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小説幻怪伝  作者: 蝦夷 漫筆
守るべきもの
111/122

決着の代償

 噴き出すマグマに取り囲まれた中で繰り広げられる伝説の怪物たちと幻怪戦士の戦い。

 願いの破片を死守した蝦夷守龍鬼えぞのかみりゅうきは、ヌラリヒョンと壮絶に刺し違え、灼熱のマグマに落ち絶命した。

 だが、悲しみに嘆く間も、感傷に浸る間も与えられることは無い。


 からくりのひろは、因縁浅からぬ美濃太右朗ミノタウロスの圧倒的なパワーを前に防戦一方。

 「さあ、お前も死ぬんだよ。それとも、また逃げるか。あ?」


 木の枝に逃れた裕を美濃太右郎が追う。

 「その首はねてやる」

 掲げた巨大な斧の刃が木漏れ日に輝く。

 高枝を滑るように真っ直ぐ裕に向かって迫る。

 「ううっ、速いっ」

 弓の弦を張り直す猶予などない。

 慌てて隣の木に飛び移り、幻ノ矢を手投げする。

 「チッ、ハエがとまるぞ、こんな玩具オモチャ

 軽く一振りした斧が、幻ノ矢をバラバラに叩き折った。

 勢いもそのまま美濃太右朗は、枝の撓りを利用して大きく跳び上がり、裕の真上に。

 「行くぞっ」


 「来いっ」

 裕は別の木の枝に跳び移る。裕が去り際に、手に持った幻ノ矢の鋭いやじりで足元の枝を切り落とすと、着地するべき足場を失った美濃太右朗。

 「猿みてえに逃げ回りやがってっ」

 落下しながら斧をぐるりと一振り。裕がぶら下がった隣の大木の幹を真っ二つに切り裂いた。

 「う、うあっ」

 朽ちかけた落葉が敷き詰められた地面に向かって真っ逆さま。身体を回転させて何とか無事に着地した裕だったが、すでに目の前に美濃太右朗が立ちつくしていた。

 「ぶった斬るっ」

 横真一文字、うなる斧が舞い上がる落ち葉を切り口鮮やかに切り裂きながら裕の首筋に迫る。

 反射的に飛び退いた裕の喉仏、その一寸手前を激しい風圧が通り抜けた。

 「くっ」

 ギリギリでかわしたものの、裕は倒れこんでしまった。

 前傾姿勢のままの美濃太右朗は、振りぬいた巨斧をクルリと手の上で回転させ、その反動の力を利用して柄の先を突きつけてきた。

 「あっ」

 柄の先には鋭い槍先が。今度は甲高い音が空気を裂いて近寄る。

 「いつまでも逃げてんじゃねえよ」

 槍先は、身を翻そうとした裕の左の肩口を貫いてそのまま地面に突き刺さった。

 「ぐっ」

 骨が砕ける音、同時に襲うと共に激しい痛みと痺れに、裕が顔をゆがめる

 「ぐあああっ」

 「まだまだ」

 釘を刺されたように地面に固定された裕の顔面を、美濃太右朗の大きな蹄が踏みつける。

 「うひひひ」

 舞い上がる返り血の飛沫で顔を真っ赤に染めた美濃太右朗。長い舌でペロペロと髭に付着した血糊を舐めながらせせら笑う。

 「もっと、もっとだ」

 その一瞬の隙をついて、右手で取り出した幻ノ矢を手槍にして斧の柄に押し当てた。

 「はあっ」

 丹田から胸、右肩から腕、そして指先へと流れる眩い光。波動が流れ込む。

 「ぬうっ」

 パンッと激しい破裂とともに柄は断ち切られ、衝撃で美濃太右朗は思わず倒れこんだ。


 いち早く立ち上がった裕が飛び掛る。

 「今だあっ」


挿絵(By みてみん)



 木漏れ日を遮って、裕の影が仰向けの美濃太右朗を覆い尽くす。胸元に乗りかかれば敵の首は目の前。

 幻ノ矢を高く掲げ、迷うことなく突き下ろす。赤い眼の真ん中、眉間に向かって幻ノ矢を力一杯突き刺した。

 「う、ううっ?」


 「お前の『力一杯』は、こんなもんか」

 わずかに、ゴワゴワした皮を裂いたに過ぎなかった。

 「情けないヤツめ…」

 装甲のように分厚い美濃太右朗の皮膚を貫くことは出来なかった。

 「ならば…」

 全身の波動を送り込んで美濃太右朗の内部から…考えた裕の丹田あたりが再び光を帯びる。

 美濃太右朗が牙を剥いて睨みつける。

 「こんなガキの遊び、そろそろ終わりにするぞ」

 太い腕を伸ばし、裕の左肩をむんずと掴んだ。傷口に爪を食い込ませて何度もえぐるように掻き回す。

「ぐあああっ」

 電撃の如き鋭い痛みに貫かれた裕は倒れ込んでもがく。美濃太右朗がサッと立ち上がり、柄の折れた斧を振りかざす。

 「そろそろ、終わりにしようじゃねえか。あ?」

 裕は地面を這いつくばって逃げる。ただ逃げる。

 

