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小説幻怪伝  作者: 蝦夷 漫筆
木枯らしの東海道~袋井死闘編
87/122

立ちはだかった異形の戦士

 霊峰富士を目指す幻怪戦士たちを襲った妖怪たち。屍の戦士・存毘ぞんびを操る化け猫と、最速の妖怪・カマイタチをそれぞれ蝦夷守龍鬼えぞのかみりゅうきと一刀彫のまさが制したものの、まだ攻撃はやむ気配を見せない。

 花魁・悦花えっかに群がる妖孤たち目がけて放たれたからくりのひろの幻ノ矢を空中で撃墜する三本の矢。振り返った裕の前におぞましい妖怪が姿を現した。


 「お、お前…」

 顔をひきつらせる裕に迫る大きな影。

 「ぐふふふ」

 「ぐひひひ」

 二つの顔が笑う。六本の腕が不規則に動きながら、巨大な二本の脚でゆっくりと歩いて近づいてきた。

 「あ、あいつは…」

 相場銅の画面で検索しながら河童のすすが叫んだ。

 「両面宿儺りょうめんすくな、両面宿儺っ」

 冥界の門番、両面宿儺は紛れもない特級の妖怪にして数々の逸話に彩られた伝説の魔人。筋骨隆々たる肉体から生える二つの首は実に奇怪な様相。それぞれの両目がギロリと睨む。

 「死ねい」

 「死ねっ」

 二つの顔が同時に叫んだ。驚く間も与えぬまま火矢を構える両面宿儺。六本の手が、それぞれ弓と矢を持ち同時に三本、矢の先から火を噴きながら発射された。

 「醜いやつめっ」

 呼応して裕が射る。同時につがえた三本の幻ノ矢は、それぞれが敵の放った矢に向かって白煙を上げて飛んだ。交錯する両者の攻撃は、圧倒的な威力が勝敗を決した。

 「なにいっ」

 両面宿儺の火矢はピクリとも軌道を変えぬまま、幻ノ矢を粉砕して真っ直ぐ目がけて飛んできた。慌てて身をかがめてかわした裕の真後ろで大きな岩が粉々にはじけ飛び、落ち葉に引火した炎が辺りに広がった。

 両面宿儺がそれぞれの口元を歪めて笑う。

 「醜い、だと」

 「だれがその基準を決めたと云うんだ」

 嵩に懸かって攻撃を繰り出す両面宿儺の目に映る炎には怒りが込められているようにも見えた。

 「異形とは何を以て誰が決めたものか」

 「異形に在らざる者、異形の苦しみを知らず」

 大きく、重い矢。幻ノ矢はことごとくへし折られ、岩さえ木端微塵にしてしまう。裕は逃げるのでやっと。ならば速射で、と裕は大急ぎで弓をつがえる。

 「ええいっ」

 舌打ちしながら両面宿儺が迫ってくる。

 「何本撃とうが」

 「お前の矢など」

 「恐るるに足らぬ」

 「恐るるに足らん」


挿絵(By みてみん)


