最終破壊兵器、発動す
富士頂上。閻魔卿による暗黒の呪縛に倒れた悦花は、動くことも声を出すことも出来ない。
命からがら駆けつけた音次郎と煤の奇策は失敗に終わり、切り札「願いの破片」は崖から滑落、音次郎は太腿を刺され地面に釘付けに、煤は倒れ意識を失った。
だが最終兵器「怨球」を火口にかざした閻魔卿の前に、一陣の風が巻き起こった。
中から飛び出したのは、失踪したはずの柳生雲仙。
落下した「願いの破片」をその手に持ち、さらに自身が持っていた最後の破片を嵌め込むことで、ついに切り札は完全体となった。
雲仙の突然の出現。誰より驚いたのは息子である音次郎だった。
「お、親父…」
「鴎楽…いや音次郎」
閻魔卿を睨み付ける目線を外さないまま、雲仙はゆっくりと息を吐いた。
「音次郎、すまなかった…俺は父親らしいことを、何一つしてやれなかった」
こんなにも優しく温かい雲仙の声を聞いたのはいつ以来だろう。
「そんな、今さら…」
音次郎の脳裏には、大きく温かな手に抱かれた幼い想い出がよぎる。ただの父親、ただの息子であった日々が、確かに在った。
「許してくれ。一族の掟に腐心し一人の人間としてお前を導いてやることが出来なかった俺を」
音次郎は激しく首を横に振る。
「いいや、違うよ父さん。いつだって、ああ今でも。父さんは俺の英雄だ。その背中に憧れて生きてきたんだ…」
「チッ、茶番はそれくらいにしておけ」
閻魔卿は雲仙を見据えて身構えた。
「親子の情愛で弱さをかばいあい傷を舐め合うなど見苦しい。弱者の世迷言だ」
雲仙がゆっくりと閻魔卿に近づく。
「弱者とは何か、その意味を知るまい。閻魔よ」
目の前にかざされたのは「願いの破片」。
「そんなものを手にしたくらいで勝てると思うのか、この俺に」
「勝てると思わなきゃ、ここに来ない」
草履を脱ぎ捨てた雲仙が、ぐっと腰を下ろし前傾姿勢に構える。
音次郎が叫ぶ。
「父さんっ」
閻魔卿に向かって飛び込んでゆく雲仙は、一度だけ、音次郎を振り返った。
「ありがとう、息子よ。一族が守ってきたものは人の尊厳。俺もそれを守るために、この生を全うする運命」
「とうさんっ」
「覚悟せい、閻魔っ」
駆け寄る雲仙に向かって閻魔卿は暗黒の波動を撃ち込んだ。
「ふんっ」
雲仙はその手から「蜘蛛の糸」を繰り出した。
それは波動を無力化する尾張柳生の秘儀。だが、あまりに巨大な閻魔卿の力には通用しなかった。脆くも破れた蜘蛛の糸の網を散らしながら、黒い波動は衝撃波を伴って雲仙めがけて突き進む。
「承知の上っ」
雲仙はすでに高く跳躍していた。すかさず投じる手裏剣の嵐。
「こんなオモチャなど」
軽く手で振り払った閻魔卿を、激しい衝撃と炎が包む。
「煮屠蝋爆薬が塗りこんであるのさ」
閻魔卿は思わず尻もちをついた。
「くっ」
「よしっ、いいぞ父さん」
音次郎は拳を握り締めながら、その様子を目に焼き付けようと身を乗り出した。
「人間ごときが…」
閻魔卿は険しいで立ち上がった。
「全身を切り刻んでやる」
閻魔卿の右腕の義手から無数の小さな矢が飛び出した。飛来する無数の矢は逃げ場もないほど空中を埋め尽くし、雲仙の身体の至る所を切り裂いた。
「やめろおっ」
音次郎の目の前で雲仙は、身体中の皮膚を裂かれ、肉を削がれ、苦痛に顔をゆがめる。激しく飛び散る血飛沫は音次郎の顔にまで付着する。
「血…この血は、俺の血でもある」
音次郎は救出に向かうため、身体を地面に固定している槍が刺さった太腿を自ら切り落とそうと、義手に内蔵された刀を構えた。
「うっ」
そこへ一本の手裏剣が飛んできて、刀をはじき飛ばした。ふと見ると、全身を切り裂かれながら雲仙が唇を動かしている。
「し・に・い・そ・ぐ・な…い・き・ろ」
「と、父さん…」
遂に血だるまになった雲仙は、のた打ち回りながら黒い手投げ弾を放ち煙幕を張った。
「う、うう…」
「逃げるのか」
閻魔卿は手をかざし、黒い波動とともに激しい風を巻き起こし、あっという間に煙幕を吹き飛ばした。
「こんな子供だましなどっ」
そして晴れ行く煙幕の中心に向かってひときわ大きな黒い波動弾を撃ち込んだ。
「そこだっ」
一気に炎が上がった。
「隠れても無駄」
漂う焦げた匂い。バチバチと音を立てて燃え盛る炎の中で真っ黒に炭化してゆく鉢金、尾張柳生の家紋。
「あ、ああ…そんな…」
うなだれる音次郎を横目に閻魔卿は踵を返し、火口に向かった。
「さあ」
暗黒の怨球は、投じられた。
「無を、始めよう」
富士の火口から地下に煮えたぎるマグマに向かって暗黒の最終兵器が投げ入れられた。
巨大な低周波の轟音が沸きあがる。
全身が小刻みに震えだす。
急激に気温が上昇し始めた。重力がズンと増し、皮膚に突き刺す痛みが走り始めた。
茫然自失の音次郎。
煤は気を失い倒れたまま。
悦花は満身創痍、暗黒の呪縛によって指一本動かすことも、声を出すことも出来ない。
「もう、終わりか…」
つづく