 「なあ、後がねえぞ」

 気付くと溶岩流の岸まで追い詰められた。

 「ちくしょうっ…」

 裕は、矢筒をまさぐってありったけの幻ノ矢、十本を右手で無造作に掴んで投げつけた。

 「悪あがきか」

 勢いも無いまま、十本ともあっさりと避けられて力なく飛び去ってしまった。

 もう、美濃太右朗の鼻息がかかる距離。

 「もう逃げられねえな」

 涎にまみれた口をベロベロと舌なめずりする美濃太朗の腕に力がこもる。斧が振られた。

 「ううああああっ」

 裕は立ち上がり、飛び出した。逃げるのではなく、斧に向かって自ら突っ込んでいった。

 「何いっ」

 「ぐはっ」

 美濃太右朗が振り下ろした斧は、飛び込んだ裕の胸に突きたてられた。シャワーのように舞う鮮血。

 「うぐっ、ぐううっ」

 裕は渾身の力で胸の筋肉を膨隆させた。

 「んっ?」

 斧を引き抜こうとする美濃太右朗だが、斧の先は裕の胸の中で折れた骨に引っかかり、また裕の胸筋の圧力により引き抜けない。

 その一瞬、裕は右手で弓の弦を取り出し、クルクルっと巻きつけた。自らと美濃太右朗をガッチリと結びつけるように。

 「な、なんだ。何の真似しやがるっ」

 美濃太右朗が怪力に任せてジタバタする。裕は身体中の力と波動を駆使して、美濃太右朗と密着したまま離れないように押さえつける。

 「お、おいっ」

 首をブルブルっと震わせた美濃太右朗は、後ろの上空に幾つかの光の点を見た。


 「な、何だっ」

 「お前が言うところの、玩具オモチャ、さ」

 血を吐きながら裕が呟いた。

 岸に追い詰められた際に放った幻ノ矢十本は、外れたのではなく、あえて外して波動遠隔操作によって上空に待機させていたのだ。

 「そして、本当に終わりにしようじゃねえか。ガキの遊びを、よ」

 裕の右手、そして肩をやられてダラリとさがった左手の指先が波動の光で輝きだした。

 「おい、おいっ、何するっ」

 上空の幻ノ矢は遠隔操作によってやじりを正確に美濃太右朗の背中に向けた。バラバラに散っていた十本はにわかに集まり、一塊となって速度を上げて降下してくる。

 「くそっ、くそっ」

 暴れる美濃太右朗、しかし弓の弦によって裕の身体にぐるぐる巻きにされ身動きが取れない。

 幻ノ矢はますます勢いを強めて迫る。摩擦で白煙を上げ空気を切り裂く音が耳をつんざく。美濃太右朗の額から冷や汗の露が垂れる。

 「おいっ、離せ、離せっ。このままじゃ、矢の勢いでお前まで貫く…ま、まさかっ」

 裕はニヤリと笑った。

 「ああ」

 

 もはや眼で追いきれない速さまで加速した幻ノ矢十本は一塊となって一直線。

 「ぐはああっ」

 美濃太右朗の背中に大きな穴を開けて貫いた。

 「うぐああっ」

 そしてぴったり身体をしばってくっついている裕の身体にも、激しく突き刺さった。

 「て、て、てめえ…」

 身体を貫かれてなお、裕の首にその巨大な爪を食い込ませる美濃太右朗。

 「なあ、やっと」

 裕の全身が光を帯びはじめた。

 「借りが返せる」

 やがてその輝きは彼の腹に食い込んだ幻ノ矢に集まった。

 「はああああっ」

 あまりに眩い光が串刺しの二人を包んだ。辺りの景色を真っ白に変えた光の霧が晴れてゆくと、そこには裕も、美濃太右朗の姿もなく、ただキラキラと木漏れ日にキラキラ輝く無数の塵が漂うだけだった。


 「ひ、裕さんまで…」

 膝から崩れ落ちるように座り込んだ煤。

 「そ、そんなあああっ」

 悦花の激しい嗚咽が、静まり返った林にこだました。


 つづく

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