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小説幻怪伝  作者: 蝦夷 漫筆
巨大モンスターを討伐せよ~遠州・遠淡海編
61/122

妖気が波立つ真夏の湖

 濛々と立つ煙、なんとも香ばしい匂い。

 「なあ、河童ってのは川魚が好きなんだよな。ウナギは好物じゃねえのかな…」

 大きな蒲焼の鰻を頬張る蝦夷守の問いに、隣で黙々と箸を動かす一刀彫の雅がそっけなく答えた。

 「さあな」


 -遠州・舞阪の宿ー

 遠淡海とうつおうみ、今で言う浜名湖を一望する今切の渡し近くの飯屋にて。

 「せっかく誘ったのに、すすのやつ。新兵器作りだか何だか知らねえが、ここまで来てウナギ食べないなんて、ああ勿体ないったらありゃしない。そう思わねえか、な。一刀彫の」

 静かな湖畔にぽつんと佇むウナギ料理屋に甲高く響く蝦夷守の声。

 「旅にゃご当地の旨い飯は欠かせねえよな、そう思わねえか。なあ、答えろよ一刀彫の。てか飯の時くらいそのでかい笠脱げばいいのに…」

 ふう、とため息をつきながら雅。

 「大きなお世話だっつの。飯ん時くらい静かにしろよ」

 三つ葉が香る肝吸いをゴクリと飲みながら雅が言った。

 「とにかく煤は、また新しいからくり作りに没頭してるんだ。好きにやらせておきゃいいんだよ。ほら、こないだ忍者相手にお披露目したエレキテルを応用して色々実験してるぞ、あいつ」

 「へえ、あの源内先生の珍発明の、ね。江戸でも流行ってるっていうしな。あ、おかわり頂戴」

 米粒を髭にたくさんつけながら二杯目を、と給仕の娘に椀を差し出す蝦夷守。やれやれ、という目でそれを見る雅。

 「そのエレキの力で、銅板に絵や文字を書いたり、空気中のエレキを例の『あんていな』で捉えて文字を送ったり受け取ったりする、なんて煤はうそぶいてたぜ、煤のやつ」

 「ああ、俺も訊いたよ。相対する磁場を合わせてどうのこうの…確か『相場銅あいばどう』とか言ってた。そのうち紙でできた本は要らなくなるぞ、なんて大ボラ吹いてたな」

 「いや煤なら実現しかねんぞ、そのうち相場銅の画面で将棋や囲碁が出来るように、なんて言ってやがったしな」

 雅はすっかりキレイに空になった茶碗をカタンと置いて言った。

 「さ、ぐずぐずしちゃおれん、煤が潜水艇で待ってるんだ。俺たちも行くぞ」

 給仕の娘が持ってきた茶をぐいと飲み干す。

 「ああ、そうだ。この前の貸しがあるから、ここは蝦夷の支払いな」

 口いっぱいに頬張った鰻丼を喉に詰まらせそうになりながら蝦夷守が言い返した。

 「ちょ、ちょっと待てって。貸しがあるのは俺の方だっての」

 振り返ろうともしない雅。

 「いいや、俺がお前を助けたのが十三回。お前に助けてもらったのが十二回。だから俺の一回貸し」

 「違う、違うって。ほら筑前のムジナ騒ぎん時ゃお互い様だから貸し借り無しって話になったじゃないの」

 「いやそれじゃない、俺が言ってるのは下総の…」

 耳を貸そうとしないままにさっさと店を出た雅。それを追い掛けようとした蝦夷守はちょっとコワモテの店主にがっちり腕を掴まれ、二人分を払う羽目に。

 「ああ、おかわりなんかするんじゃなかった…」


 加納城下での尾張柳生一党との死闘ののち、一刀彫の雅と蝦夷守、煤の三人は遠州に足を向けた。

 密偵・夫羅からこの地で闇のパワーが急激に増大しているとの報告を受けてのことであった。実際に最近この付近で妖怪絡みの不審な事件も相次いでいる。潜水艇・河童丸は洋上に緑色の船体を露わにしていた。

