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小説幻怪伝  作者: 蝦夷 漫筆
守るべきもの
110/122

命にかえても

 閻魔卿の最終兵器発動を阻止するため富士山頂を目指す幻怪戦士たち。

 だが最強妖怪・ヌラリヒョンに切り札「願いの破片かけら」を奪い取られ、噴出するマグマ流に囲まれ身動き出来ない状態に。

 さらに襲い来る伝説のモンスターたちに幻怪戦士たちは窮地に立たされた。


 合成獣・奇舞羅キマイラを、河童のすすの助けを借りてやっとの思い出倒した蝦夷守龍鬼えぞのかみりゅうきを、溶岩流の対岸からニヤニヤと笑って見ている男がいた。


 「ハゲ野郎・・・」

 対岸に立ち尽くすヌラリヒョンの姿が、高熱がつくる陽炎に揺らめいて見える。

 「ふっ。伝説の怪物たちに遊んでもらって英雄ヒーローごっこだな。楽しいか、小僧」

 「ああ、とんでもなく楽しい。伝説だか何だか知らねえが、ちょろいもんだぜ全く」

 ヌラリヒョンは相変わらずニヤニヤと笑みを浮かべている。

 「ほう。刀も銃弾も失って満身創痍、立っているのもやっとじゃないか。まあいいそこで寝てろ。俺はそろそろ山頂に行く」

 溶岩流の対岸に座り込んでいる蝦夷守に背を向けたヌラリヒョン。

 「いや」

 ゆっくりと立ち上がった蝦夷守はリボルバーの銃口をヌラリヒョンに向けた。

 「やめとけ、今日はどうみても登山日和じゃねえ」

 「ほう…」

 振り返りもせずにヌラリヒョン。

 「カラの拳銃で何しようってんだ、弾なし」

 蝦夷守はニヤリと笑った。

 「何度も言うが、玉なしじゃねえ」

 相手にする素振りを少しも見せないヌラリヒョンが去っていこうとする、その背中に向かって蝦夷守がやや、声を大きくした。

 「出来る男は常に、とっておきの一発を残してある。そういうこった」

 カチン、という音。リボルバーの断層に光り輝く一発の銃弾を込める蝦夷守。眉をピクリと動かしたヌラリヒョンは振り返ろうとする。

 「ん?」

 すでに、引き金は引かれていた。


 純幻鋼の銃弾、たった一発限りの特注品。スペシャルショットに相応しい鮮やかな光を発しながら、スウッと伸びた直線の軌跡を後に残してヌラリヒョンに向かう。

 「ちっ」

 軽く舌打ちしたヌラリヒョンは振り向きざまに掌をかざし、どす黒いオーラに空間も歪むような暗黒波動を撃ち放った。蝦夷守めがけて真っ黒いうねりが突き進む。

 「銃なんてオモチャ使いやがって」


挿絵(By みてみん)


 それぞれの岸から放たれた光の銃弾と暗黒波動は、熱に視界が揺れる溶岩流の真上で、真っ向衝突した。

 暗黒波動はどんどんうねりを増強させながら突き進み、仁王立ちの蝦夷守の胸板を直撃した。黒煙が立ち上る。

 「ぬっ」

 だが顔色を変えたのはヌラリヒョンの方だった。

 蝦夷守が放った純幻鋼の銃弾は、その波動コーティングによって暗黒波動のど真ん中を無傷ですり抜けていた。

 高速に螺旋回転しながらブレることなく直進する。

 「なにっ」

 ヌラリヒョンは咄嗟に身を反らした。見事な反身。

 「はあっ」

 銃弾はかわされた。、ヌラリヒョンの右頬にうっすらとかすり傷の線条を残しはしたが。

 「残念だったな、とっておきの一発だってのに」


 「わかってねえな、ハゲ」

 ヌラリヒョンは再び狼狽する羽目になった。

 顔をかすめて飛んだ銃弾は、ヌラリヒョンが「願いの破片かけら」を持つ左手を撃ち抜いた。

 「まさかっ」

 「ハナからそっちが狙いさ」

 衝撃でヌラリヒョンの持つ手を離れた「願いの破片かけら」は、ポーンと空中に飛び上がった。


 「えっ」

 「あっ」

 