 のっしのっしと裕に向かって歩を詰めつつ、巨大な弓に矢をつがえて放つ。裕が放った幻ノ矢は左右に大きく外れ、一本だけが両面宿儺の眼前に向かって飛んだ。

 「ふっ、ビビって的を見誤ったか。だいたい、お前の矢など」

 目前に迫る幻ノ矢を、一本の腕でいとも簡単に振り払った両面宿儺は、左右に構えた弓からそれぞれ火矢を撃とうと弦を引き絞った。

 その時。

 「ぐあっ。何だっ」

 「うがっ、何いっ」

 両面の額に怒りの血管が太く浮き出しになった。

 左右の二本の幻ノ矢は、外したように見せかけては波動による遠隔操作を行い、両面宿儺の六本あるうちの二本の腕が持つ弓を狙ったものだった。

 裕が呟いた。

 「頭が二つもあるくせに賢さが足りないようだな」

 両面宿儺は想定外の攻撃にバランスを崩し倒れこむ。

 「むうっ」

 「むあっ」

 裕が飛び込んだ。幻ノ矢を手に構えて胸元めがけて急降下。しかし攻撃は空を切る。

 「えっ」

 目を丸めた裕の、すでに背後に敵は立っていた。


 「ふふふ」

 「うひひ」

 「図体のでかいヤツは、動きが鈍い。なんて勝手に決めつけちゃいないだろうな」

 「お前らの常識なぞ了見の狭いもんよ」

 速い。体格に似つかわしくない軽快な所作で両面宿儺は刀を構えた。六本の腕を生かした四刀流。

 「おいおい冗談だろ…」

 顔をひきつらせる裕が弓を構える間を与えずに、叩き下ろすような剣が次々に振ってくる。振り向きざまに矢を投じるが、まるで回転する扇風機の羽根のような四本の刀に次々と跳ね飛ばされてしまう。

 「バケモノかっ」

 ひるんだ裕に突進して斬りかかってくる両面宿儺。

 「ああ俺はバケモノ、ぐふふ」

 「バケモノだから強いんだ、がはは」

 身をかがめてかわそうとすれば下段からの斬り込み、飛び上がって逃げようとすれば頭上からの一撃。右へ逃げようにも左に退けようとも、次々に重く素早い刀がぴったりと付きまとうように迫ってくる。

 「うあっ」

 一瞬の油断も許されない。左の脇腹にズッと衝撃が走った。鋭い表面の痛み、続いて鈍く痺れるような感覚が腹に伝わる。

 勝ち誇ったように両面宿儺、左の顔が叫んだ。

 「バラバラにしてやる」

 「ズタズタにしてやる」

 うなる刃先が裕に迫る。

 「やばいっ」

 裕は敢えて全身の力を抜いた。しだれ柳が風に揺れるように、逆らわずに裕の身体は刀に乗って右側へ飛ばされる。

 「いや逃がさん」

 今度は右の顔が。挟み撃ちにするように右から巨大な刃が迫る。

 「逃げ場はないかっ」

 裕が両手を伸ばした。

 「たあっ」

 迫る刀身に両手を合わせ、思いっきり叩きつけた。まるで跳び箱の跳躍の様に身が持ち上がる。裕は身体を丸めて回転させ、挟み撃ちにしようとする刃の軌跡の交点から一瞬早く脱出した。

 「ふぬうっ」

 「ぬあっ」

 振り抜かれた刀が一点でぶつかり合い、地鳴りのような衝撃が走る。思わず倒れ込んだ両面宿儺の左右の顔が叫んだ。

 「兄者っ」

 「大丈夫か、弟よっ」

 ますます怒りに肩を震わせながら立ち上がった両面宿儺が裕めがけて突進してきた。仰向けのままの裕はダメージでまだ立ち上がれない。

 「ふぬっ」

 振り下ろされた刀が裕の左耳元をかすめた。地面を切り裂く音に耳が麻痺しそうだ。逃げ場を閉ざすように右からも刀が振り下ろされる。


 「なんだっ」

 ガキンという今度は甲高い音が空中で響いた。裕の顔面に向かって振り下ろされようとしていた右からの一撃を阻止したのは、戦いを見守っていた河童のすすが投げた菅笠だった。

 「ただの菅笠じゃねえ。幻鋼の内張りはそう簡単に断ち切れないぜ」

 ニヤリと笑った煤。

 「内張りだけじゃねえんだな。この菅笠が普通じゃねえのは」


 煤が手元の携帯型電脳装置、相場銅あいばどうの画面をなぞるように上下、左右に指を動かす。

 すると菅笠が操作され、意のままに宙を飛んで再び煤の手元に戻った。

 「どうだい、密かに開発した新しい小道具だ」

 菅笠の裏側には四つの回転する木べらがエレキテルの力で回転する、竹トンボのような装置が取り付けられ、相場銅からの遠隔操作で滑空することが出来る。

 「やぐらを動かして運ぶ装置。名付けて動櫓運どうろうん


 両面宿儺が一瞬気を取られた間に裕は立ち上がって態勢を立て直した。すかさず手に持った五本の矢を投げつける。振り払おうと振り回す刀に対し幻ノ矢は軌道を変えて飛び交う。

