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小説幻怪伝  作者: 蝦夷 漫筆
一つの終わり、一つの始まり
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復活の幻怪殿

 「幻翁、死す」の報に集まった仲間たち―はぐれ剣士の嵯雪さゆき、木曽山賊忍衆・那喝なかつ一家とひびきの宮が率いる「慧牡けいおすの民」―。

 彼らを仲間に加え冥界の軍団に立ち向かう決意を新たにした幻怪衆は、瓦礫の中から幻翁が持っていた「幻界旗」を掲げその絆を確かめあった。

 そこにふと現れたのは、かつて難敵であった殺戮組織「尾張柳生」の後継者と目されていた鴎楽おうらく。加納の戦いの際に仲間を裏切り幻怪衆に加勢した彼はその代償として利き腕を失い、破門されていた。

 そして結果的に離散し残党さえも皆殺しの憂き目にあった尾張柳生一党の仇を討つためにも、幻怪衆の仲間に入れて欲しいと頭を下げた。


 「もし憎っくき閻魔卿を倒すことが出来たなら、その時はいかなる裁きも甘んじて受け入れましょうぞ」

 地に頭を擦り付けて懇願する鴎楽に、ゆっくりと近付いた悦花。

 「お久しゅうございます」

 肩に手をかけ、頭を上げさせた。

 「救っていただいたのは私の方こそ、いくらこの頭を下げても足りないくらいです」

 「いえ、私は自分の声に従ったまでです」

 悲しい目で義手を見る悦花に向かって鴎楽は言った。

 「これは運命。これでやっと、私は一人の男に戻れたのです。戦士としての名『鴎楽』はもう封印しようと思っています」

 「では、何とお呼びすれば・・・?」

 「音次郎おとじろう、これは私が忍としての修行を始める前の幼名。もはや一族の使命や掟を背負って生きるのでなく、自分の意思で自分を生きる、そのための名」

 「そこまであなた様が決意しているのなら、ええ。間違いありません、私たちと一緒に幻怪衆として、戦いましょう」

 頭を下げた悦花は立ち上がり、一同に向かって言った。

 「なあ、みんな。いいだろう、音次郎さんも仲間だ。敵にしたら厄介だが味方になったら頼もしい男だよ」

 頷く一同の中から、雅がスッと前に出てきた。

 「なあ、音次郎さんよ」

 雅の拳がいきなり音次郎の頬に飛んだ。ガクンと膝を落として倒れこんだ音次郎は殴られた頬をさすりながら雅を見上げた。

 「えっ、あ、あの・・・」

 見下ろす雅。

 「これまで散々嫌な思いさせやがって、鴎楽め。今のはその貸しの分だ。これでチャラにしてやるよ、音次郎」

 浪人笠の下で軽く微笑む雅を見て、音次郎と悦花が顔を見合わせふっと安堵の笑みを浮かべた。立ち上がった音次郎に今度は裕が駆け寄ってきて腹に軽く拳を当てた。

 「これは俺の分、だ」

 「おお、じゃあ俺も」

 蝦夷守は音次郎のもみあげを強く引っ張って何本か抜きフッと風に散らした。

 「はいはいあっしも」

 桶に汲んできた水を音次郎の頭からザバーとがぶせた煤。

 「ちょっとっ」

 悦花が叫ぶ。

 「あんたら調子に乗ってやりすぎだよっ」

 言いながらも笑顔が陽光に映える。

 「音次郎さん、悪く思わないでおくれよ。まあ、儀式みたいなもんだね。これで晴れて仲間ってわけだ」


 高く澄んだ蒼い空は、彼らの心を映し出しているようにも思えた。大きな弧を描いて旋回する鳶の声がこだまする中、政吉が一同に語りかけた。

 「実はみなさんにお伝えしたいことが・・・」

 「ん?」

 「幻翁さまから言い付かってあった事が一つあります。もしもの場合には、と仰ってましたが、あるいはこの時が近いことを予見なされていたのかも・・・」

 「なんだい、もったいぶりやがって。ごちゃごちゃ説明はいいから要件は何だ」

