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小説幻怪伝  作者: 蝦夷 漫筆
讃岐の激闘、恐怖の天狗王
14/122

暗黒の猛将、牙を剥く

 讃岐を恐怖に陥れた石鎚山の天狗団は幻怪戦士たちによって壊滅した。手下を失ってなお動じない首領・崇徳大天狗が玉座から立ちあがった。


 「死ねッ」


 その手に持った長い鞭がしなって飛んでくる。蒸し暑い空気を切り裂き唸りを上げて。


 「はあっ」


 飛び上がってかわした悦花は勢いのまま前傾姿勢、崇徳大天狗に幻鋼の煙管を振り下ろす。かわした鞭の先端は不規則な曲線を描きながら、一刀彫の雅の愛刀・崇虎すうとらに絡みついた。


 「かあっ」

 飛び込んでくる悦花、それより一瞬早く崇徳大天狗がその腹の中央を高下駄で蹴りあげる。跳ね返されて転げる悦花。同時に絡みついた鞭の先をぐいと引っ張り、しがみつく雅の身体を横になぎ倒した。


 「ふぬっ」

 立ち上がろうとする雅、しかし崇徳大天狗は再び鞭に力を込める。今度は上方へ引っ張られる。


 「ちっ」

 駆けつけたのは蝦夷守。蛇のごとく宙をたゆとう鞭を一刀両断。刀を収めるまでもなく崇徳大天狗に向かって走ろうと踵を返す。しかしすでに敵は蝦夷守の頭上にいた。


 「ええっ」

 崇徳大天狗の巨体がつくる影、その両端には大きなさいが鈍く光っている。


 挿絵(By みてみん)


 「あわわっ」

 二本の釵が交差し蝦夷守の喉元を捉える寸前、激しい火花が天狗の凶器の矛先をずらした。からくりの裕が放った幻ノ矢が命中したのだ。


 「ほう」

 奥まった瞳が光る。ニヤリを笑う崇徳大天狗は、ひょいと釵を逆手に持ちかえ間を置かずに斬り込んでくる。左右、前後に必死で避ける蝦夷守。

 「はっ」

 刀のむねを合わせ、釵の動きを止める。敵の腕力に対抗するには両手んも力で精一杯。だがもう一本の釵が蝦夷守の懐をうかがう。

 「腕は二本あるんだぞ」

 咄嗟に右足を蹴りだし釵を持つ手を南蛮長靴が弾く。

 「脚もあるってこと」

 顔を近づけ毒づこうとした瞬間、崇徳大天狗の激しい蹴りが腹に突き刺さった。身体をくねらせて吹っ飛ぶ蝦夷守。

 「脚なら俺にもある」

 崇徳大天狗自慢の高下駄は魔鋼製、迷彩カラーの塗装が不気味な光沢を放つ。その先端からは鋭利に研ぎ澄まされた仕込み刃が飛び出し、蝦夷守が腰に巻いているガンベルトを粉々に砕け散らせた。蝦夷守はそのおかげで腹のど真ん中に穴が空くのを免れたが。


 「ふんっ」

 左から雅。崇徳大天狗の素早い足を狙って斬り込む。同時に右からは悦花。難なく飛び上がる敵。しかし上空にはその動きを予知したかのようにすでに裕の幻ノ矢が三本ほど、立体的な軌道を描いて飛来していた。

 「ほう」

 眉ピクリと動かした崇徳大天狗。一本は弾き飛ばし、もう一本は首をすくめてやり過ごす。逃げ場を封じるかのように追い詰めるもう一本は、左手の釵で絡めて矢の向きを変えた。地面から上をうかがう悦花に向けて。

 「はっ」

 煙管で弾き飛ばされた幻ノ矢は近くの岩に深々と突き刺さってビリビリと稲妻を発している。同時に飛び上がった悦花は敵の背後を狙う。

 「ふぬ。こしゃくな」

 上空で宙返りした崇徳大天狗、その凶器のつま先が悦花を狙う。一瞬早く悦花の足が出た。敵の膝を強く蹴り上げ空中でのバランスを崩させた。

 「よしっ」

 少し遅れて飛び上がった雅が、体制を崩す敵を下から斬り上げようと崇虎刀を光らせる。思わず繰り出した崇徳大天狗の釵はあらぬ方向に弾かれて飛んで行った。さらに斬り込む雅、ようやくかわした崇徳大天狗、ドサッ、と巨体が地に落とす。


