柳生特殊部隊の猛攻
美濃国・加納城下、荒田川の河川敷で繰り広げられる「モノノケ狩り」尾張柳生忍者部隊と幻怪衆。
罠を仕掛けた尾張柳生に罠で対抗した幻怪衆は、尾張柳生の頭領、柳生雲仙の息子、鴎楽の裏切りも手伝って人質を奪還。
からくりの裕が放った煙幕弾で混乱する中、一刀彫の雅が忍者部隊と激しく戦っていた。
尾張柳生きっての刺客、赤獅子と青獅子の兄弟を倒した雅の前に、新たな敵が出現した。
「命が惜しくば、だと…」
ザザッと地中から飛び出したのは四人。
「我ら命が惜しくなどは無い。お前らの息の根を止めるまでは、な」
彼らは、迷彩色の忍者服をたなびかせ、それぞれの手からシューシューと煙を吹き上げながら雅を取り囲むようにしてぐるぐると回り始めた。
「尾張柳生、死神四人衆とは俺たちのこと」
どうやら催涙ガスの類を袖口から噴出する仕掛けのようだ。次第に雅の目が刺激され、開けているのが辛くなってくる。
「姑息な…」
「まだまだ」
死神四人衆は雅の周囲をまわるスピードを徐々に上げた。
「一体何を…」
どんどん回転が激しくなる。すると一人が二人、二人が四人…迷彩服に身を包んだ忍者たちが増殖してゆく。
「分身の術。お前は虚空を斬ることになる」
「なにっ、なんだっ」
目をキョロキョロさせる雅の背後から一人が襲いかかった。研ぎ澄まされた忍者刀で真っ直ぐ後頚部を突きにかかる。
「ううっ」
気配で察した雅がギリギリで身体を沈めて避けた。音も無く切断された髪の毛がはらりと落ちる。
「むうっ」
その髪の毛を再び舞い上げて今度は右横から忍者等の切っ先が光る。飛び上がってやり過ごした、と思ったらすでに上空にも敵。崇虎を抜いて袈裟がけの忍者に刀を合わせる。
「速いっ」
人間技とは思えぬ素早い攻撃が次から次へと雅を襲う。八方から予測不能な攻撃の数々に、雅の額にも汗が滲む。
「そこかっ」
今度は先手。しかし斬り込む寸前で敵の姿はまるで霧のように蒸散して消えた。ブンと空気を唸らせて振り下ろした刀の重みに体制が崩れる。
「こ、虚空を…斬るとは…」
死神四人衆の分身の術に翻弄されはじめた。どれが実体か見ただけでは判別できない。催涙ガスの霧の中、ジタバタと後手に回り防戦一方に陥った。
上空、今度は左、そして背後から、容赦なく鋭い切っ先が伸びてくる。かわすのに精一杯。やっと捉えたと斬りつければことごとく霧のように消えてしまう。
「霧?」
「さあ、そろそろ仕上げだ。いくぞっ」
四人衆が声を合わせた。雅の周囲を囲む半径がぐっと小さくなり回転速度が急激に増した。無数の光る切っ先が霧の中に顔を出し、雅の身体中を切り刻もうと迫る。
「ええいっ」
雅は浪人笠をサッと脱いで前にかざすと、忍者たちの回転に逆らうようにその場でぐるぐると回り始めた。
「やはり」
手に波動を込め空気を揺るがしながら。すると分身の術で増殖したはずの忍者たちの一部の影が薄くなり、揺らめき、消えてゆく。やがて敵はもとの四人に戻った。
「催涙煙幕に水蒸気と高反射粒子を混ぜ、そこに三次元映像を投影するとは。上手い仕掛けよ」
「よくぞ見破った。だがお前の窮地に変わりはないっ」
四人衆は同時に前後左右から雅を目がけて飛びこんだ。逃げる出口は、塞がれた。
「いや」
雅は後方に笠を思いっきり投げつけた。内張りに幻鋼が仕込んである笠だけに重量も相当なもの。投げつけられた四人衆の一人は顔面を強打し倒れ込んだ。
左右からの斬り込みには二本の刀をそれぞれ合わせて食い止め、正面から喉元目がけて突いてきた刀を、身体を捻ってやり過ごしながら真っ直ぐ蹴り上げた足で敵の顔面をとらえた。
「俺に窮地など無い」
そのまま両手首に力を込め、左右の敵の刀をパーンと弾き上げ宙に浮かせた。その瞬間、雅はくるりとその場で一回転。二刀の軌跡が光の円を描く。甲高い金属音が連続して響いた。
「うがああっ」
足の腱を切られてうずくまる四人衆。忌々しそうに見下ろした雅。
「もう一度言おう。命が惜しくは今後我らに刀を向けるな」
倒した忍者たちぼ呻き声を背に雲仙のいる本陣へ向かって荒田川の河原をゆっくり歩を進める雅。
「ほう」
尾張柳生の精鋭たちの攻撃はまだ終わらない。
