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小説幻怪伝  作者: 蝦夷 漫筆
交錯する光と闇、現在と過去
35/122

光を求めて

 木々の青が強い日差しに照らされてきらきらと光っている。ここは幻怪衆のアジト、美濃・百々ヶ峰の山間にひっそりと佇む古びた屋敷。

 「こら仁美ひとみ、そこは釘三本だっていっただろ、手ぇ抜くんじゃない」

 「違うわよお父さん、よく見てよ。こっちの縁は釘が二本、ってかいてあるでしょう。お父さんこそ、すすさんが書いてくれた設計図ちゃんと見ないとダメじゃない」

 うるさい真夏の蝉の声に負けず劣らず、夫羅ふらと仁美親子のやり取りが響く。

 「おやおや、また親子でやりあってる」

 ちょうど戻って来たのは、京で鬼童丸を倒し破片の一つを手に入れたからくりのひろ

 「暑いのに精が出るねえ」

 気付いた仁美が笑顔で答えた。

 「あ、裕にいちゃん、お帰りなさい。今ね、煤にいちゃんが考えた道具を作ってるの。防具に薙刀、ヌンチャクもあるよ。これなんか見てよ。立派な大砲だって」

 時代がそうさせるのか。笑顔の少女が嬉々として武器を作るという不自然を当たり前に思えてしまうことを悲しくも感じられた。

 「ん、ああ。確かに立派だな…ところで翁はいるかい」

 「ええ、中で悦花えっかねえちゃんと話しこんでるわよ」


 阿波から戻った悦花は、沈痛な面持ちの幻翁げんのおきなと向かい合って話しこんでいた。

 「最期まで私をかばって…」

 「そうか、ひじりが。死んだか」

 幻翁はじっと目を閉じた。おそらくその瞼の裏に、数々の想い出が交錯していることだろう。



挿絵(By みてみん)


