仲間、志はひとつ
大黒柱であった幻翁の死は幻怪衆にとって大きな悲しみをもたらしたのは言うまでもなく、また圧倒的な強さを見せた冥界の帝国に対して光明が見出せないことは彼らを弱気にさせた。
しかしまだ幼い仁美の叱咤によって彼らは初心を思い起こされ再び覚醒し、幻翁の形見の腕輪を通じて彼の意志を知り継承することを誓った。
「おい、お前らっ」
戦いの決意を新たにした幻怪衆たちは堤の上からの声に一斉に振り向いた。
「誰だっ」
逆光に佇む男がサッと剣を抜いた。
「ふっ、お前らたった六人、それとガキが一人。そんな手勢で太刀打ち出来るとでも思ったのか」
素早い動きで剣をクルクルッと回す。空気を切り裂くヒュンという音がこだました。
「この俺が…」
淡く白い光を放つ剣をカチンと鞘に収めたその男は幻怪衆に近づきながらニヤリと笑った。
「助太刀してやるっての」
その剣、その姿を見て夫羅が声を上げた。
「嵯雪…はぐれ剣士の嵯雪じゃねえかっ」
「いかにも…いや、だから「はぐれ」は余計だっての」
嵯雪は夫羅に顔を近づけキッと睨んだ。
「あ、そ、そうだな。しかしなぜお前さん・・・」
「ああ、そこの河童野郎が前にくれたヘンテコな機械が、いきさつを教えてくれたんだ。仲間の俺が助太刀しなくてどうする、ってんだ」
「むっ、仲間になる、はいいですがね。ヘンテコな機械、とは許せませんっ。あれは『あんていな』と言って、いずれ世界を変える重大な発明品であって…」
説明し出したのは河童の煤。聞こえない振りの嵯雪。
「俺の腕じゃ使えねえ、なんて言わねえよな?」
嵯雪が悪戯っぽく尋ねる、その相手は一刀彫の雅。浪人笠からチッと舌打ちする音が。
「好きにしろ、お前の腕なら知ってる」
「じゃ、決まりだ」
思わず笑顔で駆け寄る仁美を、嵯雪は抱きかかえ上げた。
「な、せっかくなら仲間は多い方が楽しいってもんだ」
「それもそうだ」
土手の草むらから声がした。
「ん?」
サッと風を切って飛び上がって姿を現した一人のくのいち。幻怪衆の前に着地し膝をつく。
「私たちも一緒に戦わせていただきます」
覆面の下には澄んだ目。
「ゆ、由梨さんっ…なぜ?」
サッと覆面を外し美しい髪をはらりと下ろした由梨。木曽路に根を張る那喝一家忍衆の若頭を務める才女である。
「幻魔鏡の件以来、あなた方のことは常に気になっておりました。我ら一同、今一度輝くために、仲間として戦うことを決めたのです」
ほう、とため息をつきながら嵯雪が近づいた。
「それにしても、忍にしておくにゃ勿体ないほど美しいな、あんた」
驚く由梨。そして草むらから低い声が聞こえてきた。
「すまぬが…」
飛び上がった一人の男、由梨の背後にすっくと立った。
「由梨はまだ齢十七、俺の娘だ。近づきたいなら俺の許可をとってからにして欲しいものだ…まあ、口説いたヤツの中で今も生きている者はおらぬが…」
「ちょっと父さん、もう、そんな風だから…」
冗談混じりの言葉とともに現れたのは那喝均蔵。配下の忍び衆も一斉に姿を現した。
「一度関わった以上、後には引けませぬ。我らも冥界の連中の非道ぶりは腹に据えかねている」
驚きと嬉しさに顔を見合わせる一同に向かって、均蔵は軽く頭を下げた。
「力になりますぞ。命が惜しい者など一人もおらん。そして…」
遠く、川の下流を指差した。
「彼らも、同様かと」
「あれは…」
甲冑をまとった男たちがぞろぞろとやって来る。先頭の白馬、その鞍上には金色の髪をなびかせる見目麗しき男。
「幻翁、無念の報は訊いた。今こそ立ち上がる時」
伊勢の猛者、慧牡の民とそれを率いる頭領・響の宮が遠路やってきた。
「我らが永きにわたりお守り申した『願いの破片』が最早失われたとあっては、我ら自身が加勢し現世を守るより他に道なし」
