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小説幻怪伝  作者: 蝦夷 漫筆
死線の果てに
118/122

もう一つ、血の絆

 血の呪縛を断ち切った悦花は閻魔卿に戦いを挑んだ。

 だが結果は無残。

 一撃さえも与えられぬまま、悦花は黒い波動に包まれ動きを封じられた。


 「暗黒波動の呪縛だ。もう身動きできぬ。娘よ、我が血を受け継ぐ者よ。」

 閻魔卿の声が遠鳴りのように聞こえている。全身が痺れ、指一本たりとも動かすことは出来ない。

 「そこで終末を見届けよ。絆だの仲間だの、これまでお前を騙し続けてきた偽りの希望が無に帰す」


挿絵(By みてみん)


 暗黒の怨球は閻魔卿の手にガッチリと掴まれ、富士の火口に掲げられた。

 「ふふふ…」

 にわかに強い重力が生まれた。強い力で地面に押し付けられ、身体が潰されそうなほど。いびつに歪んだ空気を裂くように時折、大小の稲妻が発生する。

 「さあ、終わるぞ。世界が」

 景色がところどころ、ひび割れたようにずれて軋む。次元の割れ目があちこちに生まれ、耳に痛い深いな金属音が幾重にも重なってこだまする。

 「終末の鐘、人間たちはそう呼ぶ」

 倍増した重力が渦を巻く。

 呼応するように地下マグマが活性化し激しい地鳴りと揺れが起こった。

 空は黒雲に覆われ、世界の終わりを嘆き悲しむ涙の如く雨が降り出した。

 「いい雨だ…」

 激しい雷鳴が轟き始めた。いよいよ世界は終わるのか。


 立ち上がろうにも身体が動かない悦花。声も出ない。

 動けぬ身体。だが涙だけは激しく流れ落ちる。

 「う…」

 嗚咽さえも、蚊の泣くような掠れ声にしかならない。

 「ううっ…うっ?」

 何者かが、背後から悦花の口を塞いだ。

 (誰…?)

 振り返ることも出来ない。


 激しい雨音と雷鳴に紛れて悦花に近づいた男は、焦げ臭い匂いのする手を悦花の胸元に忍び込ませてきた。

 「…!」

 胸をまさぐる、その手の主と目が合った。

 「!」

 悦花が、声にならない声で思わず叫びそうになる。

 男は悦花の口を塞ぐ手に力を込めた。


 「シーッ、俺だ。音次郎だ」

 全身の痛々く生々しい火傷が、山頂までの壮絶な道のりを物語っていた。


 「これだ、これさえあれば」

 音次郎は悦花の胸元から切り札「願いの破片」を取り出した。


 「お前が動けないなら、俺がやる。見てろ」

 音次郎は義手の発射装置に「願いの破片」を装填した。

 強い光波動が凝縮したこの石なら、暗黒の怨球の闇波動と干渉し波を打ち消しあうことによって次元崩壊を阻止できるはずだ。

 「さあ…」

 音次郎は身を屈めて忍び足で閻魔卿に近づいてゆく。

 発射装置の照準を怨球に定めたままチラリと横目で左を見ると、人差し指を立て軽く振って合図した。

 「頼むぞ」


 何と、もう一人の男が突然頂上に現れた。

 「さあさあ、お前らっ。俺が相手になってやる」

 ボロボロの着衣、燃えて炭のようになった菅笠

 やけに威勢のいい声を発して大きなジェスチャーで暴れまわるその男は叫んだ。

 「俺の名はすす。ああ、このナリと同じだな。幻怪衆きっての天才発明家とは俺のことだいっ」

 竹筒と手持ち花火を利用した手製の火焔銃を黒鬼たちに向けて放った。

 「ほらほらっ。オニさんこちら、ってやつだ」

 黒鬼たちは煤に向かって突進する。

 「はあい、いらっしゃいっ」

 待ってましたとばかりに煤は巻きびしに爆薬を混ぜた即席手榴弾を投げつけた。

 「ぐああっ」

 次々と猛火に巻かれ倒れる黒鬼たち。


 「よし、そうだ煤。いいぞ」

 豪雨に紛れてゆっくりと、音次郎は閻魔卿に近づいた。

 「あと五間…」

 激しい雷鳴と豪雨、そして煤が作り出した喧騒。

 気配も足音も紛れさせることが出来る。

 「いいぞ、そのままそのまま…あと四間」

 稲妻に空が光った。照らし出された閻魔卿は苦々しい顔で、煤の騒動にすっかり気をとられている。

 「あと三間、射程距離。今だっ」

 身を乗り出しながら、音次郎は「願いの破片」を射出した。

 

