仲間とともに
襲いかかるオニたちをやっと倒したかと思ったら続けざまに妖しげな気配。緊張が走る。
川の中から現れた謎の影に対して反射的に身構える幻怪たち。だが不審な物音と同時にすでに飛び出していた男がいた。一刀彫の雅である。誰の目にも見えないくらいの早業で、もう抜き身がその水中からの来訪者の胴体を捉えていた。この早さでは反撃する構えすら取る間もなく刀身は深く内蔵をえぐり出しているに違いない。
「あっ」
思わず仁美が叫んだ。
「その河童さんは友達なの…敵じゃないのに」
真っ青になった仁美の顔がすぐさま崩れ、泣き顔に変わった。河童とは言え、せっかくの唯一の友達に降りかかった災いに嗚咽するしかない仁美の心中察するに余りある。
「いや、泣く必要はないようだな。何者だお前」
しかしあくまで落ち着いた口調で話す一刀彫。
「ほう」
切り込んだはずの刀身は、煤の右腕に巻かれた金属製の篭手に封じられていた。
「ふっ、あっしもモノノケのはしくれ、河童の煤と申します。こう見えて手先は器用なんでね。こんな防具をこしらえるくらい造作もないんですよ」
普段は優しい煤の目があたかも野獣のそれのように変貌した。
「我こそは偉大なる河童一族の末裔、煤。ゆえあって孤独の身となりましたが、あっしも冥府のオニどもは腹にすえかねております。河童一族がかつてオニたちに受けた仕打ち、噂くらいは御存じでしょう。是非オニ退治のお手伝いをさせて下さいまし。役に立ちますぜ」
真意を図りかねる様子の幻怪達に向かって仁美が叫んだ。
「すうちゃんは味方だよ。私の親友だもの。この前だってあたしを助けてくれたもの」
ちらりと目があった悦花に対して夫羅は「自分を信じろ」とばかりに大きくうなずいた。戦いに巻き込むまい、との心遣いから今まで娘である仁美には打ち明けはしなかったものの、実は夫羅は幻怪たちの世話役であり、札売りを隠れ蓑にしながら各地で情報収集し、オニたちの動きを知るためのアンテナとも言うべき幻怪護符をあちこちに設置して歩くいわば密偵。幻怪たちから全幅の信頼を得る彼の眼力に間違いはない。
「みなさん、こいつは仁美の馴染みですし、確かに侮れない力を持ってる。猫の手も借りたいほど切羽詰まったこの戦いに是非力を貸してもらおうじゃありませんか」
こう話す夫羅を横目で見た一刀彫が刀を収めた。
「おやっさんが云うなら是非も無し」
状況が飲み込みきれない仁美に悦花が諭すように説明した。
現世は今、オニたちが世界を滅亡させ無の荒野に変えようと企んでいること、それを阻止するために悦花はじめ幻怪たちが普通の人間に紛れて戦い続けていること、そして夫羅はその世話役として重要な役割を果たしていること。
「へえ、そうなんだ…」
思ったよりもショックを受けていない仁美に少々拍子抜けした悦花と夫羅であったが、よく理解してくれてほっとする一方、この恐ろしい戦いに仁美を巻き込んでしまう不安も禁じえない。
「あたしだってちゃんと皆のお手伝いできるもん」
ともあれ幻怪四戦士と夫羅、新たに加わった仲間の煤。それに加えてこの戦いを見届けることを否応なしに受け入れざるを得ない仁美は、自分たちがもう後戻りできない運命にあることを理解したのであった。
「さ、これからの事もあるし幻翁のところに行って相談しなくっちゃ」
いつもの明るい口調に戻った悦花が言った。
彼らが向かう先は金華山にほど近い百々ヶ峰に住む幻翁の屋敷。ある程度の予感はあるものの、それを遥かに超えた壮絶な戦いが振りかかってくるなどとは思いもしない彼らに、七月の暑い暑い日差しが照りつけていた。
「あ、新しく仲間になったんだからさ、例の団子、こいつのおごり、な。いいだろ、ええと、なんだっけ。すす、そう、煤。頼むぜ」
わざとらしい作り笑いで煤の肩を抱きながら小声で蝦夷守が囁いた。
つづく