 政吉は懐から地図を取り出し、赤い印の場所を指差した。

 「われわれ幻怪衆の城があるのです。まだ未完の部分もありますが大方出来上がっています。

 「い、いつの間に・・・」

 「あっしが幻翁さまの元でお世話になり始めてすぐの頃ですから、かれこれ二年ほど前から準備されてきました。本格的に冥界と事を構える段階になったら、と」

 「まさに今が・・・」

 「ええ、その通りです。ここから南に下った陸田くがたの田園地帯ですが、そこに僅かな次元の裂け目があることに気付いた幻翁さまは、そこに城をお築きなされた」

 半信半疑の幻怪衆。

 「城だって?」

 「先日そこを通りかかったが、んなもん無かったぞ」

 頷きながら政吉が言う。

 「ええ、そうでしょうそうでしょう。そう言うと思ってました。まずは百聞は一見に如かず。早速行ってみましょう、善は急げといいますから」


 木曽川の河川敷から約三里の道のり。ちょっと離れた西に「葉歩はふいち」と呼ばれるそこそこの市場が立つのみで、陸田には田んぼしか見えない。

 「おいおい、政吉。こんなとこまで連れてきやがって、やっぱり田んぼばっかりじゃねえか、見渡す限り」

 胸ぐらを掴む夫羅を笑顔で諌める政吉。

 「待って、待ってくださいよ。これだからせっかちな人は面倒だ。ほら、ほら見て」

 小さな枯れ井戸のつるべを引き上げ、桶の中に隠してあった箱を取り出し鍵を開けると、小さな光る石を取り出した。

 「さあ、開けますよ」

 井桁を形作る石垣の隙間の一つに光る石が差し込まれると、枯れ井戸の横の土がぐぐっとせり上がって大理石の門が出現した。

 「お、おおっ」

 一同がどよめく様をニヤニヤしながら眺める政吉が手招きした。

 「さあ、中へどうぞ。『幻怪殿』へようこそ」

 白い大理石で裏打ちされた洞穴のような広い廊下はところどころに配置された幻鉱石の発光で十分に明るく照らされている。

 「こりゃ行燈も要らねえな」

 まっすぐ降り進むと大広間。円卓を中心にかなりの大人数が収容できそうな広さ。

 「幻翁曰く、かつて幻界にあったといわれる神殿『幻怪殿』とまったく同じ作りなんだそうです。そしてこの奥」

 幻鋼製の分厚い扉には数字が書かれた石が取り付けてある。政吉がササッと一定の順序でその石を軽く押すと、ガシャンという重厚な音とともに扉が開いた。

 「うあっ」


挿絵(By みてみん)


 中からまばゆい光がこぼれ出す。中央部には祭壇、その上に立体パズルのようにくみ上げられた「願いの破片かけら」が安置されていた。

 「ここに隠してあったのか・・・」

 「ええ、幻翁はアジトがいずれ狙われるだろうと予見していたようで、早々とこちらに隠していたのです。味方さえも知らぬ間に」

 「ちっ、ジジイめ・・・」

 苦々しい顔をしてみせる蝦夷守を悦花が目で諌めた。


 「おっ、何だなんだ、この感覚はっ」

 祭壇の近くに立った裕が思わず声を漏らした。全身の神経が研ぎ澄まされ、血肉に力が漲るようにも思える。

 「この祭壇の下で大きく次元が歪んでいるそうです。現世には幾つかそういう場所があるようで、お社や霊場と呼ばれるものは大抵そんなところだそうですよ」

 裕はヌラリヒョンと美濃太右朗に受けた傷をさすっている。

 「ああ、確かにすごい力を感じるよ。これなら傷もすぐに癒えそうだ」

 「ふふ、傷が癒えるだけじゃありませんよ、この新生『幻怪殿』には他にも修行用に特別にあつらえられた部屋が幾つもありますから」

 「ええ。現世によみがえった幻怪殿。ここで力をつけ、必ず冥界の妖怪たちを、そして閻魔卿を・・・」

 悦花はじめ一同は目を輝かせ、戦い抜くことを誓いあった。


つづく

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