 「貴様ら…」

 肩口の土埃を忌々しく払いながら立ち上がった崇徳大天狗は真っ赤に顔を紅潮させながら険しい形相で背中に差した大きな洋剣を抜いた。

 「ちょっと腹立ったぞ」

 言うが早いか四尺近くもある巨刀を振り回した。真っ黒い影を帯びた空気の振動がずん、と丹田に響き、幻怪戦士たちはまとめて吹き飛ばされた。


 「は、波動…」

 「闇の波動の力か」

 驚く彼らに容赦なく襲いかかる崇徳大天狗。幻怪戦士たちがやっと立ち上がるか立ち上がらないか、その時すでに目の前で再び巨大な剣が振りかざされていた。

 「ひゃあ」

 くるっと前転、難を逃れた蝦夷守は目を丸くする。その間立ちあがった雅は右足にぐいと力を込めてすかさず敵の懐に潜り込む。下段から素早く斬り上げる。

 「えっ」

 人間では持ちきれない程の巨大な刀を軽々と振り回す崇徳大天狗、雅の下段に刃を合わせる。バシッという強い一瞬の電光を放って両者の愛刀が交錯、飛ばされて尻もちをついた雅の両腕はまだ鈍い振動が残っていた。

 「早いっ」

 再び崇虎刀を構える前に敵が飛び込んで来た。思わず雅はがむしゃらに剣を振る。見透かしたような不敵な笑みが剣の隙間から見えた。

 「あわっ」

 しかし悦花が助けに入る。右の懐に潜り込んで煙管を突き立てる。巨大な剣を合わせる崇徳大天狗。左からは幻ノ矢。シュルシュルという唸りを、その怪しく長い耳で捕えた敵は飛んできた方向を振り向く事も無く左手で振り落とす。体制を立て直した雅が正眼に斬り込む。ガキン、と両者の剣がぶつかった。ジリジリと力を込める二人。思わず雅は刀を引いた。

 「なんて剣だ…」

 崇徳大天狗の魔鋼剣はうっすら紫色の煙の様な闇の波動のオーラを噴出しながらギラギラと鈍い光を放っている。

 「まともにやりあったら、この崇虎も折れるやもしれぬ…」

 悦花が腹の底から振り絞った声の波動の一喝も、魔鋼剣の波動オーラが盾になって功を奏しない。

 「幻怪?」

 崇徳大天狗がせせら笑う。

 「そんな正義の味方は御伽草子の中でおとなしくしてろってんだ」

 

 「うるせえ、鼻デカめっ」

 蝦夷守がフリント銃を構える。ゆっくりと撃鉄を起こし、狙いを定めて引き金を引く。吸い込まれるように敵の脳天めがけて鉛玉が飛んでいく。

 「ちっ」

 銃声を聞いた崇徳大天狗、けだるそうに魔鋼剣を構えた。顔の横でパアンと甲高い音で跳ね返った銃弾はその勢いを保ったまま真っ直ぐ、撃った蝦夷守の方へ。

 「あ」

 反射的に首をすくめた蝦夷守の頭の上、烏帽子にまん丸な穴が空いた。

 「マジかよ」


 悦花、雅、二人がかりの接近戦もなかなか先が見えてこない。じわじわと二人には疲労の色。裕は援護射撃をするが敵には命中せず、次々と地面に矢が突き立ってゆく。

 「どうした幻怪」

 ひるまぬ崇徳大天狗がにじり寄ってくる。

 「よしっ」

 悦花と雅は目配せののち、同時に飛び上がってその場を離れた。

 「今っ」

 悦花が声を上げた。戸惑う崇徳大天狗。その時、やや離れた位置から矢を放っていた裕が両腕をぐっと引き上げた。

 「あ、あわっ」

 やや青ざめた天狗の赤ら顔。

 「はああっ」

 裕が引き上げた両手を交差させて二、三度手繰り寄せると、崇徳大天狗は足の自由を奪われた。

 「ほう、やるなお前ら」

 崇徳大天狗の両脚は目を凝らさなければ見えない様な細い幻鋼のワイヤーでくくりつけられていた。裕が放った幻ノ矢の矢じりに結わえつけてあったものだ。的を外したように見えて計算ずくでワイヤーを配置し、悦花と雅は必死に闘いながらその結び目に敵を誘導していたのだ。

