慧牡(けいおす)の洞穴へ~破片を求めて~
勢州、四日市の宿で合流した五人、夫羅とその愛娘・仁美とお供の政吉、河童の煤と蝦夷守一行。
彼らは巨大なパワーを持つと云われる伝説の石「願いの破片」を探して港から北西にあるお堂に向かっていた。
「慧牡…訊いた事がある。何人たりとも近寄るべからずとさえ言われた蛮族…」
夫羅が言った。幻怪衆の密偵を務める彼の言葉に間違いはない。
「ああ、それなら近寄るのは止めよう…先人の言葉は守らなきゃ…」
引き返そうとする蝦夷守の袖を掴んで無理やり入口まで連れて行ったのは煤。
「なにビビってるんですか、仮にも幻怪でしょ、ほら、ほら」
懇願するような目の蝦夷守の背中を押しながら、一行は「慧牡」と書かれた古びたお堂の扉をくぐった。
「うあっ」
暗いお堂の中、先頭にさせられた蝦夷守の声が響いた。
「ど、どうしたっ」
夫羅が懐の匕首を握って構えて叫んだ。未だ目だ慣れない暗闇の中で気配を探る。
「これ、これだよ。見てみろって」
お堂の壁に手を掛けた蝦夷守の手が黒ずんだ緑色に染まっている。
「ひどい苔。ぬるぬるで気持ち悪いっての」
「おい蝦夷の、いい加減にしろよ、だいだいお前さん…」
呆れた夫羅が怒った口調で蝦夷守に詰め寄ったとき、足元がギイと鳴り、今度は夫羅が慌てて声を上げた。
「うあっ、ああっ」
足元の板が外れ、危うくその下の、底が見えない穴に落ちるところだったが、咄嗟に蝦夷守のネックレスを掴んだお陰で落下を免れた。
「痛っ、痛えっての。首がもげちまう、ちっとはダイエットしろっての」
外は夏の日差しが照りつけ陽炎が揺らめくほど、命拾いをした夫羅の額に流れる一筋の汗は、しかし暑さのためではない、冷や汗。
「危ねえ危ねえ。しかしこんなところに落とし穴とは」
冷えたのは肝だけでははなさそうだ。穴からひんやりとした風が吹いてくる。
「ん?」
人差し指をぺろっと舐めて辺りにかざしてみる蝦夷守。同時に煤は床に耳を押しあてた。
「これは…」
二人は顔を見合わせて同時に口を開いた。
「穴から風が吹いてくるっ」と蝦夷守。
「秘密の通路だっ」と煤。
「…」
煤と目を合わせ「ん?」と首をかしげる蝦夷守。ため息をついて煤が言った。
「あのね、それくらい誰でもわかりますってば、蝦夷さん。それより、この穴の下は大きな広間になっていて、横穴で別の部屋に繋がってますよ。音の反響の具合から間違いない」
「ってことは…」
「ええ、隠し部屋。おそらくここに我々の目的のモノが」
一同、目を輝かせて頷いた。
「さ、早速降りるぞ。まず誰から…」
見わたす蝦夷守。皆の視線が集まる。
「ええ、ええ、行きましょう。任せとけってんだ、さあ着いてこいっ」
作り笑いも早々に、蝦夷守は縄を垂らして狭い穴に身をうずめ、そろりそろりと降りてゆく。
ひんやりした空気が下から吹き上げて来る。縄を伝って他の四人も続いた。
「あいたた、痛っ。こら煤、烏帽子が潰れちまうじゃねえか」
「蝦夷さん着いてこいっていうから」
「着いてこいとは言ったが、頭に足を乗せろとは言ってない」
長い縦穴をやっとこさ降りてゆく。
「あっ、あれっ」
思わず手を滑らせた蝦夷守が落下。衝撃で他の四人も縄から振り落とされた。
「うがっ」
しかし幸いすぐ穴の底だったせいで軽い尻もちで事は済んだ。
「なんだ、たいしたことねえな」
「おい、あっち、あっちだ」
わずかに漏れ入る光を頼りに夫羅が指さした先に見えた横穴を進む一行。
「ほう、しかし全く人の気配が無い…」
煤が腰に下げた道具袋から携帯用の松明に灯りを点け、一行は地下の通路をゆっくりと進む。蜘蛛の巣は張り放題、岩のびっしり生えた苔が永い時間の経過を想起させる。
「こりゃ廃墟だ」
先頭を往く蝦夷守が言う。
「その慧牡なんとかって連中はもうとっくに死に絶えたんだよ」
静まり返った地下に声が響く。
「蛮族うんぬんなんて、願いの破片を隠しておくために誰かが言いふらしたか知らねえが」
一行はついに行き止まりの地下広間に辿りついた。
「なんだおしまいか」
面白いように声がこだまする。
「おしまいか、しまいか、まいか、か…」
面白がって続ける蝦夷守。
「こいつあいいや。おおい。おおい、おい、い…」
右手を高く突き上げてポーズを決めて、大声を響かせる。
「我ら幻怪衆、参上っ。お前らに用があって来てやったんだっ!誰かおらぬかあっ。ビビってんだろお前らあっ」
声が幾つも重なるさまが可笑しい蝦夷守が調子にのって続けた。
「ほうら、来いよ慧牡なんとかさんよ。可愛い子がここにいるぞおっ」
次の瞬間、四方からガチャガチャっ、と物々しい金属音が響いたかと思ったら、勇ましい鎧に身を包んだ大男たちにあっという間に取り囲まれてしまった。
「えっ、あ、あっ」
わき腹には鋭い剣先が押しつけられている。目をまん丸にした蝦夷守が恐る恐る振り返って小声で言った。
「き、君…もしかして可愛い子って言葉に反応した?」
無愛想な大男たちは無言のままギロリと睨んだ。思わず目を逸らした蝦夷守がひきつった笑顔で付け加えた。
「あ、ああ、いや恥ずかしい事じゃないよ。男だもの、ね」
見事な金髪に豊かな髭をたくわえた巨体の右腕が蝦夷守の首根っこを掴む。耳元で、低くドスの効いた声。
「お前か、用があるっていうのは」
一瞬、間をおいて、首を横に振る蝦夷守。
「いやいや、あっちの人。ほら、夫羅っていう」
全員、呆れ顔。
さらにドスを聴かせた問い。
「で、誰がビビってるって?」
蝦夷守は上ずった声で答えた。
「あ、それは、うん。僕。みんなほらコワイ顔してるから、さ、あはは…」
「幻怪衆だと?」
一行は大男に取り囲まれたまま、隠し扉を通ってさらに奥にある部屋に通された。
つづく