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小説幻怪伝  作者: 蝦夷 漫筆
魔鏡を巡る攻防~木曽路編
68/122

恵那峡谷に天狗舞う

 「う、美しい…」

 青き木曽川の流れ、その両脇には大小形もさまざまな岩が立ち並び、ひっそりとその美しさを鑑賞しに来る人をただじっと待っているかのよう。

 「自然が作りたもうた芸術品、とはこのこと」


 伝説の幻魔鏡を追って木曽路を訪れた幻怪衆、悦花えっか夫羅ふら親娘は山賊・那喝なかつ一家の頭領、均蔵きんぞうを説得しその在り処を訊き出すことに成功した。

 しかし、そこに突如、妖怪・山天狗たちが襲来した。仲間を惨殺された均蔵は怒り、幻怪衆との共闘を決意。共に、幻魔鏡が埋め隠された恵那の峡谷にある笠岩を目指した。


 「古井こびの山天狗が人を襲うとは…古来より人間の味方、とくに山籠りの修験者にとっては師とも言うべき存在だったのだが」

 首をかしげる均蔵を見ながら夫羅が言った。

 「今じゃあちこちでそんな現象が起きてる。モノノケというモノノケが凶暴になって人里を襲い始めた、しかも組織的で計画的に。闇の勢力は閻魔卿によって牛耳られ巨大な帝国と化したのさ」

 「もしや俺がかつて幻魔鏡に見た幻影は、そいつらに蹂躙される現世か…」

 「おいおい、言ったろう。俺たちは大河の流れを変える一滴だ、ってな」


 恵那峡谷の入り口、まるで目印のような真っ赤な吊り橋に彼らは辿りついた。

 「ずいぶん涼しくなったわね」

 悦花が亜麻色の髪をなびかせる。落ちかけの夕陽に代わって広がる雨雲がやけに不吉に思えた。ひゅうっと吹き抜ける風の涼しさは、夏の終わりの証か、あるいは邪悪な妖気のせいか。

 ゆっくりと、揺れる橋を渡る。高い岸壁同士を結ぶこの橋から見下ろす景観は絶品なはずだが、陽が落ちたのに加え低い雨雲が霧のように辺りを覆いだした。

 「いやな空気だね」

 悦花が顔をしかめた。ポツポツと雨粒が滴り落ちてきた。遠くの雷鳴に紛れるようにザワザワと周囲の木々が揺れる。夫羅がうなずきながら言った。

 「ええ、俺も湿気は苦手だな」

 ちらりと振り返った悦花。

 「ん、そうじゃなくってさ。もう、鈍いねえ」

 ほぼ同時に、均蔵が叫んだ。

 「来たっ、ヤツらだっ」

 橋の向こうから二匹、後ろから二匹。揺れる橋をものともせずに疾走し飛び上がった。バサバサっと羽音がこだまする。最後尾の均蔵めがけて一匹が急降下。暗がりに黄色い目が光る。

 「ふっ」

 均蔵が袂から取り出したのは鎖鎌。間をおかず投ぜられた分銅が雨露でギラリと照らし出されると空中の山天狗は急旋回し逃げようとする。だが足を鎖に絡め取られ羽根をバタつかせてもがくうちに均蔵の手元に引き寄せられた。

 「仲間の仇っ」

 均蔵の鎌が山天狗の首根っこに深々と突き刺さった。先頭の悦花には二匹の山天狗が、揺れる吊り橋の左右から同時に襲いかかっていた。

 「二匹まとめて来ようが所詮は雑魚」

 悦花が構えた大煙管、ぐいと波動を込めると一瞬にして伸び、右手の山天狗の腹を串刺しにした。真っ赤に染まった羽毛が飛び散る。

 「さあお次は」

 左手から迫る山天狗に左足の蹴りを合わせる。だが思わぬ橋の揺れが狙いを狂わせた。空を切る爪先、あざ笑うように上昇する山天狗は吹き矢で攻撃してきた。

 「ううっ」

 悦花の左頬をかすめた吹き矢が突き刺さった橋板はジュウっと黒紫色の煙を上げた。ほんの僅かに先端が触れただけの悦花の頬も焼けたようにただれている。

 「妖毒の吹き矢か」

 次々に放たれる毒矢。背後の夫羅親娘を庇いながら、不安定な足元での戦いは予想以上に苦しい。

 「ええいっ」

 再び悦花が大煙管に波動を込める。淡い光を放って瞬時に伸びる、まさに幻鉱の飛び道具。しかし狡猾な山天狗は予期して飛び上がってやり過ごし、その柄をむんずと掴んだ。

 「あっああっ」

 山天狗が翼を羽ばたかせながら思いっきり引っ張ると態勢を崩した悦花はよろめいた。このままでは橋から転落してしまう。例え強靭な幻怪と言えど、この高さから下の岩肌に落ちたら命は無い。

