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小説幻怪伝  作者: 蝦夷 漫筆
それぞれのミッション
30/122

鬼童丸との対決、死闘からくりの裕

 京を牛耳る妖怪軍団のアジトは暗黒帝国の前線基地だった。人間の魂を集めて巨大な暗黒エネルギーを精製する工場に侵入したからくりの裕は、京妖怪のボス、鬼童丸と配下の片輪車に対峙した。


 「てめえのケツはてめえで拭け」

 悠然と玉座で「金瓢」をあおる鬼童丸の目の前で、炎を上げる片輪車が裕に襲いかかった。

 「くそっ、あの時殺していれば…」

 真っ赤な炎が裕めがけて噴き出された。飛び上がって避ける裕を予測していたかのように車輪を急激に逆回転させて飛び上がる片輪車。空中で交錯する両者。

 「はっ」

 矢櫃に手を掛けた裕の顔色が変わった。

 「しまった」

 先の遭遇の際、片輪車に残らず矢を踏み潰されもはや一本たりとも残っていなかったのである。戦いは一瞬の隙が優劣を決める。

 「うっ」

 右の肩口に鈍い痛みとともに灼熱感。迫りくる片輪車の体当たりを、咄嗟に繰り出した弓で払って致命傷は免れたが、敵の燃え盛る火は暗黒エネルギーの炎。裕の身体を蝕んでゆく。間を置かず、倒れ込んだ裕に襲いかかる片輪車。

 「焼き殺してほしいか、踏み潰してほしいかっ」

 炎を吹き上げながら迫る片輪車。しかし裕も易々と骸になるようなヤワな幻怪ではない。腰元の薬袋から薄茶色の粉末を一握り、燃え盛る車輪めがけて投げつけた。

 「くうっ」

 一気に炎が小さくなってゆく。暗黒の火を鎮めるために調合された波動の薬草の粉末だ。そして片輪車がひるんだ瞬間を逃さない。

 「たあっ」

 裕が使う弓は、かつて幻界に生い茂っていた波動樹の貴重な種を現世で育てた木から作られる。強いしなりと波動の力が宿っている。これで顔面を直撃されたら、さしもの片輪車も回転を不規則にして倒れ込んでしまった。

 「ぐああっ」

 「チッ」

 舌打ちをした鬼童丸が衛兵のオニたちに目配せ。金棒を掲げ上げた彼らは群がるように裕に襲いかかった。

 「ザコが…」

 身の丈八尺、鍛え上げられた巨体のオニたちはまさしく戦闘マシーン。うなる金棒が裕に向かって振り下ろされる。しかし彼らとて幻怪の敵ではない。

 「ほうら」

 波動樹の弓がしなやかにオニの足を掬い、金棒を弾き返し、その腹に、頭に、顔面に強烈な打撃を喰らわす。裕の手づたいに込められた波動の力は、敵の暗黒波動を崩壊させ次々にオニたちを融解、蒸散させてゆく。

 「えいやっ」

 ひょいと飛び上がった裕、オニたちの頭を足場に頭上をひょい、ひょいと駆け抜ける。ほうらっ、と素早く振る弓は強くしなってまるで刃物の様にオニたちの角を切り取ってゆく。

 「あう、ああうっ」

 オニにとって角は戦闘時の武器である以外に波動センサーとしての役割も持つ。これを失っては戦闘力も半減。あたふたするオニたちをまとめて蹴り上げてトドメをさす。見ていた鬼童丸が溜息をもらした。

 「はあ、どいつもこいつも使えねえ…」


 舶来のガムをくちゃくちゃと噛みながらゆっくりと立ちあがった鬼童丸。肩に担いだ一際大きな金棒には幾つもの鋭利な棘が光る。


 挿絵(By みてみん)


 「なあ、メガネザル」

 裕を見据えてうすら笑いを浮かべながらゆっくりと近づく鬼童丸。途中、倒れ込んでいる配下のオニを「役立たずめ」とばかりに足蹴にしてふっ飛ばしながら。

 「お前、幻怪ってやつか。巷で話題の」

 胸を張って答える裕。

 「ああ、いかにも。俺はからくりの裕。幻怪戦士としてお前ら暗黒帝国がこの世をわがものに…」

 ニヤけながら言葉を遮った鬼童丸。

 「語らなくていいんだよ、馬鹿が。聞く気も無えし」

 眉間にしわを寄せた裕を見下すように「ふっ」と鼻で笑った鬼童丸。

 「さあ、いくか…」

 鬼童丸は、ぐいと膝を曲げたかと思ったら、一瞬の真剣な眼差しを残像のようにその場に留めたままで高く跳び上がった。

 「うっ」

 一瞬相手を見失った裕。ゴーグルごしに見える僅かな波動の動きを頼りに同じく跳び上がる。だがすでに鬼童丸は頭上すぐにいた。

 「があっ」

 壮絶な蹴りが裕の下顎を捉えた。ガチン、と歯が軋む音とともに首をのけぞらせながら後方に体ごと飛ばされる。自分の位置さえ見失いそうな裕だったが、ゴーグルの波動センサーが眼前に迫る暗黒の波動を感知し赤く光った。

