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小説幻怪伝  作者: 蝦夷 漫筆
終わりの、始まり
109/122

無敵の合成獣、奇舞羅

 富士山頂で最終兵器発動を目論む閻魔卿の下に向かう幻怪戦士たち。だがその前に暗黒参謀・ヌラリヒョンが立ちはだかった。

 妖怪最強のヌラリヒョンに歯が立たない幻怪戦士たちは、切り札「願いの破片かけら」さえ奪われ、噴き出した溶岩流の浮島に取り残されたうえに伝説のモンスターたちが襲い掛かる。


 怪鳥・虞狸奔グリフォンに翻弄される一刀彫のまさ

 因縁の敵、牛魔人・美濃太右朗ミノタウロスに追い詰められるからくりの裕。

 花魁・悦花えっかは、幻翁げんのおきなの形見の力を借りて、かろうじて火炎竜・炎奴隷狗ファイアドレイクを倒した。


 そして合成獣・奇舞羅キマイラの三つの首が、蝦夷守龍鬼えぞのかみりゅうきを見据えている。


 「しかしなあ、ちょっと尋ねたいんだが…」

 蝦夷守が首をひねる。

 「獅子、まあわかる。で、大蛇。まあ、強そうだ。だが山羊ヤギ…山羊?」


 「グルルル」

 獅子の眼が、山羊の眼が、大蛇の眼が、蝦夷守をキッと睨み付ける。

 「そうか、頭三つもついてるが、どいつも喋れねえんだったな。こりゃ失礼」

 奇舞羅はぐっと身をかがめ、後ろ足の筋肉をひくひくと動かして飛びかかるタイミングをはかっている。

 「あ、あと一つ。せっかくの大蛇さんも後ろ向きに尻尾、なんてひでえ扱いだよなあ…ひいっ」

 言い終わる前に奇舞羅が大きく飛んだ。背中に生えた蝙蝠のような大きな翼を羽ばたかせ、蝦夷守の頭上に覆いかぶさるように。

 「ったく、話くらい聞いてくれっての」

 頭をぐっと下げて奇舞羅の腹の下に潜り込む。

 黒い刀身にマグマの赤い光が反射する。愛刀・龍鬼丸。


 「ほうらっ」

 抜きざまに斬り上げる。

 が、奇舞羅の前足が素早く繰り出され、突き出た爪が刀を跳ね返し、蝦夷守の身体ごと吹っ飛ばした。

 「うあっ」

 転げた蝦夷守。

 「なんて力だっ」

 奇舞羅の背後で立ち上がろうと体制を整える前に、奇舞羅の尾から伸びる大蛇が地を這うように迫り、口を開けて牙を剥く。

 「うっ、蛇さん…後ろ向きについてるのも一理あるな」

 大蛇は牙の先から毒を吐く。狙いはもちろん目、蝦夷守の左眼の眼帯に毒液のシャワーが降り注いだ。

 「チッ、こっちでよかったが、反対の目にかぶったら失明しちまうじゃねえかっ」

 垂れ落ちた毒液は蝦夷守の頬の皮膚を焼く。

 「幻怪は顔が命だってのに。台無しじゃねえか、これじゃ」


 今度は蝦夷守が仕掛けた。

 「本気出すか」

 手元の土をむんずと掴んで放り投げる。思わず鎌首を持ち上げた大蛇、その懐へ一瞬にして飛び込んだ。

 「鈍いぜヘビさん」

 大蛇の真下、死角でカチンと鯉口を外切りにする音。

 音に反応した大蛇の首が下を向く前に、その根元は黒い刀身によって斬り落とされた。

 切り口鮮やかな大蛇の首が地面に転がる。

 「素面シラフなら俺もこんなもんだ」

 見栄を切ろうとする蝦夷守。

 しかしすぐさま振り向いた奇舞羅の獅子の牙が迫る。刀を返す間がないままに。

 「うっ」

 飛び上がって逃げる蝦夷守の袖は大きく噛み千切られた。

 「あぶねえ…腕一本持ってかれるとこだった」

 油断した隙に、もう一つの首、山羊の頭突きが蝦夷守の胸元に、まともに当たった。

 「ぐああっ」

 身体をのけ反らせて吹き飛んだ蝦夷守が血を吐く。そして愛刀は山羊の角に絡めとられて溶岩流の中に落下してしまった。

 「山羊…ごめんな侮ってたよ」


 蝦夷守はリボルバーを取り出して構えた。

 「まあ、こっちの方が性に合ってるってことだ」


挿絵(By みてみん)


