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小説幻怪伝  作者: 蝦夷 漫筆
讃岐の激闘、恐怖の天狗王
8/122

海路急げ、河童丸

 冥府で「暗黒の怨球」の完成を急ぎ始めた頃、幻怪たちは西方を目指し洋上にいた。


 挿絵(By みてみん)


 ―紀伊の南方、約二十海里―


 ずん、と鈍い衝撃が船内を襲った。あちこちで物が倒れ、ギギッと船体が軋む音に混じって瓶の類いが落ちて割れる音。

 「おいっ、何てことしてくれるんだ。これを手に入れるのは随分苦労するんだぜ。まともに操縦してくれっての」

 慌てて床に散らばった貯古齢糖ちょこれいとうを拾い集める蝦夷守。南蛮の抜け荷商人からこっそり手に入れ内緒にしていたものだけに狼狽ぶりもなかなか。

 「だいたい『河童丸』なんて立派な名前の割になんだこりゃ。ウナギの寝床かっての」

 ぶつぶつ言いながら拾った貯古齢糖を袖で拭いては口に放り込む蝦夷守。階段に転がった一粒を拾おうと手を伸ばしたが、階上から降りてきた一刀彫の洋靴がこれを踏み潰した。

 「おいっ。わざとだろ」

 目をまん丸にして噛みつく蝦夷守、いたって冷静な一刀彫。

 「ガキみたいに落ちた菓子を漁ってる暇があったら煤の手伝いでもしたらどうだ?」

 しょんぼりした表情で肩をすくめてみせたものの、まだ落ちている幾つかの貯古齢糖をこっそり拾い集める手を止めない蝦夷守。

 一刀彫は窮屈そうにかがんで動力室の隣の狭いすき間を通り抜け、船腹の小さな硝子窓をのぞきこんだ。大声を出さないと階上の艦橋にいる煤と悦花に聞こえない。

 「おおい、岩らしい物影は全く見えん。さっきの衝撃はなんだ一体。鯨の群れでもないし鳴門の大渦はまだ先だろ」

 潜望鏡で辺りを確認する煤。だが鋭い揺れの原因は見当たらなかった。その煤の後ろ、藤で出来た揺り椅子に腰かける悦花が口を開いた。

 「お前さんの舵取りにゃ一分の狂いもない。見てりゃ判るよ。だいたい黒潮に逆らってこの早さで進む船なんざ大した船だよ、河童丸」

 煙管御法度の船内では煙管を撫でるだけ、の悦花。少し口寂しそうではあるが。

 「船って云うより『水中艇』ってとこか。ともあれ長良川から下って讃岐までたったの一日なんて敵も予想しないだろ」

 船尾の荷物室から点検を終えて帰ってきた裕が言った。

 「さっきの揺れは闇の波動だ。間違いない。発信源の特定はできないが浅いとこじゃないな。かなり深いところだ」

 手元の計算尺をあれこれいじりながら裕が首をひねる。

 「計算によると…とてつもなく巨大な波動だ。しかしベクトルも志向性もいまひとつハッキリしない。何かを狙った攻撃とは考えにくいが…」

 裕の分析を聞いた悦花が問う。

 「じゃ何だい、さっきの」

 「わからない。何かこう、蓄積した暗黒エネルギーの一部が一瞬漏れ出た、とか。そんな感じなのかも」

 波動台帳にデータを書き込みながら裕は続けた。

 「今のところは、讃岐断層や南海域に波動の乱れは計測されていな。だがヤバいぞ」

 裕の深刻そうな表情を見て悦花も身を乗り出し尋ねた。

 「な、なんだいヤバいって。何か起きるのかい」

 「ああ、三日後に」

 ちらっと壁の暦に目をやる悦花。裕は波動台帳をめくりながら言った。

 「三日後に地中からの闇波動の蓄積が飽和する。結果、讃岐の断層は大きく破綻する。大参事が起きる。我々が阻止せねば」

 慌てて立ちあがって階下の操縦室まで悦花が降りて行った。

 「おい、煤。ヤバいよ急がないと…」

 「三日後に、て話でしょ。ええ、この船にゃあちこちに集音器が設置されてますからね。裕さんの話、ここでちゃんと聴こえましたよ」

 「さすが」

 「朝飯前。早速船体のチェックもやっときました。電信検索上は破損無し。さあ、全速航行ですよ、えいっ、設定完了、と」

 操縦パネルの複雑なスイッチ類を鮮やかに操作し終えた煤、一呼吸して瓶入りの真水で頭の皿を濡らして一休み。河童族に伝わる秘伝の海図に示された、海底深くの早い海流に乗るため船はぐっと船首を下げ潜行した。

 「やっと、ってとこか」

 手に持って煙管をクルリと回した悦花が鼻息を荒げた。

 「これまでオニだなんだと云ても、これっぽちも手応えのある相手に巡り合ってねぇ。いよいよ強い敵に会えるんだね、ウズウズじゃないの」

 裕が讃岐地方の地図を眺めながら言った。

 「ああ、この世の果てまで鬼退治の旅路って、とこだな」

 一刀彫の雅も、ニヤリと笑みをこぼしながら、自慢の妖刀の手入れに余念が無い。煤が自慢げに声を上げた。

 「まあ、慌てなさんな、明日の朝にゃ讃岐に上陸してみせますよ。この自慢の高速艇・河童丸でなきゃ不可能な芸当だ」

 蝦夷守はぶつぶつ言っている。

 「っかし、この緑色の棺桶みたいな外観はもうちょっと何とかならなかったのか…」

 まだ残りの貯古齢糖を探している。

 「もう一個あるはず…」

 地熱の影響でむしろ暖かいくらいの深い深い海の底に流れるような気泡の線を描きながら一行は西へと急いでいた。


つづく

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