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小説幻怪伝  作者: 蝦夷 漫筆
それぞれのミッション
29/122

潜入、京の妖怪前線基地

 無数の応声虫たちが加茂川を上る。襲った人間たちから奪った魂を咥えながら。からくりの裕はそれを追って上流・貴船川沿いの森に有る窪地に辿り着いた。

 「アジトだ。闇の帝国のアジト」

 

 おそらく手下と思しき屍鬼しきが幾人も連れだって、河原に集まった応声虫からうっすら波動の煙を挙げる白い粘着質の塊を取り出している。

 「あれが人間のたましい…」

 手毬ほどの大きさの魂を五、六個まとめて篭に入れては再び森の奥に消えてゆく屍鬼。濡れた袖を絞って水気を切った裕が身を潜めて屍鬼たちの後を追った。

 「いつのまにこんな」

 森の木々に隠れて大きな蔵のような建物が幾つも並んでいる。鬼の番兵がが金棒を抱えて立つ横を、集めた人間の魂を抱えた屍鬼たちが歩いて入ってゆく。

 「ただでさえ人通りの多い京の町。先日まで祇園祭だったからな、随分たくさんの人間を襲ったとみえる」

 蔵の奥からは、真っ黒に変色した魂が山のように積み上げられた手押し車。屍鬼たちによってさらに森の奥へ運ばれてゆく。

 「蔵の中でなにか細工して魂の持つエネルギーをを負の波動に変換するわけだ…で、そいつをどうする」

 手押し車の屍鬼たちは森の窪みに次々降りてゆく。暗がりの中、大きく開いた夏の葉たちに身を隠しながら裕が後を追った。

 「なんと…」

 地面は付近一帯が大きくえぐられ、そこには森の木々にカムフラージュされた宮殿が横たわっていた。西洋式の煉瓦作りに京風町屋造と唐破風を組み合わせた大きな屋敷。

 「こんな山奥じゃあ所司代も気付かないはず、か」

 身軽な裕がサッと屋根へよじ登った。煉瓦づたいに歩けば瓦を踏む音に気付かれることはない。うっすら光の漏れる天窓を覗きこんだ。

 屍鬼たちがせっせと集めた魂は煮立った青紫色の液体にくべられると、一層黒煙を上げ表面にピリピリと小さな稲妻を帯びる。まとめて大きな鉛箱に入れられたそれらは奥の大きな扉から階段でさらに地下に運ばれていくようだ。

 「強いな…かなり強い負の波動だ。あのエネルギーをどう使うんだ…う、ううっ、なんだっ」

 裕が覗きこむ天窓から一瞬、息が詰まるような熱気が感じられた。中からやかましい声が聞こえてくる。鞭を手に叫ぶ大きなオニたち。

 「モタモタしてると粉々にするぞっ」

 屍鬼たちは言われるがまま奴隷のように使役される。ここは恐怖が支配する国、暗黒帝国の前線。そしてオニたちでさえ震えあがる恐怖の主が、宮殿の最深部にいた。

 「こ、この妖気…」

 胸ぐらを掴むような強い負の波動。波動センサーと暗視カメラをも兼ねるゴーグルを頼りに裕は大広間に辿り着いた。息を殺して広間の入り口付近にある金屏風に身を隠す。隙間から覗くとそこには先の片輪車の背中が見えた。

 「あいつ…」

 裕が飛び出そうと金屏風に手を掛けた時、片輪車の背中ごし、向こうの玉座から甲高い声が聞こえた。

 「ところで片輪車。例の石についてはどうだ。何か判ったのか」

 はやる自分を制し聞き耳を立てる裕。玉座の男がさらに問うた。

 「いい加減報告せねば、親父が黙ってないぜ。あ、どうなんだ?」

 心なしか小さくなっているように見える片輪車の背中。慌てるように答えた。

 「は、はあっ。あの、祇園の東に大きなしだれ桜がありまして、その八坂の社付近なんですが、夜半に光るとの噂。その周囲では妙に草木が生い茂るという不思議な力もあるそうで…ここがその光る石の在り処かと」

 「で、あったのか?」

 「い、いえ、その。地中まで掘って探しておりますが、まだ…」

 「無え、ってことだろ。役立たずが」

 声の調子をさらに上げた玉座の男が思わず立ちあがったのが見えた。黄色みがかった橙の髪が長くたなびく間にそそり立つ二本の角は、まさしく鬼族の証。鋭くそして生意気そうな目が片輪車を見下ろす。裕は息を呑んだ。

 「あいつは」

 巨大な野牛の皮で出来た羽織、掲げ上げた腕のタトゥー。間違いない。妖怪四天王の一角、酒呑同時の子、鬼童丸きどうまるだ。

 「オレがやれといったらやるんだよ、言い訳は聞かねえぞ。さっさと仕事を済ませねえとこの間の白蔵主はくぞうすみてえに酷い目に遭わせるぞ、ああ?」

 「いえ、そんな、あの、ああ」

 身震いする片輪車を悠然と見下ろしながら抱えた金棒を舌なめずりする鬼童丸。うすら笑いの瞳の奥に得体の知れない狂気が宿る。

 「なあ、輪っかよ。お前は誰のおかげで京の妖怪王を気取っていられると思ってるんだ、あ?」

 次の瞬間、鬼童丸の髪はにわかに逆立ち、目がギラリと光った。

 「ほう…」

 ゆっくりと玉座から降りて片輪車に近づく鬼童丸。片輪車の鬼面が凍てつくほどに焦燥した。見据える鬼童丸の視線を避けるようにうつむいたまま。

 「はあっ、すみません、すみません。光る石探しの遅延は何としてもすぐ取り返して…」

 「あのな」

 鬼童丸が言葉を遮った。

 「馬鹿。お前の踏んだドジはそれだけじゃねえ」

 「は?」

 思わず苦笑いとともに見上げた片輪車の大きな顔面を、鬼童丸は思いっきり蹴飛ばした。

 「見ろっ」

 吹っ飛ばされてクルクルと情けなく回転しながら金屏風と共に倒れ込んだ片輪車を見下ろすように、立っていたのはからくりの裕。袖から垂れ落ちる加茂川の水が片輪車の火に落ちてシュウシュウと小さな白煙を上げる。

 「あ、ああっ、さっきの…どうしてここが」

 目をまん丸にして驚く片輪車を怒鳴りつける鬼童丸。

 「つくづく馬鹿だな、輪っかめ。てめえがここまで案内しやがったんじゃねえか、このずぶ濡れのメガネザルをよっ」


 挿絵(By みてみん)



 「う、うううっ」

 唸る片輪車。怒る鬼面の全体からプスプスと煙が立ち上る。車輪の炎が大きく噴き上がった。鬼童丸はニヤリと笑みを浮かべながら悠然と背を向け、もとの玉座に腰を掛けながら鬼面を蹴り飛ばした靴の汚れを払いつつ指をパチンと鳴らして言い放った。

 「殺せ」


つづく

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