父と母、そして幻怪大戦
伝説の賢者、聖の君との再会を果たし、真新しいしじら織の「封じ布」と己の波動で自在に操ることができる武闘煙管を手にした悦花、その問いに聖の君は表情をこわばらせた。
「な、なんと…」
「ええ、あなたは私の幼子の頃を知っている、ならば私の親を、父を、母を知っているはず…」
「そなたの親…か」
ふっ、と目線を下に逸らした聖の君。
「闇の手の者の手にかかって命を落とした…そう訊いておる」
後ろを向いてもう一杯、茶を淹れようとする聖の君。悦花は座したままにじり寄る。
「いや、あなたは嘘をついている。私だって伊達に波動を習得したわけじゃない。感じる、あなたの嘘を」
眉をひそめる聖の君から目を逸らさない悦花。
「それにわたしはもう子供じゃない。親が、そして自分が何者なのか…」
「知ってどうなる」
険しい表情で振り向いた聖の君と悦花の目が合う。
「どうなると云うのだ…」
「知ってはいけないのですか。親が、自分が何者なのか、それを知る事すら許されないのですか」
ひたすらに孤独だった悦花。心を開いた相手は皆死んでいった。いつしかそれが宿命と自分に思い込ませたが常に何かに飢えていた。強くなることでしか、その乾きは癒されない事は解っている。
「せめて、せめて血の繋がった親のことくらい…」
悦花の目から涙がこぼれる。どこか懐かしい阿波の空気がそうさせるのか。
「今さら親がどんな人であろうと傷つきなんかしやしない。それにあなたが、いやあなた以外の誰もが、殺された父と母を救えなかった事、責めるつもりもない」
悦花は思わず立ち上がった。
「なぜ、なぜ誰もがわたしの親のことを教えてくれないのですか、語ってくれないのですか」
じっと目を閉じた聖の君、ゆっくりと目を開け悦花を見据える。
「座りなさい」
力が抜けたように膝をついた悦花を前に、聖の君は語り始めた。
「恐ろしい戦乱の世。幻界大戦の頃のこと。
淹れたての茶から立ち昇る湯気がまるで蜃気楼のように、かつての出来事を映し出すように思えた。
「幻界と呼ばれかつて光に満ちた世界は、恐怖と憎悪、そして戦いに血塗られた。そんな戦の真っただ中にお前の母、鵺姫は人間界から連れてこられた」
「鵺姫…」
「ああ。まこと美しい人間の娘。心優しく天真爛漫な子だが、その波動の力は我ら幻怪をも凌ぐ…」
ふと、悦花の鋭い視線が聖に向けられた。
「我ら? 幻怪?」
少しばかり驚いた様な表情、続いて笑みをこぼす聖の君。
「ああ、我もかつては幻怪と呼ばれた身。あの戦いを生き延びた…もっともすっかり力を使い果たし、いまはそなたを見守る事くらいしか出来ぬが」
聖の君はゆっくりと茶をすすり、再び語り始めた。
「次々に襲いかかる闇の妖怪たちと激しい戦いが繰り広げられた。我と鵺は最初同じ連隊で戦った。鵺の声は誰より美しく、そしてその波動が強力な武器であった。やがて彼女は幻王に取りたてられてその配下に加わった」
「幻王?」
「ああ、あの頃もっとも強い波動を使いこなした幻怪六王の中でも最高峰の実力者。そして彼の弟子、空王も六王の一人だった」
「幻怪六王…訊いたことがある。幻界を守り闇の帝国を打ち破った伝説の戦士…」
すきま風に揺られる蝋燭の炎が、聖の君の記憶の中の映像を映しているようだ。
つづく