 「精が出るな、煤。まだやってんのか、ちょっとは休まねえと」

 加納の戦いで受けた損傷を修復するついでに改良を加えさらに性能が向上した河童丸。その天蓋を開けて入って来た雅を振り返る煤。

 「休んでる時間がもったいないですからね。ほら、見て下さい、この相場銅」

 絵草子ほどの大きさの平たい銅板の上に文字や絵が浮かんで動き出す。

 「ほう」

 さらに銅板上に現れた呪文のような記号を煤が指で操って見せた。

 「ほら、こうすれば地図にもなる」

 「へえ」

 感心するばかりの雅。銅板上で指を操り地図を動かし、遠淡海を空から見た図、その湖底の様子まで映し出して見せた。

 「あんていなと電波の力でここまで見えるんですよ、すごいでしょ。それにしても…」

 再び天蓋が開いて、いそいそと蝦夷守が入って来た。

 「ますます鮮やかな緑色に塗りやがったな、河童丸。せっかく直したってのにまたこの色か。あ、それが例の相場銅か」

 睨み上げながら煤が答えた。

 「またこの色、なんて余計ですっ。ええ、相場銅、見て下さいよほら」

 「ん?」

 覗き込む蝦夷守が首をかしげる。

 「なんだ、この湖で点滅してる赤いのは」

 「ああ、これ。これです。この赤い点が闇の波動、平たく言えば妖気ってやつ。やたらウヨウヨ妖気がうろついてやがる、この湖。さらに湖の北にはとんでもない大きな妖気が存在してますよっ」

