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小説幻怪伝  作者: 蝦夷 漫筆
終わりの、始まり
107/122

究極モンスター四天王

 暗黒帝国参謀長・ヌラリヒョンの圧倒的な力の前にひれ伏した幻怪戦士たち。切り札である「願いの破片かけら」を奪われ、灼熱の溶岩流に囲まれてしまった。

 絶望はそれにとどまらない。伝説的なモンスターたちが襲い掛かってきた。


 マグマの川の向こうでヌラリヒョンがニヤニヤと笑っている。

 「虞狸奔グリフォン。妖獣の中でもとりわけ気が荒いんだ、こいつは」

 飛来した怪鳥の大きな翼が巻き起こす突風に、立っているのもやっとな程。

 「美濃太右朗ミノタウロス。力も技も、速さも防御力も最上級。ああ、もう知ってるな。だが今日のこいつは特に怖いぞ。たっぷり秘薬を含ませてあるからな」

 牙が光る口からダラダラと涎を垂らしながら、大きな斧を構える美濃太右朗が雄叫びを上げた。

 「殺してやる、殺してやるうっ」

 その横で、獅子の首と山羊の首が並ぶ巨大な獣が、大蛇に置き換わった尾をシュルシュルと動かしながら、蝙蝠の翼をはためかせながら幻怪戦士たちを威嚇している。

 「奇舞羅キマイラ。万能の怪物とはこいつのことよ」

 さらに、灼熱の溶岩流から飛び出した真っ赤な竜。

 「焔奴隷狗ファイアドレイク、冥界の戦史ではいつも、最強の兵器は龍族ドラゴンだった。今もそれは変わらない」


挿絵(By みてみん)