 「来るっ」

 蹴り足を下ろさぬまま、続けざまに鬼童丸の大きな金棒が頭上から振り下ろされる。反射的に弓で防御したものの、腰が二つに割れるほどの勢いで裕は大理石の床に叩きつけられた。

 「ぐはあっ」

 全身を貫く稲妻の様な疝痛に思わず顔が歪む。だが敵は待ってくれない。横たわったままに閉じた目を開くと鬼童丸の狂気の笑みが上から降ってくる。

 「はっ」

 一瞬早くすくめた肩。脳天のほんの一寸先の床に刺さった金棒の棘。床には放射状のひび割れが出来るほど。そのまま首根っこを掴みにくる鬼童丸の手を払って裕は跳び起きた。振り向きざまに弓を打ちつけようとするが、いち早く繰り出した鬼童丸の蹴りに肩口を捉えられまたもや飛ばされてしまう。

 「なんだなんだ、どうしようもねえな。幻怪つっても…」

 呆れたように口走りながら鬼童丸がゆっくりと近づいてくる。身体中がギシギシと痛むままに起き上がり、薙刀のように弓を構える裕。

 「まだまだだ、鬼のお坊ちゃんよ」

 「くっ」

 鬼童丸の目に閃光が宿る。同時にぐっと身体を沈ませ飛び出す。次の瞬間鬼童丸は裕の懐に入っていた。

 「遅えんだよ、おっさん」

 はらわたをえぐるようなタックル。思わず身体が宙に浮く。裕はそのまま鬼童丸の角を掴んで首をへし折ろうとするが、金棒の一撃が裕の左膝を崩す。倒れ込んだ裕の、今度は頭を狙ってフルスウィングの金棒。

 「だあっ」

 裕の右足が鬼童丸の膝頭を蹴る。バランスを崩して後ろによろめく鬼童丸。立ちあがる両者。一瞬、ほんの一瞬だけ早かったのは足のダメージが少ない鬼童丸。

 「うらああっ」

 まさに鬼神の表情、横一文字に振り抜いた金棒が裕の脇腹を捉えた。メリメリとあばらが折れる音。血ヘドの霧を散らしながら身体をくの字にまげて飛ばされた裕。激突した壁にひび割れが生じるほどの衝撃。


 「はっ、この程度か。幻怪ってのは」

 革製のブーツでもう一度顔面を蹴り上げ、ぐったりした裕の顔にガムを吐きだした鬼童丸。振り向いてゆっくりと再び玉座に向かう。

 「さ、このメガネザルにトドメをさしてやれ、輪っか」

 片輪車を軽く蹴って目配せ。

 「御意にっ」

 車輪の中央、鬼面を紅潮させた片輪車の全体から激しい炎が噴き出した。シューッと高音の鼻息も荒く、車輪の回転数を上げてゆく。キューンと唸りを上げた片輪車、輪の縁に金属製の棘を出して一気に襲いかかってきた。

