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小説幻怪伝  作者: 蝦夷 漫筆
機は、熟した
81/122

そして一年、修行と成長と

 真っ直ぐに並んだ剣先、その数ゆうに百を超える。隊列も乱さぬまま、鮮やかに振り下ろされ、また美しく構えられる白銀の刃たち。

 「目を見張るほどの進歩だな」

 幻怪殿、大広間での演舞を見下ろす音次郎が思わず声を上げた。寄り添う悦花えっかが微笑む。

 「ええ、そりゃあれから一年。修行を重ねたんですもの」

 一分のズレもなく並んだ剣の峰が、凛とした幾何学模様を描き出していた。


 ―国府宮・陸田くがた、幻怪殿―

 幻翁の死から一年が過ぎた。益々力を増し各所で傍若無人の振る舞いを繰り返す冥界のあやかしたちと小競り合いを続けながら幻怪衆は決戦の時に備え日々過酷な修行に打ち込んでいた。

 「いつ閻魔卿たちの総攻撃があるやも知れぬぞっ」

 密偵・夫羅ふらが各地に設置した波動感知札と、河童のすすが発明した電脳装置「魔檎図集まきんとしゅう」の情報解析により、確かに冥界、暗黒帝国の力は増大し、彼らが現世破壊の最終兵器と位置づける「暗黒の怨球」の完成も間近のようだ。

 「気を緩めるべからずっ」

 喝を入れているのは師範代・白剣の嵯雪さゆき。妖怪との苛烈な戦いに備えての特訓に、各地から集まった志士が汗を流す。

 「さあて、随分上達したな、皆。俺も号令ばっかりで飽きてきたぜ」

 白く輝く剣を抜いた嵯雪が、一同を見渡しながらニヤリと笑った。

 「さあ、誰か。我こそはと思う者。俺と手合わせしようじゃねえか。どうだい?」

 「え、ええっ」

 つわもの揃いの幻怪衆とはいえ、相手は嵯雪。妖怪さえ一目置くという殺陣筋にビビらない者はいない。

 「さ、さすがに師範代が相手では・・・」

 予期せぬ挑戦状にピンと張った緊張の糸をやわらかく断ち切るような、穏やかな声が鳴り響いた。

 「頼もう」

 ゆっくりと人垣を割って前に出てくる紳士然とした物腰。たっぷり蓄えられた口髭の奥の唇に優しげな笑みを含ませながら軽く一礼したのは那喝均蔵なかつきんぞう

 「私が相手でよろしいかな?」

 「無論、相手に不足なし」

 目を合わせ、嵯雪も一礼。

 「ちょ、ちょっと、オヤジ。何やってんのっ」

 慌てて止めようとする娘、由梨を振り返って均蔵がにっこりと笑った。

 「ははは、父さんも少しは修練しないといけないからな。なあに、軽く手合わせだから心配は無用だよ」

 そう言いながら、対峙した嵯雪とウィンクで目配せ。均蔵が鎖鎌を構えると同時に嵯雪はカチャっと音を鳴らして刃を前にして剣を持ち替えた。真剣勝負の意思表示。

 「ああもう、相変わらず血の気の多い・・・」

 呆れて目を伏せる由梨に構わず、早速二人は歩を詰める。


 「敬意を表して、手加減なしで挑ませてもらおう」

 均蔵は知る人ぞ知る鎖鎌の名手。摺り足で距離を測りながら鎖の一端、分銅をくるくると回し始めた。その半径を次第に大きくする。

 「ならばこちらも全力で」

 対する嵯雪は一真天永流いっしんてんえいりゅう免許皆伝の剣士。ぐっと下ろした左肩ごしに均蔵の目の動きを注視しながら両足を広げ半身に構えた。

 「さすがに隙がないな」

 「そりゃお互い様だ」

 近寄っては離れ、一歩一歩に緊張が高まる。

 鎖分銅の回転と同じ、右から回り込もうとする均蔵を牽制するように前後に軽くステップしながら機をうかがう嵯雪。

 「はっ」

 均衡を破ったのは均蔵。掛け声と同時に手首のスナップで投じられた分銅は僅かに右回りの螺旋回転をしながら真っ直ぐ嵯雪に向かう。

 「すでに見切ってるよ」

 均蔵の僅かな足先の動きから、続く攻撃を感知していた嵯雪。飛来する分銅に対して刀身を振り上げるようにして合わせ、鍔に近い峰で弾き飛ばした。勢いあまった分銅は広間の天井に突き刺さった。

