表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説幻怪伝  作者: 蝦夷 漫筆
一つの終わり、一つの始まり
77/122

別れ、そして次の風

 頬を撫でてゆく風の涼しさが、もう夏が終わったことを告げていた。

 「幻翁さま…」

 幻怪衆・花魁の悦花えっかが碧く高い空を見上げる。激しかった雨は止み、筆でなぞったような白い雲がゆっくりと流れてゆく。


 幻怪衆、久々の集結は悲しみに満ちたものになった。幻翁の死を、今だ誰も受け入れらずにいた。

 「俺が…」

 からくりのひろは河川敷に腰かけて呟いた。圧倒的な力を持った敵、ヌラリヒョンと美濃太右朗の襲撃による傷が余計に疼く。

 「俺が守らなきゃいけなかったんだ…」

 「いや、裕さんだけが責められることじゃない」

 政吉まさきちの言葉を、一刀彫のまさが遮る。

 「だが、何故持ち場を離れた?」

 浪人笠の奥で唇を噛む。

 「翁と言えども、あの傷では襲われたらひとたまりもない事は判っていたはずだ」

 裕は視線を逸らす。小さな工具で相場銅あいばどうの修理をしながら、河童のすすが言った。

 「まあ、その場に誰がいたところで、結果は同じだったかもしれませんがね…」

 雅は小さく、何度か頷いた。

 「まあな。そうかも知れん。とにかく無念でならんのだ」

 「俺だって悔しいさ。いや翁に世話になった者なら誰だって悔しくて仕方がない。だろ?」

 腕組みをして紙巻きに火をつけながら、密偵の夫羅ふらが言った。その隣で娘の仁美ひとみが目に涙をためている。

 「おじいちゃん…こんど十三参りに連れてってくれるって約束してたのに…」

 「ああ。やり残したこと、色々あっただろうに…私も翁に教わらなきゃいけないことがまだまだあった」

 悦花の声が虚しく響いた。そこへ走ってやってきたのは蝦夷守龍鬼えぞのかみりゅうき

 「しかし、な」

 汗を顔に滲ませ、両腕いっぱいに露店であつらえた花を抱えて。

 「悩んでてもしょうがねえ、ま、花の一つでも添えてやろうじゃねえの」


 雨後の濁りが残る木曽川の河川敷。気温以上に風が冷たく感じられた。瓦礫は何も語らない。幻翁が身に着けていた腕輪がひとつ、ぽつんと落ちていた。

 「ああ、もう厄介な弟子の面倒を見なくて済みますね。薄気味悪い妖怪たちと戦わなくて済みますね。ゆっくりと休んで下さい、幻翁さま…」

 それぞれが花を手向け、それぞれの想いを胸に、それぞれが手を合わせた。

 「あっ」

 フッ、と風が吹いた。どこか懐かしい匂いを運んできた、季節外れの暖かい風。まるで幻翁の波動がこの場にうっすら残っていて、風に乗って語りかけてきたようにも思えた。


 挿絵(By みてみん)


 「翁の意志は…」

 悦花が口を開いた。

 「継がなきゃ、ね」

 「ああ」

 一同は頷いた。

 「だが…」

 雅が険しい表情で言う。

 「現実は厳しいぞ。翁がいなくて俺たちは戦っていけるのか」

 「そうだな…そして」

 裕はうなだれたまま。

 「強いよ、敵は。俺と政吉の二人がかりで、全く歯が立たなかった。完敗、ああ完敗だよ。悔しいけどな」

 「まあ、そうだろうな…」

 紙巻きを丸めて火をつける蝦夷守。

 「だいたい、切り札の『願いの破片かけら』も揃う見込みが全く無しってんじゃお手上げだ」

 「勝算なし、ですかねえ…」

 頭の皿を湿らすために手拭いを川に浸そうと身を乗り出したが、その濁りに顔をしかめて諦めた煤が呟いた。

 「ああ、こりゃ諦めるしかないな…」

 「こうしている間にも…」

 河原の石を拾っては川に投げ、ピョンピョンと水面を飛ぶさまを見るでもなく、見ないでもなく。夫羅が小さな声で。

 「冥界の連中はとんでも無え最終兵器とやらを完成に近づけてんだろうな」

 「ふうっ…」

 一同は首を垂れ、ため息をついた。


 「うっ、うあっ」

 いきなり石つぶてが飛んできた。次々に、一同を狙って大小の石が飛んでくる。

 「ちょっとっ!」

 「何だ、何するんだっ」

 一同は慌てて頭を抱え込んだ。

 「あんたたちっ、オトナでしょっ」

 目一杯のコワい形相をした仁美。黙って小屋の残骸に手を合わせていた幼子は、その小さな手で石をとり、諦めてうつむく幻怪衆を一喝した。

 「そんなじゃ、おじいちゃん今頃カンカンよっ」

 「あっ、その目…」

 悦花が思わず見入った仁美の目が、なぜだか幻翁その人の目に見えた。うっすらと光を帯びたように。その仁美が一層大きな声を上げた。

 「負けそうだから逃げる、なんてかっこ悪い。あたし一人でも戦うわ」

 「ひ、仁美ちゃん…」

 一同は顔を見合わせた。


 「まあ、確かに…」

 夫羅が言う。

 「一度は捨てた命、今さら惜しいってわけじゃねえがな」

 「ん、そりゃ俺だってそうさ」

 「間違いねえ」

 悦花が幻翁の腕輪を拾いあげて言った。

 「ああ。命が惜しいならとっくに逃げ出してるよ。あたしたちゃ言ってみれば全員、翁の子供みたいなもんだ。仇打ち、しないわけにゃいかないね」

 煤が頷いた。

 「翁の仇だけじゃねえ。俺たちみんな、ヤツらにははらわたが煮えくりかえるような思いをさせられてんだ。だからこそ翁に導かれたってわけだからな」

 「ああ、このまま尻尾巻いて逃げちまったら…」

 裕は拳をぐっと握りしめた。

 「永遠に後悔することになるわな」

 雅と蝦夷守が顔を見合わせた。

 「まあ、俺たちは…」

 「戦うことしか能が無えからな。もうちょっとの間、つるんで妖怪退治ってのも悪くない」

 夫羅がそっと仁美の肩を抱いた。

 「皆同じ気持ちってことだな、つまり…」

 悦花が、幻翁の形見の腕輪をそっと自らの腕にはめた。

 「そう。宣戦布告だよ、あらためて」

 その腕を高く掲げた。

 「もう一回訊くが、命が惜しいってやつ、いるかい?」

 一同は首を横に振った。幻翁の形見は悦花の腕で仄かに光を帯びた。まるで生きているように、脈打つように。

 「ほうら」

 皆の顔を見渡しながら悦花が言った。

 「これが答えってわけだ。翁も喜んでる」

 少し、日が差してきた。


 それぞれの思いを胸に、閻魔卿の黒い波動の火がくすぶる瓦礫連なる河原で、ガッチリと手を重ね合わせた幻怪衆の面々は、突如堤の上からの声に振り向いた。

 「誰だっ」


つづく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