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小説幻怪伝  作者: 蝦夷 漫筆
木枯らしの東海道~袋井死闘編
85/122

屍を操る黒い影

 閻魔卿の野望、超破壊兵器「暗黒の怨球おんきゅう」の霊峰富士での爆破による現世崩壊を阻止するため、陸田くがたの幻怪伝殿を発った幻怪戦士四人、そして河童のすす

 東海道に沿って山沿いを東進する彼らの前に突如出現したのは屍の妖怪、存毘ぞんびの群れ。身体をバラバラにされてもまとわりついてくる恐怖の敵に戦慄する幻怪戦士たち。

 悦花えっかでさえも、無数に飛び出した「不死の怪物」の腕にに全身を掴まれ地中に引きずり込まれようとしていた。


 「っくしょう、こうなったら…たああっ」

 一瞬、悦花の全身が金色に光を帯び、髪の毛が逆立った。全身からの波動放出で悦花にまとわりついていた存毘たちは粒子崩壊によって融解消滅した。

 「ああもう、気色悪いったらありゃしない」

 身体に付いた土と、存毘に付着させられたネバネバした薄汚い粘液を手拭いで払おうとする悦花。だがまだ存毘たちが土中から這い出るのは収まりそうにない。

 「まてよ…」

 一連の様子を岩陰から見ていた煤が首を捻った。

 「いくらなんでもこの数…」

 「ん、どうした?」

 一時戦線離脱して同じく岩陰に逃げ込んだ蝦夷守が、弾切れの銃の弾倉を取り換えながら煤に尋ねた。

 「呑気に相場銅の画面なんか覗きこみやがって」

 「呑気なんて、人聞きの悪いっ。いや、ね、どうも腑に落ちない」

 「ああ腑に落ちねえよ。頭ぶっ飛ばされても動き回る死人がとめどなく湧いてくる、なんて全く腑に落ちねえ」

 煤が指でなぞる画面を見て声を上げた。

 「やっぱり」

 「今さら感心なんかしやがって。首なし死体に首根っこ掴まれてみろってんだ。おそろしく気分悪いっての」

 「いや、そうでなく。やっぱりあいつら、普通の存毘じゃねえってことですって」

 「もとから普通じゃねえよ、存毘なんて」

 半ば呆れつつも早口でまくしたてる煤。

 「いくら帝国がガチで攻めてきたって言ってもこんな無尽蔵に存毘を飼いならして連れてきたとは思えない。で、ね。ここはかつて墓地だったんですよ、天武十三年、白鳳地震でこの一帯が液状化して地滑りやら何やらで大勢が生き埋めになった。その数五百とも六百とも。今から千二百年ほど前の話だ」

 「なに、ここが、か?」

 「ええ、まさにここ。ほら見て下さい。日本書紀にもちゃんと記されてる。だが長い歳月が人々にそんな記録も記憶も忘れさせたんでしょう。だがこの下には無数の仏が眠ってるってわけです」

