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小説幻怪伝  作者: 蝦夷 漫筆
魔鏡を巡る攻防~木曽路編
70/122

魔鏡の行方、そして悲しみ

 恵那の峡谷に駆けつけた幻怪衆だったが、すでに幻魔鏡は魚人妖怪・岩魚太夫いわなだゆうの手に渡っていた。幻魔鏡が見せた未来図で幻怪衆の動きを事前に知っていた岩魚太夫は仁美に毒針を突きつけ幻怪衆の動きを封じ、さらに悦花えっかの波動声術を魔鉱石の盾で完全防御。その喉を攻撃した上に全身を縛り上げてしまった。


 「ちくしょう…」

 唇を噛む幻怪衆。悦花は怒りのためか、全身を震わせ髪の毛一本一本の先まで波動エネルギーの光を帯びている。だが縛りあげられ身動きできず、肝心の喉をやられ口を塞がれてしまった。

 「悔しいか、がはは。幻魔鏡、こりゃ大したものだ」

 ニヤニヤする岩魚太夫の横で、釣り糸に首を絞められている仁美がかすれ声で叫んだ。

 「みんなあたしに構わず戦って…わたしよりも幻魔鏡の方が大事…」

 「バカなことを言うなッ」

 夫羅が我が娘を怒鳴り付けた。さらに高笑いする岩魚太夫。

 「ぶはは、面白い面白い。泣かせるねえ、甘さは弱さ。ほうら、もうすぐお嬢ちゃんも死ねるぞ、おい」

 手にした釣りざおをクイと持ち上げ、仁美の首に巻きついた釣り糸をさらに締めあげた。

 「ぐ、ぐううっ」

 激しい締め付けに、口を動かせども声にならない。怒りに拳を握りしめる夫羅。

 岩魚太夫は憐れむような、それでいてバカにしたような笑みを向けた。

 「それにしてもこの鏡、未来を見通すこの鏡さえあれば、もしかしたら閻魔卿を出し抜いて俺が頂点に君臨することだって出来るやも知れぬ…」

 岩魚太夫が勝ち誇ったように、まるで見せびらかすように幻魔鏡を覗き込んだ。ふと、その時、聞き慣れないキジバトの声が聞こえてきた。

 「ホ、ホーホーホー。ホホホー。ホーホホホ。ホホ。ホホホー…」

 均蔵の眉がピクリと動いた。すぐ隣の夫羅に耳打ちをする。軽く頷いた夫羅。悦花は全身にたぎる光のオーラをさらに増している。

 

 「ん、お前も見てみるか、自分自身の死にざま、というやつを」

 岩魚太夫は幻魔鏡の筒の一部をゆっくりとひねった。カチ、カチと音がして、内蔵された幻鉱石が振動を始める。

 「おおっ」

 急激に空気の密度が上がったように感じる。波動が生み出す次元のゆがみで重力が幻増したようだ。陽炎のように揺れ出す景色。幻魔鏡は緑色がかった光を拍動させ始めた。

 「ほうら、見えてきた、見えてきた。ああ、ゾクゾクするうっ」

 サディスティックに武者震いした岩魚太夫が声を上げた。

 「ぐはは、痛快。血まみれの姿が見える、ちゃんと見えるぞ。血まみれに死んでゆく。ああ何と無残な姿よ。何と無残な…魚…ん?」


 素早い影が岩壁から飛び降りてきた。唸りを上げて飛ぶ縄、その先端のフックが岩魚太夫の魔鉱石の盾に引っかかり、あっという間に空中に持ちあがった。

 「いただきっ」

 影はその盾を奪って着地。覆面の隙間から澄んだ目が光る。

 「よくやった、由梨っ」

 均蔵が叫んだ。岩魚太夫と山天狗が一瞬呆気にとられて動きを止めた瞬間に、夫羅が匕首を投じ仁美を釣り上げる糸を断ち切った。すぐさま均蔵が鎖分銅を投げつけ仁美の身体に巻きつけて引っ張り宙に持ち上げた。

 「さあもう無事よっ」

 由梨が飛び上がって仁美を抱きかかえ、幻怪衆の元へ着地した。うろたえた岩魚太夫は貪るように幻魔鏡を覗き込んだ。

 「どうなってる、違うじゃねえか、おい鏡っ。ウソを見せるな、鏡っ」

 同時に悦花は全身に溜めこんだ波動を一気に放出した。キーンという高周波が耳をつんざく。声でなくとも、全身の皮膚、髪の毛を激しく震わせて一気に波動を放出した。眩しい光が広がる。河原の石が次々に砕け散ってゆく。

