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小説幻怪伝  作者: 蝦夷 漫筆
光の届かぬ場所で
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冥府に集いし者たち

 見えるもの、触れられるもの、聞こえるもの。実体として存在が確認できないものを「存在しない」と考えることは合理的であるが、たかだか人間の五感のセンサーでは到底とらえきれないものが存在するという考えももまた合理的である。

 よく言う「異界」とは遠く離れた別世界を想像するが、実は身近に、まるで現世に重なるように在って互いに何らかの影響を及ぼし合っているのかも知れない。


 二十世紀に入ってようやく、シュレーディンガーらが確立した「波動力学」は「物質はすべて波動の性質を持つ」と謳いやがてマトリックス力学と融合し今日の科学の基礎たる量子力学に至った。やがてスーパーストリングス理論の登場で「世界が波動から出来ている」ことが確信されたが、それは同時に人類にマルチバース宇宙=多元宇宙の存在を気付かせた。

 我々が暮らす現世が、より高次元の宇宙の海に漂う膜宇宙のひとつであり、その始まりが二つの親宇宙の衝突に伴うビッグバンであったとするならば、百三十七億年を経た今も、一部現世と共通の物理法則を有する二つの親宇宙が引っかかる様に並行宇宙として寄り添っていても不思議は無い。


 より高次元の世界の住人が容易に低次元の世界に足を踏み入れることが出来るのは「折りたたんだ紙」の逸話を持ち出すまでもなく自明であるが、この現世に足を踏み入れた高次元の住人たちは古の時代から大きな影響を与えてきた。二つの親宇宙から「次元の壁」を乗り越えてやってきた彼らは、もしかしたら「神」や「悪魔」あるいは「エイリアン」などと称されたかも知れない。ともあれ彼らは、新しく誕生し様々な元素という「物質」に富んだ現世を自分たちのものにしようと目論み、争った。

 「神々の戦い」あるいは「神と悪魔のせめぎあい」は、しかし一方的な見方とも言える。


 気の遠くなるような長い年月の闘争を経て、今の現世は「光」の波動を主とする世界の住人の支配下にあると言っていい。光合成に端を発する有機体のエネルギー循環システムが構築され、住人たちはもはや遺伝子レベルで「光」を崇拝する性質を植えつけられているが、それは現世の住人たちがすでに「光波動」の洗脳下にあるに過ぎない。もう一方の波動エネルギーを「闇」と称し忌み嫌うように操作されたプログラムに準じているだけのことである。

 光波動の種族と闇波動の種族、どちらが正義か悪かなどというレッテルは勝者の言い分であって壮大な宇宙にあってそんな陳腐な看板は意味を為さないが、とにかく両者は物質資源の豊富な現世を巡って争ってきた。それには、ビッグバン以来二つの親宇宙、すなわち今では「幻界」と「冥界」と呼ぶ二界がゆっくりと、しかし確実に崩壊を続けているという背景があった。

 現世に新天地を求める二界の住人、幻怪と妖怪の激しい戦いの爪あとは各所に残っている。隕石による攻撃が残したクレーター、そのバリアとしての大気層、現世を支配するための番犬として生み出された恐竜族とその失敗や、冥界が支配し光を閉ざした幾度かの氷河期。


 両者に生き残る意思とも言うべき本能的な衝動を与えたのは一体何者か。それは高度にネットワーク化された情報伝達網がやがて「知能」として機能するようになるのと同様、宇宙に渦巻くエネルギーの物理法則という極めて複雑で高度な相互ネットワークが持ち得たとでも言わざるを得ない深遠なる宇宙意思。人知を超え、実体さえ持たない宇宙全体の物理ネットワークの巨大な脳が、全ての物事の方向付けを行っているに違いない。


 二つの宇宙の衝突は、二つの宇宙意思の衝突。この時から存亡を賭け自分たちを守るために戦う事が、幻界と冥界に運命づけられた。やがてそれは新天地・現世の支配権をめぐる争いに留まらず、直接二界が次元の壁を乗り越え戦う事態にまで発展した。