 しばらくの沈黙を悦花が破った。

 「あの旗印、尾張柳生一族。絶対に許さない」

 拳を握りしめる悦花を見て、幻翁は諭した。

 「血の気の多い小娘如きが私怨に駆られて殺気立ったところで返り討ちに遭うのが関の山。落ちつくのじゃ、急くでない」

 しかし悦花は収まりがつかない。

 「翁はいつもそう。待て、待てって。待ってばかりで私の思いはいつも叶えられない。もう小さな娘なんかじゃない」

 いきりたつ悦花を横目に幻翁が呟いた。

 「いや、まだまだお前さんは何も知らぬひよっこじゃよ」

 悦花はそれを訊いてますます噛みついた。

 「知らない、って。翁が教えてくれないんじゃないの。ただ修行、修行、今は待て、そればっかり」

 「時が来ればいずれ判ること…」

 遠くの木々を見ながらまるで相手にしない翁を見て、悦花はチッと軽く舌打ちをした後、言った。

 「聖の君から訊いたわ」

 「訊いた? 聖が何か言ってたのか」

 「私は幻怪の戦士・空王と呼ばれた父と母・とぬえ姫の子だって。だからこの力で暗黒の敵を倒せる、って」

 少しだけ、驚いた様子の幻翁。

 「ほう、聖がそう言ったか」

 「ええ、だから、私に流れるこの血が父の仇を討て、突き動かすのよ。これは翁にだって止める権利はないわ」

 幻翁は目を閉じて数回頷いた。

 「ああ、確かにお前は最強の幻怪戦士の子。とてつもない光の波動の力を生まれながらに持っている」

 少し間を置いて。

 「ゆえに危険なのだ」

 首を横に振りながら悦花が大きな声を出した。

 「そんなことはないっ。今すぐにでも父と我が故郷の仇をとりに行くっ」

 懐の大煙管を握って武者震いする悦花を、じっと見据えて幻翁が言った。

 「いいか、どんな相手であれ、闘うは仇の為に非ず。恨みに任せた行為は殺戮でしか無い」

 あえて目を合わせようとしない悦花。幻翁は続けた。

 「そして私怨の如き負の感情に身を任せるは容易いが、それはいずれ道を過ち自らを滅ぼす」

 ゆっくりと悦花が振り返る。まるで幻翁を睨みつけるように。

 「いいえ、もう私は十分に修行したわ」

 苛立ちと殺気に満ちた目、その奥を覗きこむ幻翁。

 「ならば…」

 カッと目を見開いた幻翁は、悦花に向かって掌をかざした。

 「このわしを倒してみよ」

 幻翁の手が光る。悦花は反射的に右手を前に出した。頭に巻いた「封じ布」を解き、同じく掌に気を集め波動を込める。

 「ええ、もう昔の様な小娘じゃないわ」

 眩いフラッシュと共に悦花の掌から光る波動の球が打ち出された。広がる衝撃波が屋敷を大きく揺らした。

 「ふんっ」

 微動だにしない幻翁、その全身が光る。

 「えっ」

 悦花が放った波動の弾は幻翁の眼前で宙に浮いたままピタリと静止していた。表情を変えぬままの幻翁

 「この程度では…」

 ゆっくりとその波動弾を人差し指でポンと弾いた。

 「あっ」

 周囲の空気が一気に逆流する。空中で静止していた波動弾は向きを変えて勢いよく飛び、それを放ったはずの悦花を直撃した。

 「ぐああっ」

 全身を眩い光と炎に包まれた悦花。

 「ああっ、あああっ」

 幻翁は立ち上がって悶え苦しむ悦花に向かって両掌を広げた。悦花を包む光と炎がスーッと吸い取られてゆく。

 「まだまだ」

 ボロボロになった悦花が幻翁を見上げた。

 「よいか悦花、お前はまだ己の波動を制御出来ておらん。怒りに任せた波動の力は確かに大きいが不純だ。大義なき炎はその手を離れ己が身を焼きつくす」

 朽ちかけた椅子に再び腰掛けた幻翁。


 「波動の力は、放つことと収めることが対になって初めて本来の意義を為す。自分の放った火に焼かれるようでは…」

 幻翁が鋭く言い放った。

 「閻魔卿の二の舞になる」

 「えっ」

 「あの男もかつては才能に恵まれた幻怪の戦士だった。だが自らの制御を見誤り冥界の住人になり果てた」

 「ど、どうして…」

 「力に酔い、力に溺れた。今のお前によく似ている。自分の理想が誰しもの理想であると信じて突っ走った末の悲劇じゃ」

 自分の手をじっと見る悦花。

 「私に似ている…」

 「ああ、だからまだ修行が要るんじゃ」

 「修行…」

 うつむく悦花の肩を握り幻翁は言った。

 「さらに、冥界に入った閻魔卿は恐ろしい闇の波動の力をも手に入れた。はかり知れぬ強さじゃ」

 「闇の波動、ですか」

 「ああ、幻界が光の波動に満ちているように、冥界は闇の波動に満ちている。対立する逆位相の二つの波動、これが宇宙を形作る素。この二つの波動世界がぶつかり合って今の現世が生まれたのじゃ」

 訊き入る悦花。幻翁が続けた。

 「長い歴史を経て、現世は光の波動が支配した。闇の波動は隔離され封印された」

 「それが冥界…」

 「そう。その冥界で、閻魔卿は我々が想像もつかないような強い闇力ダークエネルギーを手にした。そして現世に残る闇の波動の名残をかき集め、現世そのものをひっくり返そうとしているんじゃよ」

 「ひっくり返す?」

 「二つの波動がぶつかると相殺され消滅する。そしてより強い波動だけが残る」

 「消滅…この世が、消滅?」

 「ああ、閻魔卿の野望が実現すれば、現世は消滅し、闇の波動が支配する世界が生まれる」

 ゴクリと唾を呑む悦花。外の暑い日差しが、どこか虚構のように感じられた。

 「ヤツは、閻魔卿は…」

 幻翁が言う。

 「闇の力を注ぎこんだ超破壊兵器『暗黒の怨球』を作っている。それが使われた時が世界の終焉になる。それを阻止できるのは『願いの破片』しかない」


 悦花は、身体の奥の方でなにかが熱くなるのを感じた。

 「願いの破片を見つけるのが先か、暗黒の怨球が完成するのが先か…やはり急がねば」

 その悦花の目を覗き込むようにして幻翁は言った。

 「いかにも。だが今のお前一人ではまだ到底無理。だから仲間がいるのじゃ。来るべき時に備えて修行に励むべし、そういうことだ」


 つづく

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