 「ふふっ」

 微塵も慌てる素振りを見せない均蔵。

 「俺は、あんたがそうやって切り返すだろうってことを、見切っていたんだよ」

 「ぬっ」

 嵯雪が顔色を青くした。分銅に続いて、鎖の一端の鎌が自らに向かって投げつけられていたことに気付いたからだ。均蔵が笑む。

 「那喝流鎖鎌術の極意だ」


挿絵(By みてみん)


 通常よりはるかに長い鎖でなければ出来ない芸当。鎖の中央を把持したまま分銅と鎌の両方をほぼ同時に投げつける荒技。

 「くっ」

 分銅を飛ばした刀身を引き戻す間はない。嵯雪は反射的に大きく身を反らせて眼前ギリギリで鎌の刃をやり過ごした。

 「ほう」

 しかし嵯雪が思わず体勢を崩したのを均蔵は見逃さなかった。渾身の力で引っ張ると鎖は大きく波打ち、やがて共振によって大きくうねった鎖が嵯雪の剣にガチンと音を立ててぶつかった。

 「そこだ」

 一気に手繰り寄せられる鎖。ピンと張った鎖は張力の反動で向きを変え、嵯雪の剣にぐるぐると巻きついて絡んでゆく。

 「はっ」

 嵯雪は、猛烈な勢いで巻きついてくる鎖の先端の鎌が自身に迫っていることに気付いた。遠心力で増すスピードは半径が小さくなることでさらに増してゆく。

 「身動きとれまい」

 「ちっ」

 鋭い鎌の刃は嵯雪の乱れ髪を切って宙に舞わせるほどに近づいた。

 「やむなし」

 嵯雪は剣を手放した。いや、むしろ均蔵に向けて投げつけた。

 「まさかっ、剣を手放すとは・・・」

 鎖が絡みついたまま、自身が投じた鎌の刃とともに嵯雪の白剣が真っ直ぐ飛んでくる。均蔵は肝を冷やした。

 「ええいっ」

 もう一度力を込めて鎖を波打たせる。鎖に伝わるうねりは絡まった嵯雪の剣を解き、勢い良く空中に投げ出した。

 「いまだっ」

 一気に駆け出した嵯雪は思いっきり飛び上がり空中で愛刀を掴んだ。さらに、その勢いのまま、天井に突き刺さった分銅から伸びる鎖に足を掛け、その張力を利用しぐいっと踏み込みさらに高く飛び上がった。

 「何をっ、うあっ」

 嵯雪が踏みつけた衝撃で均蔵は鎖に引っ張られて倒れこんだ。

 「勝負あったっ」

 高く舞い上がった嵯雪は均蔵の真上にいた。剣を構えながら落下する。

 「ううっ」

 見上げた均蔵、その目前に唸りを上げて迫る差雪の切っ先は、しかし均蔵の脳天を突き刺す一寸手前でピタリと止まった。

 「お前さん・・・」

 均蔵が尋ねた。

 「稽古だからってことで、その刃を止めなすったのかい?」

 額から一筋の汗を垂らしながら、嵯雪が答えた。

 「いいや。お前さんが刃を止めたからさ」

 同時に嵯雪の喉元一寸に、均蔵の鎌の切っ先が突きつけられていた。

 

 「さすがだな・・・」

 「こりゃどっちも敵にゃ回せん・・・」

 「早すぎて見えなかったよ・・・」

 見守っていた幻怪衆からため息が漏れた。

 嵯雪と均蔵は、しばし目を合わせたままの沈黙ののち、互いの武器を収めるとガッシリと握手を交わして笑いあった。

 「さすがだな」

 「あんたもだ。いつかこの決着をつけよう」

 