 「身体中引き裂いてやる。燃える挽き肉にしてやるわい」

 激しい炎が作る陽炎が広間の景色を揺らめかせる。空気さえ渦巻かせながら突進する片輪車が眼前に迫った時、裕はカッと目を見開いた。

 「ぬああっ」

 立ち上がりざまに弓を突き出した裕、ゴーグルごしの片輪車の回転がスローモーションのように見える。

 「ここだっ」

 狙いすまして弓の一端を燃え盛る車輪の中に。高速回転するスポークの隙間にねじ込んだ。大きく歪んでしなう弓。

 「ううっ」

 両手でガッチリと弓のもう一端を握って全身に伝わる衝撃に耐えながら、片輪車の回転の力の向きを変える。

 「輪っかめっ、いつまでも回ってろっ」

 車輪の推進力の回転は、裕が掲げ上げた弓の先で空回りする羽目に。

 「あわ、あわわ」

 弓の先に引っかかっって宙に浮いたまま、皿回しよろしく回り続ける片輪車。裕は身体と弓の全体をしならせながら反動をつけて共振させ、さらに回転の速度を上げた。

 「さあ、てめえのご主人様のとこまで飛んでゆけっ」

 渾身の力で裕が投げつけた片輪車はバチバチと火の粉を散らせながら玉座に向かってゆく。狼狽に顔をひきつらせたのは鬼童丸。

 「なにいっ」

 飛んでゆく片輪車は軸がブレながら徐々に回転数が落ちてゆく。ちょうど鬼童丸の目の前に片輪車が来た時にはほぼ正面を向いていた。

 「あっ」

 そのスポークの隙間から、鬼童丸の目には、遠くで弓を構える裕の姿が見えていた。弓の先と、片輪車の頭、そして鬼童丸の眉間が一直線に並んだ瞬間。

 「矢はもう無いはず…」

 「飛ばせりゃ武器は矢とは限らないさ、坊ちゃん」

 裕が弓の弦にセットしていたのは、先に切り落とした手下のオニの鋭い角。しかも飛びきりの長いやつだ。裕の全身が波動の光に包まれ、弓が折れるほどにギリギリまで引いたこれ以上ない程に緊張の高まった弦から、その角が発射された。

 「往生せい」

 真っ直ぐに、超音速。うっすらと波動の光を帯びながら、空気との摩擦が青白い炎を生みだして、角の先端は瞬きの余裕も与えずに飛んだ。

 「ぐあっ」

 後ろから片輪車の脳髄を貫く。大きく空いた鬼面の口から、勢いもそのままに飛び出した角は軌道をピクリともずらすことなく玉座に立ちあがった鬼童丸の眉間を射抜いた。

 「うっ」

 時が止まったかのような静寂を切り裂いたのは、鬼童丸の頭部を貫通した角が玉座の背もたれの大理石を粉々に粉砕した破裂音。

 「ち、ちくしょう…」

 燃え盛る片輪車は口と目を見開いたままに絶命、その下敷きの鬼童丸も全身に炎が巻きついて焦げ始めた。

 「このままで終わると思うなよ、いいか、俺たちは…」

 白目をむきながら恨み言を発する鬼童丸を見下ろして裕が言った。

 「語るな、坊ちゃん。ガキはもう寝る時間だ」

 ペッと唾を吐きかけて。

 「聞く気もない」


 火の手が回った彼らのアジトが跡形もなく崩れ落ちた頃、裕は川の上流にあった応声虫の養殖池に波動の薬草を撒いて根絶やしに。その後ゆっくりと南に向かい、八坂の社に辿り着いた。


 「ああ、これか。やつらが言ってたのは」

 うっすらと光るしだれ桜。周囲には勢いよく生い茂る草花。周りのあちこちには無造作に掘り返した跡が点々と。

 「ほう、すいぶんとまた、手荒な発掘作業だな…ん?」

 裕は何かに気付いたように顔を地面に近づけ、ゆっくりと耳を土に当てた。眼を閉じること暫し、閃いたように起き上がると近くに落ちていた二尺ほどの小枝をゆっくりと地中に突き刺した。

 「ふむ、これだ。八坂のしだれ桜の光の秘密は」

 枝を伝って地中の波動の流れが感じられる。

 「地下水脈だったとは」

 山城の盆地は地下の帯水層がお椀型をしており、天然の地下ダムと呼べるほどに地下水源が豊富。その高低差から、北東から南西方向に流れるこの水脈に秘密があった。

 「この地下水の流れ、そして波動の竜脈…」

 懐から取り出した紙切れに、いくつかの西洋式算術の計算。「ふむ」と言いながらパチンと手を打つと裕は北へ向かって山沿いに歩きだした。「あの山…」向かった先は瓜生山のさらに東。

 「感じる、感じるぞ」

 まるでけもの道のような志賀越道だったが、裕が辿り着くころには東の空がゆっくりと白んできており、足元も徐々に明るくなっていた。北白川の蓬ヶ谷の手前、細い渓谷は地蔵谷とも呼ばれる。

 「間違いない」

 川のカーブがきつくなった雑木林をしばらく掘り進む裕。三、四尺の深さまで到達したとき、にわかに裕の顔に流れる汗が照らしだされた。もちろん東から昇る朝日も林を赤く染めてはいたが、この光は地中からのもの。

 「あった。これだ」

 土の中に埋もれていた石。まばゆく波動の光を放つ、まさに「願いの破片」に間違いない。ゆっくりと拾いあげ、厳重にくるんで懐にしまい込んだ。

 「ここで地下水に沁み込んだ波動が、その流れにそって八坂の真下を通っていたとは」

 確かに、京の南には「力水」などと呼ばれる御利益のある湧水の出るポイントが多い。そしてもう一方の波動の流れを西に辿ると一条、堀川の清明井のある地点に重なる。


 「霊験あらたか、と言われるはずだ…」

 地中にすっかり染み込んだ波動はむこう数百年は、あの八坂の桜の生命力の源であり続けるに違いない。人間たちが誤った土地の使い方さえしなければ。

 朝日を受けながら、裕は山を越えつつ東、美濃の国へと岐路を急いだ。


つづく

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