 「くっ」

 足元に気を取られた崇徳大天狗の魔鋼剣を、ひゅう、と飛来した裕の矢が弾き飛ばした。


 「もうお終いだねえ」

 ニヤニヤと近づく悦花。取り乱すことなく、崇徳大天狗は言った。

 「幻怪…まだ生き残りがいたとはな。しかしお前らの如きひよっこに何が解る。誰に焚きつけられたかは知らんが、正義の味方ごっこも大概にせい」

 「誰にも焚きつけられてなんかいねえよ。正義ぶってるわけでもないしね。大好きなこの世界が壊されるのが嫌なだけ。大好きな人間たちが苦しんで死んでくのを見たくないだけ」

 「ほう」

 大天狗が深く溜息をついた。

 「俺も」

 その目が赤く光る。

 「かつては『人間』と呼ばれた身。だからこそ良く判る、人間たちの非道を、我儘を、残虐さを。人間は蛆虫だ。この世を食いつぶすばかりで世界の支配者を気取っている」

 にじり寄りながら武器を構える幻怪たち全員を見据え、崇徳大天狗は続けた。

 「よいか。長らくこの世はモノノケが、すなわち我らとお前達が、調和しながら支えてきた。だのに人間ときたらどうだ。後からやってきたくせに、他のすべてを排除し死に絶えさせ、自分たちの都合のいいようにブチ壊している。すなわち…」


 「なあ、あんた」

 黒光りする刀身の先を天狗の鼻さきに突きつけた蝦夷守が言った。

 「ごちゃごちゃうるせえんだよ」

 

 目を閉じた崇徳大天狗、一呼吸ののち、ゆっくりと目を開いてニヤリと笑みを浮かべ、言い放った。

 「じゃあ、話はここまでだ。死ぬか、お前さんたち」

 崇徳大天狗は大きく息を吸い込んだ。その棟の奥でバチバチと火花が散る音が体外にも聞こえてくる。

 「ううううううっ」

 唸る声が腹の底に不快に響く。見開いた眼がさらに赤く充血し光った時、崇徳大天狗の大きく開いた口の牙の間から、真っ黒い霧が渦を巻いて吐き出された。まるで生き物のように洞窟内に広がり充満した闇の波動は陽炎のように景色を歪める。

 「苦しむがよい」

 それはまさに猛毒の霧。飲み込んだ毒の粉を体内で醸成し闇の波動で増幅した暗黒の粒子が崇徳大天狗から一気に吐き出され、彼のもつ葉団扇が対流を引き起こして逃げ場を失わせる。

 「もがくがよい」

 強烈な神経毒。指先が、足先がしびれてゆく。ひりひりとした感触、次に猛烈な痛み、そしてすべての感覚が失われる頃、動かす事さえままならなくなる。

 「目が、目がっ」

 すべての感覚が麻痺する。もちろん視覚も聴覚も、嗅覚さえ。黒いカーテンが希望の光を閉ざし、闇に溺れたかのように耳が詰まる。漆黒の霧の中に閉じお眼られ一切を遮断された幻怪戦士たち。

 「ふふふ…」

 横たわり足先をヒクヒクと痙攣させる幻怪たちを見下ろしながら、毒まみれの唾をペッと吐き捨てた崇徳大天狗。ゆっくり魔鋼剣を拾い上げ、悠然と両脚のワイヤーの呪縛を断ち切り、暗い洞窟の中ただひとり、ひきつった笑いを浮かべて声を上げた。


 「バカめ、俺を甘く見たな」


意識を失い横たわる幻怪たちの上、巨大な魔鋼剣が鈍く光った。


つづく

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