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小説幻怪伝  作者: 蝦夷 漫筆
光る石が謎を呼ぶ~越後編
47/122

祟りと生贄と、そして幻怪と

 澄んだ海は波も穏やかに、西日を待ち受けながら空の色を映し、次第に赤みが差してゆく。

 「今日はもう終いにしよう」

 「ああ、続きは明日だ」

 越後、岩船の海岸をゆっくりと歩く。足元から伸びる二人の影もずいぶん長くなってきた。心地よいリズムを刻む波の音、そして独特の海の匂いはどこか懐かしさを感じさせる。

 「そう簡単にゃ見つからねえもんだ」

 浪人笠が呟いた。隣で長弓を背負った男が相槌を打つ。

 「ああ。たしかに噂は訊いたんだがな、この辺りに光る岩があるっていう」

 

 挿絵(By みてみん)


 美濃から越後に出向いてきたのは瑞天流の剣士、一刀彫のまさと弓矢の達人、からくりのひろ。閻魔卿率いる闇の妖怪帝国の現世侵略を阻もうと戦うモノノケ、幻怪の戦士である。

 長老にして指導者、幻翁げんのおきなの命を受け、現世救済の切り札である伝説の光る石「願いの破片」六つのうちの最後の一つを探し求めてやって来た。

 「たまにはこうしてゆっくりするのも悪くない」

 二人は山間の温泉でその身を癒していた。

 「かじか酒、こいつあ美味い」

 「ああ、美味い。だがもうちょっと西の上越後のにゃもっと上手い酒があるらしいぞ」

 「そりゃ是非に味わってみたいもんだ」

 「こし白鳥はくちょうってんだ。山間の棚田から採れる純米の酒だ。腕のいい杜氏がいるらしい」

 白い湯気の中、赤らんだ二人の笑顔が揺れる。

 

 「しかし、こんなゆったりした気分を味わうと、日々の戦いがウソのようだな」

 木々の間に瞬く星空を見上げて裕が言った。その様子を横目でチラリと見た雅。

 「ふっ、こういうのはたまに、だからいいのさ。毎日こんなんなら腑抜けになっちまう」

 「腑抜け歓迎ってことだ。なんでまた、妖怪も幻怪も、わざわざ辛い思いをして戦わなきゃならねえもんか…」

 少々驚いた様子で、しかし笑みを浮かべた雅。

 「お前にしちゃ珍しく気の抜けたセリフだな。だが、まあこれは宿命ってやつだろ。翁に俺たちゃ救われたんだ、あの方の言う事を信じるより他ない」

 「そうかもな…だが俺はなにが善で何が悪か、最近どうもわからなくなってきた」

 少し翳った月を見上げる裕。

 「妖怪は人間を殺す。その妖怪たちを俺たちが殺す。妖怪は人間を殺すから悪に違いねえってわけだ。じゃ人間が他の動物を殺すのは悪じゃない、と云い切れるか」

 同じく空を見上げた雅。

 「絶対の正義も、悪も、そんなものは無えよ、なあ裕。俺たちの仕事は戦う事。戦って勝ち残ること。まずは、な。そうしなきゃ正義を語る口まで塞がれちまうぜ」

 「そんなもんかね」

 「ああ、そんなもんさ。ずうっと後になって誰かが言うのさ。あいつは正しかった、こいつは間違ってたってな」

 まあ呑め、とばかりに徳利を傾ける雅。受け取る裕。

 「人間も妖怪も、幻怪だってさして変わりゃしない、か。だがまあ早いとここの戦を終わらせるには、とにかく敵を叩きのめさにゃならんってわけだ」

 「ああ、さっさと願いの破片の最後の一片を見つけ出して、な」


 山間の寂れた温泉宿を出た二人は、翌日も光る岩探しを続けた。さらに山間の村を転々とし、はっきりとした手がかりのないままに日暮れを迎えた彼らは荒川沿いの小さな温泉町に辿り着いた。