 「ぐううう」

 さらに引っ張る手に力を込める山天狗との綱引きの様相。悦花は一度渾身の力で煙管の先を引っ張ると、パッと手を離した。

 「クエッ」

 離し際に波動で押し出すと、煙管は伸びたゴムよろしく勢いをつけて縮み、パンッという音を響かせて山天狗に強い衝撃を与えた。

 「調子に乗るんじゃねえよっ」


 挿絵(By みてみん)


 目をまん丸に驚く山天狗に向かって、悦花は躊躇することなく橋板を蹴って宙に飛び上がった。虚を突かれた山天狗の脳天をしこたま強く打ちすえたのは悦花の大煙管。

 「グハッ」

 白目を剥いた山天狗、パッとタンポポの綿毛を散らしたかのように羽毛を舞い散らせながら力無く谷底に落ちて行った。


 「おい姉ちゃん、後先考えなよっ」

 同じく落下してゆく悦花に向かって均蔵が投げつけた鎖の先の分銅を悦花はガッシリと掴み、手繰り寄せられるままに均蔵の目の前に着地した。

 「ありがとうよ、均蔵さん。しかし…」

 悦花の目が鋭く光った。

 「はああっ」

 大煙管の仕込み刃を突出させ大きく振り上げた悦花に、均蔵は頭をぐいと押し付けられた。

 「ひいいっ」

 大きな唸りを上げて振り下ろされた刃は、均蔵のすぐ背後で刀を構えていた四匹目の山天狗の首筋を切り裂いた。


 「油断しちゃいけねえよ、均蔵さん」

 「ふう、全くだ」

 冷や汗を拭う均蔵。

 「そうですっ、みんな油断しちゃ駄目ですっ」

 今度は夫羅に抱きかかえられるようにして守られていた仁美が叫んだ。

 「ああ、そうだなお嬢ちゃん」

 「いや、だから皆さん油断しちゃいけませんってば」

 ますます声を張り上げる仁美の目線は橋のたもと。

 「ん?」

 振り返った一行は顔を青ざめさせた。

 「まずいいっ」

 新たに湧いてきた山天狗の一匹が吊り橋の一端の綱に鋭い爪を立てている。均蔵が慌てて鎖分銅を投げつけようとしたが、一歩遅かった。足元がグラリと揺れ、橋が傾いた。

 「うあ、うあ、うああっ」

 山天狗が綱を完全に断ち切ると、橋は崩落していった。フワッと浮く身体、消える足場。あとは重力に任せるまま下へ下へと速度を増して落下してゆく幻怪衆一行。

 「きゃああっ」

 仁美の金切り声が渓谷中に響く。抱きかかえる夫羅はもろともに落下しながらも、袂から鋼線を取り出して渓谷の切り立った岩壁めがけて投げつけた。

 「ええいっ」

 運よく岩肌から生えた巨木に巻き付いた。鋼線を握る夫羅の右手から摩擦熱で白煙が上がる。なんとかギリギリ河原の巨岩の手前で落下を止めた夫羅親娘は震える足で何とか着地できた。

 「はああっ」

 悦花は落下しながら地面に向かって大煙管を波動の力で思いっきり伸ばした。ズシンという衝撃と共に岩に突き刺さる煙管の先端。

 「ほうら」

 緩やかにしなう煙管はまるで棒高跳びの棒のよう。煙管の湾曲が戻る力で一方の岩壁に足を掛け、ゆっくりと煙管を縮めて軟着陸に成功した。

 「おいっ、ああっ。しまった」

 均蔵は残った橋の綱に向け、鎖分銅を投げつけたがあと三寸届かなかった。

 「ああ、ああ、ああっ」

 くるくると回りながら落下してゆく均蔵。どんどん大きくなって迫って来る地面に背筋を凍らせたその時、腰のあたりに強い衝撃を感じた。

 「もう、まだ逝ってもらっちゃ困るんですから。お父様」

 密かに後を追って岩壁の上から様子を見ていた均蔵の娘・由梨ゆりが投げつけた縄の先のフック状の金具が帯にガッシリと引っかかっていた。

 「危ないから来るなと言っただろう」

 「来なきゃ危なかったのは父さんの方よ」

 「そ、そうだな…」

 やんわりと着地した均蔵は振り返って由梨に向かって叫んだ。

 「こっちは危ないからそこで待ってろ」

 均蔵の横で夫羅が呟いた。

 「ああ、そうだ。ここは危なさそうだからな…」

 辺りを見回すと、幻怪衆を山天狗が取り囲んでいた。そして闇夜の中から不敵な笑い声が聞こえてくる。

 「ふふふ、ふふふふ。ようこそ、幻怪衆とやら」

 ギラリと光った二つの魚眼。頭部は魚類、身体は人間という異形の妖怪が姿を現した。

 「残念だったな、諸君」


つづく

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