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小説幻怪伝  作者: 蝦夷 漫筆
交わることの無き道
53/122

暁の処刑台

 薄桃色の絵の具を水に溶かしたように東から空が染まってゆく。

 美濃国・加納城下、立ち並ぶ老舗の商家の蔵が朝日に黄金色に輝く新荒田川のほとりに立てられた二本の杭が、長い影を落としている。

 「いよいよ、だな」

 

 杭は二人を火あぶりにするための処刑台。後ろ手に縛られて括りつけられながら、強い日差しに目をしかめているのは花魁・悦花えっかと長老・幻翁げんのおきな

 尾張柳生一党の「もののけ狩り」によって捕えられ、救出にやって来るであろう仲間たちもろとも殺害しようという彼らの計画の囮として、公開処刑の時を待つ。

 「幻怪、ここに滅亡す」

 黒覆面の下の目が笑う。頭領・柳生雲仙やぎゅううんぜんが言った。

 「かつて魔物を退治し世界を救ったと云われる幻怪だが、その真の目的はこの世の人間たちを飼いならし奴隷のように従えることだった。もうたくさんだ。この世はこの世の者が治める。人外の干渉は受けぬ」

 語気に迷いは微塵もない。

 「これからは自分たちの足で歩いてゆく」

 

 悦花は試しに全身に波動を漲らせてみる。だがびくともしない。全身に絡みつく「波動封じ」の縄が彼女のパワーを抑え込んでいる。

 「ふっ」

 その様子を横目に雲仙がニヤニヤ笑う。

 「波動の力が無ければ赤子のようなものよ。童話の世界の遺物は今から滅びゆく種族」

 少し日が高くなった。夜明けからもう半刻は過ぎたであろうか。無言のまま流れゆく時は、処刑執行という嵐の前の静けさをますます残酷に演出しているようだ。

 「来ぬ…か」

 小さく雲仙が呟いた。側近が互いに顔を見合わせる。

 「ハハハハ、哀れなものよ。見捨てられる、とは。お前らの絆などこの程度だったか」

 呆れたように、少し軽蔑したように、雲仙は処刑台の二人を見上げた。

 あえて目を合わせない悦花。仲間を信じている、しかしこれは罠、来てはいけない、と言い聞かせる自分。一方で、罠とわかっているなら簡単に見捨てられてしまうのか、という不安感もそこに確かに在る。

 「まあいい」

 雲仙は部下たちの方を向いた。

 「一網打尽とはいかぬようだが、この二人は首領格。残りのカスは後で追い詰めるとして、もうこれ以上待つことは無用。処刑執行だ」

 冷たく言い放った。

 「うううっ」

 唇を噛む悦花。その真下で慌ただしく尾張柳生の者たちが動き出した。たきぎに次々と油が注がれる。魚油の独特の匂いが鼻をつく。火打石で松明に灯された炎がゆらゆらと揺らめきながら近づいてくる。

 「すまなかったな…」

 幻翁が傷だらけの顔で悦花に微笑んだ。

 「いえ…」

 何もわからず修行に汗した日々、仲間たちと笑いあった日々が思い浮かぶ。そしていよいよ皮膚を刺すような熱さとともに近づいてきた炎が作る陽炎の向こうに、じっとこちらを見ている鴎楽おうらくの姿を見た様な気がした。

 「あっ」

 いや違ったようだ。数いる黒覆面の中で個々を判別することなど出来るはずもない。

 「よりによってあんな男を思い出しちまうなんて…」

 悦花は自らを嘲笑した。



挿絵(By みてみん)


