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小説幻怪伝  作者: 蝦夷 漫筆
光の届かぬ場所で
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闇が、光をうかがう時

 冥界の中央に建つ宮殿、冥府。次元崩壊が進行し消えゆくこの冥界の住人たちは新天地を求め現世の侵略を企てている。

 荒廃し群雄割拠だった冥界は、深遠なる宇宙意思、闇の御前を皇帝に据え「冥界帝国」として総統・閻魔卿の恐怖統制の下に団結し、現世の完全破壊と新秩序創造に向かって邁進していた。

 しかし冥界の最高議会たる冥軍院において、幹部の中に内通者がいる、との報告が閻魔卿の側近、司命しみょうから告げられた。


 「裏切り者がいるのかっ」

 太古の昔から弱肉強食の摂理を一貫している冥界においては策略は日常茶飯時、裏切りもまた生き残るための戦略とも言える。だが現在の閻魔卿が独裁恐怖政治を始めて以来、反乱分子は極端に少なくなっていた。閻魔卿の力があまりに強大であることがその理由であるが、こういった内通事案をいち早く察知し得た帝国当局の管理支配能力も一役買っているに違いない。

 「裏切り者は、この冥軍院の中にいる」

 騒然となった議事堂内。閻魔卿統治下にあっては、たとえ真実であろうと無かろうと疑義は処罰の対象であり、つねに処罰とは厳罰すなわち死を意味する。その場の誰もが恐怖に心凍らせた。

 司命の声が喧騒を切り裂いた。

 「将官、座毘断ざびだん、観念しろ」

 どよめきはさらに大きくなった。

 「貴殿は他二名と共謀して人間たちと内通、冥界の機密事項を漏洩する代わりに戦時の己が身の保証を約束させるという取り引きを行ったかどにより…」

 「待てっ」

 円卓に立ちあがった座毘断が叫んだ。

 「違うっ、俺は人間の仲間を装って現世に入り込み内部から弱体化させようと…」

 「この期に及んで見苦しいぞ、座毘断。お前は人間との合いの子、当初から現世破壊には懐疑的であったことは議事録より明らか」

 ヌラリヒョンが強い口調で断罪する。

 「さらにお前が統率する飛行艇部隊の機密は現世の河童族を介して幻怪衆に漏洩した。彼らが使いだした気球艇がまさにその産物。もう言い逃れは出来ぬ」

 立ちつくす座毘断の周りを親衛隊の黒鬼たちが取り囲む。

 「俺は、俺は…」

 冷や汗が額から頬に流れ落ちる。そうっと右手を腰の剣の柄に伸ばした時、ガタンと大きな音とともに議事堂の大きな石造りの扉が開いた。振り返った座毘断は息を呑んだ。

 「お、お前たち…」

 ゆっくりと入ってきたのはヌラリヒョンの部下、朱乃盆しゅのぼん。大きな一本角が生えた真っ赤な顔の血管を怒張させ鼻息も荒く言い放った。

 「共犯二人、揖斐龍いびりゅう餓武羅がぶらは既にこの俺が魂を抜いた。もはやお前に味方はいないぞ、座毘断」

 両手にはぐったりとしなびた二人の亡骸が引きずられていた。

 「くっ、うううっ」

 座毘断が真に裏切り者であったかどうかは本人のみぞ知るところ。だが寝食を共にしてきた仲間の無残な姿を見せられた今、座毘断は帝国に対する怒りの感情が全てを上回っていた。

 「おのれえっ」

 気付いた時は自慢のサーベルを抜いていた。殺到する親衛隊の黒鬼たちを一人、二人と倒す。得意の一文字構えからの剣術は他の誰にも真似できない完成された攻撃術。他の円卓の幹部たちが突然の事態にあたふたする中、ゆっくりと立ち上がったのは、それまで会議をじっと静観していた閻魔卿。

 「見苦しいぞ。ここは議場、闘技場に非ず」

 座毘断に向けてかざした左掌から真っ黒い波動の塊が飛び出した。

 「うああっ」

 強い重力を擁する波動に包まれて絶叫する座毘断に向かって閻魔卿は言った。

 「疑わしきは、罰す」

 糸を引くように繋がる稲妻の筋を操る様にぐっと左手を握り締めると、座毘断は一瞬にして全身が粉々に砕けて跡形もなく消え去った。


 挿絵(By みてみん)


 静まり返った議事堂。

 「和を乱す事は許さぬ」

 閻魔卿の声が響く。

 「冥界にとって今より他に好機はない。幻怪が絶滅し、現世の人間たちは己が力に酔い気が緩んでいる。長らく戦乱の渦中にあった我が冥界の力が結集した今こそ、勢力地図を塗り替える時」

 再び玉座に腰かけながら一同の顔を、その真っ赤に光る目で見渡す。

 「現世の完全破壊と新世界の創造、これは俺一人の意思では無い、我は単なる預言者に過ぎぬ。この冥界そのものである皇帝、闇の御前の意思なのだ。何人も逆らうことは許されぬ」

