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小説幻怪伝  作者: 蝦夷 漫筆
第五の破片を求めて~盛岡・遠野編
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苦し紛れの策略

 盛岡藩の地下病人房に幽閉されていた雪婆の最後の願いを受け取った蝦夷守龍鬼えぞのかみりゅうき。しかし抜け道を通って脱出した先は「妖怪狩り」のため出向いてきた忍者軍団、尾張柳生一党のアジトだった。

 「え?」

 取り囲まれた蝦夷守は咄嗟に声を張り上げた。

 「諸君、今日は俺がいい話を持って来てやった。大将を出せ大将を」

 絶体絶命のその時、貫録のある黒覆面が現れた。

 「何事だ」

 一気に喧騒が静寂に変わる。

 「ようし、いいだろう、無宿者。話を訊いてやろうじゃないか」

 

 ゆっくりと近づきながら、鋭い眼もそのままに黒覆面を外す。

 「おれは頭領、柳生雲仙やぎゅううんぜん

 口髭の奥から低い声が響く。

 「で、お前は誰だ。名は何と言う?」

 威圧的な眼光。蝦夷守は笑顔で答えた。

 「さすがは頭領さんっ、話がわかるねえ。だいたいみんなして『無宿者』って何だいっての。いいかい俺は蝦夷守龍鬼、まず蝦夷ってのは一人が百人と古歌に謳われたほどの猛者ぞろい、なんたってもともと陸奥と出羽、さらには関東八州のうちの北の地域を…」

 「もうよい、要点だけ言え。無宿者」

 「あ…」

 蝦夷守は、ひきつった笑みを残したまま話した。

 「とにかくお前さんたち、尾張柳生の皆さんが妖怪狩り、とくに雪女を退治しようとしてる、ってのは知ってる。だが勇んで乗り込んで来て、捕えたところが老いぼれ婆さん」

 ニヤニヤする蝦夷守。

 「まあ、冴えねえ話だ」

 尾張柳生の手下がいきり立つ。

 「馬鹿にしてんのか、この無宿めっ」

 忍者等の柄に手を掛け立ち上がろうとする配下をたしなめる雲仙。

 「ちゃんと話を聞いてやれ」

 「そうこなくっちゃ、頭領。で、あんたらはこのまま帰ったんじゃ格好がつかねえってんで躍起になって、若い『ホンモノ』の雪女を探してる。だが一向に見つからず挙句の果てに、か弱い婆さんを拷問し始めた、と…」

 雲仙は蝦夷守にぐっと近寄った。


 挿絵(By みてみん)


 「なぜそれを知ってる。誰に訊いた?」

 「俺様は何だって知ってるんだ。いいか、蝦夷一族はな、かつて…」

 得意げに語り出す蝦夷守の頭を、雲仙がすかさず手に持った扇子でパシッと叩きつけた。

 「だから要点だけ話せ、痛い目に遭いたいのかっ。誰に訊いた?」

 シュンとした蝦夷守がうつむき加減に答えた。

 「いや、あの。婆さんに直接訊いたんだよ。明日には処刑するんだろ、婆さんをエサにして雪女をおびき寄せよう、ってな。だが来ねえぞ、雪女。その辺はもうバレてる」

 「そうとは限らん」

 ふう、とため息をついた蝦夷守。

 「じゃあ、勝手に婆さん殺して永遠に来ない雪女を待ってろ。信じるも信じないも勝手だ。じゃあな、みんな頑張ってくれ」

 忍者たちの人垣をすり抜けて出て行こうとする蝦夷守の肩を、雲仙がガッシリ掴んで引き戻した。

 「待て無宿者、危うくそのまま行かせるところだった」

 「あ、あら…」

 忍者たちが取り囲む。

 「お前が本物の雪女の居所を知っている、というのか?」

 「知っているとも言えるし、知らないとも言える、とでも言っておこうか…」

 再び雲仙の扇子が蝦夷守の頭を小気味よく叩いた。

 「要点を言え」

 「わかったから叩くなって。いい?雪女の隠れ家は知ってる。しかし、こんな無粋な連中が大挙して行ったってダメよ。雪女は繊細だからな、唯一の身内の婆さんしか信用してない。見知らぬ者が行っても取り合っちゃくれない、氷漬けの冷凍人間にされるのがオチだ。山中で吹雪でも起こされたらあんたらだって身動きがとれなくなるぜ」