 「ほう」

 「へえ」

 ニヤリと笑って顔を見合わせる雅と蝦夷守。

 「楽しみじゃねえの。腕が鳴るね」

 「ああ、震えがくるね。ああ、よだれが垂れちゃう」

 鼻息の荒い二人を見て眉をひそめる煤。

 「これだから血の気の多いひとたちは…」


 河童丸・改は、船体横の穴から放水しながらゆっくりと潜行、葉月のぬる水の中を遠淡海を北上していった。

 かつて弁天島が陸続きだった頃と違って今は潮の匂いがまるで海を思わせる。多くの藻が揺れる湖底では船体の緑色はちょうどいいカムフラージュになっている。

 「いい眺めだねえ」

 丸窓から見える夏の淡水魚の水中ショーに目を奪われる雅と蝦夷守。煤は一生懸命に相場銅を見ながら船を操舵する。

 「目立たないようにギリギリ湖底を進みたいんだが、水深が浅いな…」

 センサーからの情報が相場銅に映し出される。幾つかの岩礁の間を抜ける間もスピードを落とさない。

 「どんなもんだいっ、さすが天才・煤さまだ」

 自画自賛しながら河童丸を北西コースに進ませる煤が、相場銅の画面を見て大声を上げた。

 「ここだっ」

 遠淡海の北の端にくびれて存在する猪鼻湖いのはなこ、ここに大きな妖気が漂っているのがハッキリと画面に映し出された。

 「ほら、ほらここっ。わかりますか、お二人さんっ」

 「…」

 無反応。

 「見えるでしょ、ほらほら」

 「…」

 二人を振り返った煤は呆れ顔。

 「てか、起きて下さいって」

 名物の鰻でお腹がふくれた二人は快適な「水中のゆりかご」のなかで淡水魚ショーを見ながら昼寝モードになっていた。

 「もうすぐ敵が来ますってば。もう」

 「…」

 「ふうん…」

 ニヤッと笑った煤は懐から取り出した小さな筒を、スヤスヤ夢の中の二人の首筋にあてがって小さなスイッチを押した。

 「ぎゃああっ」

 小型エレキテルからの電撃に全身をぶるっと震わせた二人が飛び起きた。

 「痛えっ、なんだ、何しやがるっ」

 「敵が来ますよ、って」

 「最近俺たちに対する扱いが乱暴になったような…」

 「まあ、とりあえずお二人さん、ほら見て下さいな」

 目をパチパチさせながら寝起きの二人が相場銅を覗き込む。

 「な、なんだこりゃっ」

 二人は同時に驚きの声を上げた。陸地に囲まれた入江に大きな影が見える。まるで巨人が横たわっているかのよう。

 「只者じゃない…」

 煤が低い声で呟き、方位磁針を見ながらゆっくりと舵を切ろうとしたとき、ズシンという衝撃が船体に走った。

 「う、うあっ」

 三人は大きく揺れる河童丸の中で身体をよろめかせた。

 「岩にでも当たった?」

 丸窓を覗き込んだ蝦夷守は、水中からこちらを睨みつける恐ろしげな顔と目が合った。

 「オ、オニっ。オニが出たあっ」

 

 潜水艇・河童丸はすっかり囲まれていた。牙を剥き出しにして金棒を振り回すオニたちが遠淡海の水中で三人を威嚇している。

 「浮上、浮上っ」

 煤が操舵棹を引き上げた。船首はぐいっと上を向き、湖面がにわかに泡立つ。白波のしぶきの中、緑色の潜水艇は水を大量に吐き出しながらその姿を水面上に現した。

 「ああ、水鳥たちがビックリして飛んでいきやがった」

 「雅さん、そんな呑気なこと言ってる場合じゃないですって」

 煤が慌てながら叫んだように、水中のオニたちも河童丸にしがみつきながら同時に浮上、早速船体のあちこちに金棒を叩きつけはじめた。ガキンガキンという金属的な音が船内に響き渡る。

 「っるせえな」

 耳を塞ぎながら蝦夷守。

 「寝起きだっつうのに。うぜえんだよ」

 天蓋を開け甲板へ出ると、オニが寄ってたかって船体を破壊しようと金棒を叩きつけている。

 「水棲のオニってのもいるんだな」

 波立つ様はまるでピラニアが獲物に群がるかのよう。河童丸自慢の分厚い装甲もさすがにオニの強打に若干のひび割れを生じ始めた。

 「ちっ、穴があいたら沈んじまうだろが」

 雅はペッと唾を吐き捨てながら愛刀・崇虎を抜いた。

 「その手がいけないんだな、お仕置きだ」

 文字通り虎の文様の如く波打つしのぎを夏の陽光にキラリと反射させながら、甲板のヘリをさっと走り抜けた雅。

 「ぐああっ」

 野太い悲鳴とともに、甲板によじ登ろうと船に群がるオニたちの腕は次々に斬り落とされ湖に漂う。しかし次々に水中からオニが現れ手を伸ばしてくる。恐怖など微塵も感じている様子はない。