 「なんてこった、全部三千超えじゃねえか…波動値」

 相場銅の検索画面をみて震え上がる河童のすす。そのの肩を、悦花えっかがポンと叩いた。

 「んなもん見るのよしな、勝負は数字じゃないよ」


 待ってる暇は無い、とばかりに悦花が四体の伝説の怪物に向かって駆け出した。


 飛び上がる悦花、さらにその上空に舞い上がった虞狸奔が、鋭い嘴の奥から甲高い声、いや声にもならない奇妙な振動波を発した。

 「あがっ、ああっ」

 悦花の目の前の空気が歪んで見える。前後不覚とはこのこと、天地も左右も入り乱れて自分の居場所がわからなくなる。

 「わっ、わわっ」

 空中で手足をバタバタさせながら悦花は無様に地面に叩きつけられた。

 「なんだ、なんなんだっ」

 両耳を押さえて不快そうな表情の煤が答えた。

 「おそらく超音波、だが普通じゃないぜありゃ。おそらく暗黒波動と超音波を組み合わせた妖術に違いない」

 「超音波?」

 「ああ、あれを浴びたら聴覚どころか平衡感覚までやられちまう。一定時間以上さらされると脳髄にまで達してその細胞一つ一つ溶かしてしまうだろう」

 「ちっ、厄介な連中だねえ…」


 「厄介者、とは。なかなかの褒め言葉じゃねえか、あ?」

 気付くと背後に美濃太右朗が立っていた。超音波のせいで近づく足音も気配も、全く感じられないうちに。

 「ひっ」

 青ざめた煤の頭上に振り上げられた大きな斧がギラリと光った。

 「させるかっ」

 飛び掛る悦花だが、足元がおぼつかない。フラフラしている間に、美濃太右朗にみぞおちを激しく蹴られてうずくまる。

 「ぐふっ…なんだい、超音波が効くのはわたしたちだけかい…」

 「ええ、妖怪たちの暗黒波動には干渉しないような波長じゃないかと…あわ、あわわっ」

 煤を狙う斧。

 「たあっ」

 駆け込んだのは一刀彫のまさ。瞬きさえ許さぬ崇虎刀すうとらとうの一閃が真一文字に…いや、今回ばかりは剣の筋がぐにゃぐにゃにブレている。

 「あ、あれれっ」

 よろめいた身体ごと美濃太右朗に激突して倒れこんだため、煤の脳天が真っ二つに割れるのは避けられたが、今度は雅が美濃太右朗に首根っこを掴まれてしまった。

 「ぐ、ぐううっ」

 大きな爪が雅の首筋に食い込む。見る見る血の気を失う雅の頬。


 「またウシ野郎かっ」

 眼帯に仕込まれた照準器で狙いを定めるリボルバーを構えるのは蝦夷守龍鬼えぞのかみりゅうき


 「今度こそ、牛鍋っ」

 轟く銃声。熱い空気を切り裂いて、真っ直ぐに…いや、軌道はふにゃりと曲げられた。

 「なんだい、超音波ってのは弾道まで狂わすってのかい」

 首をひねる蝦夷守の横で、煤が相場銅で敵の発する超音波を解析している。

 「いや蝦夷さん、ただの超音波じゃない。暗黒物質の影響で空間が歪むんですよ」

 「そりゃ大変だっ」

 軌道を曲げられた銃弾は右へ左へとよれながら、雅の頬を霞めて飛び去った。

 「おいっ」

 首を絞められながら、雅が憤慨した声を出した。

 「どこ狙ってんだボケがっ」

 しょんぼりする蝦夷守の横を、からくりのひろが駆け抜けた。


 「おれは狙いを外さねえぞ」

 裕の手から十本の幻ノ屋が放たれた。もちろん、幻ノ矢とて虞狸奔が喉から搾り出す暗黒超音波の影響を受けないわけではない。

 「だが俺の矢は自由自在」

 裕は手指から糸のように矢じりにつながる波動で空中を飛ぶ幻ノ矢をコントロールし、超音波によるブレを修正しながら標的に向かって進ませる。

 「ようしっ」

 勢いを増した幻ノ矢が十本、次々に美濃太右朗の身体に突き刺さった。思わず雅の首を締め付ける手を離した美濃太右朗が裕を睨んだ。

 「うう、ううう」

 背中、両肩、両腕、脇腹、太腿それぞれから黒ずんだ血が噴き出す。むしろ笑みさえ浮かべたその口からますます大量の涎が流れ落ちる。

 「ほう…薬漬けで痛みさえ感じない、と。そういうわけか」

 「なあに、痛みなど元より感じぬわ」

 美濃太右郎が「ふんっ」と体中に力を入れると、盛り上がった筋肉が突き刺さった幻ノ矢を簡単に弾き飛ばしてしまった。

 「蚊ほどの傷も無し」

 

 「ならば」

 裕が弓を構える。ぐっと引き絞った弦につがえた幻ノ矢はうっすらと光の波動を帯びて射出された。ただでさえマグマの熱気漂う空気が摩擦で白煙を上げる。

 「弓は特製、煤が改良してくれたおかげで張力は倍にもなってるんだ」

 薄くスライスした幻ノ木を幾重にも張り合わせ補強した弓は振動に光を漏らしながら大きく撓って矢を飛ばした。

 「お前にゃ、返さなきゃならねえ借りがある」

 虞狸奔の妖気超音波を光の波動が跳ね返しながら進んだ幻の矢は、美濃太右郎の胸板に激しく突き刺さった。

 

 「ほう…」

 武者震いした美濃太右郎はたじろぎもせず、裕に向かって真っすぐ近づいてくる。

 「返すどころか、倍にしてやるよ」

 身を低くした美濃太右郎が突進した。

 「うっ」

 もう裕の目の前に。速い。長い斧の切っ先が、死角から飛んでくる。キーンという音で判断した裕が飛び上がる。

 「ほう」

 すぐさま美濃太右郎も飛び上がった。武骨に盛り上がった脚の筋肉が有機的に動くさまは芸術的ですらある。

 「うあっ」

 尖った角が下っ腹に食い込みそうになるところ、裕は幻ノ矢を両手に持って振り払った。弾き飛ばされたのは裕の方。やっとの思いで着地したそこは、すぐ後ろにマグマの川が流れる崖っぷち。