 幻界と冥界の戦争の結果、二界の衰退はいっそう加速した。とくに幻怪は数える程の生き残りを残して絶滅し、やがて現世に蔓延りまるで己が支配者であるかの如く振る舞い始めた種族・人間に紛れて生きることを余儀なくされた。この期に乗じ、かつて幻界との戦いに破れ猛者が乱立する無法地帯と化していた冥界は一致団結、現世の一斉破壊による幻界支配の一掃を企てその牙を砥ぐ。


 冥界は現世地球のおよそ半分ほどの大きさの有効空間を持つ次元世界だが、辺境部から徐々に崩壊し縮小が続いている。その要因の多くは最も奥まった部分にあって次第に大きさを増すブラックホールの存在である。宇宙衝突時に発生した小さなエネルギーの渦は少しずつ冥界と幻界を蝕み、やがて訪れる次元世界の完全崩壊に向かって確実に突き進んでいるように見える。「死の淵」と呼ばれる事象の地平面はかつて隆盛を誇った冥界の都「魔都ダティエンヴァ」を呑み込み、冥界の力の象徴であった大神殿も死の淵の向こう側に消えた。さらにその後起きた大規模な戦乱の爪あとが未だ生々しく残る冥界の中央に「筆頭卿」閻魔が建設した都「冥府」が存在する。



 黒い霧に霞む中、全体が見渡せない程遠くまで伸びる黒曜石の城壁を取り囲む堀を流れる赤黒い流体は灼熱の溶岩。時折オレンジ色の泡をはじけさせ小さな稲妻を発している。熱気と湿気と腐敗臭、さらにむせかえるような妖気が覆い尽くす中にそびえ立つ漆黒の要塞へ入るには、正門の前に掛けられた魔鉱石の跳ね橋を渡る必要がある。

 「入場許可の手形を」

 物々しい武装に身を包んだ閻魔卿の親衛隊「黒鬼」たちは、相手が名だたる妖怪であってもその高圧的な態度を崩したりしない。入念なボディチェックを受け、次々に将軍クラスの妖怪が冥府に入場していった。


 挿絵(By みてみん)


 「総統閣下、全員揃いました」

 私室で番犬ケルベロスに餌の人肉を与えていた閻魔卿を呼びに来たのは冥界帝国軍参謀総長である将軍ヌラリヒョン。

 「早速開会を」

 黒いマントを翻しながら鉛色の巨大な扉を親衛隊に開けさせ、閻魔卿が冥府・暗黒の間の議事堂に現れた。一同に緊張が走ったことは、会場の妖気が大きくうねりを見せたことでも判る。

 「ただ今より、臨時の冥軍院本会議を…」

 ヌラリヒョンの言葉を遮っった閻魔卿。

 「形式ばった手順はこの際要らぬ、本題に入れ」

 「は、はっ…まずは戦況報告を」

 ヌラリヒョンが円卓の右横に座した司命しみょうに目配せをすると、司録しろくから資料を受け取って読み上げた。

 「ご報告申し上げます、前回の本会でも取り上げましたが、南海作戦は一部大規模な地震を発生させるに成功するも当初の目標完遂せず、西方天狗大隊は壊滅し崇徳将軍は戦死なされました。事後処理には同作戦に関与した紀州の一つ目入道が当たっております。泰広しんこう卿の調査により、近年現世で力を持ち始めた幻怪衆なる者どもの動きを読み誤った事が作戦不成功の主たる要因と判明いたしました」

 淡々と読み上げる司命にヌラリヒョンが問うた。

 「誰が、読み誤ったのだ?」

 「はっ、幻怪衆の讃岐到着を三日ほど遅く見積もったのは現世駐在の情報部であります」

 「誰が責任者か」

 「山城支部分析官の算盤坊主の曹念そうねんという者が…」

 ヌラリヒョンは、小さく首を横に振る閻魔卿を横目に見ながら親衛隊の黒鬼に告げた。

 「次に失策を犯した場合に命は無いと伝えよ。また今後は現世の情報分析官には補佐として素盞嗚すさのおの社にいる算盤坊主をつけるように。よいか、我が冥界帝国に二度の失敗を許す優しさは無い」

  水を打ったように静まる議事堂。全員の顔色を窺うように、再び司命が資料を読み上げた。

 「続いて、かねてより一部で囁かれていた内通者に関して…」

 場内がざわめき始めた。

 「内通者だと?」


 つづく

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