 しばし考えた雲仙が尋ねる。

 「じゃあどうすれば雪女に会えるんだ?」


 「ふふ、驚くなよ。これを見ろ」

 蝦夷守は懐に隠し持った雪婆から預かった手紙を丸めたものを取り出した。周囲の空気を凍らせる冷気のオーラが渦巻いている。巻き込んだ冷たい風が蝋燭の火すら一瞬で氷柱に変える。

 「これが婆さんが雪女に宛てた氷の親書だ。これがあれば、雪女は雪婆の使者だとは信じて安心して出てくる」

 色めき立つ尾張柳生の忍者たちの鋭い眼つきに気付いた蝦夷守、サッと氷の親書を懐にしまいながら言った。

 「ああ、これを俺から力づくで奪っても意味が無いぞ、あの婆さんが施した封印は手紙を預かった者が直接相手に手渡さないと解けないからな。あんたら得意の妖術封じでもこればっかりは無理だな」

 目配せで「落ちつけ」と配下に合図しながら雲仙が蝦夷守に尋ねた。

 「しかし、なぜお前はそれを雪婆から預かったんだ?」

 「俺はあの婆さんに地下の独房で会って、雪女を助けてくれと頼まれた。見返りにあの一族が隠し持ってるお宝をいただくことを条件に、な」

 「ほう…」

 蝦夷守は取り囲んだ忍者たちをぐるりと見まわし、一人ひとりの顔を見ながら声をやや張り上げながら言った。

 「だが、俺にとっちゃ、お宝さえ頂戴できれば、まあ雪女だの雪婆だのがどうなろうと知ったこっちゃない。あんたらとやり合うつもりも全くない」

 雲仙が呟いた。

 「取り引き、か」

 「そう、取り引き!」

 蝦夷守は小躍りしながら床の間に上がって言った。

 「俺があんたらを雪女の隠れ家に案内して、この親書を使っておびき出して引き渡す。そして俺はお宝を頂いて消える。あんたらは二度と俺を探さない」

 「ううむ」

 雲仙の目の前に顔を突き出す蝦夷守。

 「お互いに利益だらけじゃないの」

 「ふふ、策士め。宝をせしめて雪婆と雪女を裏切り、身の安全を保証しろ、と。そういうことだな」

 「ご名答」

 立ちあがった雲仙は蝦夷守の首根っこを掴み、配下の者を連れだって地下の雪婆の元に向かった。

 「確かめないうちは信用できん。もしお前の言う事が嘘だったら直ちに首をはねるからな」


 「この外道めがっ」

 雪婆の吐いた唾が蝦夷守の頬にかかり、シュウっと凍りつく。

 「最低の野郎めっ」

 手枷をガチャガチャさせながら怒る雪婆の目を避けるように雲仙の後ろに隠れる蝦夷守。

 「だって…」

 雲仙は高笑いしながら雪婆を見下ろす。

 「哀れなことよ雪婆。よりによって最期に信じたのがこんな男とは、つくづく見る目が無い」

 刀の柄を雪婆の顎に押し当てて雲仙が言った。

 「これで遠野の妖怪も全滅だ、人間の力を思い知ったか。さあ、早速支度をして出かけるぞ」


 部下たちに号令をかけ、蝦夷守を連れだって一党は山に向かった。雲仙は留守番役の忍者に耳打ちした。

 「もうあの婆さんに用は無い、それに万が一ということもある。今夜中に殺せ。見せしめに火あぶりだ。人間の力を世に知らしめるのだ」



つづく

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