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小説幻怪伝  作者: 蝦夷 漫筆
死線の果てに
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BLOOD~告げられた真実

 たった一人、富士山頂にたどり着いた悦花。

 閻魔卿は彼女を待ち受けていたようにも見えた。


 戦いを重ね、悲しみを乗り越え、決意に満ちた悦花の前に、閻魔親衛隊の黒鬼たちでさえ、もはや敵ではなくなっていた。


 しかし閻魔卿は強すぎた。

 かすり傷さえ与えること叶わず、ひたすら暗黒の波動を浴びて遂に身体を横たえた悦花に、閻魔卿は掌を向けた。

 

 「俺が確かめたいのは、お前の強さなんかじゃない」

 その掌に、黒いオーラが立ち上る。


 悦花がかすれ声で尋ねた。

 「では一体…何を…」

 見上げる悦花の視線と閻魔卿の目が合った。


 「お前が本当に、俺の娘なのかどうか、だ」


 「えっ…」

 悦花が驚く間もなく、閻魔卿の掌から黒い波動が稲妻を伴って放射された。周囲の空気を切り裂くバリバリという音が響き渡る。

 「ぐはあっ」

 黒の波動は悦花の胸元を直撃した。ズシン、という衝撃に富士山頂の地面がが揺らぐ。

 強いエネルギーが空間さえも切り裂く。風圧だけで全身の肉が削げ落ちそうになる。


 「あ、あっ」

 悦花の身体は粒子崩壊でバラバラに引き裂かれる寸前。しかし胸元に下げた勾玉から発せられた光が彼女を包んだ。

 「んっ」

 勾玉は小刻みに震えながら閻魔卿の波動を拡散、中和し、遂に消し去った。


 「やはりその勾玉…」

 ローブの奥で閻魔卿が呟いた。

 「悦花と言ったな、お前。その勾玉は誰にもらった?」

 「それは…」

 ぐったりとしてか弱い声の悦花に顔を近づける閻魔卿。

 「誰だ、誰にもらった?」

 「か、母さん…わたしを生んだ後すぐ死んだ母親の形見…」


 閻魔卿は深くため息をつき、数度、噛み締めるように頷いた。

 「これを見よ」

 そして自らの首に下げられた黒光りする石を悦花の勾玉に近づけた。

 「えっ、あ、ああっ」

 二つはわずかに光を帯びながらまるで磁石のように引き付け合い、最後には隙間無くぴったりと重なり合った。


挿絵(By みてみん)


 「これはもともと一つの勾玉。幻界大戦げんかいのおおいくさの最中、幻界に住む導師が作り、俺がぬえ…お前の母に贈った究極の守護の石だ」

 もう一度、閻魔卿は悦花の顔を覗き込んだ。

 「鵺に娘がいた、と云うなら…」


 悦花と閻魔卿、視線が結ばれる。

 「父親は俺しかいない」


 淡く光る勾玉を再び二つに分けながら、ゆっくりと立ち上がる閻魔卿。

 悦花は声を振り絞った。

 「ち、違う」

 「いいや、間違いのない事実だ」

 大声で叫ぶ悦花。

 「わたしの父さんは、お前に殺されたんだ。そう訊いた。母さんを殺したお前は、父さんも殺して勾玉を奪った。そうでしょ」

 振り返りながら閻魔卿。

 「俺が鵺を殺すわけがない。あれほど愛し・・・とにかく嘘だ。誰に吹き込まれたかは知らぬが」

 「翁よ、幻翁。知ってるでしょ。その翁もお前に殺された」

 閻魔卿は大きく首を横に振る。

 「一方的だ、それでは物の見方が偏りすぎている。よいか、我が娘よ」


 悦花を見下ろしながら、閻魔卿が語った。

 

 「六百年以上前だ。幻翁ヤツは俺の師であり、俺たちは共に幻界の戦士だった」

 「お、お前が…」

 「ああ、幻界の野望の手先にさせられていたんだ…悪いことに俺は強くなり過ぎた。幻界のやり方に疑問を持った俺は、いつの間にか敵とみなされた。そして罠にはめられた」

 噛み締めるように言葉を紡ぐ。

 「ある日俺は幻怪殿に呼び出された、その幻怪殿ごと木っ端微塵に爆破された。その時俺をかばったのが鵺。俺の身代わりになって全身を焼かれた」

 「…」

 無言の悦花。

 だが動揺しているのは明らかだった。


 「何が、何が真実なの…」

 夢に見た優しい父親。母を愛した父親。

 母を、仲間を殺した張本人と憎しみ続けた仇。

 目の前にいる傷だらけの冥界卿。

 重ね合わせたところで、到底一つになるはずが無い。


 「やっぱり、やっぱり違う…」

 悦花が涙に震える声で呟く。

 「こんなの、父さんじゃない」


 「信じようと信じまいと」

 強い口調の閻魔卿。

 「それでも事実は、一つ」

 「違う、違うっ」

 認めようとしない悦花が首を激しく横に振るたびに、涙の雫がキラキラとマグマの赤い光を反射して飛び散る。

 「父さんは、わたしの父さんは、強く心優しい人だった。それが本当…そしてその血がわたしの中にも流れている」


 「その血は、俺の血なのだ…」

 