 「懲りぬ連中だ」

 雅は菱糸巻ひしいとまきの柄を握る手に力を込める。崇虎の切っ先が円を描くようにキラキラと光る。

 「ぶはっ、ぐああっ」

 船の周りの水しぶきは、どんどん赤色に染まってゆく。


 「もっと右、右だって。違う違う、反対だっての」

 船尾では、備え付けの大きな筒の照準装置を見ながら蝦夷守が叫んでいた。筒の角度調整ハンドルを動かしながら煤が答える。

 「いや、風の流れからしてそれじゃダメですってっ」

 「俺がいい、っていったらいいのっ。射撃に関しちゃ俺の方が専門だ」

 「機械はあっしの専門です」

 「機械より狙いが大事なのっ」

 「機械をちゃんと知らないと狙いが定まらないのっ」

 言ってる間に水面をオニが飛び出して襲ってきた。

 「早く、早く撃ってっ」

 「あれ、あれっ。引き金は弾いたんだが…」

 次々甲板によじ登ってくるオニたち。船尾で筒を構える煤の目の前で大きな金棒が振りあげられた。思わず腰を抜かして倒れ込んだ煤。

 「ひいっ」

 パンッと大きな破裂音。蝦夷守のフリント銃が火を噴いた。眉間に大きな穴を開けながら吹っ飛んで水中に落ちてゆくオニ。

 「煤、お前さんのこの大砲、使いものにならねえじゃねえか。今のは一つ、貸し、な」

 「何言ってるんですか、蝦夷さんの使い方が間違ってるんですって」

 起き上がって苦い顔をしながら照準盤に駆け寄る煤。

 「ほら、そもそもここの設定が間違ってるんですって。もう」

 煤は何やら砲弾の装填用の器具をあれこれといじって組み換えた。ガチャンガチャンと筒の内部で音がする。

 「ん?」

 取扱説明書をひろげて覗き込む蝦夷守、煤が赤線の部分を指差して呆れたように言う。

 「ほら、ここです。こんな時は通常砲弾でなく、って書いてあるじゃないですかっ」

 そんな間に大勢のオニが船尾の甲板によじ登って近づいて来ていた。蝦夷守が気付いて指をさす。

 「あ、あれ…」

 「あわっ、ああっ、しまった、しまった」

 慌てる煤の背中をドン、突いた蝦夷守。押し出されるように、オニの群れが眼前に迫る大筒の砲身の横へ。

 「たのむぞ煤、筒は十一時四十五分の方向、仰角二十度っ」

 「そ、そんな適当なっ。第一、間に合いませんって…」

 「お前ならできるっ」

 「もうっ、無責任な…」

 煤がハンドルに手を掛け必死でグルグルと何回転か、そしてひきつった顔で振り返って頷いた。

 「発射っ」

 蝦夷守が点火用の引き金を思いっきり引いた。筒の先から強烈な爆風と共に煙を上げて飛び出したのは大きな網。空中でパッと開き、船に群がるオニたちを文字通り、一網打尽。

 「すげえ、すげえな。さすが煤、お前さんは天才だな」

 「もう、冷や汗もんだったじゃないですか…」

 気が抜けたように座り込む煤。ようやく遠淡海の水棲オニたちは彼らの前から消えた。幻鋼の強靭な網にとらわれてもがくオニたちを残して。

 「おお、恐ろしいこっちゃ。まだ牙剥いて威嚇してやがる、あいつら」

 「ほう、たいした装置だな」

 刀を納めながら船尾にやってきた雅が言った。

 「網に入れたままどっかに括りつけて沈めておくか」

 「はは、養殖の帆立みたいだな」

 「そうだ蝦夷さん、オニの口んなかに貝殻でも入れておいたらそのうち真珠が収穫できるかも知れませんよ」

 「おお、そいつあいい…しかし、取り出すときがコワすぎるな」

 

 やっと、夏の湖が本来の平穏を取り戻したかに思えた。

 「あれ、蝦夷さん、そういえば」

 蝦夷守の頭を煤が見上げた。怪訝そうに頭に手をやる蝦夷守。

 「あ、あれっ。そうか、さっきの大筒の爆風で…」

 キョロキョロと見回し、ゆらゆらと揺れる湖面を指差した。

 「あんなところに。風で飛ばされたんだな、大事な烏帽子だ」

 刀の柄で手繰り寄せようとするが、どうも一寸届かない。船尾のヘリまで出て、柵に掴まって身を乗り出す。

 「ちっ、もうちょっとだっつのに。あ、あっ。あわ、わわわっ」

 蝦夷守が大きくバランスを崩したのは足元が滑ったからではない。

 「な、なんだっ」

 煤も目を見開くほどの大きな波が突如出現したからだった。船体は大きく揺さぶられ、蝦夷守は湖に落ちた。

 「ぶあっ」

 この一波で終わりじゃない。もっと盛り上がった大きな波頭が天に向かって伸びてゆくのが見えた。

 「これに掴まって」

 煤が投げてよこした浮き輪にしがみついてやっと回収された蝦夷守は煤、雅とともに急いで船内へ。

 「ちくしょうずぶ濡れだ。また運転ミスか、煤め」

 「また、って何ですか、また、とは。今まであっしは一度だって…」

 言い合う二人を横目に、雅が相場銅の画面を覗き込み息を飲んで言った。


 挿絵(By みてみん)


 「みろ、とんでもない怪物がいる」


つづく

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