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小説幻怪伝  作者: 蝦夷 漫筆
交わることの無き道
54/122

雲仙と蝦夷守

「おのれ…」

 悦花と幻翁の処刑の朝、大挙して襲来した気球軍団は政吉まさきちが操作する張り子の武者。幻怪衆の罠だった。

 あわてて飛び出した尾張柳生の忍者たちは、夫羅ふらたちが仕掛けた罠に捕えられ、からくりのひろの手製の眠り薬ですっかり昏睡させられてしまった。

 

 「てめえら…」

 部下の惨憺たる状況を遠眼鏡ごしに見た柳生雲仙やぎゅううんぜんが、あざ笑う蝦夷守龍鬼えぞのかみりゅうきを横目に怒りに震えている。

 「罠、か…汚ねえ手を使いやがって。この公家もどきが…」

 そっと腰に差した刀に手を掛ける。

 「罠も、汚ねえ手口もお互い様」

 一足さきにサッと背後に回ったのは蝦夷守。愛刀・龍鬼丸りゅうきまるの黒い切っ先が雲仙の喉元にピタリと貼りついた。

 「あとな、公家もどきってのはやめろ。蝦夷守、だ。エゾノカミ。いい加減覚えてくれよな」

 刀身に掘られた金色の龍が朝日を反射して雲仙の目をしかめさせる。蝦夷守はチラリと処刑台の悦花えっか幻翁げんのおきなを一瞥した。

 「そうそう、ついでにこの嬢ちゃんとジジイ…あ、いやお歳を召した方の縄を外してもらおうか」

 ニヤリとした蝦夷守は雲仙の喉に刀を押し当てたまま、ジリジリと処刑台に引き連れていった。竹林で多数が罠に嵌ったとはいえ、ここにはまだ多くの尾張忍者が残っている。彼らは刀を抜いて一定の距離をとって二人を取り囲む。

 「おっかない人たちだこと」

 いつでも隙あらば飛びかかる、そんな身構えの忍者たちをゆっくり見回して蝦夷守は言った。

 「さあ、早く縄を解いてもらおうか。親方さんの首が飛ぶ前に、な」

 喉元に刀がぐいと食い込む。慌てて声を上げる雲仙。

 「は、はやくっ。お前ら、解け。縄を解いてやれっ」

 慌てて尾張柳生の手下たちは悦花と幻翁の縄を解き始めた。歯ぎしりする雲仙に背後から蝦夷守が声を掛けた。

 「なあ大将。遠野ん時は妖孤の連中とたっぷり遊んだかい、楽しかったろう、あ?」

 「ああ、いい汗かいたよ。お前さんのお陰で、な」

 雲仙は振り返らずに低く呟いた。その間に悦花と幻翁は呪縛から解放されたがフラフラとその場に倒れ込んだ。その様子をみた蝦夷守が言う。

 「ほう大将。随分イジメてくれたみたいじゃねえか。そういう趣味あんのか、お前」

 軽く笑みを浮かべて雲仙が答えた。

 「ふっ、人聞き悪い言い方はよしてくれ。俺はそんな変わった性癖は無えよ。なあに、こいつらあんまり無口だもんでな、ちょいと可愛がってやっただけさ」

 その不遜な口調に眉をひそめた蝦夷守は雲仙の喉元に当てた刀に込める力を少し強めた。

 「ちっ。どエスなオヤジめ」

 少し心配そうに悦花と幻翁を見やる蝦夷守。しかし、その隙を雲仙が見逃さなかった。

 「うがあっ」

 思いっきり手を噛みつかれた蝦夷守が思わず声を上げ、手を引いた。ギーンと鈍い音、愛刀龍鬼丸が地面に落ちた。

 「しまった」

 同時に居合の要領で刀を抜いた雲仙。腰を下ろし身体を捻ってその切っ先を大きく回転させた。ブルンッと唸る音。

 「ちょっとっ」

 蝦夷守、慌てて飛び退いた。だがカチンという?(はばき)の音とともに雲仙の刀が鞘に収まると同時に蝦夷守の片袖はザックリ切られて落ち、首から下げた装飾品も断ち切られてバラバラと地面に転がった。