「火焔の六人衆、参上っ」
白藤色の分厚い忍者服が陽光に照らされ銀色に輝く六人が突如出現した。河原の丸石が転がる地面と同色の布でカムフラージュして身を隠し潜めていたようだ。
「秘技、火焔殺法を受けてみよっ」
六人はサッと雅を取り囲むと、胸元で独特の印を結んだ。なにやら呪文を唱えるとそれぞれの手の先から勢いよく火焔が飛び出した。さらに火焔瓶を投げつけ雅の周囲に次々と火柱を立たせる。
「人外、死すべし」
「火忍…か」
雅が驚いている間にも六人衆は円形に取り囲んでジリジリと詰め寄ってくる。濛々たる黒煙の中で噴出される火焔はますます勢いを増す。
「われらが忍術、火焔殺法を受けて生き延びたものはおらぬ。それは幻怪とて同じ事」
「う、ううっ」
雅の浪人笠の先がプスプスといぶられて黒く焦げ出した。中の弦鋼の内張りも赤く、熱くなってきた。今度は冷や汗だけじゃない。このままでは灰も残らぬほどにされる高温。
「どうだ、モノノケめ。苦しむがよい、今まで人間たちを苦しめてきた報いだっ」
炎の揺らめきごしに見える覆面の奥、六人衆の目があざ笑う。炎の中でうろたえる雅。
「ちっ、人間のくせに手から火を放つだと…それにしてもどうやって切り抜けるか…」
「逃げ場などないぞ、観念せい」
ついに、突き出した崇虎と紊帝、両刀の切っ先が赤く変わって来た。これほどまでの灼熱とは。六人衆はさらに呪文を唱える声を張り上げ、円陣で詰め寄ってくる。
「さあ、死ねえいっ」
火焔の勢いがさらに増した。河原の石さえも真っ赤に変色させ融解させるほどの激しい炎が直接、雅の身に。
「ぐはは、追い詰めたりっ、いよいよ幻怪にトドメを刺すぞ、さあっ」
その時。
「ん、な、何だっ」
にわかに、荒田川の水面がぐぐっと持ちあがった。激しい水しぶきをあげ、ザザーッという音が六人衆たちを振り向かせた。
「あれは、あれは…クジラかっ」
否、若緑色に染め上げられた金属製の潜水艇が浮上してきたのだ。
「さて」
突き出した艦橋の横にある天蓋を開け、ひょいと顔を出したのは幻怪衆、河童の煤。
「あらよっと」
サッと甲板に上がり、備え付けの大きな竹筒を構えた。
「さあ、火には水。水は河童の専門分野ってな。さあ、行くぞっ、それいっ」
ニヤリと笑みを漏らしながら叫んだ煤の持つ竹筒からは、強烈な勢いで水柱が発射された。
「な、なにいっ」
その勢いの強さに、直撃された忍者は身体ごと吹き飛ばされてしまう。
「ほれっ」
雅を取り囲む火柱が、次々に消えてゆく。
「あわっああっ…」
うろたえる尾張柳生火焔の六人衆。潜水艇の上の煤は高らかに声を上げた。
「どうだい、これぞ新兵器・水銃だあっ」
「あのね…」
その煤の背後で歯を食いしばりながら懸命にポンプを回す蝦夷守。
「あ、あの…働いてるの俺なんだけど」
「ああそう。でも、発明したのはあっしですっ」
「…いや、そんなことは知ってる。でもほら」
「ええ。作ったのもあっしですっ」
腕を組んで得意げな表情で見栄を切る煤。
「少しは褒めてくれたって…」
いじけたように上目づかいをする蝦夷守、しかしそんなやり取りの間にすっかり水圧が下がってしまい、水銃の先からはチョロチョロと水が滴り落ちる程度に。
「あ、まずい」
慌ててポンプに手を掛けて回そうと力を込める蝦夷守。
「もういい。もういいっての。十分」
河原から雅が叫んだ。六人衆は蹴散らされ火もほぼ消えた。
「お前らに助けて貰わなくったって自分でなんとかしたさ。暑いくらいどうということはないっ」
「ふっ、ホントは冷や汗タラタラだったくせに…」
蝦夷守の小声の呟きをまるで聞こえないかのように雅は、火焔の技を失いうろたえる六人衆を次々に蹴り飛ばして地に這わせた。
「ほう、これがお前らの忍術か」
見るとそれぞれがまとった防火コーティングされた忍者服の袖口から幻鋼の噴出口が。
「玩具だな、こんなもの」
崇虎刀の切っ先で一人の忍者の服をザッと切り裂くと、袖を通った給油パイプが忍者服の背に内蔵された油のタンクに接続されている。印を結ぶことで手元のスイッチを操作していたようだ。
「笑止っ」
雅はゆっくりと、雲仙に対峙した。
つづく