 撃鉄を起こすと同時に引き金を引く。

 白煙の筋を描く弾道、その上に奇舞羅は飛び上がった。

 「やるじゃねえか」

 ならば、と宙を舞う奇舞羅に向けて一発。しかし今度は奇舞羅、瞬時に翼を畳んで急降下。難なく銃弾をよけて着地した。

 「ん?」

 目をこすりながら首をかしげる蝦夷守が、再度リボルバーを構えて撃ち放つ。奇舞羅が右に、左に、上へ、下へ。ことごとく銃弾をかわす。

 「ちょっと待てよ。俺の射撃が下手なんじゃねえぞ。このバケモノがやたら速いか、やたら運がいい。そういうワケだな」

 自分に言い聞かせるように呟いた蝦夷守。

 左眼の眼帯型照準装置の位置をあらためて正し、片膝ついて姿勢も正しくリボルバーを構えた。

 「さあ、来いっ。弾の残りも少ねえんだ。次で決めてやるっ」

 前足で二、三度地面を撫でるようにして低く構えた奇舞羅が飛び上がる。狙いを定めた銃口が火を吹いた、その瞬間にはもう奇舞羅は体の向きを変えて銃弾を避けている。

 「ちくしょうっ」

 撃てども撃てども、俊敏に不規則なジグザグを描く奇舞羅の身体をとらえることは叶わない。

 「それなら十分に引きつけておいて…」

 迫る獅子と目が合う。真正面の奇舞羅と照準器の円が重なった。撃鉄を引き起こし…。

 「何いっ」

 奇舞羅の獅子の口から激しく炎が吹き出された。あっという間に視界が赤く染まる。

 「火まで吐くとはどういう多機能な怪物」

 咄嗟に身をすくめた蝦夷守が炎で遮られた視界の中、リボルバーを連射。しかし一発も敵をとらえることなく、炎の中から伸びてきた獅子の前足に激しく胸を突かれた蝦夷守は再び大きく身体ごと飛ばされた。