雲間から光が差してきた。冷たかった秋風は、今は皆の頬を撫でる柔らかな空気に変わった。
「流れが、変わる。やる、やるしかない・・・」
幻翁は、その死によってさらに大きな力を生み出したのかも知れない。撒かれた波動の種が大きく花開くとき。一同は実感していた。
「希望は剣、意思は鉾、そして絆は砦・・・」
時は戻らない。生きることは常に、引き返しの出来ない道を前に向かって進むこと。いかに高い壁が立ちはだかろうとも。
「時は来た、か」
夫羅は瓦礫の中から一枚の布切れを拾い上げた。
「これは・・・」
青漆の地に「幻」の紋章。幻翁が今際の時まで身に着けて持っていた「幻界旗」、それはかつての大戦で幻怪戦士たちが用いた旗印。
「おおっ」
夫羅と政吉が、同じく瓦礫の中に落ちていた幻翁の杖に旗を括り付けて掲げた。
「旗は振られた。何があろうと、俺たちは進む」
決意を新たにする幻怪衆たちに、そっと一人の男が近づいてきたことに雅が気づいた。
「お前・・・」
その男は目を閉じて深く頭を垂れた。
「お久しぶりです」
気付いて振り返った悦花が息を呑んだ。
「あ、あなたは・・・」
日焼けした浅黒い肌、以前よりこけた頬。優しくも憂いを含んだ瞳に変わりはないが、右手の義手が痛々しく見えた。
「鴎楽さま・・・」
どよめきが起こり、懐疑の目が注がれる。無理もない。悪名高き殺戮組織の跡取りと云われた男なのだから。
「あの尾張柳生の・・・」
「今度はどんな魂胆なんだ」
「油断できねえな」
鴎楽はそんな一同を見渡し、大きな声で言い放った。
「皆さんが私を嫌うのも当然でしょう。血も涙もないと云われた一族ですから。だが、今の私は違う」
「どういう風の吹き回しだ。判るように説明してもらおうか」
近付こうとする鴎楽に立ちふさがった雅。目を合わせると、鴎楽は一度大きく頷いた。
「悦花さまとの出会いが、私を変えた」
時にうつむきながら、時に唇を噛み締めながら鴎楽は語った。
「人間だけが尊い、そう思ってた。それを邪魔するものに死を与えるのが仕事と教えられてきた」
ちらりと悦花に目をくれた。
「しかし、彼女に出会って互いの心を通わせたとき、私は悟った。理解しあい共存することでしか未来は生まれない、と」
一同の目と耳が鴎楽に集まる。
「そして、父・雲仙と対立した挙句、惚れた女を助けることで、親父と一族を裏切ってしまった。その代償がこれだ」
鴎楽が突き上げた右腕は肩口から木製の義手に置き換わっていた。かつて幻怪衆を恐れさせた暗殺集団のプリンスの面影はそこには無かった。
「利き腕を失い破門され孤独の身になった。だが父を恨んでもいないし、自分の行いには一点の曇りもない。これを宿命と受け入れ、今自分の道を歩みたい」
「確かに・・・」
雅は鴎楽の目を見据えて言った。
「お前さんは身を挺して悦花を、俺たちを助けてくれた。あの行為に嘘や偽りは無いことは誰の目にも明らかだ。だがお前さんが尾張柳生の者であるという事実は消えぬ」
「それも確かなことかもしれません・・・ですが」
鴎楽がきっぱりと言った。
「尾張柳生はもうこの世には存在しません。父は姿をくらまし、離散した残党たちも冥界の手の者たちに惨殺されてしまった・・・その仇を討つ使命も、私にはある」
「なんと・・・」
地に頭を擦り付けるように鴎楽は頭を下げた。
「私が、いや我ら一族が犯してきた罪は決して消えないことは承知しています。しかし利き腕も奪われた私が一人手をこまねいて見ていることも出来ず」
急にあふれ出した涙に声が震える。
「多少の知恵と経験でお役に立てるというならば、是非私もお仲間に・・・憎っくき閻魔卿を倒したなら、そのときいかなる裁きも甘んじて受けましょうぞ」
つづく