 裏切り者への粛清、その恐怖に凍りついたのか、物音ひとつ立たない静寂の時が流れる。思いだしたように閻魔卿は顔色を変えることなく言った。

 「さあ、会議中だ。続けて」

 「は、ははっ」

 直立不動のヌラリヒョンが目配せをし、司命が引き続き資料を読み上げた。

 「かねてよりの懸案事項である『願いの破片』に関しては総数六つのうち現在五つが幻怪衆の手に渡っております。最後の一片は人間の組織、尾張柳生の一味が持っている事が判明しました。ただし先日の美濃國・加納の戦いで尾張柳生組織は崩壊、首領の雲仙が持ち逃げしたとの情報が密偵よりありました。雲仙の行方は判っておりません」

 「雲仙…あの男か。で、どうする?」

 閻魔卿の問いにヌラリヒョンが答えた。

 「雲仙は波動封じを会得しているゆえ容易には探し出せません。しかし、波動の力で時空を超えて物事を見通すという伝説の鏡が存在するとの情報が入りました。まずはそれを探し鏡の力で、雲仙と破片を見つけ出します」

 閻魔卿がニヤリと笑った。

 「ほう、幻魔鏡げんまきょうのことか…」

 「ご存じで」

 「ふふ、かつてその鏡の力で何万という冥界の住人たちが非業の死を遂げた。幻界大戦げんかいのおおいくさで幻怪たちが切り札の一つとして使ったのだ。だがあの鏡は粉々に割れてしまったはずだが?」

 「さすが閻魔卿、よくご存じで…しかしながら後年、幻魔鏡の復元に成功した人間がいるとか」

 頷く閻魔卿。

 「ほう、もしそれが本当なら使える。使えるぞ」

 「武蔵國の純幻鉱の鉱脈から作られた、と言われますが、それを三河あるいは木曽路に持ち出した者がいる、とも訊いております」

 「探せ、探し出せ」

 閻魔卿の強い口調。ヌラリヒョンは早速指示を出した。

 「関東一円の捜索は川天狗たちにやらせる、九尾狐が指揮を取れ。三河周辺は、のた坊主に探索をさせろ、こちらは両面宿儺りょうめんすくなが主導せよ、古井こびの天狗たちを使うがよい」

 さらに司録の資料をサッと手に持ち目を通すと指示を続けた。

 「兵力がまだ足りない。酒呑童子、オニを増産せよ、今の倍は必要だ。各地の部隊はそれぞれもっと現世で暴れよ、そして人間たちから恐怖や憎悪、失望や悲しみ、憤怒を引き出せ。負の波動を集めるんだ」

 「そうだ、負の波動がまだまだ要る」

 閻魔卿が頷きながら言った。

 「負の波動を集めた超破壊兵器・暗黒の怨球。これは言わば波動のブラックホール。完成した折には、現世の次元の裂け目に投じ爆発させる。現世は消滅し冥界の一部となるはずだ、ふふふ」

 「さあ、これにて閉会だ。各自冥界に忠義を尽くせ、吉報を待つ」

 ヌラリヒョンの声で、集まった冥界の名だたる妖怪将軍たちは退出しさらなる戦闘準備に取り掛かった。


 「ところで…」

 一人残ったヌラリヒョンが閻魔卿の耳元で囁いた。

 「現世に放った諜報員から、あの鵺姫の子が生きているという情報が…」

 「いや、ウソだ…」

 閻魔卿は首を横に振った。

 「鵺は、腹の子とともに死んだ。あの忌まわしき幻怪殿の崩落とともに波動の塵となった…」

 「しかしながら、黒河童の一人がそう証言を。彼らの仕事に間違いはないはず」

 「見紛えたのだろう、あの状況で生き残れるはずもない」

 背中から強い妖気を発しながら否定する閻魔卿。ヌラリヒョンはしばし間を置いて言った。

 「例の、黒の勾玉の欠片を首から下げた者がいる、と。強い波動の持ち主だと」

 振り返った閻魔卿はやや声を荒らげる。

 「そうだろう、もしそれが本物の黒の勾玉の半分なら、相当な波動を持った者でなければ自分の身が持たぬはず」

 「はい、近年そう目にかかれないほどの潜在能力を持つとか…」

 「もしその者が味方なら、これほど頼もしい部下はおらぬ。もし敵なら、最大の脅威になるであろう」

 口ごもるようにヌラリヒョンは伝えた。

 「幻翁の、弟子です…」

 二度、深いため息をついた閻魔卿。

 「消せ」

 「しかし…」

 「二度は言わぬ。災いの芽は摘まねばならぬ…」

 深々と一礼したのちヌラリヒョンは冥府暗黒の間を後にした。

 「鵺姫の、子か…」

 閻魔卿は足になつくケルベロスの頭を軽く撫でると、胸元に下げた首飾りをそっと握った。


つづく

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