 「うううっ」

 うずくまる蝦夷守、目の前にはますます猛り狂う奇舞羅。


 「蝦夷さん、蝦夷さあんっ」

 岩陰に隠れて戦いを見守っていた河童のすすが相場銅の画面を見ながら叫んだ。

 「そいつ、奇舞羅。検索して情報を手に入れましたよっ。古代の怪物で、獅子と、羊と、蛇と…」

 「そんなのとっくに知ってる。何か他に情報は?」

 「ええ、火を吹きます。火を吹くので注意ですっ」

 「…知ってるっての」

 「ええと、蛇は尻尾についていて…」

 「もういい、全部知ってるっての。てか目の前にいるっての。何かこう、弱点とか。そういうのを早く言え」

 「ええと…」

 やりとりの間にも、奇舞羅はジリジリと蝦夷守との距離を詰め、牙を剥きだしにして今にも襲い掛からんと構えている。

 「早くっ。何か言え、煤」

 「あ、あっ、わかりました。古代の記録ですが、獅子が火を吹いた際、喉に向かって鉛の塊を投げ入れ、高温で溶けた鉛で気道を塞いで窒息死させた事例がありますっ」

 「ようし」

 蝦夷守がほくそ笑んだ。

 「鉛の塊なら、ここにある」

 ちらりと弾倉に目をやる。残り一発。

 「これで決めてやる」

 手招きするような蝦夷守の仕草に呼応して、奇舞羅が飛び込んできた。大きく開いた獅子の口から炎が吹き出す。

 「今だっ」

 狙いは正確、弾き出された銃弾は直線の軌道を描いて獅子の口へ。

 そして高温の炎がそれを溶かしてゆく。周囲から徐々に、次第に形を変えてゆく鉛の塊。

 「よし…え、ええっ?」

 銃弾は完全に溶けて散ってしまった。


 「まさかっ」

 呆気にとられる蝦夷守の腹を、今度は山羊の角が突き上げた。急所は外れたものの深く突き刺さった角ごと、山羊が激しく頭を振る。

 「ぐはっ」

 またしても身体を撓らせて吹き飛んだ蝦夷守、その背後には、灼熱の泡が飛沫を飛ばすマグマの川の崖っぷち。もう後がない。

 「そして、もう弾もない…」

 弾倉はもう空に。立ち上がる蝦夷守にトドメを刺そうと奇舞羅が近づいてくる。

 「おい煤っ、何かくれ」

 「何かくれ、って…貯古齢糖とか、ですかい?」

 「バカいうな、まあ腹も減ったが、そういう状況じゃねえだろ。何か使える武器とか…」

 「水鉄砲くらいなら…」

 「要らん、んなもん。他には?」

 「ああ、これなんかどうです?」

 煤が投げてよこしたのは紙の束。

 「ん、なんだ、どう使うんだこれを。どういう仕掛けがあるんだ、煤」

 「ええと、それは紙でして…」

 「ああ、紙。で、どうやってこれを」

 「ええと、山羊なら好物かと…」

 どんどん奇舞羅は近づいてくる。

 「…あのなあ、煤」

 「あ、すみません、こっちです、こっちでした」

 煤が投げてよこしたのは、こんどは手投げ弾。

 「ほう、いいものあるじゃねえか。隠してやがったな」

 「もう最後ですよ。護身用の切り札だったんです…留め金を外して三つ数えたら爆発しますから注意してっ」

 「恩に着るよ、煤」

 いよいよ近づいた奇舞羅。

 ひと飛びで蝦夷守の首筋に獅子の爪が届く距離。溶岩流を背にした蝦夷守に逃げ場はない。

 「来るか、怪物…」

 蝦夷守が手投げ弾の留め金を外した。

 「ひとつ」

 奇舞羅がたくましい後ろ足で地面を蹴り上げた。

 蝦夷守は手投げ弾を投げ上げる構え。

 「ふたつ」

 奇舞羅が翼を羽ばたかせながら、獅子の口を大きく開いた。

 炎が吐き出される。

 「みっつ」

 蝦夷守は、手を下ろした。

 「ええっ?」

 煤が叫ぶ中、蝦夷守はそのまま手投げ弾を足元の地面に落とした。


 「ええいっ」

 思いっきり飛び上がった蝦夷守は、足元で炸裂した手投げ弾の爆風によって、眼前に迫る奇舞羅のさらに上空に、瞬時に舞い上がった。

 「いい案だろ?」


 蝦夷守は奇舞羅の翼をがっちりと掴んで文字通り羽交い絞めにしながら、その背に乗りかかった。

 「バケモノめ、お前に着地する場所は無い」

 翼を封じられたまま、奇舞羅が落下してゆく先の地面は、すでに手投げ弾の炸裂でガラガラと崩れ、灼熱のマグマが噴き上がっていた。

 「一丁上がりっ」


 獅子の顔、次いで山羊の顔。激しく煮え立つ溶岩の中に沈んでいった。

 ヒクヒクと痙攣する翼が力なくその動きを止めた頃、蝦夷守は手を放してポン、と奇舞羅の背を蹴り飛ばして陸地に飛び移った。

 もはや動かぬ奇舞羅は、そのままゆっくりと全身をマグマの中に浸して黒煙を上げながら融解消滅していった。


 「ふう、ギリギリだったな」

 溶岩流のほとりに座り込んだ蝦夷守。

 「ん?」

 マグマの川の対岸からニヤニヤ笑ってみている男が見えた。

 「ヌラリヒョン…」

 

 つづく

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