 その時、急に広間の扉が開いた。幻怪衆の一人が血相を変えて立ちすくみ声を上げた。

 「仁美ちゃんが・・・外で・・・」

 「なにいっ」

 慌てて立ち上がったのは仁美の父親、夫羅。

 「妖怪の襲撃かっ」

 一同階段を駆け上がり外へ。

 「ん?」

 秋風が稲穂を揺らす田園の中、仁美が一人しゃがみこんで泣いていた。

 「ど、どうした。敵か、あれ、敵じゃないのか?」

 「あれを、あれを・・・」

 仁美が指差す先には傷ついた子犬。

 「犬、犬が、どうした・・・?」

 「よく見てっ」

 後ろ脚から血を流した子犬を付け狙うように、十匹のカラスが群がっている。

 「可哀想よっ、ひどいじゃない」

 時折急降下しては子犬を嘴で突くカラスたちの目には明らかに殺意が宿っている。まだ年端もいかない様子の子犬は、おそらく何らかの理由で親とはぐれてしまったのだろう。

 「これもまた自然の摂理か・・・」

 眉をひそめる夫羅。同じく駆けつけた悦花もため息をついた。

 「ひどい光景。でも、これが世の中ね・・・」

 両親を知らぬままに、厳しい環境を生き抜いてきた悦花は子犬に自らを重ね合わせているのだろうか。仁美を諭すように言った。

 「弱肉強食は世の掟。生きてゆくのには強さも必要なの。いくら正しかろうが、純粋であろうが、力がなければそれは意味を持てないこと・・・」

 押し黙っった仁美。顔を伏せ、震えるその肩をポンと叩いたのは木陰で休んでいた、からくりのひろ

 「確かにその通りだが・・・」

 ふっと見上げた仁美に優しく微笑んだ。

 「弱いものいじめは気分よくねえよな。義を見てせざるは勇なき、っていうだろ、ほら」

 裕の両手にはそれぞれ五本ずつの幻ノ矢。あわせて十本束ねて持ったままサッと前に出た。

 「まあ、見てなって」

 まるで手裏剣のようにポン、と裕の手から放り投げられた幻ノ矢十本は、まるで弾かれたように勢いを増しながらカラスの群れに向かって飛んでいった。

 「えっ、裕さん。弓無しでも飛ばせるの?」

 悦花が驚いて声を上げた。ニヤリと笑った裕。

 「波動の力、さ。まあ弓で射るよりは勢いは劣るが」

 それでも空気を切り裂く白煙を上げながら飛ぶ十本の矢に驚いたカラスたちはあっというまに離散し逃げ出した。

 「ふふ、ここから、だよ」

 裕は空に向かって両手をかざすと、まるで舞うように手を、指を動かす。それに呼応して矢は自由自在に動き、逃げ惑うカラスのそれぞれを追い回す。

 「す、すごいじゃない」

 よく見ると裕の手指から白く光る波動の糸のようなものがうっすらと見え、幻ノ矢それぞれに繋がっている。

 「まあ、同時に操れるのは十本までくらい、だがな」

 さんざんカラスを翻弄し空の彼方に追いやった幻ノ矢十本は役目を終えると再び裕の手に収まった。

 「カラスを追い払うのにも役立つが、妖怪相手にも約に立ちそうだろ、これ」

 頷く悦花。ふと見ると仁美は傷ついた子犬を抱きかかえていた。

 「しかし、この子犬。このままじゃまたカラスたちに襲われるんじゃないかな・・・」

 思わず言った悦花をジロリと睨んだのは夫羅。

 「また余計な事を・・・」

 案の定、仁美が満面の笑みで夫羅に尋ねた。

 「ねえ、あたしこの子犬の面倒みてあげようと思うんだけど・・・」

 言わんこっちゃない、という目で悦花をさらに睨む夫羅。ただでさえやり繰りに忙しい中、子犬の世話を投げ出すに決まってる幼子の後を引き継いで苦労する羽目になるのは目に見えている。

