伊勢、四日市の宝探しへ
「伊勢参りなんて初めてだわ。ワクワクしちゃう」
密偵・夫羅の愛娘の仁美は上機嫌。旅装束が愛らしい。
「だから、目的は伊勢じゃないって何度言ったら解るんだ」
呆れたように諭す父親に頬を膨らませて反論する仁美。
「わかってるわよ。子供だからって馬鹿にしないで。伊勢参りを装わないと関所の手形が降りないんでしょ、ちゃんと知ってるんだから」
「さすが。賢いお子さんだ」
持参したういろうを二人に手渡す政吉。
讃岐で幻怪たちが天狗団と死闘を演じている頃、夫羅と仁美、政吉の三人は幻翁の命を受け、勢州四日市の宿を目指していた。
「磯の匂いがぷんぷんしてきやがる」
廻船問屋が行き交う流通の要所、四日市は壬申の乱の際に大海人皇子が兵を集めたという由緒ある土地。
「さて、噂は本当か」
そしてこの土地には、かつて北方の海で拾いあげられた「光る石」が取引されたという伝説が残る。
「願いの破片が、こんな港町に、ねえ」
長旅の疲れに溜息も出る夫羅の、その胸元を見た仁美が思わず声を上げた。
「お、お父さんっ、そ、それっ」
「はあ?」
また他愛もないことだろ、と仁美の言葉に半ば呆れつつ彼女の指さす自分の胸元を見た夫羅もまた、思わず声を上げた。
「おああっ」
懐に深くしまい込んだ鉛箱がうっすらと光っている。いや正確には鉛箱の中の第一の「願いの破片」が光っていると云うべきか。
「…てことは」
「…てことだな」
政吉と顔をあわせてうなづきあう。
「願いの破片」とは、闇の帝国の猛攻に対する幻怪戦士の切り札。かつて幻界大戦で邪悪なモノノケたちを封じ込めた伝説の波動兵器。
「ウワサは本当だったんだ…」
六つに分かれて散ったと言われるこの破片は互いが近づくと波動が共鳴して光り合うという。二つ目の破片はこの近くにあるに違いない。
「こりゃ面白くなってきたぞ」
だが、この伝説の光る石が集まれば強力な武器となることは、敵である闇の帝国も当然知っている。彼らも配下の妖怪たちを使って血眼になって探しているのは間違いない。
「こりゃ一刻も早く見つけて翁んとこに持ってかなきゃなっ」
はやる夫羅。武者震いする父親を見上げて仁美が呟いた。
「もしオニたちと鉢合わせになったら…あたしたち大丈夫?」
お供の政吉が答える。
「お嬢さん、心配ご無用」
まかせろ、とばかりに夫羅と政吉は顔を見合わせて言った。
「もうすぐ合流予定ですから。頼りになる幻怪戦士たちと、ね」
―伊勢南方、約五海里、河童丸船内―
「えぞさん、えぞさぁん。もう起きて下さいよ」
返答なし。
「えぞさんってば、もう。呑んだくれの幻怪の相手なんか懲り懲りだ…あ、そうだ。ほら、えぞさん。幻翁がカンカンに怒ってますよ。起きなきゃ。早く起きないとまた怒られますよっ」
階下で寝っぱなしの蝦夷守、慌てふためいて起きる。
「なにいっ、翁がっ。寝てない寝てない。ほら起きてる」
簡易ベッドから半ば落ちるようにフラフラと立ち上がる。
「寝坊じゃないって、こら煤、お前も…あれ烏帽子はどこだ烏帽子」
「その酒臭い息なんとかしてください…」
河童丸、四日市の宿到着まであと半刻はかかりそうである。
つづく