 「でかい口叩きやがって、勝ち目があるとでも思ってるのか?」

 息一つ切らさぬ美濃太右郎がジリジリと歩を詰める。


 上空から激しい超音波を放って急降下してくる鋭い嘴をただひたすら避けるだけで、雅は顎の先から滴が垂れ落ちるほどに汗びっしょりになっていた。

 「こ、これじゃ殺られるのを待ってるようなもんじゃねえか…」

 「ちょっと待って、一刀彫の」

 岩場に隠れていた煤が叫んだ。

 「さあ、これでどうだっ」

 電脳装置・相場銅から伸びた銅線は、小さな板の上にこさえられたさらに細かな銅線の迷路と水に浸した馬鈴薯、そして幻鉱石が入った器に繋げられている。

 「なんだこりゃ、煤」

 「うふふ、見ててくださいなって」

 さらに銅線は薄い木の葉を幾つか張り合わせて扇状にしたものに取り付けられ、全体が木の板で作られた箱のようなものに入れられている。

 「さあ、お楽しみ」

 煤が相場銅を起動し、画面中央の赤い印を押した。

 「ん、なんだっ」

 雅が装置をのぞき込む。薄い木の葉たちが一斉に小刻みに震えている。器の中の幻鉱石が脈打つように光っている。

 「こっちじゃない、あっち。あっちを見てよ」

 煤が指さす上空では、虞狸奔がバランスを失ってよろめくようにバタバタ翼を動かしながら高度を下げていた。

 「あいつの超音波を狂わせる、さらに強い高周波をぶつけてるんです」

 「どういうこった?」

 「ええ、相場銅であいつが出す周波数を解析したんです。でもって、それを打ち消すために、ちょうど位相が逆になる波を算出して出力、増幅して飛ばしたってわけです」

 「理屈はわからんが…確かに、あのイヤな耳鳴りや眩暈が消えたぞ。いいぞ、でかした煤」

 「あんなケダモノ野郎にゃ科学で対抗するんですよ、あっしは」

 

 雅が虞狸奔に斬りかかる。一時的に超音波を乱され取り乱したものの、虞狸奔の攻撃力にはいささかも衰えは見られない。

 翼を折りたたんで急降下するスピードはとても目では追い切れない。

 「視覚になんぞ頼ってねえんだ、今さら」

 嘯く雅が二刀を構える。しかし嘴をかわしても続けざまに左右の足に伸びた鋭く湾曲した爪が雅を切り刻みにかかる。

 「ううっ」

 あっという間に着物はズタズタに。離れ際、雅は紊帝の剣に全身の波動を込めて切っ先から稲妻を放った。

 「な、なにいっ」

 雅が目を丸くした。

 虞狸奔は紊帝の高電圧の雷光を受けてもビクともしない。その光をむしろ吸収してさらにいきりたって羽毛を逆立てた。

 「くえええっ」

 怪鳥音、とはこのこと。耳をつんざく甲高い声とともに、虞狸奔は逆立った羽毛を無数の矢のように飛ばした。その先端は研ぎ澄ませた針のよう。

 「ええいっ」

 目を閉じたまま、飛来する数えきれない羽毛を二刀で払い落とす雅。

 「視覚は時に錯覚により真実を見誤らせる」

 寸分違わぬ剣の技。しかし、そこにまた罠があった。

 「ぐわっ」

 斬られて散った一枚一枚の羽毛が弾けると、中から黒紫色の液体を散らせた。その飛沫が顔に、腕に、付着した部分からジュウッと焼け焦げるような匂い。

 「毒…猛毒か」

 飛沫を相場銅で分析した煤が答えた。

 「硫酸、おそろしく酸度の高い代物だっ。まともに受けたら溶けちまうよっ」

 「この期に及んでビビってられるかっての」

 雅が突進した。全身に光を帯びながら。

 「見切ってるんだよ」

 宙を舞う羽毛たちはまるで静止しているかのよう。一枚斬っては硫酸の飛沫を避け、また一枚斬っては避け。着流しの裾を翻しながら距離を詰める。

 「たああっ」

 正眼から二本の妖刀が真っ直ぐ、力強く振り下ろされた。ビリビリと電光を放ちながら、激しい破裂音を伴って切っ先は虞狸奔をとらえる。

 「なにいっ」

 まともに斬り抜いた、はず。だが刀をもろに食らった虞狸奔の嘴はピクリとも動かず。むしろ打ち据えた雅の手が激しく痺れてしまったほど。

 「どんだけ硬いんだよ…」

 正面に見据えた虞狸奔の、本来無表情なはずの眼が、心なしか笑っているように見えた。

 「ぐあっ」

 それも束の間、虞狸奔が突き出した前足の爪が雅の胸元をえぐった。空中に糸を引くが如く血痕を残して雅は吹き飛んで倒れた。

 

 つづく

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