 「ん、あ、んん、その・・・」

 悦花と音次郎は、睨む夫羅の視線に気付かぬ振りをして、その場を後にした。

 「あれ、一刀彫はどこにいったかなあ・・・」


 黒の間。時空の歪みゆえ、ほぼ全ての波動が遮断される闇と静寂の部屋。一刀彫のまさは、ここにいた。

 「あっ、雅」

 「精神統一、ですかな」

 様子を覗きにやって来た悦花と音次郎の言葉にも、雅は全く動じる気配もない。一切を受け付けない静寂の時が流れる。

 「す、すごいオーラだ・・・」

 悦花と音次郎は顔を見合わせた。暗闇、無音無風の中にじっと座している雅も微動だにせず、しかし周囲を彼の存在感が支配している。

 僅かな光を淡々と灯す一本の蝋燭の火も、揺らぐことさえ許されていないかのように見える。

 「はっ」

 小さな声とともに腰に差した崇虎刀を抜いて一気に飛び上がった。折りたたんであった膝がバネのようにしなやかに伸びる。

 「は、速いっ」

 悦花と音次郎には、おそらく切っ先が振られた残像の描いた弧が僅かに見えるだけだったであろう。雅が斬り上げた崇虎の剣先が、天井から垂れ落ちる一つの雫を捉えた。

 「あっ」

 水滴は弾け飛ぶことなく、まるで物体を割るが如く真っ二つに切り裂かれた。よほどの正確さと速さがなければこの芸当は不可能。

 「たっ」

 さらに雅は左手でもう一本の剣、紊帝びんていを抜き、重力に引かれ落ちてゆく二粒の水滴をそれぞれの刀の切っ先でやわらかく拾い上げた。

 「ふうっ」

 着地し刀を下ろすと、二つの水滴は緩やかにそれぞれの刀身を伝って流れ落ち、床に置かれたお猪口に収まった。

 「まだ、半分ほど、か」

 一連の動作の繰り返しで器を満たそうとする雅、しかも目を閉じたまま。悦花も音次郎も、ただ口を開けて驚くばかり。


 

 「お姉ちゃあんっ、またサボってるよっ。あの人たちったら」

 目を吊り上げながら走ってきたのは仁美。

 「えっ、何、何」

 腕を引かれるがままに悦花と音次郎が連れて行かれたのは最深部の倉庫。

 「ほら、ほら見てくださいよう」

 仁美が扉をそっと開けた。蔵書、武器、日用品などが雑多に置かれた薄暗い部屋。幾つかの蝋燭が照らす中、積み上げられた土嚢の上で政吉が気持ちよさそうに昼寝の真っ最中。

 「あらあら」

 ひび割れたちゃぶ台の上には西洋将棋チェスの盤、そして駒がやりかけのままに放置されている。

 「ん?」

 奥にちらりと見えるのは、酒瓶を持った装飾品だらけの腕、散乱した貯古齢糖。高いびきが反響して折り重なって聞こえてくる。

 「蝦夷め・・・しょうがないな」

 悪戯っぽく笑った悦花。

 「こんな西洋将棋の盤なんか蹴飛ばしちゃえっ」

 けしかけた悦花に笑顔で応えた仁美。

 「はいっ」

 ガシャンという音、寝ている蝦夷守に向かって飛んでゆく将棋盤、宙を舞う象牙製の駒。大きな音に驚いて政吉も目を覚ました。

 「うわっごめんなさい、ごめんなさい」

 反射的に頭を抱え込んでひたすら謝る顔には涎の跡。

 「んっ?」

 同じく目を覚ました蝦夷守。飛んできた将棋盤を左手でパッと掴まえるのと同時に、右手は銃を抜いていた。

 「ちっ」

 舞い上がったチェスの駒を次々に撃って飛ばす。道具作りの天才・河童のすすによって改良を施された蝦夷のフリント銃はワンアクションで十五連発が可能になっていた。

 「せっかくの駒だ、壊しちまったら遊べなくなっちまうからな」

 それぞれの駒の端っこを銃弾がかすめる。破損することなくクルクルっと回転した駒は悦花の目の前に再び舞い上がり、銃弾は悦花の足元に。硝煙の匂いが鼻を衝く。

 「駒は整理整頓、しなきゃな」

 左手で掴んだ将棋盤を悦花の目の前に投げ返すと、空中を回転していた駒は順次盤の上に落下し、見事に整列した。

 「チェックメイト」

 叫ぶ蝦夷に向かって悦花が言う。

 「残念。駒は全部で十六個。一つ撃ち損じただろ、蝦夷の」

 ニヤリと笑った蝦夷守。

 「女の人を撃つ、なんて野暮は出来なくってね」

 ひときわ高く舞い上がっていた残りの駒一個が悦花の前に落ちてきた。サッと掴んだ悦花。ふと視線の先で微笑む蝦夷守。

 「だろ?」

 悦花が握った手を開くと、そこにはティアラを模した無傷のクイーン。

 「へえ、蝦夷の。これも修行って言い張るわけ?」

 「もちろん」

 銃口から立ち上る硝煙を吹きながら蝦夷守が言った。

 「西洋将棋の格言さ。名人が名人である理由、それは追い詰められた際の直感。てな」


 澄んだ秋の夜空。くっきりと浮かび上がる月はもうすぐ満ちようとしている。

 「逃げない。そして負けはしない」

 星空を見ていると、理由もなく力が沸いてくる。悦花はじっと目を閉じた。

 「わたしだって。この一年でとてつもない力を得た、確かにそう感じる」

 両手をかざしたその先にある山の木々がザワザワと揺れだした。

 「ええ、あの山さえも、持ちあげることが出来るわ。今なら」

 回りだした運命の歯車は、もう止まらない。


 つづく

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