 「やれいっ」

 雲仙の張りのある声が響いた。悦花の、そして幻翁のそれぞれの心に交錯する思いを断ち切るように。雲仙は右手を高く上げ、ゆっくりと下ろす。火を放て、の合図。

 「おっ、おそれながらっ」

 その時一人の黒覆面の部下が雲仙に近寄って叫んだ。

 「あ、あれをっ」

 部下は東の空を指差す。一同にどよめきが起こった。

 「な、なんだっあれはっ」

 朝日を背に、いくつもの黒い点がどんどん大きくなりながら近づいてくる。その数三十は下らず。尾張柳生の者たちが色めき立つ。

 「来たかっ」

 目を見開いて叫ぶ雲仙の横で部下が大声を上げた。

 「幻怪の仲間たちの襲来ですっ。間違いない、気球という新兵器に乗って襲ってきたんだっ」

 近づくにつれてその姿が明らかになってゆく。緑色の巨大な風船が吊り下げるかごに乗る武装した人影が多数。

 「食い止めねば、いや、やつらを全滅させる好機っ」

 「お前に言われずともわかっておるっ」

 雲仙の目がサディスティックに笑っている。

 「来たぞ、ついに来た。やはり来ると思っていたのだ、ハハハ」

 気球たちは北東の竹林の上で高度を下げ始めた。

 「親方っ、地上に降りる時が狙い目ですっ。降りる前にやつらを…」

 「わかっておるっ、急げ、お前らっ。幻怪どもが地に足をつける前に斬って捨てるのだっ。さあ行け、尾張柳生の力を見せてやれいっ」

 雲仙の高く上げた右手は、そのまま北東を指差す。

 「ゆけっ、ものども」

 「はっ」

 周りの草むらが一斉にガサガサと揺れて波打つ。この時を待って身を潜めていた尾張柳生の忍者たちが一斉に蜂起した。


 「こんなにたくさん隠れていたとは…」

 雲仙の横で部下が驚いたように呟いた。誇らしげな雲仙。

 「ああ、我らが全勢力がここに集結しておるのだ。もう逃がしはせん、幻怪滅亡の日、だ」

 忍者刀と捕獲網を携えた黒ずくめの集団が大挙して突き進むさまはまるで軍隊アリ。

 「こりゃ大したもんだ、さすが尾張柳生」

 双眼鏡を覗き込みながら感心する部下の声に、雲仙が振り返った。

 「ん、お前…」

 「ん?」

 「我らの仲間ならそんな作戦は知っておろうに、なぜ驚く…」

 「そりゃあ、その…」

 黒覆面の部下は双眼鏡を顔から離した。

 二コリと笑ったその片目には黒い眼帯。

 「あっ」

 雲仙の顔がにわかに紅潮するのが覆面越しにも判別できるほど。

 「お、お前は…まさかっ」

 「あ、ああ。お久しぶり、だね。いや、俺は『まさか』なんて名じゃねえけどな」

 「あの時、盛岡で…あの、雪女の、あの…そう、あの」

 「いい加減覚えろ。俺は蝦夷守龍鬼えぞのかみりゅうき。幻怪衆の一員だよ」

 覆面を外し、雲仙に笑みを向けた。少しばかりイラついて見えるのは、名前を覚えていてもらえなかったからか。

 「罠、の罠。まあそんなところかな」

 雲仙は紅潮した顔を一転、青ざめさせた。竹林に向かう部下たちに向かって大声で叫ぶ。

 「待て、待てえっ、罠だ。それは罠だあっ」


 雲仙の声は、しかし、いきり立つ狩人になった尾張柳生の忍者たちの耳に届かなかったようだ。

 「な、なんだあっ、これはっ」

 竹林には、無数の風船が枝に引っかかって宙ぶらりんに。くくりつけられた無数の張り子のサムライたちがゆらりと垂れ下がりながら尾張柳生の手練たちを出迎えた。

 「はめられたっ」

 「その通りっ」

 竹林の中から声がした。

 「何者っ」

 忍者たちは声の方を向き身構えた瞬間、その足元に絡みつく何かを感じた。

 「うっ、な、なんだっ」

 「さあ、獲物が引っ掛かったな」

 下草に仕込んであった鋼のワイヤーがぐるぐると足に絡みついて身動きを封じた。慌てふためき外そうとする忍者たちの様子を、ゆっくりと立ち上がって満足げに眺めたのは札売りの夫羅ふら

 「さあどうする、動けんだろ。ガハハハ」

 張り巡らされたワイヤーは、何者かが引っ掛かった瞬間に連動して巻きつくように設置してあった。予め堀った穴に隠れてその様子をうかがっていた夫羅が服にあちこち草を取り付けてカムフラージュした姿のまま出てきて高笑いした。

 「ザマあみろっ。さあ、こっちの準備はいいぞっ」

 夫羅が手を振る先、南東の高台から手を振り返したのは部下の政吉まさきち

 「はいっ、承知っ」

 彼が気球を、まるで凧のように操って空からの襲来を演出していたのだ。その隣には矢を構える、からくりのひろ

 「さあて、出番だな」

 裕が、ぐいと引いた矢はキリキリとしなう弓から発射された。空気を切り裂き、生い茂る竹の間を縫うように真っ直ぐに進む。

 「あたーりー」

 隣で矢取り女のようなひょうきんな声を出して見せる政吉を横目にニヤリと笑った裕。確かに、彼が放った矢は竹林の中に小さく描かれた目印の付いた枝を正確に、そして鋭く撃ち抜いた。

 「あわっ、あわあわわわっ」

 忍者たちの身動きを止めている足元のワイヤーがぐぐっと持ちあがった。

 「あああっ」

 一気に宙に持ちあがり、まるで魚網にかかったイワシの群れの様にまとめて一つに吊り上げられた。

 「さすが、裕さん」

 夫羅が唸った。忍者たちの足に巻きついたワイヤーは予め太いワイヤーに接続してあり、強いテンションで周囲の太い竹に括りつけてあった。それらを押さえるワイヤーがまとめて結ばれていたのが印のついた枝。

 「狙いは張りに糸を通すようだ」

 その枝を裕が撃ち抜いたことで押さえつけられていたワイヤーが一気に張力に従って持ちあがり、文字通り一網打尽に忍者たちを宙に吊り上げた。

 「さすがっ」

 手伝い役として帯同していた夫羅の娘・仁美ひとみも大喜び。ワイヤーの網のなかで悶える忍者たちを見て大喜び。

 「大漁、大漁」

 高台から降りてきた裕は「獲物」を見上げ、腰元の巾着袋から真っ白い粉を取り出してぶちまけた。

 「さあ、みんなは離れてて」

 粉は強力な睡眠薬。ガスマスクを装着している裕以外は場を離れた。あっというまに深い眠りに落ちた尾張柳生の忍者たち。

 遠眼鏡でその無残な姿を目にした雲仙は怒りに打ち震えていた。


つづく

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