 「これは、これは…」

 岩魚太夫が覗きこんだ幻魔鏡には、自らの死が、くっきりと描き出されていた。

 「まさか、まさか…」

 自らの死にざま、その鏡面にピシリ、ピシリと亀裂が入る。

 「ぐぶうあああっ」

 幻魔鏡は粉々に散り、その無数の破片が岩魚太夫の全身を貫いた。悦花が放った光は景色をホワイトアウトさせ膨大な熱量を発散させて周辺を焼け野原に変えた。

 「これでっ」

 由梨は奪い取った魔鉱石の盾を、幻怪衆を覆うようにかざした。体中を衝撃波が突き抜けたが、なんとか持ちこたえた。


 「す、すげえ…」

 強烈な光量のあとの残像がやっと落ち着き、辺りを見回すと、もはや原形さえ判別できないほどの岩魚太夫と山天狗たちの亡骸、そしてえぐれた地盤、焼け焦げた木々が残されていた。

 「恐ろしい技だ。封じ布を外せばこれだけの波動が」

 見渡しながら目を丸くする均蔵。

 「俺たちはこの魔鉱盾に救われたってわけか…」

 由梨が方を叩いた。

 「ちょっと、救ったのはあたしでしょうが」

 「あ、そうだな…」

 申し訳なさ気に肩をすくめた均蔵。

 「だが、南蛮の電信とは考えたな」

 夫羅が感心している。

 「ほう、そういう事だったのか、あのキジバト」

 「ふふ、最近じゃ山賊稼業してる襲った相手が南蛮からの渡来人ってことも珍しくない。奪った荷物の中に異国の電信のやり方が書いてあったのさ。向こうじゃ遠い距離の伝達はあの信号でやりとりするらしいぜ」