 「よしっ」

 滴る雨粒をはじき散らしながら眩い光を帯びて「願いの破片」は真っ直ぐ飛んだ。

 光はどんどん強くなり、怨球の暗黒オーラを呑み込む様に中和してゆく。


 「ぬうっ」

 しかし、直撃の寸前。

 「小賢しい真似をっ」

 閻魔卿は飛来する「願いの破片」にむけ暗黒波動弾を放った。

 「ぬうううっ」

 正面からぶつかり合う。光が、徐々に薄れてゆく。

 「何いっ」

 音次郎が叫んだ。

 「願いの破片が通じないほどに強いのか、ヤツの波動はっ」

 閻魔卿がほくそ笑む。

 「その石ころが切り札か。だが未完のままではないか」


 「願いの破片」は六個揃わなければ威力を発揮してはくれなかった。


 遂に光は消えた。

 「ただの石ころだ」

 切り札になるはずだった「願いの破片」は貧弱に煙を上げながら地面に落ち、コロコロと転がった。

 「お、落ちるっ」

 音次郎が血相を変え、岩場から落ちてしまいそうな願いの破片を追いかける。

 閻魔卿に背を向けたその時。

 「えっ」

 ビュン、と唸る音。

 「虫けらめ」

 閻魔卿の義手から槍先が撃ち出された。

 「うあっ」

 体を翻したが避け切れない。太腿に鋭い痛み。

 「ぐうあっああっ。動けない、あっ」

 音次郎の太腿を貫通した槍先は地面に深く突き刺さっていた。まるでピンで固定された昆虫標本のよう。

 「切り札、切り札が…」

 釘付けになった血まみれの音次郎の目の前を転がった「願いの破片」は山頂の断崖絶壁からあえなく落下していった。


 「お前も邪魔だ」

 閻魔卿の苛立ちの矛先が、今度は煤に向けられた。

 「ええいっ」

 次々に暗黒の波動弾が撃ち放たれる。煤と小競り合いを続ける黒鬼たちも、その犠牲になる。

 「けっ、味方じゃねえのかこの黒鬼たちは」

 「死ぬ方が悪い」

 オニの巨体でさえ一瞬で蒸散する破壊力。


 「さあ、さあ」

 無数に飛んでくる波動弾、その一つが遂に煤をとらえた。

 「ひいっ」

 菅笠に直撃。激しく火花が散る。

 「ぐああっ」

 はじかれたように煤が吹っ飛んだ。菅笠を内張りする分厚い幻鋼が帯びる光波動のお陰で一命は取りとめたものの、煤は倒れたまま気を失った。

 

 「そう慌てずとも」

 閻魔卿は再び火口に向かった。

 「すぐに皆死ねる」

 ガッチリ掴んだ暗黒の怨球から、一層大きな闇のオーラが噴き出している。


 「ん?」

 訝しげな顔で振り返った閻魔卿。

 断崖絶壁の下から一陣の風が吹き上げている。木の葉を竜巻のように巻き上げながら上昇気流が形成された。

 「何だっ」

 マグマの熱で高温となった空気中の水分が、激しい気流によって冷やされ水蒸気となって白煙を生み、頂上一帯を覆い尽くした。

 「ちっ」

 閻魔卿はマントをひるがえし白煙を吹き散らす。すると、舞い上がる木の葉の中から忍者服に身を包んだ一人の男が姿を現した。


 「よくぞ破ったな、葉隠れの術を」

 「お、お前は…」

 その男の顔を見て驚いたのは閻魔卿よりもむしろ、音次郎だった。

 「親父っ」


 「もののけ狩り、尾張柳生第五代頭領、雲仙」

 覆面の下の目が輝く。

 「お前を、狩りに来た」


 失踪したはずの柳生雲仙。

 その右手には落下したはずの「願いの破片」。

 「お前が落としたんだ。親父である俺が拾ってケジメをつける」

 「お、親父…」

 さらに左手には、持ち逃げしたとされていた「願いの破片」最後の一片が握られていた。


 「さあ、完成だ」

 最後の一片を嵌め込むと「願いの破片」は強烈に輝きだした。思わず閻魔卿でさえ目をしかめる。


 「もののけ狩りの、始まりだ」

 雨も雷鳴も、マグマの鼓動すら、やや鳴りを潜めたように感じられた。


 つづく

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