 ヌラリヒョン、蝦夷守。両者が叫んだ。

 「落ちるっ」

 宙を舞った「願いの破片かけら」は七色の光の波動をキラキラと放射させしながら、正しく放物線を描いて灼熱の溶岩流へ。


 「ちょっと待ったあっ」

 無我夢中。蝦夷守はマグマの川岸を蹴って飛び上がった。思いっきり手を伸ばして、指先が、触れた。

 「よしっ」

 二、三度お手玉をしつつ、ガッチリと胸の前、蝦夷守は空中で「願いの破片かけら」を掴んだ。

 ぐっと眉間に皺を寄せたヌラリヒョンが呟く。

 「バカが、つまらん真似しやがって」

 そして掌をかざした。

 「あばよ、ひょうきん者め」

 暗黒波動が炸裂した。両手で破片を抱える無防備な蝦夷守を直撃。もろとも溶岩流の中へ。

 「ぐ、ぐあああっ、ああっ」

 焼け焦げた匂いを強く残しながら、蝦夷守は溶岩流の中に沈んでいった。大きな炎が噴き上がる。

 「えっ」

 「お、おいっ」

 「なにっ」

 「え、蝦夷っ」

 「え、蝦夷さああんっ」

 一同の悲痛な叫びは、マグマの急流が作る轟音にかき消された。


 「そ、そんな・・・」

 岩盤さえも用意に溶かしてしまう高温。煮えたぎる溶岩の中では、いかなる生物も生存困難であることに間違いない。


 「ふふふふ・・・」

 ヌラリヒョンの冷たい笑い声がこだまする。

 「骨まで溶けた、な・・・破片と一緒に」

 マグマの底の方から、ブクブクと力なく泡が湧き出す。虹色の光を伴いながら。

 「他愛も無い」


 溶岩流を見下ろすヌラリヒョンが、にわかに眉をひそめた。

 「んん?」

 同時にマグマの中から黒光りする刀身が飛び出した。

 「まさかっ」

 切っ先がグサリとヌラリヒョンの胸に突き刺さった。

 「う、うぐはっ」

 白目を剥くヌラリヒョン。煮えたぎるマグマの中から全身焼け焦げた蝦夷守が飛び出してその背中に手を回して掴まった。

 「俺の刀が落ちてたんだ、拾えてよかった」

 貫いた刀を何度もぐいとえぐる蝦夷守。ヌラリヒョンはどす黒い血を吐き散らしてその動きを止めた。

 「な、ちっとは他愛もある、だろ?」

 左手でヌラリヒョンの背中に掴まったまま、蝦夷守は刀を持つ右手を離した。

 「この破片だけは、無くすわけにいかねえからな…」

 その右手を自らの腹に深く深く突き刺した。

 「ぐうううう、うあああっ」

 腹の中でえぐるようにまさぐった手を、激しく叫びながら抜く。

 「ああ、ちゃんと無事だ…」

 真っ赤な血が止めどなく、ドクドクと流れ出る焦げ付いた腹から、無傷の「願いの破片」が。

 「あ、あとは…よろしく、な…今度は本当に、後が無い…」

 引きつった笑い。額からは血とも汗ともつかぬ大量の露が流れ出す。

 「ほうら、後は頼んだぜ」

 願いの破片は、悦花のもとにポーンと放り投げられた。


 「さあ」

 胸をえぐられたまま溶岩流の岸に立つヌラリヒョンの足の力が抜けてゆく。ぶら下がる蝦夷守とともに、マグマの中へ落ちてゆく。

 「世の中には二種類いる。溶岩に落ちて死ぬやつ、と、その道連れになるヤツだ」

 崩れるように、溶岩流の岸で絡み合う二者はマグマの中に呑み込まれていった。まるでスローモーションを見ているように。

 焼け爛れた血まみれの右手も、ついに沈んで見えなくなった。

 

 「お前らと過ごした日々、ああ。楽しかったぜ」


 灼熱の空気がつくる陽炎は、まるで夏の日に見た、懐かしい笑顔の記憶のようでもあった。


 「うああああっ」

 泣き叫ぶ悦花の手に、真っ赤に染まった血みどろの「願いの破片」だけが残された。


 悲しみに浸っている猶予は無い。

 その頃、からくりの裕は最強の牛魔人、美濃太右朗と真っ向対峙していた。

 「さあ、お前も死ぬか、あ?」


 つづく

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