 「こっちも遠隔操作だ」

 両腕を掲げて宙に絵を描くような指の動き。鋭い矢じりを敵に向け、まるでスズメバチのように幻ノ矢は自在に空を舞う。煤が飛ばした動櫓運も両面宿儺の周りをグルグル回って撹乱しようとする。

 「こんなもの、子供だましだっ、ええいっ」

 両面宿儺の左の顔が目の前に飛来した動櫓運をとらえた。振り上げた刀の切っ先が動櫓運の動力プロペラの一つを破壊した。衝撃で菅笠がぐにゃりと歪んで振動する。

 「やったぞ、兄者」

 ニヤリと笑う両面宿儺、左の顔。

 「ああ、やったな。バカめ」

 しかし、答えたのは、右の顔ではなく煤だった。


 「えっ」

 菅笠の動櫓運には、衝撃で破裂する麻袋が仕込んであった。案の定、真っ赤な粉が飛び散り、霧吹きのように両面宿儺の左の顔面に降り注いだ。

 「うう、うぎゃあっ、ああっ」

 大粒の涙を流しながら激しく頭を左右に振る両面宿儺の左の顔。いや、うなじの部分で繋がっているだけに、右の顔も激しく揺さぶられた。

 「ど、どうした弟よっ」

 「痛いっ、痛いいっ」

 煤が仕掛けたのは猛烈に刺激の強い唐辛子の粉。まともに目に喰らってはいくら特級の妖怪と言えども平然とはしていられない。してやったりの煤。

 「南蛮渡来の暴君唐辛子だ。辛さ指数は三十万を超える」

 左の手は刀をすっかり投げ出し顔を押さえて脚をジタバタ。

 「お、おいっ。おいいっ」

 二つの顔に胴体は一つ。片方が幾ら冷静に戦おうとしても、もう一方が文字通り脚を引っ張る。

 「今しかない」

 すかさず投じた五本の幻ノ矢は裕の永覚操作で空中を舞い、右側から回り込む。目をやられた側はまるで無防備な死角から両腿と腕の付け根に深々と突き刺さった。

 「ぐうあっ」

 ぐらりと身体を歪めて両膝を地に付けた両面宿儺。

 「覚悟せい」

 投じられた五本の幻ノ矢。両脇から回り込んだ二本を両面宿儺が撃ち払う間に、駆け込んだ裕が飛び上がる。

 「こしゃくな」

 伸ばした両面宿儺の腕が空を切った。投じた五本の幻ノ矢のうちの二本にそれぞれ左右の足をかけた裕は、さらに上空へ。

 「仕上げだ」

 最後の一本を空中でがっちりと掴み、そのまま両面宿儺の頭上から急降下。

 「しまった」

 狼狽する両面宿儺から思わず漏れた声は、自らの最期の叫びによってかき消された。

 脳天からまっすぐ突き刺さった幻ノ矢に、裕が波動を込める。

 「ぎゃあああっ」

 両面宿儺、黒煙を濛々と上げながらその身を融解させ消滅した。


 「双頭が仇になったな。いい教訓だ」

 煤が駆け寄り、裕の傷ついた脇腹に薬草の軟膏塗る。

 「あっしもいい仕事したでしょ」

 二人は目を合わせ頷いた。



 同じ頃、悦花には無数の妖孤が群がっていた。

 「なんだいこのキツネめっ」

 大煙管で叩き払っても、次々に鋭い爪と牙で襲いかかってくる。

 「っくしょう、こうなったら」

 悦花は大きく息を吸い込んで波動で満たした空気を声に乗せて一喝した。

 「はあっ」

 眩しい光のリング衝撃波を伴ってサッと広がった。光刃は無数の妖孤を切り裂き、真っ黒い煙を上げさせて一挙に倒した。

 「ん、ん?」

 その黒い煙が立ち込める中から、ゆっくりと一人の女が悦花に向かって近づいてくる。

 

 「さあ、準備運動は済んだかい?」


 つづく

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