 「ほう、そりゃすげえな。ウチの煤にも教えてやらにゃあな…しかし、おい。見てみろよ」

 夫羅は悦花の強烈な波動から自分たちを守った魔鉱盾をじろじろ見ながら言った。

 「しかし、見ろよ。魔鉱石もさっきの波動ですっかり剥げてボロボロだ…吸収しきれないほど強い悦花の波動に飽和して崩壊したんだ。よほどの体力を…」

 見ると悦花は憔悴しきって倒れ込んでいた。


 「お姉ちゃん、お姉ちゃんっ」

 仁美が駆けつけた。

 「死んじゃダメっ」

 ゆっくりと悦花が目を開いた。

 「ご、ごめん…鏡が…鏡が」

 喉にダメージを受けた悦花は声を出すのもやっと。夫羅が答えた。

 「いいんだ、いいんだよ。確かに鏡は失った。だがそれ以上に大事なもの、絆ってやつを俺は確信した」

 懐から丸薬を取り出し悦花に飲ませた。

 「じきに体力は回復するだろう。幻翁秘伝の薬草入りだからな」

 ほどなく悦花は眠りに就いた。あらためて均蔵が夫羅に尋ねた。

 「しかし、幻魔鏡はもうこの世にない。どうやって例の『願いの破片』ってやつを、それを持ってる雲仙を探し出そうってんだ」

 頭を抱える夫羅。

 「さあな。悦花にゃああ言ったが、実際はどうしたものか…」

 「いや夫羅さん。あんたの言った事は真実さ。ここまで首を突っ込んじまったんだから、俺も後にゃ引けねえ。幻怪衆の一員として戦わせてもらうさ」

 「あたしもねっ」

 「あたしもっ」

 声を合わせるように大声を出した由梨と仁美を、これまた声を合わせるように諌める均蔵と夫羅。

 「お前たちにゃ危ない。裏方を頼むぞ」


 「ところで…」

 ふと思い出した様に均蔵が首をひねった。

 「なんで俺のところを襲いに来たんだ、山天狗のヤツらは」

 夫羅が答えた。

 「そりゃお前さんが幻魔鏡の在り処を知ってるからさ。俺たちが先に来なきゃお前さん、山天狗たちに拉致されてたかも知れねえぞ」

 「おお、そりゃ恐ろしい話だ…拷問でもされるに違いない」

 「訊くところによると閻魔卿は身体ごとバラバラにして魂を抜き取ってその中の情報を手に入れるって言うからな」

 均蔵は思わずゴクリと唾を呑みこんだ。

 「恐ろしいなんてもんじゃねえな…」

 「閻魔卿は目的のためなら何だってやる男だ、あんなやつが支配する世の中なんて想像もしたくないね」

 「ああ…しかし、な。やっぱり、その、俺が幻魔鏡の在り処を知ってるってことを、なぜヤツらは知ったのか。ってことだよ」

 「ん、面倒臭せえな、よくわかんねえよ」

 「だからさ、俺以外に、俺があの鏡を手に入れたってことを知ってるヤツなんていないぞ」

 夫羅の目が鋭く輝いた。

 「いや、いる」

 「だ、誰が」

 「島だ。大夫の島二郎…もしや」

 均蔵が眉をひそめて尋ねた。

 「島って男が裏切ったってことかい?」

 「いや、違う。なにしろ俺の兄弟分だ、裏切りなんてのは絶対に無え」

 「…てことは。もしや」

 「ああ、心配だな」

 均蔵が呼子の笛をピーと鳴らした。しばらくして那喝一家の配下の者たちが集まると均蔵が号令を掛けた。

 「今から俺たち那喝一家は幻怪衆の一員になる。詳しいことは後で話すが、まず取り急ぎの仕事だ。この御仁たちを早掛けの籠で大夫の郷にお連れしろ。一刻も早く、だ」

 「恩にきるぜ、均蔵」

 「気にするな、仲間だ。ウチの早掛は四枚肩だが間違いなく明朝にゃ目的地だ。さあ、乗った乗った」


 地平線の先から、ゆっくりゆっくりと橙色の光が顔を出す。雨上がりの澄んだ空が、鮮やかに薄桃色に染まってゆく。

 「そろそろだが…」

 嫌な予感のせいか、漂ってくる焦げくさい匂いのせいか、夫羅の表情は浮かない。

 「客人、こ、これは…見てくだせえっ」

 籠の担ぎ手が声を震わせた。

 「ん?」

 籠から顔を出した夫羅が目にしたのは、遠い果てまで瓦礫と累々たる屍が横たわる焼け野原。

 「ひでえ、ひでえよ。おい、ひどすぎるじゃねえか」

 立ち込める死臭に吐き気をもよおす。あれほど優雅な、祭りの前の穏やかな田園風景が、荒涼とした地獄絵図に変容していた。

 「なに、何なのっ」

 目を覚ました悦花もこの光景に顔を青ざめさせた。同時に籠の外を見ようとする仁美の目を思わず塞いだ。

 「なぜっ」

 「幻魔鏡の手掛かりを唯一知ってたのは島。あの時注意しておくんだった…」


 一行は島二郎の水車小屋まで辿りついた。いや「水車小屋だった場所」と言うべきだろうか。

 「おい、おい島っ」

 もはや原形はとどめず。家財一式は炭化し柱の一本もない。茅葺の屋根は斜めになって倒れ地面に食い込み、未だ陽がくすぶっている。

 「出てこいよ、なあ島。隠れてまた俺たち驚かそうってのか」

 泣きながら一つ一つ、瓦礫をひっくり返しては友を探す夫羅。

 「早く、早く出てきておくれよ」

 瓦礫の下は顔を背けたくなるほどの熱。鉄瓶さえもドロドロに溶けていびつになっている。土台の岩の表面は熱でガラス化している。泣き崩れる夫羅。

 「おおう、おおい。島よう。お前、殺したって死ぬようなヤワな男じゃなかったはずだろ、おい出てこい島、出ろって。おい、出て来ておくれお願いだ、出てきてくれ…」

 しばらく廃墟に顔を埋め、夫羅は赤子のようになきじゃくった。

 「なあ島。また呑もう、って。約束したじゃねえか…」

 

 やがて陽が昇り、昨夜の雨がウソのように青空が広がった。夫羅は水路の脇にぽつんと残された黄色い一輪ギクを見つけると、島二郎の水車小屋の残骸にそっと添えた。

 「じゃあな、島。俺たちゃ行くぜ」

 目を閉じ、手を合わせた夫羅。


挿絵(By みてみん)


 一行はゆっくりと幻翁の待つ岐阜へと岐路についた。

 これ以上の悲しみが待っていることを、まだ誰も知らない。

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