 「ちっ、人間てのはホント、忘れやすい生き物だな。ともあれ、可哀想な話だ。俺たちがしっかり成仏させてやらねえと…」

 早速飛び出そうとする蝦夷守の手を煤が掴んだ。

 「最後まで聞いてくださいよ、蝦夷さん。あっしが言いたいのは、あの存毘たちは操られてるってことです」

 「ん、よくわからねえ」

 「もう。考えようとして下さいよ…いいですか、あの存毘たちに意志は無い。どっかに本当の敵が隠れて、あいつら存毘たちに力を与えて操ってる、ってことです。つまり…」

 「つまり、その操ってるヤツを倒せばいいってことだろ。チッ、タラタラ喋りやがって。お前さんはいつも回りくどいんだ、さあどこだそいつは」

 ふう、とため息をついた煤が相場銅の画面に表示された図を指で拡大して見せる。

 「ほうら、波動検知図で見ると、存毘たちからすうっと黒い波動の糸みたいなもんが伸びてる。それを辿ると、一箇所に集まってる。これにここの地図を重ねると…」

 「あの、北の方角だな」

 「ええ」


 早速蝦夷守は銃を構えて北の岩場に走った。

 「どこだ…妖怪めっ」

 小声で呟きながら忍び足。辺りをキョロキョロと見回しながら、身体を屈めて辺りをうかがう。

 「きゃああっ」

 耳をつんざくような悲鳴、驚いて激鉄を起こした銃の先を向けた蝦夷守は、その悲鳴の主を見て思わず銃を引っ込めた。

 「何やってんだい、こんなとこで。ボヤボヤしてると屍に食い殺されちまうぞ」

 「きゃあ、きゃああっ」

 髪を振り乱して叫ぶ若い娘が半狂乱になって逃げだそうと駆け出す。その先はウヨウヨ群がる存毘の巣窟。

 「まて、待てっての。俺は怪しいもんじゃない。いや、怪しく見えるかも知れないが…」

 小走りに娘の腕を掴まえ、身を低くさせて岩陰に隠れさせた。肩を何度か叩いて嗚咽の止まらぬ息を整えさせる。やっと落ち着きを取り戻した娘が声をヒクヒクさせながら鳴き声で言った。

 「あの怪物、か、怪物が…つ、つ、土の中から…」

 「ああ、怖かっただろう」

 身体を寄せぐっと肩を抱く。

 「だが安心しな、俺が来たからにゃあんな屍の怪物、しっかり退治してやる」

 娘は蝦夷守にしがみついて離れようとしない。

 「おいおい、気持ちは解るが…ああ、続きは怪物退治のあとだ。なあ、いい子だちょっと待っててくれ。まずは存毘を操る妖怪を探さねえと」

 さっと立ち上がって辺りを見回しながら一歩、一歩と岩陰から身体を出して敵の姿を探す。西からの強い風が気配を消し去り、簡単には見つからない。

 「どこに隠れやがった…」

 ザワザワと木々の音だけが耳につく。急に草むらから飛び出した野兎に一瞬身がまえた蝦夷守だったが、額の汗を一拭きして再び険しい目を右へ、左へ。

 「ねえ」

 後ろから娘が尋ねる声がする。

 「妖怪がこの辺りにいるの?」 

 「ああ、そうなんだ」

 「どこにいるの、その妖怪…」

 「そこにいるよ」

 蝦夷守は後ろを振り向いた。銃の引き金を引きながら。甲高く後を引く残響が杉林にこだました。

 「うぎゃあうっ」

 銃弾は娘の胸のど真ん中をを真っ直ぐに撃ち抜いた。いや、娘ではない、化け猫を。本来のおぞましい姿に戻り、長く鋭い爪を目一杯立てて蝦夷守を目がけて飛びこまんとしていた妖怪を。


挿絵(By みてみん)


 「なぜ、なぜ判った…?」

 逆立つ毛をどす黒い血で染めた化け猫がうずくまって見上げた。

 「最初から知ってたさ。悪いが俺は猫好きでな、匂いで判るんだ。猫訛りは隠せても、化け猫の匂いまでは隠せねえもんだ。それに屍を操るモノノケと言えば化け猫だ、って相場が決まってる」

 「うう、うう…」

 血を吐きながら悶える化け猫を見下ろす。

 「あんたもどういう理由か知らねえが、悪い野郎の手先になっちまって、可哀想な役回りだ。成仏しな」

 数回、銃口から放たれる悲しげな金属音が鳴り響いた。

 「世の中には二種類のモノノケがいる。騙すヤツと、それを見抜くヤツ、だ」

 銃口から立ち上る硝煙をフッと吹いてみせた蝦夷守。

 「芝居のセリフみたいだろ、はは」



 無数の存毘たちは急に動きを止めた。朽ちかけの肉体はサラサラと砂の様に崩れ落ち、黒い煙を吹き上げながら融解した。ボロボロになった白骨だけを残して。

 「ふう…」

 群がる存毘たちに追い詰められていた悦花たちはホッと肩の力を抜いた。

 「終わったか…」

 「いや、そう簡単には前に進ませてくれないみたいだぞ」

 「一難去って…か」

 にわかに落ち葉が舞い始めた。吹き下ろす秋風とは明らかに性質の違う、地中から巻きあげるような強い風。

 「こ、この妖気…」

 「ただものじゃない」

 身構える幻怪戦士たち、しかしそれよりも早く、大きくうねった空気の渦が一刀彫の雅をとらえた。

 「う、ううっ」

 竜巻の様な突風が雅を包みこみ、宙に舞いあげた。

 「はああっ」

 雅は崇虎すうとら刀の切っ先に全身の波動を込め、空気の流れに逆らって横真一文字に振り切った。

 一瞬の閃光とともに風が押し戻される。逆流する空気に木の葉さえ粉々に散らせながら竜巻は消えた。狭い岩場の上に何とか着地した雅。その眼前、かすむ景色の中に浮かび上がった影。

 「ほう、てめえか」

 

つづく

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