白剣の男
幻怪衆、夫羅と娘の仁美、お供の政吉は、腕利きの剣士がいると訊いて海部の郡、津島にやってきた。
しかし事前に幻怪衆の動きを察知した暗黒帝国は彼ら先手を打って彼らを襲撃してきた。率いるのは妖怪・大宮守。
ウロコに覆われた手に握られた大太刀が唸りを上げて夫羅を斬り裂こうとしていた。
「うああっ」
しかし、思わず叫び声をあげたのは大守宮の方だった。
その手首には棒手裏剣がグサリと刺さり、黒紫色の煙をシュウッと上げていた。夫羅を真っ二つにするはずだった長太刀は弾き飛ばされて河原に転がった。
「だ、誰だあっ」
怒りに全身のウロコを逆立たせた大守宮の視線の先は、堤の上の古い木に寄りかかった男の影。
「うす汚ねえトカゲだな。品が無えんだよ、俺は好かんね」
西日を背に、男が言い放った。いきり立つ大守宮は、手下のオニたちに目配せをして一斉にその男を襲わせた。
「数は大事じゃないんだよねえ」
男がサッと飛び上がると、一気に強い西日が突き刺さってくる。思わず眉をひそめて目を伏せるオニたち。
「ほらほら、目えつぶってちゃ勝負になんないよ」
橙色の眩い光の中、真っ白い閃光が一つ、二つ、次々に火花を散らした。残ったのは絶命したオニの亡骸の山。
「その剣、あんたが…」
その光景を見た夫羅が呟いた。
「白剣の嵯雪、妖怪斬りのはぐれ剣士ってのはお前さんか…」
「はぐれ剣士、なんて言うなよ。別に好きではぐれてるわけじゃねえ」
苛立つ大守宮が再び長太刀を拾いあげて叫んだ。
「お前ら、ごちゃごちゃ喋ってるんじゃねえよ。このままじゃ済ませねえ」
「ほう、そうこなくっちゃな」
嵯雪がニヤリと笑って真っ白の剣を構えた。妖気を断つという伝説の「西条丸」が大宮守の妖気を感じてシュウシュウと煙を上げている。
「さあ、行くぜトカゲ野郎っ」
腰を下ろして猛然とダッシュした嵯雪。切っ先からの白煙の軌跡がジグザグを描く。
「ケッ」
ほくそ笑む大守宮。さらに低い位置に構えて長い尻尾でバランスをとりながら地を這うように動き回る。地上での素早さはこのトカゲの妖怪に分がある。
「もらったあ」
大守宮の長太刀が唸りを上げて嵯雪の足を刈り取りにかかった。その風圧は離れた場所で見守る夫羅たちにも届くほど。
「バカが、トカゲの考えなど浅はかなものよ」
予期したように飛び上がった嵯雪。袴を風にたなびかせて滑空しながら再び西日を遮りトカゲを混乱させる。細長かった黄色い瞳孔がぐっと丸く大きくなった。
「這いずりまわってろっ」
隼の嘴の如く、嵯雪の切っ先が河原を這うトカゲに襲いかかった。グサリという音と共に、真っ黒な液体が飛び散る。
「バカはお前の方だ、ケケケ」
しかし、その場に倒れ込んだのは嵯雪の方だった。大守宮は素早い動きで目をくらませ、一際青く光沢を放って目立つ尻尾を敢えて標的にさせていた。
「ああ、俺はトカゲさ」
切り取られた尻尾がピチピチと跳ねまわっている。ぶちまかれた黒い液体は神経毒。浴びた嵯雪は全身の力が抜けてゆく。頭を持ちあげようにも痙攣するばかり。
「さあ、その首もぎ取ってやる」
大守宮は、這いつくばる嵯雪の前に立ちはだかった。
大きく構え上げた大守宮の長太刀が西日を反射して橙色に光る。まさに振り下ろされんとした時、大守宮の頭に小さな衝撃が走った。
「お前なんか、お前なんかっ」
立ち上がって走り寄った仁美が河原の石を手に、次々と大守宮めがけて投げつけていた。
「はあ?」
振り返った大守宮は緑色の涎を垂らしながら不気味な笑みを浮かべて仁美ににじり寄った。
「ガキめ、喰っちまうぞ」
その鋭い爪が仁美に迫った時、夫羅が全速力で走り寄った。
「させるかっ」
「けっ、まだいたのか、このブタめっ」
真っ直ぐ突進してくる夫羅に向かって長太刀を突きの構えに前傾姿勢の大守宮。喉元を串刺しにしようと腕を伸ばす。
「うっ、あっ、あれっ」
あと一寸、というところで大守宮の刀を持つ手は自分の身体に巻き付けられてどうにも動かせなくなった。
「あわっ、あわわっ」
政吉が投じた鋼弦が大守宮をぐるぐる巻きにしていたのだ。暴れてももはや断ち切ることが出来ない。
「トカゲの化け物めっ」
そのままの勢いで突進した夫羅が大守宮に体当たりして跳ね飛ばした。
「ぐはあっ、ぐうううっ」
ぐるぐる巻きにされたまま後ろ向きに倒れ込んだ大守宮の胸には、真っ白な剣が根元まで貫いていた。
「やるじゃん」
神経毒でもがいていた嵯雪が咄嗟に、残りの力を振り絞って、倒れ込んでくる大守宮に剣を突き立てたのだ。
「助かった」
駆けつけた夫羅が幻翁秘伝の解毒の丸薬を嵯雪に飲ませた。手足の先から徐々に回復してくる。妖怪斬りの魔剣に貫かれた大守宮は苦悶の表情を浮かべながら黒煙を噴き上げて融解して消滅した。
「助かったのはお互い様」
嵯雪が夫羅に手を差し伸べる。
「いや、政吉と、そして仁美と。全員が全員を助けあった、ってことだ」
夕焼けに赤らむ顔の四人が手を合わせた。そして夫羅が言う。
「なあ嵯雪どの。その力を…」
「ああ、あんたらにゃ助けられた。噂には訊いてる、幻怪衆だな。ああ、力になるぜ」
四人はもう一度ガッチリと手を合わせた。
「この腕、この剣、存分に振るってやる。ああ武者震いしてくるぜ。さっそく準備しなきゃな、支度が出来たら俺もあんたらに合流する」
嵯雪の助太刀の約束を取り付けた夫羅と仁美、そして政吉の三人は幻翁が待つ美濃の百々ヶ峰へ帰路についた。
「ねえ」
今日はやけに甘えた口調で夫羅の袖に仁美がしがみついた。
「お父さん、さ」
「ん、なんだ」
娘を見やる夫羅。仁美はちょっと視線を外した。
「今日の父さん、ちょっと強くてカッコ良かった」
「チッ」
舌打ちする夫羅の腕をぎゅっと抱く仁美。チラッとその姿を見て、しかし前を向いて夫羅が言う。
「あのな、男のカッコ良さってのを勘違いしちゃだめだ」
「え?」
「強さってのは腕っぷしの事でもねえ」
「じゃ、じゃあ、何なの?」
「男の強さ、そしてカッコ良さはな、優しさってことさ」
津島の港から見える水平線に沈みゆく夕陽が空を、同時に、幾分赤らんだ夫羅の頬を誤魔化すように真っ赤に照らしていた。
時折、笑いに大きく肩を揺らす三つの長い影がゆっくりと美濃へ向かっていった。
つづく




