳髄、えぐってやる」


 「い・・・今しかない」

 悦花の震える手が、封じ布を外した。

 「はああっ」

 そして声を振り絞って張り上げた。身体中の毛が逆立った悦花の全身から、辺りが真っ白になるほどの強い光が発せられた。

 「う、う、うあああっ」

 玉藻前の全身を激しい光と衝撃波が貫いた。

 「な、なんだこれはああっ」

 小刻みに痙攣する玉藻前の身体のあちこちから黒い妖気が噴出し、紫色の稲妻がバチバチと音を立てる。

 「ぐうっ、まだ。まだだ、小娘などにこの命・・・」

 暗黒四天王の一人、九尾弧・玉藻前は、悦花の渾身の波動をまともに食らってなお、身体中から炎を上げて、ゆっくりと近づいてきた。

 「えっ、えっ」

 うろたえる悦花。はじかれて落ちた大煙管が目に留まった。

 「あっ」

 無我夢中で身体を起こし、拾い上げた。何がどうなったのかよく覚えていない。しかし確かにその大煙管は激しく突き出され、玉藻前の喉元を貫いていた。


 「小娘・・・運がお前に味方したか・・・だがお前では閻魔卿には勝てぬ」

 その美しく柔らかな肌をボロボロと崩れ落ちさせてゆく玉藻前。

 濛々と立ち上る黒煙に包まれながら周囲の岩をぐにゃぐにゃにするほどの高熱を放ち、やがて粒子一つさえ残さず融解消滅した。

 

 「うう、あうう」

 悦花も全身から真っ白な煙を噴き出し始めた。速い鼓動が胸が破裂させるようだ。視界が徐々にぼやけてゆく。

 「う…う…」

 両手の指先から、両足のつま先から、キラキラと輝く粒子が舞い上がる。悦花の崩壊が始まった。


 「おい、おいっ」

 「悦花っ」

 幻怪戦士たちと煤がそれぞれの戦いを終え、駆けつけた。

 「死ぬなっ。悦花っ」

 「ひょっとしたら…」

 煤は悦花から預かっていた「願いの破片」を取り出した。

 「生命波動の塊。回復にも使えるならば…」

 「それは危険すぎる。攻撃用の波動じゃないか、それは」

 悩んでいる間にも悦花の粒子崩壊は手足の先から肘、膝にまで進行しつつある。

 「ちょ、ちょっと待て」

 煤が悦花の胸元の勾玉に気付いた。

 「こ、これだっ」

 勾玉が持っていた光の脈は消え失せ、艶の無いただの黒い石に変わっていた。

 「これは悦花の守護石。ここから生命波動を流し込めるに違いない」

 おそるおそる、煤が願いの破片を勾玉に近づけ、触れさせた。

 「おおおっ」

 一同が見守る中、まばゆい光が、周囲の空気を歪めながら勾玉に吸い込まれてゆく。それに伴って、蒼白だった悦花の頬にうす桃色の生気が戻ってきた。

 「あ、ああ…」

 意識の戻った悦花がゆっくりと目を開く。

 「やった、やったぞ」

 

 霊峰富士への道中半ばにして次々に襲来した恐ろしい妖怪たちの撃退に何とか成功した幻怪戦士たちだったが、暗黒帝国の野望達成まで時間の猶予は無い。

 休む間もなく、彼らは歩み始めた。


 つづく

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