 「なんだい、たいした人だかりじゃないか」

 すっかり夜の帳が降りた越後の湯の町、関川の宿。本来ならば人通りも少ない閑静な街道だが、やけに賑っている。

 「夏祭りか、いやちょっと様子が違うぞ」

 集まった村人たちは一様に悲しげな顔。時に嗚咽の声まで聞こえてくる。

 「いたわしいこっちゃ…」

 「これも村のため、辛抱せにゃならん」

 人だかりの中央はたくさんの提灯で明るく照らされている。

 「今夜は関乃屋のお嬢ちゃんかい、ひでえもんだ」

 近づいてみると、キレイに着飾った娘、歳のころは十四、五といったところか。取り巻きに見送られながら旅に出る様子。皆一様に泣いている。

 「こんな時間に出かける嫁入りなんて訊いたこと無えぞ」

 思わず口走った裕。それを聞いた一人の村人が答えた。

 「あんたら旅のお方か。それなら知らねえかもな、ありゃ生贄いけにえだ。可哀想に」

 「ほう、若い娘が、か。そりゃ痛ましいな。不作かなんかか、今年は」

 「いや、違う。ありゃ神の石の生贄さ。毎度の午の日、こうやって町の誰か、それも若い女が山へ連れて行かれるんだ」

 裕、そして雅は声を合わせるように言った。

 「神の石、だって?」

 その反応に驚く村人の袖をぐいと掴んだ雅。

 「どういうこった。神の石ってなんだ。なんで生贄が要るんだ、おい、どうなってる」

 神の石と聞いて、彼らの求める願いの破片の最後の一片ではないかと考えるのも道理。色めき立つ雅。

 「どこだ、それはどこにある」

 勢いに圧倒される村人。襟を掴んでますます詰め寄ろうとする雅を裕が制した。

 「まあ、慌てるな雅。とにかく、話を聞こう、落ち着け」

 息を整えながら村人が言った。

 「あんまり旅のお方に話すようなもんじゃねえんだがな…」

 しぶしぶ重い口を開く。


 「ふた月ほど前のこと、村の若い衆が光る石を見たって大騒ぎになった。こっから随分東の蛇崩山じゃぐえさんってとこで、な。なんでも岩場全体が明るく光るっていう話だ」

 思わず顔を見合わせる雅と裕。確かに「願いの破片」なら岩場を照らすだけの光を放つはず。村人は話を続けた。

 「このご時世、天変地異が続いてるだろ。地震に大風、大波。お天道様もご機嫌斜めだ、そこで村の長は一人の男にその光る石を持ち帰るように指図した。それを社に奉納して村を救ってもらおうとした」

 「まあ、困った時は神頼みしかねえ。そういうもんだな」

 裕の言葉に相槌を打ちながら村人がさらに話した。

 「だがな、光る石を取りにいった男は数日後に村のお社で見つかった。変わり果てた姿でな」

 「変わり果てた、誰かに殺られたのか」

 「いや違う。身体中が腐ってな、どす黒い液を吐き散らして死におった。ありゃ疫病なんて生易しいもんじゃねえ、祟り。祟りだよ神の石の、な」

 首をひねる雅と裕。たしかに強い波動を宿した石なら、暗黒に染まった者が手にすれば逆位相の波動が打ち消し合って大きなダメージを与えることは容易に考えられる。現にその作用を生かして幻怪戦士たちは波動石を武器として使うのだから。

 「つまり、その光る石を狙ったのは暗黒の手の者だったということか…?」

 「だが、どうしてまた生贄なんて話になったんだ?」

 村の男は小声で話を続けた。

 「その後も村は祟りのせいで妙な疫病が蔓延しちまった。しかしある日、上方からやって来たという修験者風の男が言うんだ、あれは神の石だ、触れてはならぬ、と。その男は自らを、かつてこの世を救った『幻怪さま』の末裔だと云うんだ」

 「幻怪い?」

 雅と裕、思わず同時に声を上げた。

 「どんな奴なんだ、そいつは」

 「おいおい、大きな声なんか出しちゃいけねえよ。幻怪さまは余所者に話す事を禁じておられるからな。見つかったら酷い目に遭う」

 眉をひそめる雅と裕、村人はますます声を小さくした。

 「ともかく、最初は村人もそんなのは眉唾だ、と気にしなかった。だがな、その男が三日三晩お社でご祈祷したところ疫病が次々と癒えていった。みんなは男を本物の幻怪さまだ、と言いだした。そして男は、神の石の怒りを鎮めるために生贄が必要だ、と言いだしたんだ」

 「神の石に、生贄…?」

 「ああ、そうさ。全員疫病にいかれちまった家があってな、そこの主は藁をも掴む思いで娘を生贄に差しだした。すると病は断ち消え、おまけに翌朝、家の前には小判が置いてあったそうな。しかも、その娘の恋人だっていう若い男が幻怪さまを追い出そうとしたんだが、祟りで死んじまった」

 腕組みをしながら訊いていた裕が尋ねた。

 「その幻怪さまってのは、ふだん一体どこに住んでるんだ?」

 「悪いことあ言わねえ、変に詮索しねえこったな。お前さんたち、温泉旅で来たんだろ。何も言わず帰んな。幻怪さまはこの村にとっては救世主なんだ、逆らいさえしなきゃな」

 裕は解せぬという顔で言った。

 「しかし生贄を要求するなんて…疫病や祟りは他に解決の方法もあるかも知れんだろ。いくら小判が欲しいからって…」

 村の男は少々声を荒らげた。

 「余所者に何がわかる、こんなちっぽけな農村がどんな苦しい生活をしてきたか。飢饉の年は街道は骸の山になる。食い扶持を減らそうと娘を売ったって小判どころか、ああ、それこそ花一匁なんだ。キレイゴトだけで生きていけるかっての」

 吐き捨てるように言った。

 「まあ、あんたらの出る幕じゃねえよ。あとな、この話は口外法度だ。いいかい、祟りに遭いたくなかったら、全部忘れてさっさと村を出るこったな」

 村人はそう言うと二人に村を出るための道を指差しながら軽く微笑んで立ち去った。


 「ううむ、幻怪。そして神の石」

 腕組みの雅と裕。

 「で、祟りと疫病、生贄と小判」

 「このまま帰るっていう手は無えよな」

 「ああ。石が『願いの破片』なら手に入れる。幻怪さまってやつが、本当にそうなら仲間にする。そうでなかったら…」

 「出たとこ勝負、だな」

 顔を見合わせてニヤッと笑った二人は早速今夜の生贄に選ばれた娘とその一行の後を追った。向かう先はどうやら「神の石」があると云う蛇崩山。


つづく

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