 「ひでえじゃねえの」

 雲仙と正面に対峙する蝦夷守の腕からわずかに血が滴る。ゆっくりと後ずさりし、雲仙の居合の間合いから抜け出す。

 「ほう」

 ならば、と雲仙は袂から両の手に手裏剣を取り出して構えた。狙いを蝦夷守の首筋に…しかし、その手が止まった。視線の先、蝦夷守はその手にフリント銃が構えられている事に気付いたのだ。狙いは雲仙の眉間。

 「どうした、大将」

 カチン、と撃鉄を引く音が響いた。


 忍者の手裏剣とフリント銃、どちらも抜けば勝負は一瞬。静止する二人、風にたなびく裾と互いの額に流れる汗だけが時間の経過を認識させる。

 「ふふふふ」

 「はははは」

 しばらくの沈黙の後、対峙する二人は目を合わせて笑い出した。

 「しかし」

 引き金に掛けた人差し指をヒクヒクさせる蝦夷守。

 「そりゃ、銃の方が早えだろ」

 手裏剣を持つ手の筋肉がピクピクと動く雲仙が答える。

 「試してみるかい、蝦夷なんとかさんよ」


 挿絵(By みてみん)


 どちらも動かず。しばしの時が流れた。瞬きの刹那が命取りになる。

 「しかしな」

 急に手を降ろしたのは雲仙。

 「ん?」

 思わず蝦夷守も構えた銃を持つ手を緩めた。雲仙が言う。

 「考えてみろよ、たとえお前がこの俺を撃ったところで、こっちにはまだ何十人という忍びの手練がお前たちに対して臨戦態勢だ」

 「ほう」

 「で、そっちはと言えば、お前一人と手負いの嬢ちゃん、そしてジジイ。結局の勝敗は見えてるぞ」

 「む」

 しばし考え込む蝦夷守。見渡せば確かに大勢の忍者たちに囲まれている。雲仙の手裏剣が勝ればもちろんだが、自身の銃が先んじたところでその後は保証できるとは言い難い。

 「なあ大将、そこでものは相談だが…」

 笑顔で歩み寄る蝦夷守、しかし雲仙は笑顔を返しながらも、ゆっくりと首を横に振った。

 「お前さんの相談ってやつには、もう乗らないことにしたんだ」

 雲仙がサッと手を上げた。

 「なにっ」

 蝦夷守に向かって取り囲んだ忍者たちから網が投じられた。見上げた真上から覆いかぶさってくる波動封じの網。隙をつかれて逃げ場はない。

 「やばっ」

 網を断ち切ろうにも、刀はすでに先ほど落としてしまっていて鞘には無い。

 「こりゃ本気でヤバい」

 

 だが一つの影が、朝日を遮るように雲仙と蝦夷守の間を駆け抜けた。

 「えっ」

 バサバサッという鈍い音とともに、蝦夷守を覆い尽くそうとしていた波動封じの網はバラバラに切って落とされた。

 予期せぬ出来事。一同は動きを止めた。

 「助かったっ」

 その空白を逃すまいと銃を構えて引き金を引いた蝦夷守、しかし雲仙も同時に察知し飛び退いていた。深い皺の刻まれた雲仙の右頬に一条の赤い線を残して銃弾は後方へ。

 「惜しかったな、兄ちゃん」

 同時に雲仙が十字手裏剣を投じた。回転しながら不規則な軌道で、まるで加速するような錯覚を与えながら蝦夷守に迫る。

 「ひいっ」

 ひきつった蝦夷守の眼前、手裏剣は構えたフリント銃の銃身に当たり、カーンという甲高い音を残してあらぬ方向に飛び去った。だがその衝撃だけで蝦夷守は後方に吹き飛んでしまった。

 「まずいっ」

 倒れ込んでいた悦花に、今度は矛先が向けられた。

 「されば、まずはこの女幻怪からだっ」

 雲仙が再び十字手裏剣を投げつけた。身体を起こすだけでやっとの悦花に逃げる体力は残っていない。

 「そんなっ」

 再び、黒い影が雲仙の前を通り過ぎた。

 「何者っ」

 その影はいち早く悦花の前に立ちはだかった。雲仙の投じた手裏剣は悦花のノドを掻き切る代わりにその影の男の右の二の腕にグサリと刺さった。

 「ああっ」

 尾張柳生の手裏剣には返しがついていて一度刺さると容易には抜けない。悦花の身がわりになって血まみれになった腕を押さえ、苦しげにのたうち回るその男の顔を見た雲仙は絶句した。

 「お、鴎楽…なぜだ、なぜだっ」


つづく

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