 閻魔卿は再び悦花の目を見入った。

 「だが、お前の父親を殺したのが俺だ、というのはある意味で事実だ」

 「…?」

 「ああ、俺はあの頃の青く甘かった俺自身を、この手で殺した」

 「自分自身、を…?」

 「信じていた全てに裏切られ、全身を焼かれ、右腕と右脚を失った。気付いたら闇を彷徨っていた俺は自らを殺し、もう一度生まれた。いや生かされたと言っていい」

 

 閻魔卿は山頂の岩場に立って辺りを見渡した。

 「そして俺は、全てを無に帰す使命を与えらた。さあ見てみろ、いい眺めじゃないか」

 霊峰富士を取り囲むように、あちこちからマグマが噴き出して燃え盛っている。

 「みんな死ぬ。もうお前の仲間も、俺の軍も死に絶えたようだ…」

 折り重なるように溶岩流に飲み込まれてゆく幻怪衆、暗黒帝国双方の旗。火砕流の熱風がすべてをなぎ倒して暴れまわっている。

 「そ、そんな…」

 す仲間たちが戦っていたはずの富士の裾野は、もう焼け野原。

 累々たる屍の山を灼熱のマグマが飲み込んでゆく。

 「お、お前…自分の仲間でさえ…」

 閻魔卿は表情を変えぬままに頷いた。


 「さあ、そろそろだ。今からこの世は破壊されつくし、無に帰す」

 親衛隊が運んできた黒い魔鋼の箱、その蓋を開けると、むせ返るような暗黒の波動が一気に解き放たれた。

 「生き残るのは、今この山頂にいる者だけ。それでいい。選ばれし者だ」

 閻魔卿の目が笑う。

 「すべてを無に帰し、新たな世界が始まる。幻界も冥界も区別のない、一つの純粋な世界」

 

 「いや、あんたは間違ってる」

 悦花はゆらりと立ち上がった。


 閻魔卿が振り返る。

 「いい目だ。我が血のなせる業。血の絆は何よりも強い。これから幕を開ける新時代が我らの血を欲している」


 悦花の体内でドクンと、何かが脈打った。

 「お前の血が、その血がわたしの中に…」

  しかしそれを打ち消すように、共に戦ってきた仲間たちの顔が浮かんだ。幼子の頃に可愛がってくれた心優しき人間たちの顔が浮かんだ。


 「違う。血を超える絆がある。わたしはそんな仲間に支えられてここまで来れた」

 「それは世迷言だ。情にほだされて本質を見失うな、娘よ。そうやって無能な者どもに足を引っ張られ世界は濁り切った」

 閻魔卿が声を張り上げた。

 「俺は永遠に続く灼熱の苦痛の中で悟った。世界は無に戻るべきだ。それは光に溺れる中では決して見えない真理」

 悦花が叫び返す。

 「光は希望、光が無くては誰も生きていけない」

 「いや光があるから闇が生まれる。光があるから影が出来る。それは不平等で不条理。光の恩恵に与れぬものから、無情に希望を奪い去る」


 閻魔卿は再びゆっくりと悦花に近づいた。

 「光も闇もない無。その原点に立ち返ろう。そこからすべてを始めよう。もうお前と俺は敵ではない。同じ血を共有する仲間だ」


 「仲間…?」

 悦花の胸に、これまで彼女が生きてきた年月ぶんの出会いと別れ、汗と笑顔、涙や温もりが去来した。


 思い返せばいばらの道。孤児だった彼女は遊郭に育ち、そして育ての母も、愛する人も無残に殺された。

 幾多の悲しみと苦しみと隣り合わせでありながら、友が、仲間がいつも彼女を救ってきた。

 命を賭して守ってくれた同志たちがいた。

 「お前が、閻魔卿が、わたしの仲間だって…?」

 夢にまで見た父親、心の中で描いた理想の男は今、残忍な独裁者として存在する。

 想像もしなかった姿で、そこに。


 「わたしの仲間は…ここにいる」

 悦花は自らの胸を指さして言った。

 「血を超えた仲間たちが」


 悦花の全身から光のオーラが揺らめきはじめた。噛んだ唇に血が滲む。

 「わたしは悦花。幻怪、悦花。お前の娘として生きたことは、ただの一瞬も無い」


 閻魔卿が悦花の前に立ちつくす。

 「ほう…ならば」

 「ええ。わたしの父は、今確かに死んだ。今わたしの目の前にいるのは、ただ我儘を振りかざす情けない殺戮者」

 悦花は低く呟いた。

 「わたしが、お前が、誰なのか。もう、そんなことはどうでもいい。無数の悲しみをもたらすお前にこの先を生きる資格は無い…」

 

 「死ぬ覚悟ができた、と。そういうわけだな」

 閻魔卿の全身を黒いオーラが覆い尽くした。


 つづく

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